巻の七十七 化鬼一族(後)
巻の七十七 化鬼一族(後)
翌日。
朝食の後、直也はこの里の案内を頼むと、意外とあっさり承知して貰えた。汐見が案内するという。
田畑は思ったより広かった。なるほど、鬼の力なら一人で三人分の仕事が出来るだろう。
鍛冶屋、大工などの職人もいた。いずれもその力を生かして、普通の人間では出来ない仕事ぶりを見せていた。
先祖を祀るという社まであった。
「…どうかな、直也殿」
汐見が尋ねた。
「うん、ありがとう、汐見さん。大体わかったよ。…それで、長は汐見さんが継ぐのかな?」
「いや、私は嫡流じゃないのでな。妹、美春が直系なので多分美春が長になる」
すると直也は首を傾げて、
「汐見さん、結構人望があるようだったけどな」
直也達を案内する先々で、汐見が慕われ、尊敬されている様子を直也は見て取っていたのだった。
「それで、話は変わるけど…ちょっと折り入って話がしたいんだが、この辺で静かなところはあるかな?」
直也がそう汐見に聞くと、
「この辺だと…そう、こちらだ」
そう言って、汐見は里の西の外れにある森に中に開けた広場へと直也達を案内した。
「さて、どのような話であろう」
直也はためらわずに、
「汐見さん、妖って見た事あるかい?」
すると汐見は、
「…妖?…天狗とか河童とかか?…無い。…そもそもそんなものが居るのか?」
すると直也は愉快そうに、
「あはははははは」
と笑った。汐見はそんな直也に、
「いったい何がそんなに可笑しいのだ」
とちょっと拗ねたような口調で尋ねたのだった。それに答えて直也は、
「いや、ごめん。…だけど、自分たちの事を鬼と言っている割に、他の妖の事を信じていないのかい?」
「…う、…だが、見た事がないのは事実だからな」
「そうか。…では何から話そうか。…そうだな、マーラという奴を知っているかい?」
だが汐見はかぶりを振って、
「いや、聞いた事はないな」
「それじゃあ説明しよう。…マーラというのは悪魔で、唐天竺、そしてこの国の三国を混乱に陥れてそれを至上の喜びとするような、究極の悪だ。
…一度、六百年ほど前に、時の帝や上皇を狙ったが失敗、陰陽師や軍勢に追討され、滅びはしなかったが、かなりその力を殺がれたんだ。…」
直也はかいつまんでマーラの事を汐見に説明していった。
「…というわけだ」
汐見は顔をしかめて、
「…俄には信じがたい話だな…だがその唐天竺での話は聞いた事がある…だがそれと我が一族とどんな関わりが?」
直也は更に続けて、
「実は俺は去年の夏、もっと東の土地で、一人の女の子を助けたんだが…」
しずの話を聞かせたのであった。汐見は驚いて、
「…すると、そのしずと言う子は額から角を生やし、鬼となったんだな?...それを直也殿が助けたと...」
「俺一人の力じゃ無いがな。この弥生や、今はいないが友人の博信の力あってこそだ」
「それこそ信じがたい話だ…」
そこへ今まで黙っていた弥生が、
「直也、言ったじゃろう、一辺に信じろと言う方が無理なのじゃ」
「うん…、そうしたら弥生、昨夜頼んだ事…いいか?」
「お主の命なら何でも聞こう…汐見殿、これを見られよ」
そう言って、狐の耳と尻尾を生やして見せた。
「な…そ…その姿は…」
「儂は直也の守護狐なのでな」
尻尾を一度ばさりと振った弥生は、次の瞬間には耳と尻尾を引っ込ませていた。
「…儂の前世は九尾の狐じゃ。先程直也が説明した、マーラにそそのかされ、この国に混迷をもたらそうとした」
そこで言葉を切った弥生は一度深呼吸すると、
「...じゃが...退治され、再び生を受け、その命が尽きんとした時にこの直也の祖父に救われ…今はマーラを撃ち滅ぼすため戦っておる」
その言葉を聞いて直也も内心驚いていた。弥生がはっきりと、「マーラと戦っている」と口にしたからだ。
「…信じないわけにはいかないな」
しばしの間を挟んで汐見が呟いた。
「弥生殿が狐だった事に驚いた。そして自ら、かつてマーラとかいう魔の手先だった事を打ち明けた事にも」
「そうか、それなら話がしやすい。…結論から言おう、君たちの角はそのマーラの所為だ」
「何だって!?」
汐見が叫んだ。
「しずちゃんは心に怨みの念を抱いていた。だから完全に闇に捕らわれてしまったけれど、君たちのご先祖は後悔と慚愧の念に囚われていた。だから自らの姿を鬼に変えてしまったんだ」
直也が自分の考えを述べる。
「弥生が言うには、その角から僅かなマーラの力を感じるという。だから切ってもまた生えてくるんだと思う」
「…そんなことが本当にわかるのか?」
そこで弥生が、
「わかる。儂はかつてマーラと同体じゃったからな、マーラの考え方や知識も共有していた。その儂が言うのじゃ」
それでも汐見がまだ煮え切らない顔をしているので、弥生は、
「…もう一つ証拠を示しておこうかのう、…この里の周りに巡らされている結界のう、あれは儂もよう知っておる術式じゃった。
この国の術者には知られていない。奇門遁甲でも八卦でもなく、風水でもない。最早唐天竺にも伝えるものはいないであろう、
三皇五帝以前に使われていた術式でな、名は無い。敢えて呼ぶなら虚無拒壁、とでも言うかのう」
「…確かに…直也殿と弥生殿が何事もなく結界を抜けてきたのは事実…それは弥生殿がこの結界を熟知しているからだと言うのだな?」
「そうじゃ。…直也の言う事を信じて貰えるかのう?」
汐見は腕組みをして、
「…私としては信じたい。…だが…」
直也は苦笑して、
「まだ駄目か。…それじゃあ、君たちを鬼の姿かた人に戻す術があると言っても信じないだろうな?」
汐見はそれこそ飛び上がらんばかりに驚いた。
「何だと!?…それは何だ?」
「この『翠龍』を使ってその角を斬り落とす」
直也は懐から翠龍を取り出して見せた。
「だが長が言ったように切ってもこの角は…」
「これは竜神から授かった、闇の力を断つ刀だ。そしてこれは天狗の秘薬、傷を癒してくれる」
蛤の殻に入った天狗の秘薬も出して見せる直也。そんな直也に汐見は、
「直也殿、…貴方はいったい何者なのだ?…旅人、それはわかる。だがただの、ではなかろう」
それで弥生が、
「直也は、『隠れ里』の次期当主になるべき男なのじゃ。それで諸国を巡って見聞を広めておる」
そう前置いて、隠れ里について説明する弥生であった。だが汐見は、
「…いろいろな事を一度に言われて、まだ心の整理が付かない。…少し考えさせて貰えないだろうか」
直也は頷いて、
「当然だと思う。…出来れば、長にも話して欲しい。そしてこれだけは信じてくれ、我々は君たちを救いたいと思っているんだ」
「…うむ、わかった」
それで三人はその場を離れ、館へと戻っていった。戻る道すがら、汐見は何も言わず、じっと考え込んでいた。
直也は直也で、信じてもらうにはあと何か一押し出来れば、とその方法を考えながら歩いていく。
そして弥生は、僅かな気配ーーーマーラに由来するーーーを感じ取っていたのであった。
その日はそれで暮れた。全ては翌日である。
朝となった。朝食後、直也と弥生は、広間に招かれた。そこには里の主だった者が集まっていた。
長である真砂子、汐見、美春。鹿角、鉄山。名前は知らないが、
前日に里を案内してもらった時に見た顔。そして知らない者達。総勢十五名がそこにいた。
「皆に集まってもろうたのは他でもない。知っている者もおるじゃろうが、一昨日、この里にまれびとが訪れた。直也殿と弥生殿じゃ。直也殿は我らが鬼ではないと言われた」
その言葉で一同がざわめいた。長は座が静まるのを待って、
「更に直也殿は我らを人の姿に戻す事が出来ると言うのじゃ」
更にどよめく一同。長、真砂子は更に続けて、
「今まで一族以外何人たりとも破れなかった結界を何事もなく抜けて来られたお二人じゃ、そういうことが出来ても不思議ではない」
そう締めくくり、発言を待った。
「長の仰る事いちいちごもっとも。…で、我らを集めたわけは、それを信じるか否か、そう言う事ですな?」
集まった面々の中、がっしりとした四十過ぎの男が、そこにいる全員の思いを代弁した。
「そうです。そして私は直也殿を信じます」
そう言ったのは汐見。
「今まではこの角があると言うだけで、鬼と呼ばれ、鬼と自称してきた私たち。この角が無くなることをどれほど夢見た事か」
「しかし、どうやって?」
汐見は、昨日直也が話した、竜神から授かった神刀で切り取り、天狗の秘薬を塗る、という説明を皆にする。
「……」
しばらくの沈黙の後、末席に座っていた若い巫女が口を開いた。
「竜神? 天狗?…俄には信じられないお話でございますね。もし、仮に、仮にでございますよ、直也様方が、我らを滅ぼそうとやって来たとしたら…」
「控えよ、稲来。直也殿は断じてそのようなお方ではない」
汐見が、稲来と呼ばれた巫女を叱りつけた。そして、
「皆が信じられぬのも無理からぬこと。…だが論より証拠、まずは私が直也殿の言われる治療を受けようではないか。…これは、長と話し合った末に出した結論だ」
嫡流ではないとはいえ長の孫が自ら試してみるというのだから、一同に異存はなかった。
「…では、直也殿、よろしく頼みまする」
真砂子が御簾を上げ、頭を下げた。直也は進み出て、
「葛城直也です。これが翠龍、縁あって竜神から授かった神刀です。そしてこっちが天狗の秘薬、箱根山中で天狗から授かった薬です」
翠龍を抜き、その刃に秘薬を塗った。
「こうすれば、切ると同時に傷口に薬が塗られ、血も殆ど出ないでしょう」
そう説明し、直也の前にやってきた汐見に向き直る。
「それじゃあ汐見さん、そこに横になって下さい。それからお湯を。そして包帯とするさらしを用意して置いて下さい」
それらはすぐに用意された。敷かれた褥に横たわった汐見は、
「…直也殿、頼みます」
そう言って目を閉じた。
直也は湯で汐見の額を丹念に拭い、
「…ではいきます」
そう言って翠龍を振るった。それは一瞬の出来事。汐見が痛みを感じるよりも早く、翠龍によって角は斬り落とされていた。
秘薬のおかげで血も殆ど出ていない。同様にしてもう一方の角も斬り落とされた。
傷口にはもう一度秘薬が塗られ、さらしが巻かれた。
「済んだの…ですか?」
身を起こした汐見が尋ねる。
「はい、これで傷が塞がれば、綺麗に治っているはずです」
斬り落とした角は弥生が呪を施した器に入れられ、後ほどまとめて浄化すると説明した。
「角はこれで大丈夫だと思います。怪力の方は…あなた方の世代では駄目でしょうけれど、次の世代…お子さん達には受け継がれないはずです」
「…それでは、子供達は皆、人と同じになれるのですね?」
「そうです、汐見さん。元々あなた方は人だったんですから」
この治療の結果は十日後にまた集まって確認する事となった。
結果が出るまでの十日間は長かった。直也は外にも出ず、長の館の中で長や汐見と話をし、美春と遊んだりしていた。
弥生はと言えば、直也が見る限り、時々誰にもわからないように里を巡って、何事かを調べているようであった。
そして十日が過ぎた。再び長の前に十五人が集まった。
「本日は、汐見の角がどうなったか、それを皆で確認してもらう日ですね。…さあ汐見、包帯を解きなさい」
はい、と答えた汐見は、皆の前に進み出て、徐に包帯を解き、髪を上げて見せた。
「…おおお…!」
「これは…!」
どよめきが上がる。汐見の額は綺麗になっており、角の痕どころか傷痕も見あたらなくなっていた。
「今まで、無理に角を斬り落としても五日から十日で再び生え揃ってしまったのは周知の事。…だが今度ばかりはそのような事はなかった。直也殿…、いや直也様は私を人に戻して下さった」
どよめきは歓声に変わった。少なくともこれで、外見上は人に戻る事が出来た。これならば人里に出てももう鬼と言われる事はない。
「皆の者、これで証明されましたね。直也殿にはこれから順に、里人の角を落として頂きましょう」
皆、異存はなかった。次は治療の順番を決めようとした時。
「お待ち下さい」
その声を放ったのは一人の巫女。先日、稲来と呼ばれた巫女であった。
そこへすかさず弥生が、
「稲来殿、と言われたか。まあ言いたい事もおありじゃろうが、しばし待たれよ。直也から話したい事があるというのでな」
そして直也は真砂子に向かって頭を下げ、語り出す。それはマーラの話。前に汐見に話したのと同じ内容をその場にいる全員に話したのであった。稲来はそれを顔を顰めて聞いていた。
「…さて、」
弥生が話を引き継いで、
「マーラは今や各地に散らばり、人心を不安に陥れ、混迷を創り出そうとしておる。その手口は多岐にわたり、しかも巧妙じゃ。
ご先祖がここへ移り住まれた六百年前とは、金毛白面九尾狐が退治され、マーラが這々の体で逃げ出した頃じゃ。
大きな事は出来ぬが、様々な手口で火種を播いていた頃。ご先祖方の罪の意識に付け込み、鬼の一族を生み出そうとした。
じゃが、誤算だった事に、心までは鬼となる事はなく、ご先祖はこの地に里を築き、隠れ住む事となった。
そこでマーラは里に潜んで機会を待つ事とした。マーラには時間があった。マーラには分身が沢山おり、ここに潜んだのもそんな分身の一つ」
そこで言葉を切った弥生は立ち上がって一同を見回し、
「そうじゃな、マーラよ」
ぴたりと指を差した先はーーー巫女、稲来。
「な…なんでわたくしがそんな…」
だが弥生は構わず言葉を続ける。
「生まれた子供は皆、社に詣でるという。その時には巫女殿、そなたが赤子を抱いて祖霊に報告するそうではないか。
例外なく、里の者は社に詣で、そなたと接点を持たない者はおらぬ。里の者に闇の契約の印を施すのは簡単であったろうよ」
「わ…わたしは…」
畳みかけるように弥生は、
「そなた一人ではない。祖霊に仕える代々の巫女に取り憑いて、鬼の里を作ろうと画策してきたマーラよ、貴様の企みもこれまでじゃ」
弥生がそう言い終わらないうちに、稲来は立ち上がり、出口へと向かって走り出した。
「させぬ!ーーー禁!!」
弥生が禁術を唱えた。途端に稲来は硬直したように動きを止める。その稲来を他の十四人が取り押さえた。
弥生の説明で、女衆だけで稲来の着物を脱がせてみると、下腹部、臍のすぐ下にマーラの呪い玉が埋め込まれていた。
「直也、これを頼む!」
呼ばれた直也は目のやり場に困りつつも、翠龍で呪い玉をほじり出し、それを二つに断ち割った。すると黒い煙が立ち上り、
「やれ悔しや…」
そう呟いて消滅した。それはその場にいる者全員が目にし、マーラの存在を、そしてそれが故に鬼の姿となった事をより一層信じさせる事となった。
稲来の傷口にはすぐに秘薬が塗られ、命には別状無い。
一騒動終わった後、一同は直也と弥生に向かって拝礼し、真砂子が代表して
「おかげを持ちまして、一族に掛けられた呪いも解ける事と相成りました。礼を申します」
そう礼を述べたのであった。
それから五日が過ぎた。直也と弥生は里の者達を順に治療していった。最後に治療したのは長である真砂子である。
そして斬り落とした角は全てまとめ、誰にも見られないところで弥生が霊力で浄化し、ここに化鬼一族に掛けられた呪いの鎖を断ち切る事が出来たのであった。
「直也殿、弥生殿、お礼の言葉もありませぬ」
額に包帯を巻いた真砂子が頭を下げた。
「いいえ、マーラの力を殺ぐ事が出来て良かったです」
「今夜、館でお礼の宴を催したいと思います」
直也は照れて、
「そんなに大した事をした訳じゃないですから…」
と言いかけたが、真砂子は更に、
「一族が鬼でなくなった祝いでもあります、どうかご出席下さりませ」
そうまで言われては直也も弥生も出ないわけにはいかなかった。
その夜は盛大な宴が催された。弥生は、かつて上田の郷で催された、直也の両親ーーー直衛と八重の婚礼の事を思い出していた。
庭に面した戸は全て開け放たれ、館に入りきれない者は篝火の焚かれた庭で飲み食いしていた。殿上では娘達が舞い、歌っていた。
宴たけなわの頃、真砂子が手を叩いて一同を静かにさせる。そして、
「皆の者、我々化鬼一族は今日を以て終焉じゃ。それもこれも、直也殿と弥生殿のおかげである」
そこで言葉を切る。皆一斉に歓声を上げた。直也は照れくさい事この上ない、と言った顔をしている。
「そして、直也殿は、隠れ里、というこの世とは違う里の次期当主になられるお方である。…儂は、直也殿にお仕えしようと思う」
そう言ったので、直也は仰天した。弥生は当然、と言った顔でそれを聞いている。
「儂の決定に異存のある者は今申せ」
そう締めくくったが、誰も異議を申し立てる者はいない。皆、治療してくれた直也と弥生に恩義を感じているのだ。
「それでは本日只今を持って、化鬼一族はその名を改め、杜人一族とし、直也様に従うものとする」
そう言って遠慮する直也を上座に据え、一同は直也に対して臣従の礼を取ったのであった。
弥生は端でそれを眺めながら、直也の成長を喜ぶと共に、己の私的な感情を押し殺していた。
「…あらためまして、…葛城…直也です。俺が隠れ里の当主になったなら、そして皆さんが望まれるなら、里にお迎えすることをここに誓います」
そう約束する直也に、一同はあらためて辞儀をするのであった。
マーラの力が消え、それと共に結界が消えた今、この里に他から人がやって来るのは時間の問題であったし、
今更、江戸幕府だ出羽国だと言われても馴染めるはずはなかったからである。それどころか、まかり間違えれば討伐の対象にもなりかねない。
そうなる前に、隠れ里へ移り住む事が出来たなら、それが一番良かった。先祖代々住み慣れた地を離れるのは辛いものがあるが、同時にマーラに呪われていた地でもあり、考えた末の決断だったのだ。
翌朝、旅立つ直也と弥生を汐見と美春が見送りに出た。
「なおやさま、はやくおむかえにきてくださいましね」
美春が言う。直也は美春の頭を撫でて、
「うん、一年の内には便りをよこすから、待っていておくれ」
「はいっ」
可愛らしく微笑む美春。対して汐見は、
「直也様、…実はお願いが…」
直也は言い淀んだ汐見に、
「汐見さん、付いてきたいのかい?」
汐見は驚いて、
「ど、どうしてわかったのですか!?」
笑って直也は、
「その格好みればわかるよ。旅支度してるじゃないか」
手甲脚絆に杖を突いた姿はどうみても旅姿である。
「長には許しを得てまいりました。…外の世界でしばし学びたいのです。どうかお供させて下さい」
「ああ、かまわないよ」
即答する直也。
「ありがとうございます!」
直也に向かってにっこり微笑む汐見を見、弥生は何故か胸が騒ぐのを感じていた。しかしそんな感情はおくびにも出さず、
「直也、これからどうする?」
と尋ねる。答えて直也は、
「そうだなあ、越後から信州に出て、上州を回って…冬には江戸へ戻るか。紅緒もきっと待っているだろう」
「そうじゃな、年明けには里へ戻る事になるからのう」
「山道ならおまかせを」
北国の紅葉に見送られ、直也と弥生、そして汐見は山路を越後へと向かうのであった。
今回は成長した直也を書きたかったこと、そして鬼話の締めくくりとして化鬼一族という、過去に罪を犯した一族を出しました。
流通が不十分であった江戸時代やそれ以前には、農業技術が未発達なのと併せ、小規模な飢饉は頻繁に起こっていたようです。
それでは、次回もまた読んで頂ければ幸いです。
20150525 修正
(誤)儂の決定に依存のある者は今申せ
(正)儂の決定に異存のある者は今申せ




