巻の七十二 恐山(破) 戦闘
巻の七十二 恐山(破) 戦闘
静寂の中、時が過ぎていく。深夜、子の刻をまわり、丑の刻になった頃。
微かな地面の揺れを感じ取った弥生は目を覚ました。そのまま感覚を研ぎ澄ませ、周囲の様子を探ると、
「…直也、起きるのじゃ」
すぐに直也は目を覚ました。
「どうした? 弥生」
「朝までここにいられればよかったのじゃがな、…鬼どもが近付いてきておる。ここにいることを気取られた訳ではないが、見つかるのも時間の問題じゃ」
「なら、どうする?」
「この狭い堂内に籠もっているのはまずい、包囲される前に打って出るとしよう」
「わかった」
「…と、その前に」
弥生は直也の顔を両手で引き寄せると、
「目を瞑ってくれ」
と言った。直也は一瞬顔を赤らめたが、弥生の緊張した顔を見ると、素直に目を閉じた。
弥生は直也の両目の瞼へそれぞれ口づけをし、呪を唱える。
「よし、目を開けて良いぞ」
目を開けた直也はびっくりした。真っ暗闇だった堂内が明るく見える。もちろん昼間のように見えている訳ではないが、満月の下で見るよりも明るく見える。
今までも夜目は利いていたのだが、それは僅かな光が有っての事。
この堂内のように真の闇に近い所では、ほとんど見えなかったのであるが、今はそうではない。
「どうじゃ?…更に夜目が利くようになったじゃろう?…一日くらいしか持たぬが、朝まで持てば十分じゃからな」
暗闇での戦いは人間である直也に不利、弥生は術で一時的に直也の夜目が更に効くようにしたのである。
「これなら十分戦える」
「…よし、外に出るとしようぞ」
弥生が堂の扉を開けた。月は無いが満天の星である。今の直也には十分すぎる明かりであった。
その星空の下、近付いてくる四つの巨大な影。一丈(約3m)はある身の丈。昼間相手にした鬼よりも更に大きい。
「しずではないのう。…こ奴等は屍鬼ではない。…邪鬼じゃ」
「邪鬼?」
「そうじゃ。ねじ曲がった心が肉体を支配し、姿まで鬼となりはてた浅ましい奴等じゃ。…救うにはやはり成仏させるより無い」
弥生はそう直也に説明した。
「じゃが、それは簡単ではない。ねじ曲がった心は鬼という殻に覆われ、その殻を壊さぬ限り慈悲の心は魂に届かぬ」
そう言うと跳躍し、青緑色の狐火を連続して放った。
それは近付いてくる四体のうち三体の歩みを鈍らせはしたが、一体は平然と歩みを続けている。
「そうか、こ奴らは五行の性質をそれぞれ持っておるのじゃな」
そう独りごちて、
「そうとわかれば…こうじゃ!」
一瞬のうちに鬼の属性を見抜いた弥生は、再び跳躍すると、木気・金気・火気・水気すなわち青緑色・白・赤、そして黒い狐火を放った。
それにより四体の足が止まる。
「次は…これじゃ!」
立ち止まった鬼目掛け、霊気を込めた懐刀を投げ付ける。それは狙い過たず、先頭にいた鬼の胸板に突き刺さった。
「がぁああぁぁ!」
地響きを立てて倒れる鬼。その胸の懐刀が抜け、弥生の手に戻ってきた。
驚いた直也が良く見ると、細い黒糸が結びつけられており、弥生はそれをたぐって懐刀を回収したのだ。
「…やはり霊力には弱いのう。…直也、動きの鈍い今じゃ!」
そう直也に指示を出した弥生は更にもう一体を倒す。直也も一体を倒した。
残った一体は形勢不利ということを悟るだけの頭を持っているらしく、身を翻し、逃げ出した。
弥生はそれを追うことはせず、直也に向かって、
「直也、儂はこの三体を成仏させる、その間周りに気を配っていてくれ」
直也が頷くと、弥生は印を組み、真言を唱えた。
「ノウボウ・タリツ・ボリツ・ハラボリツ・シャキンメイ…」
大元帥明王の真言である。それにより倒れた鬼の肉体は雲散霧消していく。そして、
「オンアボキャベイロシャナウ…マニハンドマジンバラ…タヤ…ウン!」
続く光明真言により、浄化されたようである。
その時、闇の中に閃光が走った。闇を切り裂く紫電。それに続いて、大きなものが倒れた音がした。
そちらへ直也と弥生が近付いてみると、
「やあ、来ていたの」
先程逃げた鬼が横たわり、その横に源頼新が妖しい笑みを浮かべながら立っていた。
手にした妖刀は青白く輝き、あれから更に妖気を吸い込んだことが見て取れる。
「先を越されちゃってたか。…道理で、数が少ないと思ったよ」
「お前…いったい何体斬ってきたんだ」
直也が問うと、
「たったの二十五匹さ。あっけなかったね。でも流石に鬼の力は強くて、見てよこの童子切を」
そう言って青白く光る刀を一振り。
すると稲妻のような閃光が飛び出し、十間(約18m)程先にある岩を粉々にしてしまった。
「どう? すごいでしょ。もう無敵だね」
弥生は少なからず焦りを憶えていた。
「直也、あの刀は文字通り鬼の天敵じゃ。しずの化した鬼であってもひとたまりも無かろう。そしてあの刀こそが蟲毒を完成させる鍵と見た」
「なんとしてもしずちゃんを斬らせてはならないな」
「その通りじゃ。しずを助ける上でも、この先のマーラの陰謀を挫く意味でも、な」
そんな二人の思惑など知らぬげに、
「この刀の反応によると、残った鬼はあと一匹」
「何じゃと?」
それこそがしずに違いない。
「そして鬼はこの刀に引き寄せられる」
そう言って空に向けて妖刀をかざす頼新。その刀からは闇の力が漂いだし、同じ闇の眷属である鬼を引き寄せるようだ。
「もう止めろ、頼新」
直也が声を掛けるが、頼新が聞く筈もない。狂気を含んだ目で一瞥しただけ。
「こうなったら、力ずくで止めるしかないのう」
そんな弥生の呟きを聞きつけた頼新は、
「何?…やるってえの?…いいよ、女狐。この童子切の餌食にしてあげる」
そう言うと弥生に向けて刀を構えた。直也がその前に立ちはだかる。
「どいてよお兄さん、正直な所、人間を斬ってもこの刀の力にはならないんだよ」
そう言うと直也に向けて妖刀を一振り。飛び出した閃光が直也を襲った。
「うわっ!」
直也は本能的に腕で身を庇う、が、襲い来た閃光は直也に当たったと思うや否や跳ね返り、頼新を襲ったではないか。
「えっ?」
頼新はその閃光を刀で受け流したものの、驚きは隠せない。
「お兄さん、何か宝具を持っているね?…そうか、鏡だ。それが童子切の力をはね返したんだな」
直也も驚いた。ミナモが閃光をはね返してくれたことを、頼新は一瞬にして悟ったようだ。
「お兄さんを殺せばその宝具は僕のものになるのか。…俄然やる気が出て来たぞ」
そう言うと一足飛びに間合いを詰めると、直也目掛けて刀を突き出した。
直也は大刀を抜いてそれを払いのけ、跳び下がって間合いを取った。
そんな最中のこと。地響きがして、巨大な鬼が近付いてきた。やってきたのは身の丈十尺を越える鬼。最後に見たときより更に巨大になっている。
「…しず…」
弥生にはそれがしずの化した鬼であると一目でわかった。
「しず!…儂じゃ、弥生じゃ!…直也もいるぞ!!」
そう声を掛けてみるが、鬼は何の反応も示さない。ただ目に映る鬼ではない生き物を殲滅するために近付いてくる。
「今度は儂も消耗しておらん。…相手になるぞ」
そう言って弥生は身構えた。
* * *
「やあ、あれが鬼の大将みたいだね。あれを斬り殺せばこの童子切も更に強くなるなあ。…さっさと片を付けて向こうへ行こう」
そう呟いた頼新は大上段からの一撃を加えてきた。直也はそれを受け止めると、
「頼新、何のためにそんなに力を求めるんだ!」
そう叫んだ。頼新は、
「何を言ってるの。侍なんだからわかるだろ。お兄さんだって強くなりたいから修業したんじゃないのかい」
そう言いながら連続で突きを繰り出す。それを払いのけながら直也は、
「何のために強さを求める?…俺は守りたいものがあったから強くなりたかったんだ。お前はどうだ?」
言い返して横に回り込み、胴を薙いだ。それを易々と受け止める頼新。
「守りたいもの? そんなものなんか無いさ。そんなもの、弱さにしかならないもの」
袈裟懸け。それを下段から払いのけ、逆袈裟に切り上げる直也。その打ち込みを電光のごとき素早さで避けた頼新は、同じく下段からの切り上げを仕掛けてくる。
「己のために力を振るえばそれは己に還って己を滅ぼすことになるぞ」
直也も素早い足捌きでそれを回避、頼新の背後に回り込む。
「それは弱い者の理屈さ。強いものが勝つ、それがこの世の理じゃないか」
しかし頼新は直也の動きを察していたかのように身を翻すと横薙ぎに刀を振るう。それはちょうど回り込んだ直也の動きを一瞬止めるに十分だった。
直也にはね返された刀を一瞬たりとも止めることなく、もう一度斬りつける頼新。その鋭い剣閃は直也の着物の袖を切り裂いた。
「お前の言う強さは本当の強さじゃない。暴力は確かに強い。だがそれの通じない相手だっている」
袖を切り裂かれながらも直也は更に踏み込み、逆風(真下からの切り上げ)で反撃。
「そんな相手がいたらお目にかかりたいね。それともお兄さんがそうだって言いたいのかな?」
跳び上がってそれをかわした頼新は大上段に振りかぶり、唐竹割に直也を狙ってきた。
それをまともには受けず、滑らせるようにして刀を受け流した直也は、勢いを流されて僅かに体勢を崩した頼新目掛け刀を振り下ろした。
しかし頼新は驚くべき身のこなしでそれを避けると跳び下がって間合いを取り直した。
「この世の中に存在するものの価値は強さだけで計ることはできないぞ」
そう直也が言うと、八双に構え直した頼新は、
「強さ以外の価値って何さ? 弱い者は強い者の糧になる、それ以外の価値があるって言うの?」
対する直也は正眼に構え、
「お前の理屈で言ったらこの世はやがて一番強いものただ一人だけが生き残ることになる。そんな世の中がいいのか?」
「それは…」
僅かに言い淀んだ頼新目掛け、直也の突きが飛ぶ。だが、それは脇をかすっただけ。頼新は身体を捻って突きをかわしていた。
「人は、いや全ての生き物は独りじゃ生きられない。助け合って生きているんだ。いや、山や川、木や草だってみんな繋がっているんだ」
そう諭す直也目掛け、頼新の斬撃が襲いかかる。それをかわすように直也は一度跳び下がって間合いを取った。
* * *
「これでどうじゃ」
弥生が赤い狐火、白い狐火を連続で放つがそれをことごとく鬼は弾き返し、その丸太のような腕が弥生を狙う。
「つかまるものか」
そう言って弥生は跳躍。それを見た鬼も地を蹴った。その高さは優に十丈(約30m)を越え、弥生のそれを上回る。
「何…!」
弥生の頭上まで跳び上がった鬼はその巨大な脚で蹴りを放った。それは狙い過たず弥生を襲う。
「くっ!」
咄嗟に腕で防いだものの、紙人形のように吹き飛ぶ弥生。だが空中で身体を捻り、何事もなく着地。身の軽さは伊達ではない。
鬼もまた、地を揺るがす地響きを立てて着地。
「…しず…人の心を忘れたか…」
そんな弥生めがけ、鬼は巨大な岩を投げ付けてきた。弥生はそれを避けようとしたが、その先に直也がいるのを見て愕然とした。
「いかん…これをただ避けただけでは直也にぶつかる」
そう判断して木気の狐火を放つ。だが、一瞬遅かった。狐火が弥生の手を離れるその直前に大岩が弥生に激突。
同時に狐火により岩は粉砕される、が、弥生も手傷を負ってしまった。その右腕が力なく下がっている。
「…右腕を持って行かれたようじゃな…じゃがこれしきで儂はまいらぬぞ」
数瞬あれば霊気で傷を癒せるのだが、今はその余裕がなかった。跳び下がった弥生のいた場所がえぐれる。鬼の拳の力だ。
「遠当てまで使うのか…少々やっかいじゃな」
鬼はその計り知れない膂力にものを言わせ、遠く離れた物を波動で破壊する『遠当て』を使い出した。
「下手に避けると向こうで戦っている直也にとばっちりがかかりそうじゃし」
直也のことも考えながら戦わねばならない弥生。はっきり言って不利である。まして当のしずを殺すわけにはいかない。
まずは直也に影響のない場所まで鬼を連れ出そうと、鬼の頭上を跳び越えるべく跳躍した、その時。
その風のような弥生の動きを捉え、鬼が弥生の脚を捉えた。
「な…何じゃと…!」
鬼は脚を持ったまま、まるで案山子でも振り回すように弥生を振り回す。
このまま地面に叩き付けられたら弥生と言えども無事では済まないだろう。
「すまぬ、しず」
そう呟いた弥生は、
「九天応元雷声普化天尊…破!」
一瞬の雷法の呪。生じた雷が鬼の腕を撃つ。たまらず鬼は弥生を離した。無事降り立った弥生。
「これで片腕同士、じゃな」
鬼の右腕も今の雷で黒こげになっていた。
「さて…やはり雷は効くようじゃな…ならばこれはどうじゃ!」
残った左手で印を組み、
「オン・インドラヤ・ソワカ!」
雷帝帝釈天の真言である。その呪に応じ、天から稲妻が降り注ぐ。鬼の動きが止まった。
「覚悟!」
懐刀を抜き放ち、痛む右手、それを無理矢理動かし印を組む。
「おんあぼきゃべいろしゃなぅ…はあっ!」
光明真言と共に鬼に跳びかかり、電光のような動きで鬼の額に生えた角を切り払ったのだった。
「ぐおああああああああああ!!!」
鬼が耳を聾するばかりの叫び声を上げた。
「儂の予想通りならあの角が闇の契約の印、それを断ち斬れば契約は破れるはずじゃが…」
降り立った弥生が心配そうに鬼を見上げる。
「しず…元に戻ってくれ…!」
だが鬼は苦しみの声を上げはするものの、元に戻る気配はない。それどころか、斬り落とした筈の角が再び生えてきている。
「…うすうすはわかっていたが…やはり儂の力では駄目か…」
流石の弥生もこれでは為す術がなかった。しずを倒すことは出来る、だがそれではしずを助けることが出来ない。
しずを助け、鬼を倒す、その方策が今は見つからなかった。次に打つ手が無い。
そんな弥生の僅かな戸惑いを鬼は見逃さなかった。
弥生の身体が宙に浮いた。鬼に捕まったのだ。先程雷が焼いた右腕ももう治りかかっている。
「くっ!…九天応元雷…」
弥生が雷法の呪を唱え終わる、その前に弥生の身体が地に叩き付けられた。
「ぐがっ…は…ぅ…」
気を身体に巡らせ、潰されることは免れたものの、肋が何本か折れたようだ。息が苦しい。鬼は更にもう一度叩き付けるべく弥生を持ち上げた。
* * *
直也は頼新と斬り合いながらも時折弥生の様子を目で追っていた。
ゆえに弥生が自分の方へ向かってくる大岩を狐火で砕き、怪我をするのも見ていた。
そして今、弥生が捕まり、地に叩き付けられるのも。
「弥生…!」
その隙を頼新は見逃さなかった。
「お兄さん、戦いの最中によそ見しちゃ駄目だよ」
素早い踏み込み、疾風のごとき斬撃。金属音が響き、直也の大刀が弾き飛ばされてしまった。
「そんなにあの女狐が心配だったの?…だから言ったじゃないか、守るなんてことは弱さにしかならないって」
そう言いながら直也の胴目掛け突いてきた。それは狙い過たず直也の鳩尾あたりに食い込む。
…だが、その切っ先は直也に届かなかった。
「…えっ?」
訝しげに刀を引く頼新。驚いたことに、その妖刀の切っ先が僅かに刃こぼれしていた。
「お兄さん、この上何を持っているの?」
顔をしかめそう尋ねる。直也は懐に手を入れ、翠龍を取り出した。
「そんなちっぽけな小刀が僕の童子切より強いっていうのかい?」
憎々しげに顔を歪め、振りかぶった。直也は翠龍を抜き放ち、構える。
頼新の童子切に対し、翠龍では長さに差があり、それはそのまま間合いの差になる。翠龍を構えた直也にとって届かない間合いでも頼新は攻撃が届く。
その不利さ故に刀対刀で相手をしていた直也であったが、弥生が負傷した今、多少の不利は問題にならなかった。
「ならお兄さんを殺してその小刀も僕のものだ!」
そう言いながら上段から強烈な袈裟懸け。直也は左へ一歩踏み込み、それを受けた。
鋭い金属音が響き、直也の翠龍を持つ手が痺れるほどの衝撃が伝わる。
直也の左頬から血がしぶく。斬られたのだ。だが。
ちゃりん、とかすかな音を立てて地面に落ちたのは、童子切、いや妖刀の刀身であった。
「な…」
妖刀は翠龍によりその根元近くから斬り飛ばされていた。直也の顔の傷はその斬られた刀身がかすったもの。
「童子切が…うそだ…うそだあああああああ!!…うわあああああん!!」
使い物にならなくなった刀を手に、源頼新は子供のように泣き叫んでいた。
大刀を拾い上げた直也は、真っ先に弥生の元へと駆けつける。
泣き叫ぶ頼新も気にはなっていたが、別に怪我をしているわけではないので後回しにすることにした。
今、しずの化した鬼は弥生を地に叩き付けるべく持ち上げた所である。
「やめろ! しずちゃん!」
直也がそう叫ぶが、鬼は構わずに弥生を足元に投げ付けた。
「ぐはっ!…」
辛うじて受け身を取ったものの、固い地面に叩き付けられ、弥生の口から赤いものが飛び散った。
「弥生!」
直也はそんな弥生を庇うように、鬼と弥生の間に立ちはだかる。
「…直…也か、頼新は?…」
気がついた弥生が直也に声を掛ける。直也は答えて、
「妖刀は翠龍で斬り飛ばした、それより大丈夫か?」
「大丈夫じゃ」
そう強がってはみるが、正直、重傷である。折れた肋骨が何本か肺に刺さったらしく、息が苦しい。
背骨も何箇所か砕かれたようで、立ち上がれなかった。そんな様子を感じ取った直也は、
「弥生、俺が少しの間支えるから、その間に身体を…」
そこまで言ったとき、鬼の拳が直也を襲う。直也は全身の力を込めてそれを大刀で受け止めた。
全身がばらばらになるかと思われるほどの衝撃。だが直也は耐えた。そして先祖が遺し、弥生が霊気を籠めてくれた大刀もまた、耐えた。
弥生は直也が時間を稼いでくれるのを甘受し、霊気を高め、それを全身に巡らせる。
体内の脈道、経絡に霊気が行き渡る。それは霊狐である弥生がもともと持っている治癒力を更に高め、痛め付けられた内臓、骨、筋肉を癒していく。
だが一方、直也は鬼の拳を受け止めるので精一杯だった。弥生が霊力を込めてくれた刀は折れることはないものの、衝撃を和らげてはくれない。二度三度と鬼の拳を受け止めた直也は、もうあまり保たないことを感じていた。
更に二度、拳を受け止めるが、ついに膝を付いてしまう。あと一撃喰らえば吹き飛ばされてしまうだろう。
だが直也は弥生の前から動く気はなかった。直也が動けば、しずの鬼はまず動けない弥生を襲うと考えたからだ。
鬼が拳を振りかぶった。直也は全身を固め、来るはずの衝撃を待ちかまえた。だが、それは来なかった。代わりに鬼が吹き飛ぶのが見えた。
「礼を言うぞ、直也。もう大丈夫じゃ」
弥生の声。傷を癒した弥生は直也の後ろに立つと、直也の脳天に手をかざした。
その手から温かい波動が直也に注ぎ込まれる。力尽きかけていた直也の全身に力が漲ってきた。
「ありがとう弥生、もう大丈夫だ」
見れば鬼も立ち上がった所。
「直也、闇の契約を斬り捨てることが出来ればしずを救えると思っていたのじゃが…」
「駄目だったのか?」
「そうじゃ…おっと!…オンジリチエイソワカ!」
鬼が起こした波動を、羅刹天の真言ではね返した弥生は、
「角がそうだと思って斬り落としたものの再生してしもうた」
「霊狐になった弥生にもわからないのか…」
今や、手を尽くした二人には為す術がない。そんな二人目がけ、しずの化した鬼は次々に攻撃を仕掛けてきていた。
序・破・急、三部構成です、次回、決着!




