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巻の七十    童子切(後)

巻の七十    童子切(後)

 

 一方、千草たちは、本道をゆっくりと歩いていた。

「千草さん、足元大丈夫かい?」

 博信が気遣うが、実は妖である千草には、博信よりもよほど闇の中のものが良く見えている。

 が、そうと打ち明けるわけにも行かず、

「ええ、大丈夫ですわ、…ありがとうございます」

 そう言って博信に感謝しつつも、周囲の闇に気を配っていたのだった。

「…何故にそなたのようなおなごが付いてきたのか知らぬが、今からでも遅くない、そっちのものと一緒に引き返すが良かろう」

 松明を持った八賀才蔵がそう勧めるが、千草は聞き入れない。

「従兄の直也が心配なのはわかるけどな、俺も千草さんは来るべきじゃなかったと思うよ」

 博信がそう言ったとき、闇の中から棒が振り下ろされた。

「ぬっ!」

 片手に松明を持ったまま、八賀才蔵は右手だけで刀を抜き、闇の中から繰り出された棒を受け止めた。

「おい、この松明を持っていろ!」

 八賀はそう叫び、差し出した松明を博信が受け取るか受け取らないうちに闇へ向かって身構えた。闇の中からは更に棒が繰り出される。

「何の」

 八賀の腕前は確かで、繰り出される棒をことごとく受け止めていた。

「ふははは、人間にしてはやるのう」

 闇の中から響く声。次いでその声の主が現れた。

「儂は金光坊、このあたりの妖を束ねておる。…我々がこの下の村を支配する邪魔はさせぬ」

巫山戯ふざけるな、妖怪風情に後れを取るこの八賀才蔵ではない!」

 再び切り結ぶ二人。しかし先程とは違い、八賀に余裕がなかった。

「くっ!…」

「さっきは手加減してやったのだ。儂が本気を出せば貴様など赤子の手を捻るも同然」

 そう言って、振りかぶった鋭い一撃。八賀はそれを辛うじて受け止めたものの、

「ふん!」

「ぐへぁっ」

 続く胴への突きで鳩尾をやられ、気を失って地面に伏すこととなった。

「さて、お前達はどうする」

 千草と博信に向き直る金光坊。博信は松明を千草に渡し、棒を握り直した。

「千草さん、ここは俺が食い止めている間に逃げるんだ」

「え、でも…」

「早く!…俺なんかが敵うはずがない、俺がやられているうちに出来るだけ遠くへ…」

 そう言って棒を持って突進。金光坊はそんな博信の突き出した棒を自分の棒で受ける。

 乾いた音がし、博信の持っていた棒は二つに折られていた。博信自身も地面に仰向けに叩き伏せられる。

「さてどうする、人間?」

 金光坊は博信の喉笛に棒を突きつけて問いかける。

「命乞いでもしてみるか?」

 そう言いながら、博信の喉に棒を押しつける。

「ぐ…」

「もう少し力を入れればお前の喉は潰れるぞ」

 金光坊がそう言ったとき。

「もうおやめなさい!」

 凛とした千草の声が闇に響いた。

「何!?」

 棒に込められた力が僅かに緩み、博信は棒の下から抜け出し、咽せながら起き上がった。

「女、今何と言った?」

 千草に向き直る金光坊。博信はその千草のそばに駆け寄り、

「千草さん、何で逃げなかった?」

 そう尋ねた。千草は寂しげに微笑んで、

「博信様、お心遣いありがとうございます。でもここはわたくしにお任せ下さいませ」

 そう言うとあらためて金光坊に向き直り、

「金光坊、そなたたともあろう者が何という事を。訳がどうあれ、これ以上の狼藉は許しませんよ?」

「…もしや、千草様であられますか?」

 はっとした様子の金光坊が尋ねる。

「そうです」

 そう答えた千草に向かって金光坊は深々と頭を下げ、

「ははっ、千草様とは気が付かず、御無礼致しました」

 そう謝った。

「千草さん、あなたは...?」

 何が何やらわからない博信がそう言うと金光坊が、

「人間、このお方は妖を束ねる長、山ン本五郎左衛門様のお孫様であられる千草様だ」

「え…」

 驚く博信。その博信を千草は悲しげな顔で見つめ、

「博信様、今まで隠していて申し訳ございません。…わたくしは人間ではありません、妖の長、山ン本五郎左衛門が孫なのです」

 そう言って一歩前へ進み出した千草は金光坊に向かって、

「なにゆえそなたがこの地にいるのです?…そなたの住処は下北であったはず」

 そう尋ねた。その問いに対して金光坊は、与次郎狸が弥生達に語ったと同じ内容の話をしたのだった。


「…鬼…ですか」

「はい、鬼達が下北を荒らし回り、今やかの地は鬼どものものとなってしまいました」

「それにしては鬼が人間を襲ったという話は聞きませんね」

「それは、今のところは鬼どもの長が押さえているからです。その代わりに我々妖が狩られ、虐げられ、追い出されてしまいました」

「人との戦になることを懸念しているというのですか? 鬼が?…そんな知恵が鬼に…」

「どうもあの鬼達の長ですが、元は人間だったのではないかと」

「そうですね、その可能性が大きいでしょうね、しかし放っておくと第二の酒呑童子に…」

 寸の間考え込んだ千草であったが、その顔を金光坊に向けると、

「しかしそなた達が人間を襲う理由にはなりませぬよ?」

 そう厳しく問いつめると金光坊は急に薄ら笑いを浮かべて、

「ふふん、人間風情を気遣うとは、堕ちたものですな。…もしや、そこの男に懸想でもされてらっしゃるか」

 博信を指差し言い放つ金光坊。千草は顔を赤らめて、

「な、何を言い出すのです、わたくしはそんな…」

「ほう、ではこの人間を殺しても構いませぬな」

「何を馬鹿な!…人を襲ってはいけないと申したばかりではありませんか」

 金光坊はせせら笑う。

「吾はあなたの家来ではない。山ン本殿が怖いからあなたは襲わないが、それ以外のことで指図は受けない」

 そう言って博信に向かって棒を突きだした。

「あうっ!」

 千草の悲鳴。その棒は、咄嗟に博信を庇った千草の胸を突いたのである。

「千草さん!」

 不意の攻撃にさしもの千草も対処できず、その場に倒れ込む。博信はそんな千草を抱き起こした。

「ひろ…のぶ…さ…ま…にげ…て…」

 苦しい息の下でそう促す千草、だが博信は千草を抱きかかえたまま、

「千草さんを置いて逃げられるものか」

「いけ…ま…せん…あやつ…は…なに…か…に…とり…つかれ…て…いる…よう…で…す…」

 金光坊はそんな二人を見下ろしながら、

「ちっ、馬鹿な女だ、邪魔をしたとて無益なのに。人間、望み通り殺してやる、せめて苦しまぬよう一撃でな」

 そう言って棒を振り上げた金光坊の目には狂気が宿っていた。

「ぬっ!?」

 棒を振りかざした金光坊が突然跳び上がった。そのまま二間ほど離れた場所に着地。

「へえ、良い勘しているじゃないか」

 青白く光を放つ刀を手にした少年が笑う。

「貴様…!何者だ?」

「僕の名は源頼新みなもとのらいしん。面白い話を聞かせてくれてありがとう。お礼に苦しまないように殺してあげるよ」

 先程の金光坊と同じ科白を言う。そんな源頼新に向かって金光坊は、

「何をほざく小僧、不意を突いたとて吾を斬ることが出来なかった癖に」

 そう言って棒を構え直し、一気に間合いを詰め、頼新に躍りかかった。頼新はその棒を刀で受け止め、

「ははっ、そう来なくっちゃね、今日一番手応えありそうだ」

「何だと?」

 金光坊の動きが止まる。そして頼新の持つ刀をじっと見つめ、

「小僧、…貴様、その刀で何体斬った?」

 頼新はにやりと笑うと、

「今夜はまだ十匹くらいかな、手応え無い奴ばかりだったな」

「なに…貴様!」

「なに怒ってるのさ、自分だってついさっき、人間を殺そうとしていた癖に。人間を殺そうというなら殺される覚悟もしなくちゃね」

 そううそぶく頼新に向かい、いきり立った金光坊は突っ込んでいった。目にも留まらぬその斬撃を余裕で受け流し、

「でもこの程度か、…もう遊びは終わりにしようか」

 その言葉が終わらぬうちに、鈍い音がして金光坊の持つ棒が両断された。同時に金光坊の左肩から胸にかけて、深い刀傷が刻まれる。倒れる金光坊。

「な…何だと…吾の金剛杖が…」

「そんなもの、この童子切にかかったらただの木の棒さ」

 そう言うと、金光坊の心臓に向けて刀を突きつけ、

「おとなしくこの刀の餌食になりなよ」

 そう言って徐に刀を突き出す。金光坊は身体を捻って辛うじてそれを避けたが、刀は左腕を貫いた。

「ぐあああっ!」

「ほら、余計な足掻きをするから苦痛が長引くんだ」

 金光坊の左腕に突き刺さった刀は更に青白く輝きを増す。それはあたかも金光坊の力を吸い取っているかのよう。

 実際、その通りなのだろう。見る見るうちに金光坊の顔に生気が無くなる。

「なかなかしぶといね、でも時間の問題さ」

 狂気の笑みを浮かべる頼新、その頼新に向かって、

「止めろ!」

 そう叫んで博信が跳びかかった。

 頼新は跳び下がってかわす。そのはずみで金光坊の腕から刀が抜けた。

「何するんだよ、お兄さんの事助けてやったんだよ、僕は。何で邪魔するのさ」

「助けてもらったことは感謝する、でもそれ以上は止めてくれ」

「何で?…妖怪の味方するのかい?」

 博信は、

「人間だからとか、妖怪だからとか、そんな事で言ってるんじゃない。ただ目の前で誰かが殺されるのが嫌なだけだ」

「へえ、面白い考え方だね。でもそれには賛成できないな。僕は僕のやり方でやるよ」

 そう言って再び金光坊目掛けて刀を突き出した。それを遮ろうとする博信。その右掌に刀が突き刺さった。

「くあっ!」

「ほら、邪魔するから。痛いだろ?」

 薄ら笑いを浮かべながらそう言い放った頼新は博信の後ろに倒れている千草に気が付いた。

「へえ、そこのお姉ちゃんも妖か。お姉ちゃんの方が力を持っていそうだね」

 頼新の刀は千草に狙いを定めた。

「く…させるか!」

 右掌から血を滴らせながら頼新の前に立ち塞がる博信、だが頼新はそんな博信を歯牙にもかけない。頼新が千草に向けて一歩を踏み出したその時。

「博信! 千草さん!」

 直也の声。

「遅かったか!…千草さんまで!…弥生、二人を頼む!」

 直也はそう言って懐から天狗の秘薬を出し、弥生に渡した。

「あ…、金光坊様」

 付いてきたらしい与次郎狸が金光坊に駆け寄る。一方直也は源頼新と対峙していた。

「お兄さんも邪魔するのかい?…邪魔する奴は人間だって迷わず斬り捨てるよ?」

 そううそぶく頼新の目は殺意で血走っていた。

「もう止めてその刀を捨てるんだ、これ以上凶行を繰り返していたらお前はその妖刀に取り込まれてしまう」

「妖刀?…何を馬鹿な。この刀は童子切、化け物を退治するための刀だよ」

 そう言って直也の後ろの弥生を眺め、

「お兄さんの使い魔は狐だったのかい、狐はまだ斬ったことがなかったなあ、…楽しみだ」

「誰も斬らせるものか」

「邪魔するならお兄さんも斬るよ?」

 そう言って頼新は直也に斬りつけてきた。

 

 一方弥生は、まず博信の手当をしていた。腕を縛って流血を減らし、傷口に天狗の秘薬を塗り込む。

 だが、いつもならすぐに止まる血がなかなか止まらない。

「これは…傷口に妖気がまとわりついておるのか…」

 妖刀に斬られた傷口には妖気がこびりつき、治癒を妨げるのである。

 そこで指先から霊気を発し、傷口の妖気を打ち消す。これでようやく血が止まった。

「これでよい、が、まだあまり動かしてはいかんぞ」

「ありがとう弥生さん、…あなたは…狐だったのか」

「隠していて済まぬ。儂は直也の守護狐なのじゃ」

「そうだったのか、…そうだ、早く千草さんを診てあげてくれ」

 そこで千草の介抱にかかる弥生。

「棒で胸を突かれたんだ」

 博信も心配そうに覗き込む。弥生は千草の胸に手を当て、今度は霊気でなく妖気を注ぎ込む。

 妖気と霊気を自在に操る、こんな事が出来るのは弥生くらいであろう。

「う…ん…」

 千草の気がついた。

「弥生様?…博信様は…ご無事でしょうか…?」

「千草さん、俺はここだ、大丈夫、何ともないよ」

 そう声を掛けた博信に千草は向き直り、右手の傷を見つけると、

「博信様!…そのお手は!?」

「ああ、大したこと無いよ」

「そんな!…楽器の演奏に無くてはならない大事なお手が…!」

 そう言って自分の胸の痛みも忘れ、両掌で博信の手ををそっと包み込む千草であった。

 弥生はそんな二人からそっと離れ、金光坊の様子を見る。弱ってはいるが命には別状無さそうだ。

「こ奴…闇の力にてられていたようじゃな」

「姉御、やにの力って?」

 一緒に金光坊を見ていた与次郎狸が問い返す。

「やにではない。闇の力じゃ。…おそらく鬼どもが持っていたのじゃろうな」

 霊気で闇の力を打ち消しながら弥生が説明する。やがて金光坊が正気に戻った。

「わ…吾は…何と言うことをしていたのだろう…」

 これまでの記憶はあるらしい。与次郎狸を見つけると起きあがり、

「与次郎、すぐさま皆に伝えよ、人里を襲う計画は止めだ、とな」

「お頭、こちらの弥生姉御に言われて、先程伝えて回ってきました」

「そうか、御苦労。…弥生どのと申されるか、かたじけない」

「お気になさるな。…それよりも今は」

 弥生は闇を見つめた。その闇の中、火花が散る。直也と頼新が切り結んでいるのだ。

「お兄さん、人間にしちゃやるねえ。こんなに楽しいのは久しぶりだよ」

 そう言いながら、連続で突きを繰り出す頼新。直也はそれらを横に回って回避。

 頼新は突きから横薙ぎへ。直也はそれを受け止めると、後ろに跳び下がる。

「でもお兄さん、受けるばかりで何で攻撃してこないわけ?」

 笑いながら袈裟懸けに斬りつけてきた頼新が尋ねる。

「お前こそ何でそうも妖を斬ることに拘るんだ?」

 頭上でそれを受け止めた直也が逆に尋ねる。

 会話だけ聞いていたらとてもこの激しい斬り合いは想像できないだろう。

「…僕の家族は妖怪に殺された。…僕もあやうく殺されかけた。助けてくれたのはお坊さんだった」

「それが何で…」

 鋭い頼新の胴薙ぎを受け止めた直也は、続く袈裟懸けも同様に受け止める。

「そのお坊さんがお守りとしてこの刀をくれたんだ。それ以来僕は誰にも負けたことはない」

「それは偽坊主だ!…坊さんが殺生の道具である刀をくれるはずがない!」

 大きく空振りをした直也は頼新と距離を取る。さすがに攻撃はせず、防御に徹しているのは難しい。

 妖刀を持った頼新は今の直也にも厄介な相手であった。

 頼新が大きく振りかぶった、その時。 

「!?」

 頼新に向かって狐火が飛んだ。頼新はそれを刀で払う。

「邪魔するなよ、お前から先に斬られたいのか?」

 頼新は狐火を投げた弥生に向かって言う。が、

「いいかげんにしろ、頼新!」

「小僧、そこまでだ」

「おやめなさい、これ以上の凶行はあなた自身を損ないますよ」

 回復した金光坊や博信、千草、それに与次郎狸までがいるのを見て、

「…やめたやめた。折角楽しかったのに水を差されちゃったよ。まあいいや、もっと面白そうな場所を見つけたから」

 そう言うが早いか、源頼新は刀を収めると闇の中へ走り出した。

「あっ、待て!」

「…直也、もう良い」

 追おうとする直也を弥生は押しとどめて、

「この騒動は終わった。怪我をした者達を助けて戻るとしよう」

「弥生殿、恩に着ます。…闇の力に惑わされていたとは何ともお恥ずかしい。…博信殿、済まなんだ。命を狙った吾を助けてくれましたな、礼を申します」

 金光坊が一行に頭を下げる。

「そうじゃ、金光坊殿、我らはこの後下北へ向かうが、もう少し鬼どものことを教えてくれぬか」

 弥生が思いついたことを口にする。少しでも情報は欲しい。

「そうですな、鬼どもの長は多少知恵があるようで、今は人を襲わせてはいませぬ。それもいつまで続かはわかりませぬが。手下の鬼は百体ほど、その大半が闇から生まれたような、破壊衝動しか持たないような低級な鬼です。鬼の長は元は人間だったのではないかと思えます」

「うむ。…おそらくは、な」

「ご存じか?」

「昨年、もう少し南の土地で出会った。その時はいろいろあって取り逃がしてしまったが、今度こそ人に戻してやりたいとは思うておる」

 そして弥生はしずの事をそこにいる者に話したのだった。

「それ程の鬼が何故人の心を少しでも持っておるのでしょうな」

 金光坊の問いに弥生は、

「あの時は…鈴の音で人の心を僅かながら取り戻した」

「鈴…でござるか」

「楽の音はいかがでしょう?…もしかするとそれでかの鬼を…」

 千草の提案に、

「楽か…それなら俺の出番だな」

 博信が笑って言う。

「俺にも手伝わせてくれよな、直也」

「気持ちは有り難いけどな、危険すぎる」

「危険が何だ。人助けじゃないか。そのしずという子を元に戻せば、他の鬼もいなくなるんじゃないのか? そうしたら大勢の人が助かるんだろう? もちろん下北の妖たちだって助かる」

「博信様、でもお手が…」

 千草の心配そうな声。

「大丈夫さ、弥生さんの手当で随分良くなった」

 そういって手を握ったり開いたりしてみせる。が、ほんの僅かに顔に出た痛みの表情を千草は見逃さなかった。

「…それではわたくしもお供します」

「え、千草さんが?」

 千草は頷いて、

「もうわたくしが人でないことを隠す必要もありません、ならば自分の身は自分で守れます」

 そう言って、そこにあった大岩を指差し、

「消えよ」

 どこかへ消し飛ばして見せたので博信も笑って納得した。

「これじゃあ俺の方が守ってもらわなけりゃいけないな」

 千草は、

「博信様、楽を奏でるにしても楽器が必要ですわね?…何がよろしいでしょう?」

「そうだな、琴や琵琶はそういう場所には不向きだ、やっぱり笛だな。横笛。龍笛か笙がいい」

 そこで千草は、

「龍笛ならわたくし、里に良いものを持っております。…ただ、今から取って来るにしても時間が…」

「それならば吾が承ります」

 そう言ったのは金光坊。なるほど、烏天狗なら遠野のマヨヒガまで行ってくるのに時間はかからないだろう。

「では頼むとしましょう」

 そう言って千草は髪から簪を抜き取り金光坊に手渡しながら、

「これを持って行って下さい。これがあればマヨヒガに入ることが出来ます。そして留守番の座敷童も納得するでしょう。わたくしの文机の上の手箱の中にある笛を持ってきて下さい」

「承知」

 金光坊は羽ばたくと、いつの間にか薄明るくなり始めた明け方の空へと舞い上がった。

「さて、我々も行くとしようか。倒れた侍は手当てしたし、木に引っ掛かった侍や転げ落ちた山伏は村の者が助けるじゃろう。

 それよりあの小僧より早く下北まで行きたい、…与次郎、案内を頼むぞ」

「へい、おまかせ下さい」

 

 北へ、北の果てへ。

 明け始めた空は朝焼けで血のように赤く、そんな空の下、直也一行は北の果て下北を目指し、足を速めるのであった。

 微妙に次回へ続く、プロローグ的な回となりました。いよいよしずを助けるための戦いになりそうです。 

 源頼新、こういう狂気を孕んだキャラは難しいです。でも直也や博信との対比のため、必要でした。

 童子切安綱、天下五剣の一で、国宝です。

 平安時代の刀工大原安綱の作であるとされ、清和源氏の嫡流である源頼光が丹波国大江山に住み着いた鬼、酒呑童子の首をこの刀で切り落としたという伝説が残っています。

 作中で弥生が語ったように、足利将軍家から豊臣家、徳川家と伝わって、越前松平家から津山藩、現在は国立博物館に所蔵されています。

 それでは、次回も読んで頂けたら幸いです。

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