巻の六十九 童子切(前)
巻の六十九 童子切(前)
みちのくの夏も盛りを過ぎかけようとする頃。
直也、弥生、千草、それに水無月博信を加えた四人は北へ北へと向かって歩いている。
道々、博信は草の葉、木の葉を摘んで草笛とし、歩きながら鳴らしたりした。
そんな素朴な笛の音ですら、聞き惚れてしまうのは博信という男の楽の才能が並々ならぬものであることを物語っている。
しかし当の博信はいっこうにそんなことを自覚すらしていないらしく、ただひたすらに楽を愛し、知らない曲や珍しい楽器を探すことに情熱を傾けていた。千草はそんな博信がどうにも気になるようである。
さて七戸宿を発った一行は、野辺地へと向かっていた。ようやく千草も歩き慣れてきて、日があるうちには辿り着けそうである。
だが、道はその先で少し登りとなって、低い山が連なっているのが見える。たいして高い山ではないが、越える前に少し休んでおきたい。ちょうど山の手前にある村に、地方にしては大きな寺があったので、水と、しばしの休憩を頼むために一行はその山門をくぐった。するとそこには十数名の村人が集まっていた。
「おお、お侍さんの一行だべ」
「ちょんどええ、加勢を頼むとすべえ」
「人手は多いほどええかんな」
そんな事を言いながら、村長であろうか、中で一番年長の、初老の男が近付いてきた。
「旅のお方、どんか頼みを聞いてけろ」
その村長が語ったところによると、今年になって、村周辺の山に妖怪が増え、村人を脅かしているという。
今のところ実害は、鶏などの家畜を盗られた家が数軒あるくらいの軽微なものだが、野辺地へ続く街道にも妖怪が出るというので旅人が減ってしまい、このままでは商人の往き来も無くなってしまうのではないか、と危惧しているという。
そこで腕の立つ侍や、祈祷師、山伏などに頼んで、ちょうど今夜、妖怪退治をしてもらう所だということであった。
「そうですか、それはお困りですね。我々で良かったら力を貸しましょう」
直也がそう答えると村長は喜んで、寺の一室へ案内してくれた上、村の娘に命じて水どころか茶や食べ物まで運んできてくれた。
一通り話を聞いた後、四人だけになると、
「…どう思う、千草殿?」
弥生がまず口を開いた。
「…少し気になりますわ。…妖が急に増えたということが特に。それはとりもなおさず、どこかからか移ってきたということ。…妖はその多くが土地に付き、移動はあまりしないものです。それが住処を変えるということは…」
「うむ、おっしゃる通りじゃ」
「へえ、千草さんも弥生さんも妖に詳しいんだね」
博信の声にはっとする二人。そう、一行で唯一、この博信は弥生と千草の正体を知らないのである。
「あ、ああ、旅を続けていると自然にそういうことを憶えるんだよ」
直也が慌てて辻褄合わせの説明をする。博信もそれ以上突っ込むことはせずに、
「…でも、退治というのは嫌だなあ」
そう呟いたのであった。それを聞き逃さず、千草が、
「博信様、どういうことですの?」
と尋ね返す。すると博信は、
「だって、『退治』って、邪魔だから、害になるから、殺してしまう、って事だろう?ちょっと横暴だと思ってさ」
「でも、家畜が襲われ、もしかしたら次は人が襲われるかも知れないんですのよ?」
わざと千草はそう言ってみる。だが博信は、
「千草さんが言ったんじゃないか、妖が何か理由があってこの土地へ移ってきたんなら、上手くすれば元の場所へ帰す事も出来るんじゃないか?…そうすれば無駄な血は流さないで済むかも知れない」
「博信様…」
千草は言葉に詰まった。博信は妖を人と同じように見てくれている。
弥生もそれを聞いて感心していた。それで、直也を誘って部屋の外へと出て行く。千草と博信、二人だけで話をさせてみたくなったのだ。
二人は部屋を出、寺の中庭を見下ろす廊下を歩いていった、その時である。
不意に刀がひらめき、刹那、弥生は跳び下がってそれをかわした。
更にもう一撃が弥生に向けられたが、その刀は直也が抜いた刀によって止められた。
直也は相手を睨み据える。青白く光る刀を持ったその相手は直也に向かって、
「へえ、その女妖怪、お兄さんの使い魔かい?」
弥生に斬りつけてきた相手をよくよく見れば、この者があの鋭い打ち込みをして来たとは思えないような少年である。
直也よりも年下であろう。その少年は、
「ちぇ、…じゃあ仕方ない、今は見逃してやるよ。…運が良かったな、女妖怪」
そう言って刀を鞘に収めた。そして直也に、
「お兄さんの刀もすごくいい刀だね。僕の童子切を受けても折れないなんてさ」
「何だって!?」
そう声を上げた直也に背中を向けながら少年は、
「そうさ、僕のこの刀は『童子切』、鬼や妖怪を退治するための刀なんだ。…いいかい、僕の前に一人で現れたら、使い魔だって容赦しないからね」
そう言い捨てるとゆっくりと廊下を歩いて行き、やがて角を曲がって見えなくなった。弥生は、
「直也、ちょっと刀を見せてみよ」
そう言って直也から刀を受け取るとしげしげと眺め、溜息を吐いて、
「…大丈夫じゃ、ひびも入ってはおらん。…無銘ではあるが、お主のご先祖は名刀を遺して下さったのじゃな」
そう言いながら直也に刀を返した。直也は、
「あの少年、『童子切』って言ってたな、まさか大江山の酒呑童子を退治したというあの刀か?」
しかし弥生は首を振って、
「いや、あの刀は、足利将軍家から豊臣家、徳川家と伝わって、今は越前松平家にあるはずじゃ。…それに童子切は太刀であって、打刀ではない」
「じゃああれは…」
「偽物じゃ。…じゃが、相当の業物でもある。その上…妖刀じゃ」
「妖刀?」
「そうじゃ。斬った相手の血を吸い、力を取り込み、更に犠牲を求める…まさに妖刀じゃ。しかも…既に百近い妖の血と力を吸っておるな。並の刀じゃったら受けた刀ごと斬られていた所じゃ」
直也は言葉が出なかった。
「そうじゃ、直也、もう一度、刀を大小とも貸してくれぬか」
そう言って直也から刀を受け取った弥生は、右手に大刀、左手に小刀を持つと、天を向けてかざした。
目を閉じた弥生から、目に見えない力が発して、刀に流れ込んでいるようだ。
事実、弥生は霊力を高め、刀に込めているのである。
やがて刀はうっすらと光を放ち始める。先程の妖刀が発していたような青白い冷たい光ではなく、
太陽のように暖かな光。その光はゆっくりと刀に吸い込まれるようにして消えていった。
そして弥生は刀を直也に返し、
「これでよかろう。…翠龍には及ばずとも、妖刀にはひけを取らないはずじゃ」
「ありがとう、弥生」
百近い妖の力を吸った妖刀に負けないと言った弥生。直也はあらためて弥生の力を実感した。
「さて、そろそろ部屋へ戻るとしよう。今夜に備えて休んでおかねばな」
部屋へ戻ると、千草と博信はまだ話をしていた。博信は千草に向かって、
「…俺は俺の心を信じる。…たとえ妖であっても、俺が信じた相手なら、俺は…そいつの味方だ」
そう言い放った所。直也はそんな博信に、
「いい奴だな、博信は」
思わずそう声を掛けるのであった。
「なんだ、直也、弥生さんも、戻ってきたのか、…あれ、弥生さん、袖…何かあったのか?」
気が付かないうちに、弥生の着物の袂が切られていたのである。さっきの少年に違いない。
それで直也は、妖刀を持った少年のことを、弥生を妖と見て斬りつけた事だけは伏せ、
残りは全て話をした。それでも千草は勘づいたようだ。
「…その少年、危険ですわね」
「…まったく、いきなり斬りつけるなんて何て危ない奴だ」
「じゃから、今夜は儂と直也だけで行く。千草殿は残っておられよ。博信殿は千草殿を護って一緒にいてくだされ」
そう弥生が言うと、
「嫌ですわ。無益な争いを避けるためにも、わたくしも行きますわよ」
「俺だって大したことは出来ないだろうが、千草さんを守るくらい出来るさ、一緒に行くぜ」
* * *
夜、子の刻(午前零時頃)。月は出ていない。寺の境内には篝火が焚かれ、人が集まっていた。
妖怪退治に出発するのである。万が一のことがあっても、短い夏の夜、じきに朝になる。
そうすれば妖怪の力は殺がれる。そう判断しての時刻設定である。
山へ向かうのは、案内役として村の若者二人。そして羽黒山の行者という触れ込みの山伏。少壮の浪人が二人。弓を持った若い猟師。先程の少年。そして直也一行である。
「上田直也です」
「水無月博信だ」
「弥生じゃ」
「千草です」
直也達が自己紹介する。山伏は円角坊、浪人は荒木孫兵衛と八賀才蔵、猟師は虎造と名乗った。
「僕は頼新。源頼新」
少年は頼光の子孫であるとそう付け加えた。
「妖怪退治に女子供は邪魔だ、ここに残れ」
浪人、孫兵衛がそう言うと、頼新は、
「おじさんこそ足手まといだよ。僕一人だって皆殺しに出来るのにさ、こんなに人数集めちゃって、役立たずがいくらいたってしょうがないのにね」
そう鼻で笑い飛ばす。その態度に孫兵衛が怒った。
「小僧、刀を持っただけでは強くなれんぞ」
そう言って刀の柄に手を掛けようとした、その手が止まった。
「な…これは!?」
掴むべき刀の柄が無かったのだ。柄はいつの間にか斬り飛ばされていた。
「いつ斬ったのだ…見えなかった」
頼新はにやにやしている。
「ほらほら、そんななまくら刀、いくらあっても役に立たないよ。この童子切は何でも斬りとばしちゃうからね」
そう言って、境内の石灯籠を軽く小突く。すると石灯籠は火袋の部分から真二つになってしまった。
「わい、どってんしたじゃ(わあ、びっくりした)」
そう言ってそこにいた村の者達は少年を褒めそやした。
「とにかぐ、お侍さま、そっだらごと言わねで、皆で行っておぐんなせ」
そういうわけで、全員揃って山へ向かう事になった。
博信は棒を借りて下げている。同様に、刀の柄を斬られた孫兵衛も棒を持った。
村の若者二人が松明を持って先に立って歩いている。道は次第に登りになり、両側からは黒い木の陰が迫ってきて、山に入ったことがわかる。梟の声が聞こえてきた。
突然行く手に壁のようなものが現れた。道を間違えたかと左右を見ると、そこにも壁が立ちはだかっている。
引き返そうと振り向くとそこにも壁。一行の周囲は壁で囲まれてしまっていた。
「ぬっ!?…妖術か?」
「…多分、そんです」
「…よし、わしの法力を見せてやる」
皆がわいわいがやがや騒いでいる中、弥生は直也の隣にそっとやって来て他の者には聞こえないくらい小さな声で、
(直也、お主にも壁が見えるか?)
と尋ねた。直也も小声で、
(うん、見えた気がしたが、良く見ると何もないのがわかる)
(そうか。あれは妖怪が人の心の隙を突いて掛けたものじゃ。心を落ち着けていれば何の事もない)
「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前!」
山伏、円角坊が早九字を唱えた。その途端に周囲の壁は消失。
「ざっとこんなものじゃ、さあ、先へ行こうぞ」
得意気に言う円角坊、頼新は冷たい笑いを浮かべながら後に続いた。
更に歩を進める一行。と、地面に丸太らしきものが横たわっている。
それを見た弥生が止める間もあらばこそ、前を歩いていた荒木孫兵衛が、
「何の、こんな丸太」
そう言ってまたいだ瞬間、丸太が跳ねた。
「うおわっ」
丸太と見えたのは立木であった。それを撓めて横たえてあったのを、またいだ瞬間に元に戻したものだから堪らない。荒木孫兵衛は空中高く跳ねとばされてしまった。
「ぉーぃ」
小さく声が聞こえる。どうやら高い木に引っ掛かっているようだ。
「荒木様、明るくなったら助け下ろしますんで、どんかそれまで辛抱してくんなせ」
そう上に向かって若者が声を掛けた。返ってきた返事の様子だと怪我はないらしい。荒木を欠いた一行は慎重に先へと進んだ。
と、突然、髪を振り乱した女の生首が樹上から落ちてきた。
「うわぁい」
先導していた若者が腰を抜かす。だが、円角坊が手にした錫杖ではっしと打つと生首は消えてしまった。
「ふむ、初歩の術じゃな」
弥生がひとりごちる。弥生から見たら、今までの化かし方は初歩のものなのだろう。だが先導する若者達は違ったらしく、
「も、もうここで勘弁して下せ。…あとはこのまま少し行けばええですから」
そう言って松明を差し出したので、円角坊と八賀才蔵が受け取り、一行はそのまま山道を進むことにした。
若者達が闇に見えなくなった頃、ばらばらと音がして石が降って来た。
「千草さん、危ない!」
博信はそう言って千草を庇うが、直也と弥生は宙を睨みつけていた。源頼新と名乗った少年も同様である。
円角坊と八賀才蔵は石つぶてをかわそうと右に左に身体を動かしている。その円角坊の姿が消えた。
「うわあああぁぁぁ…」
石をよけたはずみに、道脇の斜面から転げ落ちたらしい。それと同時に石つぶてもぴたりと止む。
「おーい、大丈夫か?」
博信が暗闇に向かって呼びかけると、
「なんとか無事だが、足をくじいてしまった。済まぬが先へ行ってくれ」
そう言う声が返ってきた。あと一刻もすれば薄明るくなる、それで一行は円角坊の言葉通り、更に先へ行くことにした。
「今度は何が出るかな」
そう直也が口にすると、闇の中に光が灯った。
「おや? あれは…」
「狐火だな。俺にまかせろ」
そう言って猟師の虎造が闇の中へ弓を持って踏み込んでいったが、いつまで経っても戻ってこない。仕方なく一行は先へ進むこととした。
「しかし、段々頭数が減っていくなあ」
博信が言うと、源頼新が、
「だから僕が言ったんだよ。役立たずが何人いたって駄目だって。ここからは僕一人でやらせて貰うよ」
そう言って暗闇の中へと駆け出して行った。
「おい待て、小僧! ばらばらになってはいかん!」
八賀才蔵が罵声を浴びせるが聞くものではない。弥生は、
「いかん、一人で行かせたら危ない、博信殿は八賀殿と一緒に千草殿を守っておられよ、儂と直也はあ奴を追う」
そう言って直也と共に闇の中へと駆け出した。道々直也は、
「弥生、うまい口実だな」
「まあのう、あの小僧を先走らせたら何をするかわからぬ。それに、千草殿がいれば大丈夫じゃろう」
二人は草をかき分け、道無き道を進んで行ったが、
「どこまで行きおったあの小僧…」
闇の中、直也と弥生は源頼新を見失ってしまった。
「まあ仕方ない、誰も見てはおらぬじゃろう」
そう言って狐の耳と尻尾を出す弥生。その姿になることで、力をより振るえるようになる。
「…あちらの方へ行ったようじゃな」
右斜め前を指す弥生。と、その足に絡みついたものがある。藤蔓であった。
「ぬっ!?」
それはあっというまに弥生の身体を絡め取ってしまう。たちまちのうちに弥生の姿は絡んだ蔓で見えなくなってしまった。
「弥生! 今出してやる」
直也が刀に手を掛けようとしたとき、
「直也、儂はこっちじゃ」
「え?」
後ろから声を掛けられ、振り向くと弥生が立っていた。
「弥生?…するとあれは?」
直也の目の前には蔓の塊がある。
「ふふ、『秘術、術者交換』とでも呼ぼうか」
「え?…するとあの中には…」
「そうじゃ、仕掛けてきた妖が捕らえられておる」
流石は弥生、瞬時のうちに立場を入れ替えてしまったらしい。
「姿を拝ませて貰うとするか…解!」
弥生が指差すとするすると蔓が解け初める。大半が解けたところで弥生は術を止めた。そこには、藤蔓に絡まれた一匹の狸がいた。
「こやつの仕業か」
「狸じゃないか」
「相手が悪かったのう、人間相手なら負けることは無かったじゃろうが」
そう言って、
「禁」
定身法を掛けてしまう。そうしておいて藤蔓を完全に取り除いた。
「これ狸、貴様は何故このような真似をする?」
そう問いただす弥生に向かって狸は蚊の鳴くような声で返事をする。
その言葉は直也にはまるきりわからないが弥生は理解しているようだ。
「なるほどのう…よいか、儂等はお前達の敵ではない。なんとか元の土地へ返してやりたいと思っておるのじゃ」
そう言うと、
「解」
定身法も解く。すると狸はくるりととんぼ返りをしたかと思うと若い男の姿に化けた。
少し小太りで背が低く、何となく狸の雰囲気が漂っている。
「どうも、霊狐の姐さんとは知らずに、失礼いたしやした。俺は与次郎と言います」
「儂は弥生、こちらは儂の主、直也じゃ」
「へい、弥生姉御、直也様、以後よろしゅう」
そう言って頭を下げる与次郎狸。だが直也は何が何やらわかっていない。
「おい弥生、どういう事なのか俺にもわかるように説明してくれよ」
「そうじゃな。よいか…」
弥生が掻い摘んで直也に説明する。
与次郎狸の言う所によれば、一年ほど前に、南の方から鬼がやってきたという。
鬼は鬼を呼び、いつのまにか下北の妖は鬼共に襲われ、追い出されて逃げ出したのだというのだった。
「一年…前」
口ごもる直也。弥生は与次郎狸に、
「その最初にやって来た鬼の特徴は何か憶えておらぬか?」
すると与次郎狸は即座に、
「へえ、片目でした。…もっとも、鬼のことですんで、半年もしないで治って両目になりましたけどね」
「……」
眼を瞑って考え込む直也。弥生は直也が何を思っているのか見当が付いていた。
「直也、おそらく…その鬼は…しずじゃ」
しず。一年前、みちのくの山奥で出会った少女。飢饉で両親を亡くし、やっとの事で見つけた幸せを山賊に奪われた少女。
その怨みの念と、闇の契約によって鬼となり、山賊を滅ぼしたあと、どこへともなく消えていった少女。
直也はしずを救えなかったことを悔いており、出来ることなら人間に戻してやりたいと思い続けていたことを弥生は知っていた。
「これはなんとしても北へ行かねばならぬのう」
「お願いします、弥生姉御、直也様、どうか下北の妖をお助け下さい」
そう言って頭を下げる与次郎狸に直也は、
「逃げてきたわけはわかったが、なんでこの山に棲んで悪さをするんだ?」
「へい、お頭の…あ、お頭って言うのは烏天狗の金光坊様のことです…が、この下の村の住人を追い出して、我々のものにしようと…」
「何じゃと?…そんなことが出来るわけがない。そんな事をしたら人間との戦になってしまう。現に、今夜はその目的で山伏や浪人がやって来ているのじゃ」
「へえ、ですが、あんな山伏や浪人は怖くありませんや」
「馬鹿者!もう一人、刀を持った小僧がおったじゃろう!…そうじゃ、あの小僧を早く見つけねば…与次郎、とにかくお前の仲間に、あの小僧に手を出さないよう伝えて参れ。…鬼の件は、この儂が請け合う。じゃから人間の村を襲うのも止めるのじゃ」
「へ、へいっ!」
与次郎狸はそう言って、もう一度とんぼを打って狸の姿に戻ると、一目散に駆け出して行った。
残った弥生は、
「直也、千草殿達と合流しよう。そしてこの話を伝えねば…」
「おう」
そう言って二人は元来た道を戻っていった。




