巻の四 高崎宿の夜
四話目、少しずつ話のボリュームが増えていきます。
巻の四 高崎宿の夜
高崎宿は中山道六十九次十三番目の宿場で、三国街道もここから分岐している。その三国街道はここ高崎宿から日本海を目指し、北陸街道の寺泊へと至る街道だ。
直也と弥生はその高崎宿で宿を取っていた。
「ああ、いい湯だった」
湯に入ってさっぱりした直也。弥生はそんな直也に、
「疲れは取れたか?」
と問いかける。直也は上気した顔で、
「ああ、やっぱり野宿より宿に泊まる方がずっといいなあ」
「ふふ、まあ否定はせぬが、野宿も修行じゃ。今回はまだ旅慣れぬお主の身体が心配じゃったからのう。毎回旅籠に泊まれるとは思うな」
直也は少しだけ不満そうに、
「わかってるよ」
と返事を返し座布団に座る。その直也に弥生が茶を淹れて差し出した。
「お、ありがとな」
風呂に入って喉が渇いていた直也は喜んでその茶を飲んだ。
「明日は町見物に行くとするか」
「え? と、言う事はもう一泊するってことか?」
弥生は微笑み、
「まあそうじゃな。お主も大分旅慣れてきた事じゃし、ここらで社会勉強もいいじゃろ」
* * *
高崎は城下町で、その城は徳川四天王の一、井伊直政が家康の命で築いた城である。同時に城下町の建設も行われ、大手門の前には連雀町、鍛冶町、田町などが作られた。
「お江戸見たけりゃ高崎田町 紺の暖簾がひらひらと…」
里謡が聞こえてくる。
「何だ、あの歌は」
「あれはのう、高崎の田町がいかに栄え、江戸の町のように活気があるかを歌っておるようじゃな」
「へえ…」
直也はさきほどからきょろきょろと、道の両側に立ち並ぶ店、そして通りを行きかう人に驚きながら歩いている。
「これ、もそっと落ち着け。それではさながらお上りさんじゃ」
「そうは言ってもな、珍しいものばかりで…」
弥生は溜め息を一つつくと、
「まあ、里にはこんな活気はないからのう、仕方なかろう。じゃが、人にぶつからぬよう気をつけるのじゃぞ」
「それはわかっているよ」
そう答える直也の足取りは軽い。元々身軽な上、旅慣れて足腰が更に鍛えられているからなおさらである。
「おっ、あれは何の店かな」
「やれやれ…」
直也の興味は尽きない。
「とおっ!」「うりゃあっ!」「まいった!」
威勢のいいかけ声、木と木の打ち合う音。今、直也達が見物しているのは町道場。念流の看板が掲げられていた。念流は上州を中心に関東各地で広範囲に広まっている流派である。
「そろそろ行くぞ、直也」
「あ、うん、もう少し」
その直也の態度に弥生は感ずるものがあったのか、
「あと少しじゃぞ」
そう言って稽古の見物を続けたのである。
日も傾いた、帰り道でのこと。
「直也、やはり、強くなりたいのじゃな?」
「え?…うん、…やっぱりわかるよな?」
「そりゃあ、あれだけ剣術道場の稽古を眺めておったらのう」
直也は頭をかき、
「数日だけでも入門できないものかな?」
しかし弥生は頭を振って、
「やめておいた方が良い。ああいう道場は新入りにはそう簡単に稽古をつけてはくれぬ。掃除や風呂焚きのような雑用をさせられるのが関の山じゃ。まして町人ではな」
「そうか…」
残念そうに肩を落とす直也だったが、そんな様子を見た弥生は、
「まあ、稽古を見るというのも稽古になるのじゃぞ?」
「え?」
「見取り稽古、と言うてな、ただ漫然と眺めるのではなく、手足の動き、剣さばき、視線の向き、などを見て憶えることで自分の物にする事じゃ。一人で稽古する時にも相手の動きを想像する事で何倍もの効果を上げられる」
「へえ…」
何か思うところがあるのか、直也はそれきり黙り込み、宿に着くまで何やら考え込んでいた。
* * *
その夜の事。直也は寝ている弥生を起こさないようそっと宿を抜け出し、近くの神社へ来ていた。もちろん参拝目的ではない。手には宿から持ちだした心張り棒を持っている。
「さて」
心張り棒を木刀代わりにして素振りを始める直也。昼間見た稽古風景を思い浮かべ、目の前に仮想の敵がいるものとして振り回す。空には望にはもう少し、という月が懸かり、境内は明るい。月光に照らされ、直也は一刻以上、黙々と棒を振り続けた。
その翌日も、町を見て回る途中、前日とは別の剣術道場の稽古を眺め、夜はこっそりと一人稽古に励む。
「…ふう」
半刻あまり棒を振り、一息付いた直也。とそこに現れた者がある。
「ほう、誰かと思えば町人か」
そう言ってふらりと現れた一人の浪人。
「町人の若造がこんな所で何をやっている」
酒気を帯びているのか、身体がふらついているが、その眼光は鋭い。
「…ちょっと剣の稽古を」
「剣? 町人のお前が何故に剣の稽古をする?」
即座に直也は答える、
「守りたい者がいるから」
その答えに浪人はにやりとし、
「ふん、そうか、その想いには武士も町人もないな。どうだ若造、俺が相手になってやろうか」
そう言ってそこに落ちていた木の枝を拾い上げる。
「俺に打ちかかって来い。俺はこの枝でお前を叩く。それをよけてその棒で俺に触れる事が出来たら合格だ」
「…いいんですか?」
「かまわん。気まぐれだ。さあ、俺の気が変わらぬうちに来い!」
直也は棒を握り直し、
「行きます!」
浪人へと向かっていった。
* * *
翌朝。
「ほれ、直也、朝じゃ、起きんか」
「うう…もう少し」
「なんじゃ、だらしのない。これ、起きるのじゃ」
半ば強引に起こされる直也。昨夜はあれから深夜まで、浪人と稽古をしていたのである。直也の棒は浪人にかすりもしなかったが。
「今日は連雀町をまわってみるか」
「何だ? その連雀って」
「行商人の事じゃよ。ここが高崎と呼ばれるようになった頃、町方の一番上として城の大手門正面に置かれた町じゃ。高級な店が多いそうじゃぞ」
直也は、本当は町道場の稽古を眺めていたかったのだが、弥生にそうまで言われては嫌とも言えず、内心渋々ながらも、朝食後は弥生と共に連雀町へと向かった。
連雀町の連雀とは、二片の板を紐でつないだ商人が商品を肩に背負い具の『連尺』から付けられたという。また連雀町のみ和紙を扱う事が許されていたとも言われ、その扱いは他の町とは一線を画していた。
その連雀町を見て歩いたあと、直也は弥生にせがんで剣術道場の稽古を一刻ほど覗かせてもらった。
夜の境内に声が響く。
「どうした、踏み込みが浅くなったぞ」
「まだ、まだぁ!」
今夜も直也は神社の境内で浪人に稽古をつけてもらっていた。元々身軽だった直也、剣術道場の稽古を見、浪人と立ち会うことで、身体の動きが変わってきていた。
「そうだ、今のは良かったぞ」
大股で乱雑だった脚の運びが小股で摺り足になり、直線的だった動きが円を描くようになってきていた。それは直也の才能とも言えるが、それよりも浪人が直也を誘う動き方が適切であったためと言える。
「よし、今夜はこの辺でやめよう」
ぜいぜいと荒い息を吐きながらも直也は、
「…ありがとうございました」
礼を言うのを忘れなかった。
「それではな。まあ明日の晩も気が向いたら来てやろう」
そう言い残して浪人は闇の中へ去って行った。
翌日は少し足を伸ばして高崎城の東、慈眼寺へ詣でた。弥生は特に寺に興味はないが、ここは奈良時代、東大寺初代別当の良弁僧正によって開基されたと言われる古刹なので、直也の教育に良いと思った弥生の提案であった。
南北朝の末に植えられたしだれ桜が有名だが、この季節には葉桜である。それでも直也は興味深く眺めていた。流石に剣術道場から遠く離れていては見に行きたいと口に出すわけにもいかず、素直に拝観する事に決めたようだ。
その夜も直也は宿を抜け出し、神社の境内で浪人と打ち合っていた。そう、今夜は文字通り『打ち合って』いたのである。
直也の動きは三日前に比べ見違えるほどになり、振るう棒はときたま浪人に届きそうになる。それを浪人は手にした木の枝で払いのけていく。最初の晩はかすりもしなかった事から考えると格段の進歩と言えた。
そして更にその翌晩。
「とあっ!」
ついに直也の棒が浪人を捕らえた。正確には、直也の斬撃を浪人が木の枝で受け、その木の枝が衝撃に耐えかねて折れ、浪人に棒がかすったわけだが。
「ふ、ついに俺に触れたな。見事だ」
直也は俯いて何事か考えていたが、意を決したように顔を上げ、
「…弥生、ありがとう」
と一言。それを聞いた浪人は顔色を変え、身を一つ震わせると、何と弥生の姿へと変化した。
「…いつ気が付いたのじゃ?」
「最初から、と言いたいけど、たった今、さ。弥生が棒を枝で受けた瞬間、なんて言うか…弥生の匂いがしたんだ」
「儂もまだ未熟という事か、直也に見破られるとはのう」
「俺だってずっと弥生と一緒にいたんだ、そのくらいわからなくてどうする」
弥生は、ふ、と笑うように息を吐いて、
「まあ良い。この四日で大分上達したのう。まだ達人には程遠いが、そこらの侍相手ならそうそう不覚を取る事もあるまいて」
「ありがとうな、弥生」
「本当は正体をばらしたくはなかったのじゃがな、気が付かれてしまったから致し方あるまい」
そんな会話をしていた矢先、弥生の身体に緊張が走り、狐耳と尻尾が飛び出す。
「どうした?」
「直也、こちらへ来い」
そう短く言って、神社の陰に直也を連れて行く弥生。二人が身を隠すとほとんど同時に、黒装束の一団が目の前を通り過ぎていった。どう見ても盗賊である。
人数は十二人、足音もほとんど立てていなかった事からすると、かなりの手練れ揃いと思われた。
「あやつら…」
「泥棒の一味か?」
「そのようじゃな。…これ、どこへ行く」
今にも走り出そうとする直也を弥生が引き留めた。
「あいつらを捕まえる」
「お主一人でか? 少々腕が上がったとはいえ、無理じゃ」
しかし直也は譲らず。
「じゃあ、黙って見過ごすのか?」
「そうじゃ」
その弥生の物言いに絶句する直也。弥生はかまわず、
「別にお主に危害を加えるわけでは無し。あやつらが何をしようと我々には関わりあるまい?」
だが直也は納得しない。
「だけど、何か出来るはずだ。目の当たりにしてしまったからには放ってはおけない」
弥生は溜め息をつくと、
「お主は本当に人が良いというか、お節介というか」
そして直也に真剣な目を向け、
「儂はお主のことが最優先じゃ。じゃが、お主が望むなら、その望みを叶えよう」
「ありがとう、弥生!」
「じゃがな、お主はもう宿に戻っておれ。あんな盗賊の十や二十、儂一人で十分じゃ」
直也は渋々ながら肯くと、
「わかった。俺はまだ足手まといなんだな。弥生、気をつけてな」
ふ、と微笑んだ弥生は忽ちにして闇に姿を消した。残された直也は小さく溜め息をつくと宿へと戻っていったのである。
* * *
一方、弥生は風のように駆け、あっという間に盗賊達に追いついた。連中の狙いは醤油酢問屋『伊勢や』であった。裏木戸のかんぬきを外して忍び込んでいるのを見て取った弥生も、屋根伝いに伊勢やへ忍び込んだ。瓦一枚動かさずに屋根を走り、母屋の天窓から中へと入り込む弥生。
「さて、どうしてくれようか」
その鋭敏な感覚で盗賊達の位置を探る。
「ふむ、店の使用人達の寝間の前に二人、主人夫婦の部屋に三人、金蔵に四人、表と裏に見張りが一人ずつ、か。あとの一人は…庭か」
場所を知ったなら、あとは術を使うだけである。印を組んだ弥生の顔に凄味のある笑みが浮かぶ。
「ふ、ふふ、ふふふ…」
そして弥生は久しぶりに力を解放した。
店の者が起き出して騒がないよう、見張りをしている二人。その正面の障子が薄青く照らされた。
「何だ? まずいぞ、誰か起きたのか?」
一人がそう小声でささやくと、もう一人はそっと障子を開け、中をのぞき込んだ、その目が驚愕に見開かれ、身体が硬直する。
「な…」
「おい、どうした」
もう一人がそう声を掛け、自分も覗いてみる。と、そこには、青白い行灯の灯に照らされ、妖艶な美女が肌襦袢一枚で二人を手招きしていた。ふらふらとその招きに乗る二人…。
主人夫婦の寝間に忍び込んだ三人は、一人が夫婦の様子を窺い、残り二人で部屋の中を物色する。頑丈そうなけやきのたんすがあり、引き出しを開けてみると中から鈴が転がりだした。その音で目を覚ます主人。
「な、何だ?…どっ、泥棒!」
「騒ぐな、大人しくしろ」
そう言って短刀を突きつけるが、主人はその短刀を無造作に手で掴んだのである。
「ぐっ…こいつ、離せ!」
「何て馬鹿力だ」
「なぜ血が出ない!?」
三人が三人、主人に短刀を突き刺したつもりであるが、その実態は…。
金蔵では、錠前外し担当の賊が今しも鍵を開けたところである。
「よし、開いたな」
音を立てないよう、蔵の戸を開ける盗賊。
「暗いな、扉を閉めたら灯りを出せ」
外から見られないよう、戸を閉めると、持っていた火種を蝋燭に移す。蔵の中が照らし出された。
「な、なんだこりゃあ?」
盗みに入っている事も忘れ、頓狂な声をあげる賊、無理もない、そこは蔵の中などではなく、苔むした墓石立ち並ぶ墓地であったのだから。
使用人が寝ている筈だった部屋では、二人の賊が互いの身体をまさぐり合っていた。お互いに相手は美女だと思っているのである。横では使用人達が目を覚ます事もなく眠っている。
「…見るに耐えん」
そう吐き捨てた弥生は、主人の部屋を覗く。そこには、けやきのたんすに短刀を突き立て、えぐろうと無駄な努力をしている賊が三人。うんうん言いながら短刀に力を込めるが、堅いけやきのたんすはびくともしない。ここでも主人夫婦は目を覚ます事はなかった。
「…これではつまらん」
そう呟いた弥生が、三人の賊それぞれの首筋に手刀をくれると、三人とも声も出さずに昏倒した。
さて、金蔵へと向かった弥生は、中で立ちすくむ四人を見るや、更に術を操作した。
墓場に立ち尽くす賊、その足元の土が割れ、白骨の手が突き出された。そしてその手は賊達の足首を掴み、その場に縫い止める。
「ひっ、何だ、この手は」
「ほ、骨だあああああ!」
更に墓石からは青白い鬼火が湧いて出て、賊達の周りを跳び回る。彼らの顔色は青白いどころか紙のように真っ白だった。
そして更に更に、墓石が倒れたかと思うと、そこから腐りかけた死体が這いずり出てきて、動く事の出来ない四人それぞれにまとわり付く。ある者は顔をなで回し、ある者は抱きつき、またある者は頬をなめ回し、またある者は脚に縋り付くようにして頬ずりする。その不気味さと死体の冷たさ。そして腐臭に、賊達は白目をむき、失禁しながら気を失ったのだった。
それらの様子を薄笑いを浮かべながら見ていた弥生の、狐耳がぴくりと動いた。
「…ふむ、庭にいた賊がやって来たようじゃな」
尻尾を一振りした弥生は、金蔵を出、庭へと向かった。
「やけに遅いが、お頭達、どうかしたんじゃあるまいな…」
そう呟きながらやって来た賊の目の前、天井から骸骨が落ちてきた。
「ひい!」
骸骨は廊下に当たってばらばらになったが、賊が震えながら見ている前で再び一つになり、立ち上がる。
「げえええ」
賊は腰を抜かし、這って逃げようとする。その上に覆い被さる骸骨。
「た、助けてくれええええ」
忍び込んだ事も忘れ、賊は大声で助けを呼ぶ。その声を聞いて裏にいた見張りがやって来た。
見張りが見たものは、這いつくばって気絶している仲間と、その上に腰を掛けている弥生。
「て、てめえ、何もんだ!?」
懐から短刀を抜いて弥生に突きつける賊。弥生は薄ら笑いを浮かべたまま、人差し指をぴたりと賊に突きつけ、その指先から小さな赤い狐火を放った。
それは賊の構えた短刀を包み込む。見る間に短刀は赤熱した。
「あ、あちちちち!」
賊はたまらず短刀を放した。それを弥生は熱がりもせず指でひょいとつまみ上げ、持ったまま白い狐火を灯す。すると短刀は赤熱どころか白熱し、見る間に蒸発してしまった。
「ひっ、ひいい! 化け物!」
そう言い残して逃げ出す賊。弥生は、
「面と向かって化け物と言われると流石に面白くないのう」
そう呟きながら風のように動き、どうやってか逃げ出した賊の前に回り込んだ。賊は逃げ出したつもりが目の前に弥生が現れたので、
「う、うわあああああ!」
もう正気を半ば失い、滅茶苦茶に腕を振り回すのみ。それを見た弥生は、
「やかましい」
額に指を当て、わずかに気を込めると、賊は声も出さずに気絶したのだった。
「さて、残るは表にいる見張り一人じゃな」
逃げられぬよう、裏口から一旦外へ出、静かに弥生は表へと回った。
「こやつはどう料理してくれようか」
少しだけ考え込んだ弥生だが、すぐに考えがまとまったらしく、普通に歩いて表から店に近づいていった。そのまま、賊が逃走のため開けてある板戸をくぐる。
そこには最後の賊が驚いた顔で弥生を見つめていた。
「な、何だ?」
弥生の姿は、戸をくぐる間に変化し、全身白い装束に変わり、整っていた長い髪も振り乱されてざんばらとなっていた。そして弥生は凄味のある笑みを浮かべ、
「冥府の使いじゃ」
だが賊は、
「ふざけるな! あの世が怖くて悪さが出来るかい!」
そう叫んで跳びかかってきた。
「ほう、少しは肝が太いようじゃな」
弥生は笑みを浮かべたまま、賊の伸ばした腕を取って、身体を捻った。すると賊の身体は紙人形が風に吹かれたかのように舞い上がり、逆さまになったまま土間に叩き付けられたのである。賊はそのままぐうとも言わずに昏倒する。
「これで終わりか」
身体を揺すって元の姿に戻る弥生。
「慣らしにもならぬ」
そう言いながら店の外へ出、術を解く。すると今までどんな物音がしても目が覚めなかった店の使用人、そして主人夫婦が目を覚ました。
目覚めてみれば、そこかしこに黒装束の賊と思われる男達が気を失って倒れている。びっくり仰天した主人は使用人に命じて賊をがんじがらめに縛り上げ、その一方で役人を呼びに行ったのである。
翌朝、宿で朝食を摂る直也と弥生。
膳を運んできた来た女中が言うには昨夜大捕物があって、信州から上州にかけて荒らし回っていた盗賊一味が一網打尽になったと言う。それを聞いた直也は女中がいなくなると、
「弥生、昨夜はご苦労さん」
「ふん、何の苦労もなかったわい。お主との立ち会いの方がよっぽど面白かった」
そう言いながらも直也の倍以上の速さで朝食を平らげていく。いつもの事とて直也はもう気にしない。そして食事が済み、
「さて、これでもう臨時の関所などは無くなるじゃろう、そろそろここを発つ事にするか」
「そうだな、もっといろいろな土地を見て回りたいよ」
「じゃが、そうそう宿に泊まれるとは思うなよ?」
「はいはい、わかってるって」
そんなやりとりをし、二人は高崎宿を立つ。向かったのは北。
「そろそろ魚を食べたいもんじゃわい」
「昨夜だって岩魚の塩焼き食べただろうが」
「川魚もよいが、やはり海の幸じゃな。越後へ行くとしようか」
初夏の風吹く中、二人はのんびりとした足取りで北へ続く道を歩いて行くのであった。
弥生が化かすシーンが難しかったです、要精進。