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巻の三十六   焼き餅と誘拐(後)

巻の三十六   焼き餅と誘拐(後)

 

 清治郎は、手代の心配通りかどわかされていた。

 花見小路を出た後、家と逆方向になる八坂神社へお参りに寄ったのがまずかった。

 待ちかまえていた賊の仲間が清治郎を路地に誘い込み、当て身で気絶させると、用意してあった駕篭に乗せ、根城まで連れてきたというわけである。

 押し込められているのは古い蔵の中のようであった。

「へへへ、浅草屋の若旦那か。いい金になるだろうな」

「くそぅ、てめえら、こんな事して只で済むと思ってるのか!?」

「只じゃねえよ。おめえの身代金を戴くつもりだからな」

「何だと!?」

 そこへ、賊の仲間が一人入ってきた。

「お頭、上玉を連れてきたんですが」

「後にしろ。今はこいつの方が金になる」

「ですが、一目見て下さいよ。ふるいつきたくなるようないい女ですぜ」

 手下にそこまで言われ、まあ見るだけは見てやろうと付いていく。その頭の目が丸くなった。

「どうです、いい女でがしょう?」

「ほう、こいつは驚いた。高値で売り飛ばせそうだ。その前に味見をしたくなるな」

 頭は舌なめずりをすると、

「とりあえず、ふんじばって清治郎と一緒に放り込んでおけ」

「へいっ」

 手下が連れてきた女は荒縄で縛られ、清治郎の縛られている部屋に放り込まれた。

「お仲間だ。仲良くしろよ」

「何ぃ…あっ?…あんたは確か…直さんの…連れ?」

「おお、清治郎さんと言ったか、こんな所で何しとるのじゃ?」


 弥生ははなだやを出ると、あてもなく歩いていた。自分の心が判らなくなっていたのである。

 直也がどんな女と何をしようと、弥生の関知するところでは無いはずである。

 この先、直也が嫁を娶り、当主として里で暮らし始めれば尚のこと。

 そう自分に言い聞かせながら。

 なのに何故か胸の痛みが取れなかった。こんな事は弥生の長い生でも初めてである。

 そこへ声をかけてきた者がいた。

「ねえさん、お一人ですか?」

 そちらを見れば、遊び人風の男である。上方訛りがないところを見ると、東国人らしい。

「どうです? 俺と一杯?」

 まだ昼前であるが、飲もうという男に、弥生はなんとなく付いていった。

 手頃な料亭で、酒を飲む。料理も適当に頼む。

 直也も、昨日似たような事をしていたのか…と、弥生は遠慮無く酒を煽っていた。

「ねえさん、いける口だねえ。どんどんやってくんな」

 そう言って酒を勧める男。そのくせ、自分はあまり呑んでいないようだった。

 なんとなく胡散臭さを感じ、酔った振りをする弥生。

「う…ん、もう…呑めぬ…」

 そう言って寝転び、酔いつぶれた振り。

 そんな弥生を見た男は、一度外へ出ると、仲間らしき男達を連れて戻ってきた。

 男達は弥生を抱え上げ、手早く縛り、猿轡をすると駕篭に乗せた。

 弥生はおもしろがってされるがままになっている。その気になればいつでも逃げ出せる自信があった。

 

*   *   *

 

「あなたもかどわかされてきたのですか?」

「…そうらしいの」

「ほほう、お前ら知り合いだったのか。こりゃあ奇遇だ」

 頭の声。

「俺はいい、この人ははなだやの客人だ、無事帰してやってくれ、頼む!」

 清治郎が頭を下げた。

「そうはいかねえ。そうと知ったら、二人分の身代金を頂戴しなきゃな。締めて千両ってとこか」

「ふざけるな!」

 清治郎が大声を上げた。

「浅草屋の跡取りのこの俺の身代金がたったの千両だと!? ふざけるんじゃねえよ。五千両って言いやがれ」

 頭は目を丸くして、

「こりゃあ驚いた。この世界に自分から身代金を吊り上げる馬鹿がいるとはな。よしよし、二人併せて六千両、頂戴するとしようか」

(儂の身代金は千両か、安く見られたもんじゃの…)

 弥生はひとりごちた。

 賊の頭は紙に脅迫状を書くと、手下の一人に渡した。

「これで今夜中には俺たちゃ大金持ちよ」

 そう言って、蔵を出て行った。

 二人だけになると、清治郎は弥生に、

「心配しないで下さい。直さんのお連れなら、わたしが命に替えても守ります」

 自分も縛られていながらの科白。なかなか男気のある男じゃな、と弥生は思った。

「清治郎さんと言ったか、何故身代金を吊り上げるような事をしたのじゃ?」

「千両ならいざ知らず、五千両ともなれば、一人で運ぶ事は出来ないでしょう。運んで来るにも人手がいるし、それを運び出すにも人手がいる。わたしの腹づもりが理解して貰えたなら、そこにつけいる隙を見出して貰えないかと思ったんです。でも、うちの親父はそこまで気が回らないかも知れませんが」

 それを聞いた弥生は、

「大丈夫じゃ。多分この話ははなだやへも行くじゃろう。直也の耳に入る。直也ならなんとかしてくれよう」

「弥生さん、でしたか?…直さんを信頼してるのですね」

「もちろんじゃ」

 そうきっぱりと答えた弥生の目を見つめ、清治郎は、

「ふふ、なるほど。直さんが他の娘に目もくれないわけだ」

「何じゃと?」

「いえ、直さん、昨夜も言ってたんですよ。はなだやの娘達にも、わたしが呼んだ芸者衆にも興味ないってね」

「直也がそんな事を?」

「ええ。こんな形ですが、お会いして、話してみれば、それも当然。わたしも惚れてしまいそうですよ」

 それを聞いた弥生は、ふ、と笑うように息を吐いて、

「清治郎さんもいい男ぶりじゃな。…誰ぞ、好いたおなごがおられると見た」

「はは、敵いませんね。昨夜直さんにも相談したんですが、お晶ちゃんに惚れてまして」

「晶か…よい娘じゃ。おなごを見る目は確かなようじゃの」

「恐縮です」

 話だけ聞いていれば、とても誘拐され、縛られている二人の会話とは思えない口調であった。


*   *   *


 はなだやでは直也、お峰、お照、お晶が心配顔を寄せ合っている。

 そこへ、浅草屋の手代が飛び込んできた。

「た、大変です!…うちの若旦那と、こちらのお客様が拐か(かどわか)されました!!」

「何だって!?」

「何ですって!?」

「こ、これを見て下さい」

 手代が持ってきた脅迫状をひったくるようにして読む直也。

 そこには、今夜、亥の刻までに、二人の身代金締めて六千両を、鳥辺野へ女一人で持ってくるように書いてあった。

「大旦那様は、お金で片が付くなら一万両でも出すとおっしゃってるのですが…」

「一万両…」

 それだけをぽんと出せるというのは、いったい浅草屋というのはどんな大店おおだななのか。興味はあったが、今はそれどころではない。

「とにかく、浅草屋へ行ってきます」

 直也がそう言って手代に付いていこうとすると、

「うちも」

 と言って、お晶が名乗りを上げた。

「お金を運ぶ役は…うちに…やらせておくれやす」

「そうやね、晶ならそういう役にぴったりやわ。せいぜいきばりや」

 お峰はそう言って送り出した。

 

 浅草屋にて。

 主人の浅草屋長五郎は直也とお晶を見ると、

「不肖の倅に巻き添えを食わせてしまったようでまことに申し訳ない。お金で済むならいくらでも出しますから」

 そんな主人に直也は、

「いえ、何としてでも清さんは俺が助け出します。…俺の連れも一緒なんですから」

「浅草屋様、お金を運ぶのはうちがやりますさかい」

「晶さん…はなだやさんの娘さんにそんなことをさせるわけには…」

「いいえ、うちがやりたいのどす。清治郎はんのために…」

 そんなお晶の必死な顔を見ていた長五郎は、

「わかりました、晶さん、お頼み致します」

 直也は、

「俺が付いていきますよ」

「でも、手紙では女一人で、と…」

「六千両でしょう?とても一人で運べる重さじゃありませんよ。大八車に積んだって晶さんじゃ無理だ。…ひょっとしたら、清さんも、そのつもりかも知れませんよ?」

 長五郎は、そんな直也をじっと見つめていたが、何かを感じたらしく、

「とにかく、お連れの…弥生さん、そして倅が無事に帰ればそれでいいのです。直也さん、とおっしゃったか、あなたにお任せします」

 と頭を下げた。

 

 四条河原町から東へ、四条大橋を渡り、八坂神社の前で南に折れ、東大路を南下していく。

 折から、細い三日月が山の端に沈みかかっていた。

 五条通の手前を東に。このあたりが鳥辺野である。

 平安の昔は葬送地であり、冥土への入口をなしていると見なされ、人が容易に近づける場所ではなかった。

 今でも墓地が多く、お晶は泣きそうな顔で直也が引く車の横に提灯を提げて付いてきている。

「お晶ちゃん、怖いかい?」

「…少し。…でも、清治郎はんの為ですさかい…」

「その気持ち、きっと通じるよ」

 そう言いながら車を引っ張る直也。その前に、黒装束の男が現れた。

「金を持ってきたと見えるな。だが、女一人でと行ったはずだが?」

「…六千両も女一人で持ってこれるものかい」

「ま、それもそうだな。…ちょっとじっとしていろよ」

 そう言って、直也の身体検査をする男。

 寸鉄も帯びていない事を確認すると、

「よし、そのままこっちへ持ってくるんだ」

 直也はその指示に従い大八車を賊の方へと牽いていく。それを見た賊は、

「出て来い」

 そうして蔵の戸が開けられた。黒装束の賊が四人、弥生と清治郎を引っ張り出す。

「金が来たのか?」

「そうだ。今知らせが入った。女中と若い男が車に積んで来たそうだ」

 それを聞いた清治郎は弥生が言ったとおり、直也が来た事を知る。一方の弥生は、

「ほほう、どこかと思うたら、鳥辺野か…。昔は野ざらしの死体がそこかしこに転がっていたものじゃが」

 外に出た弥生が口を開いた。

「な、何?…何でここが鳥辺野だとわかったんだ?」

 運んでくる間、酔いつぶれ、目隠しされていた筈の弥生が場所を言い当てたことに驚く賊。

「…東の山の形も見覚えがあるし、ほれ、あそこの阿弥陀ヶ峰というたかのう、良く憶えておる。何よりここの霊気は変わっておらぬ」

「何を言ってるんだ?…こいつ…」

 なんとなく弥生が薄気味悪くなってきたらしい。そこへ、手下がやってきた。

「お頭、金が着きました」

「弥生! 清さん!」

「清治郎はん!」

「直也」

「直さん!…それに、お晶ちゃん!…君が来てくれたのか」

 お互いに声をかわす四人。

「よし、おいてめえら、その金をこっちに持ってこい」

 そう指示を出す頭。

「へいっ」

 賊の数は十二人。そのうち六人が、千両箱を一つずつ抱えた。その隙を見極め、

「お晶ちゃん!」

 直也が叫ぶ。

「はいっ!」

 お晶が短刀を懐から出し、直也に手渡す。『翠龍』である。

 直也は一足飛びに弥生の元へ駆け寄り、傍にいた賊を突き飛ばすと、縛っている縄を切った。次いで清治郎。

「直也…翠龍を持ってきたのか」

「あたりまえさ、弥生の為に使わないでどうするんだ。清治郎さん、お晶ちゃんのところへ。…さあ来い、賊ども!」

 月光に碧く光る翠龍を構えて直也が叫ぶ。

「こ…この若僧!」

「ふざけた真似をしやがって!」

 いきり立つ手下とは対照的に、賊の頭は悠然と、

「ふふ、威勢が良いな。…どうせ、人質もお前らも返す気は無かったのだ。この鳥辺野で骸を晒すがいい!」

 そう言って、手下どもに合図した。千両箱は地面に置き、刀に手を掛ける賊。

「死ねや!」

 その刀を受ける直也。翠龍は易々と賊の刀を斬り折ってゆく。

「ぐわっ!」

「な、何だ、この野郎…」

 それを見ていた弥生は、

「直也に最後まで面倒かけたら儂の沽券こけんにかかわるのう…」

 そう呟くと、口中で呪を称える。

 その呪に応じるように、土中から燐光が浮かび上がった。燐光は形を変えていく。

 みるまに、数体の白狐に変わった。その白狐が一斉に賊に襲いかかる。

「う、うわっ!」

「何だ、こいつら!」

 刀で薙ぎ払っても何の痛痒も感じないらしく、白狐は襲いかかるのを止めない。

 逆に白狐に噛み付かれた賊はたちまちにして意識を失う。あっという間に賊は倒され、頭一人が残るのみとなった。

「観念しろ」

 翠龍を構えた直也がにじり寄る。賊の頭は直也に斬りつけると見せかけ、お晶に跳びかかった。

「きゃあっ!」

 後ろから左手をお晶の首に回し、右手の刀を首筋に当て、

「…この娘の命が惜しかったら、若僧、その刀を捨てろ」

「……」

 直也は返事をしない。

「どうした、早く捨てろ!」

「どうでもいいけど、あんたが抱え込んでるのはお地蔵さんだよ」

「な、何!?」

 直也に指摘された賊の頭、押さえ込んでいる娘をよくよく見れば、確かにそれは石地蔵であった。

「な、何だ、いったい、いつの間に…」

 一瞬呆ける賊。その隙を狙って、清治郎が跳びかかった。刀を奪い取ると遠くへ投げ捨てる。

「この野郎!」

 清治郎の拳が賊の顔にめり込んだ。

「がっ」

 その一撃で賊の頭は昏倒した。

「清治郎はん!」

「お晶ちゃん!」

 二人は互いに駆け寄り、抱きしめあった。直也はこれで二人の仲は間違いないだろうと頷いていた。

 そして弥生に歩み寄り、

「弥生…何もされてないよな?」

 心配そうにそう尋ねる。弥生は、

「お主が…儂を必要としてくれる限り、儂はお主だけのものじゃ」

 そう言って、笑みを浮かべた。

「無事で良かった」

 直也もにっこり笑った。

 

*   *   *

 

「お世話になりました」

 旅立つ直也と弥生。

「…直也はん、お元気で。…また来ておくれやす」

 お峰は未練気な顔で見送る。

「直也様、お世話様でした。道中お気を付けて」

 お晶が頭を下げる。その横には清治郎。

「直さん、京へ来た時はきっと尋ねてくれよ、約束だ」

「うん、その頃にはきっと清さんとお晶さんの子供がいるだろうな」

「ああ、見せてやるよ」

「せ、清治郎はん…」

 お晶の真心を見た浅草屋長五郎は、正式に清治郎の嫁として、晶を認めたのである。年が明けたら祝言を上げる予定だ。

 お照は不憫であるが、まだ若いし、器量も良いので、これからきっと良い婿が見つかるだろう。

「それじゃあ」

 名残は尽きないが、いつまでもそうしてはいられない。手を振って歩き出す直也と弥生。

 二人は河原町通りを下っていく。

 直也は、

「…弥生、言いそびれていたけど、俺、あの晩、誓って何もしてないよ」

「何を今更」

「いや、誤解されたままっていうのは嫌なんだ。…ほんとさ、酔いつぶれて、朝、気が付いたら、芸者と同じ布団で寝てたってだけなんだから」

「そんな事話さんでよい。お主にはお主の秘密があるじゃろう。それを全部知りたいとは思わぬ」

「…弥生」

「さあ、雪が来る前に、紀州まで行くぞ」

 ぶっきらぼうにそう言って歩き出す弥生。けれどその足取りは軽く、何とはなしにうきうきとしているように見えた。

 尻尾を出していたならばきっと嬉しそうに振られていた事だろう。

 直也も弥生に続く。

 二人の影はいつしか木枯らし吹く京の都、その雑踏に溶け込んで行った。

 焼き餅弥生、です。ただそれを書きたかっただけ、と言っても過言ではありません。

 鳥辺野は古来、風葬、鳥葬の地でした。それを利用して、弥生は式神を作り、賊の生気を吸い取って麻痺させています。それ自体は大した妖力を必要としないので、清治郎や晶に気付かれないうちに退治できたわけです。

 賊の頭に石地蔵をお晶だと思わせたのはもちろん弥生です。こういう化かし方はオーソドックスですが面白いですね。

 この二人の仲、まだまだこんな感じで旅は続きます。

 

 そして豆知識、友禅染はちょうどこの頃、京都の友禅斉が考案し、始まったそうです。

直也達は折良く居合わせたのです。あまりストーリーに関係ありませんが。

 

 それでは、次回も読んで頂けたら幸いです。

 

 追伸 京都弁は難しいです...。

おかしなところがありましたらどしどしご指摘下さい。即修正したいと思います。

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