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巻の一     旅する二人

狐耳好きが高じて小説を書いてしまいました。基本的に自分が読みたいストーリー展開で書いています。同好の士にも読んでいただけたら光栄です。タイトルは「たびのそらようこえまき」と読んで下さい。

巻の一   旅する二人


 時は夕暮れ迫る頃、所は人里から少し離れた山の中。周りを背の高い杉に囲まれた小広い空き地に立つ、朽ちかけた古いお堂、その中で休んでいる若い男女がいた。

 男は十七、八くらいか、一般的な町人風の旅姿。女は...やはり十七、八くらい、白い単衣の着物に単帯ひとえおびを締め、とても旅姿には見えない。

 しかし、黒髪を、前髪は目の上、後髪は背中あたりで切りそろえた、少しきつめの目をしたその女には…

 狐の物と思われる、耳と尻尾が付いていたのである。

「今夜はここで野宿か」

 男がぼやく。

「雨露が凌げるだけでもありがたいと思う事じゃな」

 女がたしなめる。

「まあ、食う物はあるし、寒い季節じゃないしな」

「そう言う事じゃ」

「なあ弥生、さっき麓で聞いた噂…本当だと思うか?」

 弥生と呼ばれた女は興味無さそうに、肩に掛かった長い髪を跳ね上げて、

「このお堂に化け物が出るという噂か?…今のところわからぬな」

「わからない?」

「そうじゃ。別に妖気は感じぬ。…が、わずかに血の臭いがする…」

「血の臭い?本当か?」

「本当じゃ。しかし、わずかじゃし、化け物のせいなのか獣の仕業なのか断定できぬほどわずかじゃからのう」

「そうか…」

「心配せずとも、直也の身はわしが守ってやるから気に病むことはない」

 直也と呼ばれた男はその言葉に安心したのか、

「弥生の尻尾を枕に貸してくれるか?」

 そっと尻尾に手を伸ばす。狐の尻尾はふさふさとして、なるほど枕にちょうど良さそうだ。しかし弥生はぱさりと尻尾を一振り、

「却下じゃ」

「…けち…」

「さてと」

 それには取り合わず、弥生は指先から小さな狐火を出すと、天井付近に浮かべた。お堂の中が薄明るくなった。

「おい…天井が燃えないのか?」

 直也が心配そうに尋ねる。

「お主の前ではあまり術を使って見せなかったから無理はないがのう、この青白い狐火は陰火と言ってな、ものを燃やす力なぞ無い。じゃがいろいろ役に立つぞ」

「たとえば?」

「一度灯せば儂が消さぬ限り、朝まで灯っておるし、別の化け物が現れたら…」

「どうなる?」

「そやつの妖力を受けて明るさを増すのじゃ」

「へえ…」

「とりあえず腹ごしらえをしようかの。団子を出せ」

「おう」

 弥生は、今度は小さな赤い狐火を掌に灯す。

「これは物を燃やす狐火じゃ。団子を焼くが良い」

「狐火にもいろんな使い方があるんだな…」

 そう言いながら団子を狐火にかざして焼く直也。微妙に狐火の使い方が違う気がするが、二人とも気にしていない様だ。やがて香ばしい匂いが立ちこめ、団子が焼き上がった。

「うむ、美味じゃ。やはり焼きたては旨いのう」

「おい、それは俺の分だろ」

「男が細かいことにこだわるでない」

「細かくないぞ…まったく良く食べるなあ、弥生は」

「世の中は厳しいのじゃ。お主のように世間知らずでは生き抜いてゆくのは厳しい。それを教えてやっているのじゃ」

「…俺よりちょっと長く生きてると思って二言目には世間知らずと言うんだからなあ…」

 ぶつぶつ言う直也は無視し、満足そうに舌なめずりをして竹筒の水を飲む弥生。

「…腹もくちくなったことじゃし、少し講義を致すとしようか」

「…まだ俺は食ってるんだが」

 そんな直也の言葉も耳に入らないといった顔で弥生は話をし始めた。

「このお堂は山の神を祀ったものらしいのう。一般に山の神と言えば、『大山祇命おおやまつみのみこと』と

そのゆかりの神を祀った物が多いが、地方では、土着の信仰が入っているからして、いろいろな神が祀られておる」

「山の神が春になると下りてきて田の神になるという地方もある」

「山の忌み日というのもあってな、その日は山の神が木の数を数える日じゃと言われておる。数を数える際に、区切りのいいところで木をねじり合わせて数取りにするので、うっかりその日に山にはいると、木と一緒に捻りあわされたりするそうじゃ」

「山の中で失せ物を探す時は、男の一物を振り回して山の神に頼むと見つかるという話もある」

「山の神は女の入山を嫌うという山もあるがその場合…」

 いつしか直也は不平を鳴らすのを忘れて、弥生の「講義」に聞き入っていた。聞いてみると結構面白い。

「このお堂じゃが…あそこに丸い石が祀ってあるのう。あれが寄り代とみえる」

「ご神体じゃないのか?」

 その問いに弥生は、

「本来、神に形はなく、目にも見えぬ。自然がそうあるべき『力』、それが神なのじゃが、人が力に神の名を付け、願いをすることで神は形を取るようになる。

 人が神じゃと思っているものは、本当は神の影にすぎんのじゃ。そしてその影を映すためのものが『寄り代』なのじゃ」

「弥生は…神様に逢ったことがあるのか?」

「それに近いお方なら逢ったことがあるがな、その話はまた今度じゃ」

「じゃああと一つだけ。あの隅に転がっている面は?」

 狐火の淡い光に照らされて、お堂の片隅に置いてあるそれがうすぼんやりと見える。

「おう、あれか。あれはおそらく神楽面じゃな。文字どおり、神を楽しませるための舞を舞う時につける面じゃ」

「随分古そうだな」

「うむ。もう使われなくなって久しいようじゃな。…さて、もう寝るとしようぞ。明日も早い」

 二人は、お堂の東側の壁にもたれかかると、寄り添うようにして眠りに落ちた。遠くで虎鶫とらつぐみの声が響いている他は何も聞こえない。静かな夜である。中天には、少し欠け始めた月がかかっていた。

 

*   *   *

 

 真夜中を少し過ぎた頃、風も無いのに木々がざわめき始め、お堂の天井に灯した狐火が明るさを増した。弥生はいち早くそれに気づき、直也を起こす。

「直也、起きるのじゃ」

「うう…もう朝か?」

「寝惚けるでない。化け物が近づいておる」

「何だって?」

 その言葉にさすがに直也も目が覚めたようだ。

「近づいてきておる。お主は堂の中におるのじゃぞ」

 そう言うと、耳をそばだてる。頭の上の大きな狐耳がぴくりと動いた。そしていきなり、弥生はお堂の扉を開け放った。

 そこには、烏帽子を着け、神主のような装束を着た者が立っている。身の丈六尺ほど。顔は真っ黒でわからない。

 弥生が誰何すいかする。その何者かは、山神の使いと名乗った。

「わしは山神の使いである。狐風情が山神の堂に上がって何をしておる。即刻立ち去れい」

 居丈高に命令する自称山神の使い、だが弥生はにらみ返し、

「山神の使い?…そんなに妖気を漂わせたお使いがおるものか!」

 いきなり赤い狐火を飛ばした。だが山神の使いと名乗った化け物はそれを平然と受け止め、握りつぶしたのだ。

「このようなちんけな術が山神の使いに効くものか。立ち去らぬとあらば、ひねり潰してやろう」

 そう言って、弥生につかみかかる。弥生はそんな化け物の脇をすり抜け、お堂前の広場へと出た。

 図体の割に素早い動作で化け物が飛びかかった。弥生のいた場所の地面が大きく抉れる。

「力だけは相当なものじゃのう」

 もう弥生は化け物の後に回っていた。

 化け物が振り向き、弥生を捕まえようと腕を伸ばす。化け物の手が弥生の着物の裾に触れる、そのぎりぎりで弥生がかわす。弥生は木の枝に飛び移る。化け物はその木をなぎ倒す。瞬間、弥生は別の木に飛び移る。

 弥生が大岩の陰に回る。化け物の一撃が岩を砕く。しかしそこに弥生はいない。着物の裾と尻尾をなびかせ、弥生が紙一重で化け物の攻撃をかわす様は、遊んでいるように見えた。だがその実、弥生は相手の正体を掴もうとしていたのだ。正体がわかれば効果的な攻撃も防御も出来る。

 しかし化け物から伝わってくる妖気は、どうにも不安定で、正体を見破るまでには至らない。仕方なく弥生は一つの結論を出した。

 再度掌に狐火を灯す。

「そんな狐火なぞいくら投げつけても無駄だ!」

「そうかな?」

 掌から、「白い」狐火を放つ。化け物はふんと鼻で笑って受け止め、握りつぶそうとする…が、

「な、何だ、これは…?」

 その白い火は、受け止めた右手を融かし、蒸発させ、なおも大きくなって山神の使いを自称する化け物を包み込んでいく。

「ご あ あ ああああああーーーーーー!!」

 全身を白い狐火につつまれた化け物は、跡形もなく蒸発した。白い狐火…鉄すら蒸発させる高温の、金気を帯びた狐火だ。

 弥生は白い狐火はあまり使いたくは無かったのだ。跡形も無くしてしまっては正体すらわからない。しかしあまり手間取ってもいられなかった。

 これで片付いたかと思ったその時。

「ぐぅっ」

 直也の声。弥生は急いでお堂に戻る。そこには。

 背後から直也を捕まえた化け物がいた。身の丈実に七尺、ごつい腕で、左手で首を抱え込み右手で直也の両手首を押さえている。直也は身をよじって振り解こうとしているが、まるで歯が立たない。

「一体ではなかったのか」

「油断したな、狐め。この人間はわれがいただくぞ」

「直也を離せ。離さぬと…」

 弥生は手に白い狐火を灯す。

「どうする?…この状態では狐火は使えまい」

 確かに、直也を巻き込んでしまうため、狐火を放つわけにはいかない。しばらく睨み合ったが、弥生は諦めたように狐火を消すと、

「…わかった。…代わりに儂を好きにするがよい。じゃから…直也を放してくれ」

 化け物はそんな弥生の鳩尾みぞおちに蹴りの一撃を加えた。弥生は身体をくの字に折り曲げる。

「ぐ…」

 左手は直也を捕らえたまま、化け物の右手が振り下ろされる。

「がっ」

 後頭部にくらい、弥生は床に倒れ込んだ。顔面から床に叩き付けられてしまう。鼻から血が流れ出す。

「弥生!」

 直也の声が響く。弥生は少し頭を上げたが、起きあがれない。その弥生の背中を踏みつける化け物。弥生の肋骨が軋む。

「が、あ、ああ、ッ」

「どうだ、狐、苦しかろう」

 みしっと骨の砕ける音がして、弥生の口から血が吐き出された。

「弥生!しっかりしろ!俺に構うな!逃げてくれ!」

 直也が必死に叫ぶが、もう弥生はわずかに手足をひくつかせるだけであった。

「今楽にしてやる」

 そう言ってさらに体重を掛ける化け物。嫌な音がして、ついに弥生は動かなくなった。

「…弥…生…」

「ふはははは…、お前のような狐には用がない。われが欲しいのは人間の血肉だ」

 勝ち誇る化け物。

「さて、お前を絞め殺して、ゆっくり血肉をいただくとするか」

 そう言って直也を捕まえた腕に力を込める...。が。

「な…これは?…腕が…動かぬ」

 いつの間にか、化け物の両腕には目に見えないほどの細い黒糸が巻き付けられていた。

「儂の髪で作った糸じゃ。妖力を込めてある。貴様ごときの力では切れぬよ」

 化け物の背後から声がした。

 弥生がいつの間にか化け物の背後に回り、黒糸で化け物の両腕を捕らえている。化け物に踏みつけられた弥生はというと、いつの間にか影も形もない。弥生が吐いた筈の血の跡もない。

「弥生!…無事だったのか…!」

「貴様…!いつの間にわれの後ろに…!」

「莫迦目。儂を狐、狐と呼んでおいて。…狐の十八番は化かすことじゃぞ…。貴様は初めから儂の幻を攻撃していたのじゃ。

見ていて面白かったが、これ以上直也を心配させたくないのでな」

 そう言って弥生は黒糸を引き絞った。

「ごあああっ!」

 化け物の丸太の様な両腕があっさりと切断され、どさりと床に落ちた。

「直也!こっちじゃ」

 弥生は直也を引き寄せると、

「すまん、油断した。…大丈夫か?」

「ああ、…弥生は?」

「案ずるな。儂は無傷じゃ。それよりちょっと下がっておれ」

 化け物に向き直る。化け物の切られた腕の断面からは血も出ていない。

「これでわれに勝ったと思うなよ」

「儂もあれで終わらせるつもりは無い」

 弥生の目が妖しく光る。風もないのに髪が逆立った。

「木剋土、吹き飛べ!」

 掌に青緑色の狐火を灯したかと思うと、間、髪入れずそれを化け物目掛け投げ付ける。

 どおん、という轟音と共に、化け物の顔の上半分が吹っ飛んだ。更に余波でお堂の屋根まで吹き飛でしまう。

 弥生は怒気を漲らせ、

「直也に手出しするものは何人たりとも赦さぬ」

「お? おおおおおおおおお…………」

 床を軋ませ、化け物が倒れた。直也はほっと息をつき、

「弥生、あれは…何の化け物だったんだ?」

「付喪神じゃ」

「付喪神?」

「そうじゃ。見よ」

 化け物は吹き飛んだ顔の断面からおびただしい血を噴き出し、それと共に身体が縮んでいく。完全に身体が消え去った後には半分砕けた神楽面が落ちていた。

「先程の神楽面じゃな…念の込められた器物が百年を経ると、付喪神となる」

 そう言いながら、残った面を踏み砕く弥生。

「大抵はいたずらをする程度なのじゃが、こいつは身体を欲して、人の血肉をすすっていたようじゃな」

「血を一滴残らず、肉をひとかけらも余さず、骨一本たりとも残さず喰らっていたため、弥生にもわからないほど臭いが残らなかったわけか」

「そうじゃ。そして、自分は完全に気配を殺して手下を操り、儂を外へおびき出した。かなり狡猾な奴じゃった」

「手下は…何だったんだろう?」

「おそらく神楽の装束じゃな。囮の可能性があったので早めに倒して正解じゃった」

「これでもうこのお堂に化け物は出ないな」

「うむ。直也、外へ出よ」

 そう言って、弥生は直也と共にお堂の外に出ると、赤い狐火を放つ。古いお堂は一気に燃え上がった。

「お。おい、弥生」

「このお堂はもう駄目じゃ。血肉で穢れてしまっておる。おまけに屋根が吹っ飛んでしまったしのう」

(屋根の方はお前が…)

 その言葉は飲み込んだ直也であった。助けてもらって文句は言えない。

「お堂が焼けてしまえば、付近の住民が新しいお堂を建てるじゃろ。そもそも神を祀るなら、時々新しくするのが良いのじゃ」

「何でだ?」

「神は穢れを嫌うからの。…伊勢神宮も式年遷宮と言って、二十年毎に社殿を建て替えておろう。…それに古くなるといろいろと化け物が生じるしの」

 火を見つめる二人。徐々に火は小さくなり、おきがくすぶる程度となった。

「まだ朝までには間がある。この火の側でもう少し眠るがよい。儂が番をしていてやる」

「尻尾を枕に貸してくれるか?」

 そっと弥生の尻尾に手を伸ばす。弥生はぱたりと尻尾を一振り、

「駄目じゃ」

「ちぇっ」

「…膝枕ならしてやるぞ?」

「ん、それでいいや」

 弥生の膝枕で横になり、一度は目を閉じた直也だったが、再度目をあけて弥生を見つめ、

「弥生…」

「何じゃ?」

「さっきは、ありがとう」

 呟く様に直也が言う。ふふ、と弥生は笑い、

「礼などいらぬ。それが儂の役目じゃからな」

「俺もいつか、弥生を守れるくらい強くなれるかな…」

「お主次第じゃな」

「…だったらいいな」

 そしてまもなく直也は寝息を立て始めた。そんな直也を弥生は優しく見つめ、

「そう、お主なら、きっと…」

 傾いた月が、まだ朝には間があることを告げていた。

第一話として読み切り風の話です。これからの二人にご期待下さい。

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