第二話 相対す者
無造作にはえている草花や木々
手の入っていない
そのうっそうとした森をかいくぐって抜けると
一気に視界が開ける。
赤い鳥居が目の前に飛び込み
少し古い木造の建物が出迎える。
神社というだけあり、その空間は何者もよせつけないような
見えない静寂が漂っていた。
そんな神聖で独特な雰囲気に、溶け込んでいる神が一人いた。
赤い巫女服を身にまとい、木にもたれたたずむ女
肩までしかない髪には、緩やかなウェーブがかかっている。
長く細い尻尾に
万人をも映し出すような深い紅の瞳
首元につけた鈴が風に揺られ
頭の上には少し小さな
白い耳がはえていた。
「ん~・・・・そろそろ動くときだニャ~」
彼女が醸し出す雰囲気は
その口調とはどうも相容れないようであり
その大人びいた立たずまいに
違和感どころか不気味とさえ思える。
「どうやら、あそこに獲物がいるみたいだしニャ」
そう呟けば
飄々とした足取りで神社へと歩みだす。
神社に近づいていくにつれ、
獲物と決めた
その人影が姿を現し始める。
「そこの狐のお姉さんっ~」
唐突にかけられたその声に振り向く一人の女。
怪訝な顔をして巫女服の女を睨めば
一言。
「何の用だ。」
薄く儚く透ける着物地に
艶やかに輝く銀色の髪
大きな瞳は吸い込まれそうなほど蒼く
ふさふさに伸びた耳と尻尾が印象的な女狐だった。
「にゃぁ・・・・そんにゃに怖い顔で見にゃい出にゃ?」
「何の用だと聞いている・・・・怨霊の猫が」
「へぇ・・・・私が怨霊だってわかったんにゃ・・・・てことはあにゃたは聖霊?」
「だったらなんだ・・・・」
怨霊と当てられても猫の表情は変わらず
一人楽しそうに微笑んでいた。
それを訝しげに思ったか
狐の女は言葉を発する。
「どうする・・・・お前は私を倒すのか?聖霊だからな・・・・」
諭すようにそう静かに告げる。
「にゃ?そんにゃことする必要にゃ~い!」
「必要?そんなもの・・・聖霊と怨霊が出会えば関係ない・・・まさか統治権争いを知らないわけで
はないだろう?」
自嘲気味にそう笑う狐に
猫はその笑みを崩さずに言う。
「私・・・統治権争いには興味にゃいんら~」
その言葉の真意をさぐるように
狐は言葉を選んでいた。
「・・・・そうか、奇遇だな。私も興味はない」
「でも、誰が頭になるのかはすっごく興味あるんにゃ・・・・!」
「・・・・・・・・・・」
相変わらずその笑みを絶やさずに
飄々と返事する猫。
しかし
「頭に興味はある・・・・?どういうことだ」
思わせぶりな言葉を吐いた猫を
狐は逃す気はないようであった。
「ん?にゃんでもにゃいよ? 興味はあるだけ~」
「なんでもない風ではなかったから聞いている。」
「気のせい 気のせいにゃ」
猫の腹を探るように
警戒心を解かない狐
何か言葉を発しようと口を開きかけた狐を
猫の言葉が妨げる。
「それにしても変な狐さんにゃ? 統治権はのどから手がでるほど欲しいもの・・・
にゃのに、何で興味にゃいんら?」
「お前だって・・・先ほど誰が頭になるかしか興味がないと言っていただろう。」
「だって私には力も知性もニャい。頭ににゃれないのはわかってるんだもん。」
「だから・・・・誰が頭になるのかにしか興味がないと・・・・」
「ピンポンにゃ」
嬉しそうに微笑む猫
「ならば・・・・私もそういう理由だ。頭にはなれない・・だから統治権にも興味はない。」
これ以上は無駄な会話だと思ったのか、
狐はそこで言葉を切り
背をそむけ歩き出す。
「あにゃたが頭ににゃればいい。ううん・・・・聖霊の頭を目指してよ。」
狐の背に小さく投げかけられた言葉。
その声にはっとして振り向けば
猫はよりいっそう満面の笑みで
こう告げた。
「私は怨霊の 猫飼 夢亜 あにゃたの名前は・・・・?」
「轟・・・・・・狐詠華」
その笑みに誘われるように答えてしまった名前。
きっと
この瞬間から狐の運命は捻じ曲げられていたんだ。