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ring

作者: kokoro

建築士。




それはケンちゃんの夢だった。




そして



私の夢はケンちゃんが設計した家で暮らすこと。


もちろん

「家族」

としてね。




だけど神様は1つも夢を叶えてくれなかった。




私は幸せになっちゃいけないのかなぁ?




私たちが初めて出会った日のこと覚えてる?



それは高校の入学式だったよね。



それで同じクラスになったんだよね。




だけどあの時の私はまだ、ケンちゃんの存在に気付かなかったよ。




多分ケンちゃんもそうだったよね。


入学当初の私には、好きな人がいた。


しかも幼稚園からの片思いで、でももう既に3回はフラれてた。


諦めようかと思ってたけど、ヤッパそれは無理だった。


メチャクチャ好きだったし。


覚えてないと思うけど、結婚する約束した。



絶対覚えてないよね〜?


だけどあの時は信じてたよ。



いつかどこかでりゅーくんと再会して、10年前の約束果たすんだって。


私、幸せになれるんだって。そう信じ込んでた。


あの人に出逢うまでは。


「若菜って好きな人いる??」


入学して初めてできた友達

「佐野涼風」

(さのすずか)が私に尋ねた。


「はぁ…まぁ。無理だけどねッ☆」


「ねぇ、どんな人??!」


「教えなーい。」


「冷たいなぁ…。」


「教えてほしい??」


「教えて!教えて!」


りゅーくんこと

「中村隆太」

に出会ったのは、今から20年も昔の幼稚園の年中のとき。


私が確か5歳だったかな〜。


1つ下の年小クラスに入ってきた中村隆太に一目惚れしたのです。


それからと言うもの。


私たちは日が経つにつれ次第にお互いの距離を縮めていき、最終的には先生公認の仲にまで発展していた。




「若菜ちゃん、隆太くんと仲良しですねぇ〜。」


「だって僕たち結婚するもん!」


5歳ながらにそれは重たい言葉だったけど、その時はその時でホントに幸せだったと思うなぁ。



それから小学校、中学校とりゅーくんと同じ学校に通うことになった。


学年が違って、お互いに時間的な距離とか環境の変化もあったが、それでもりゅーくんに対する私の想いは変わることがなかった。



ずっと好きだった。




「彼女ができた!」


「よかったじゃん!幸せになりなさいよ?」


「当たり前やし!」




私たちが長年に渡って育ててきたもの。


それは恋愛対象の愛ではなく、兄弟や家族と言った強い絆で結ばれた愛だった。



中2の時、りゅーくんに彼女ができて初めて気付いた。



夢は夢のままなのかな〜って…。


私が姉で、りゅーくんは弟。


それでもよかった。


関係を崩したなかったから

「実はずっと好きだったのよ。」

なんて言えなかったし。



もの分かりのいい弟だから、いつかこのどうしようもない姉の気持ちにも気付いてくれる。

そう信じて現実から逃げてた。



「バイバイ」


中学の卒業式、可愛い彼女の横で私に手を振ってくれたりゅーくん。


あの日の姿を目に激しく焼き付けたまま迎えた、高校の入学式。



もうりゅーくんには会えないんだね。



毎日は会えないんだね。


希望とか期待は全部ブルーな気持ちに還元されてた。


ただ大好きな人に会えないってだけで。


だから…。




「私は、可愛いくて猿っぽくて…ワガママで。だけどシッカリしてるし、真面目な人が好きなんかなぁ〜。」


「違うクラス???」


「は?」



寝ても覚めても頭の中はりゅーくんのことでイッパイで、クラスの男子なんか全然目に入らないって感じだった。



冷静に見ると周りの積極的な子はケッコー男女で親睦を深めてるし、終わった恋、始まった恋、それぞれに色々な事情があるらしい。



私はそこで既に手遅れっていうか、時代遅れっていうか…。



ま、それでよかったけどね。


だけど…。


「私ね、クラスで気になる人がいるの。」


涼風もまた時代の先駆者だった。


「え…?そうなん。」


「何、悲しそうな顔してんのよ〜。」


「別にそういう訳じゃなくてね…。」


「じゃあ誰だと思う?」


「うーん…。顔と名前が一致しない。」


「若菜、いくら男子に興味ないからって名前覚えないのはよくないよ。」


「あ〜!西岡くんだ!!!」


「バカッ!!!!!」


「この私に答えさそうとするのがまず無謀だよ〜。」


「木村憲吾くん。」


「えぇ??…!!?…ってマヂきむらくん…なん?!」


「何?!ヤバかった??」


「う…うん、かなりヤバイと思う!」


「どーいう意味で?」


「考え直した方がいいとかで…。」



というか…友達のこの発言を元に初めてケンちゃんの存在を知った、認めた…んかなぁ。


それまで意識することはなかったけど、それから1ヶ月半は、私が持つケンちゃんの悪いイメージは消えなかった。


入学して翌日から始まった授業。


地理B。


私も眠かったよ。


国語総合。


作文用紙破ったよ。


数学。


意味不明だったよ。




だけど君、初日から怒られてたよね。


1限目から爆睡してて、2・3・4とたまに起きててもダラダラしてて。



揚句の果てには

「木村、姿勢が悪い。」

とかって言われて立たされてた。


どれ程問題児なんかと思いました。



茶髪だし、シャツは半分出してるし、授業に集中しない。


こりゃダメよ。


学校来る意味ないわ、とか正直思ってた。



けど、実際違ったよね。


髪は自毛で茶色くて。

部活はメンドーだから入っても行ってない。

だけどバイトもしてないし、遊ばない。


実は大学行きたくて勉強を一応してる。


運動はケッコー好き。




今まで誰とも付き合ったことがない。







強がる彼の背中が日に日に弱々しく見え、思わず優しささえも想像してしまった。



決して後ろは向かないけど、授業中に忙しそうに漫画を読むケンちゃんの姿見てるの好きだった。


授業終了の10分くらい前になってノートを必死になってまとめる姿とか見てて楽しかった。


幸せだったな。


不思議な夢を見た。


これを機に胸の中にあるこの気持ちが、恋愛感情であるという事実を否定できなくなった。



私、この人のこと好きなんだ〜…。



あまりに唐突すぎて胸が苦しかった。




「不思議な夢見たよ。」


昼休み。

涼風との会話の中で。


「何?何?」


「しかも涼風出てきたよ。」


「えーマジやったじゃん!!」


「木村くんと一緒にだよ。」


「は!?」


「恋人同士だったし。」


「なんか嬉しいねー、でも私には先輩いるしね。」


そりゃ嬉しいでしょ。


だけど木村くんが気になるとか言いつつ結局バスケ部の先輩と付き合う友達。


世の中って矛盾だらけだよね。


でも私はその事実に救われたけど。




「俺はオマエの味方だから。」



そんなキザなセリフ似合わないけど、夢の中のケンちゃんが言ってたよ。

涼風に。



だけど笑顔は本物だったね。




笑った顔好きよ。



ケンちゃんには笑顔が一番似合うよね。




だからズット笑っててほしかったよ。


「三角形ABCにおける斜辺の長さを三平方の定理を用いて求めなさい。では西岡。」


一瞬目が合ったけど先生は後ろの席に座る西岡くんを当てた。


5限目はどんなに努力しても勝手に目は閉じようとするし、7月になると蒸し暑さで集中できない。



楽しくない。



ぼーっと黒板に書かれた三角形を眺める。


斜め前の席に座るケンちゃんの姿が自然に目に入る。



今日もまた漫画読んでる。


この人の世界は平和なんだろね〜。




西岡くんは問題に答えられず先生に怒られてるし。


頭はメチャクチャいいはずなのにおかしいなー。




運命の瞬間まで



3



2



1





一瞬世界が揺らいだ。



私の目の中に入ったのは背中じゃなくケンちゃん自身。




目と目が合って沈黙の間に時間だけが淡々と過ぎた。




目を逸らそうともそらせず何も考えないままに、ケンちゃんを見つめていた。




西岡くんが口を開いた瞬間、夢が覚めて急に恥ずかしくなったためかノートに視線を落とし何かを書く姿勢を取り直した。



その時は多分、心も体も震えてどんな感情も形として表現できなかった。



こんな気持ち初めてだったよ。


ホントにケンちゃん変わったよ。



「木村は穏やかになったよな。」

小、中と木村くんと同じ学校だった西岡くんが言ってた。



私もそれは思うな。




だって笑ってるもん。




私が大好きな笑顔で笑ってくれてたから。







目が覚めると朝だった。


鏡を見ると目が腫れてて痛かった。



そう。

私、夢の中で泣いてたんだね。


キットそうだね。


些細なことで喧嘩して飛び出したケンちゃんの家。



私たちは出会ってから3年目でようやく付き合い始め、2回生の時から同棲を始めた。


今は4回生ということでお互い就職のことなどでギスギスしていたりする。



だからぶつかってもしょうがないよね。



素直じゃないから、謝れなかった。


一方的に怒ってホントにごめんね。




3日間、友達の家に泊まらせてもらった。


ケンちゃんとは同じ大学だけど、学部も違うし通う時間も違う。


ケンちゃんが大学で勉強してる時間帯は、寝ているかバイトか論文制作かサークルか…。


最近は学校図書館教諭の免許の資格試験の勉強を始めた。



ケンちゃんは相変わらず建築士になることを夢見て連日連夜、試験勉強に勤しんでいる。



大学帰り道にお惣菜屋さんがあるんだけど、授業が終わって10時頃にそこへ行くとオバチャン負けてくれるんだよね。



オニギリとか唐揚げとかギョーザとかイッパイあるけど一番はヤッパ、コロッケでしょ!



そして帰ってからケンちゃんの部屋に忍び込んで、後ろからギュッて抱きしめるの。


そしたらケンちゃんはおかえりのキスをしてくれる。


キスの後にケンちゃんは

「何の匂い?」

ってね、嬉しそうに私に問い掛けるんだ。



ケンちゃんと一緒に食べるコロッケはとてもおいしいよ。


ケンちゃんがおいしそうに食べる顔、メチャクチャかわいいよ。



「毎日は太るからダメだけど、たまにこーいう時間は大切だよね。」


「俺は、たまにだけどこんな風に若菜と一緒におれる時間がチョー幸せで、それだけでお腹イッパイかな?」


「恥ずかしいよ〜!」


「だって俺、最近友だちから『太ったんじゃねー?!』って言われるのに。絶対幸せ太りだよな。若菜のせいだぞ。」


「私も最近『キレイになったねー』とかよく言われるよ。ていうかケンちゃんのせいで私だって苦労してるよ。」


ケンちゃんの横を歩いても不自然にならないように頑張ってる。


ケンちゃんに飽きられないようにイイ女になりたいんだもん!




「他のヤツにくっついてったら俺マジ許さねーから。」


一応大事にされてる。


だって私彼女だもんね。


だけど私は、彼のキモチを全く分かってなかった。



恋人、彼女っていうスゴク近い関係だったのに…。彼の悲しみ、孤独。



そして過去。



そうかな、ヤッパ私にはケンちゃんと一緒にいる資格ないのかな。



ヤッパ幸せになれないんだね。



こういう結末、神様は全部知ってたの???



「オハシ、1つでいいです。」


「あらそう、ごめんなさいね〜。いつも2つ入れてるからついくせで。」


「いえいえ、ていうかもう必要ないのかな。」




彼と別れました。



てか彼が死んじゃいました。



…だなんて自分が受け入れられないこと、世間が受け入れられるハズがないよね。




「暫く…てか何年かしたらまたオハシ…2つ要るようになるかな。」




何言ってるんだろう。




私。




ケンちゃんが存在しなくたって世界は何も変わらない。



憎いほど色や形を変えないで乱さず呼吸してる。




歩道橋の下を流れる車や、駅を歩くスーツ、いつものお惣菜屋さん。


空の色。


匂い。


音。



何も変わらない。




変わってしまったもの。


君の存在が消えたことかな。


ドアを開けた。


玄関にはケンちゃんの靴が脱ぎすてられたまんま。



だけど光りはない。


「ただいま。」



ケンちゃんの部屋を覗いた。




もう何年も不在だね。






リビングに向かい冷蔵庫から空ビールを2缶取り出した。




いつものコロッケ。



口に含むころにはしょっぱくなってた。




もうダメかもしんない。


私は眠ってしまった。




夢の中で泣いてた。






現実だって苦しいのに、私には居場所がない。




ケンちゃんのトコに行きたいよ。


「やっぱりオマエしかいないんだ、俺には若菜が必要なんだよ!」



あの時の言葉信じてよかったの?



私たちがすれ違い始めた22歳の秋。



私はバイトを辞め資格試験の勉強に没頭した。



だから家にいる時間が長くなったのにも関わらず、ケンちゃんは外出することが多かった。



時々帰って来ない日もあった。



前もそんなことがあった。


だけどあの時は、私の誕生日プレゼントのために学校も忙しいのに寝る間も惜しんで働いてくれてたんだよね。



そんなこと知らずについつい当たっちゃった。



それで家飛び出したんだっけ。



それってスゴク勝手だよね。



「帰ってきてくれ。若菜がいないと俺ダメになっちゃいそう。」


「ホントに?私…ケンちゃんに必要とされてるの?」


「うん。てかメチャクチャ愛してる。世界で一番愛してる。」




そんなキザな言葉、出会った頃のケンちゃんからは想像できなかった。


「中谷さん?」


背後から聞き覚えのない声が私の名を読んだ。




振り返ると確かにそこには木村くんがいた。



夢かなぁ…私は見て見ぬ振りをして再び前に向き直し歩いてみた。



「中谷さん…俺呼んだんだけどな、名前。」



はっとして振り返ると木村くんは笑ってた。



しかも満面の笑みで。




「ごめんなさい。…えと中谷です。木村くん、何か用?」



奮えてた。


心臓も。


声も。


体も。


全てが。



「んー。いや…ただズット話したいなって思ってたから…。」


「不思議〜。」


「何が?!」



「だって木村くんみたいな人が私と話したいなんて…。何か間違ってるかな、夢かと思う…。」




そう、夢だと思った。




ていうか夢であってほしかった。




出会いも全部始めから夢だったらよかった。




「ましてや木村くんがさ、モテモテの木村くんがクラスでも目立たない私みたいな子に話しかけるなんて有り得えない。」


「君のファンが世界でたったひとり、俺だけだったらいいなーって毎晩祈ってた。」



「信じてくれなくていいよ?」



私は何も言えなかった。


始めてのメール。



ドキドキしながらケータイ握った、1学期最後の日。




「明日から夏休みだー!」



そっか…夏かぁ。


「中谷さんって夏休み予定ある?」


「特になし。」

即答だった。


「じゃあ、遊ばない?」


「は?!」


「だから遊ぼうよ!」


「木村くんってB型?」


だから君、予測不能だよ。ウチの親父そっくり。


「何で?俺Aだけど?」


「意外だね…。」


「中谷さん絶対Bでしょ?」


「フツーにAだけど。」


「そーなんだ↓」




意外に私って冷血だったりするね。

すっごい意外だけどね。

冷血以上にマイペースだよね。




流されるままに時間は過ぎてって結局私たちは8月のある日、友達とケンちゃんたちと遊ぶことになった。



予想だにしない出来事だった。


背中に恋してた日からあまり時間は経過してない。



彼は追い掛ければ追い掛けるほど遠くなってくような気がしてたから。


だから。



こんなタナボタ的ないい話が簡単に成立していいものかと冷静に考えることもあった。




あの時は何も考えなかったから幸せだったんだよ。




楽しかったんだよ。




ケンちゃんも傍にいたから。


私は何も恐くなかったよ。


「煌ちゃん」


奥本煌(おくもときら)は同じクラスの仲良しさんだった。


「ねーねー!どういうことなの?これって何か仕組まれてるとか??」


警戒心丸出しの私とは打って変わりオープンなのはキラリン。


「キラはいいと思うよ〜☆てかホントに実現するとか有り得ないと思ったし、ホント若菜ありがと!」


何だろう…。


別に頼まれてやった訳じゃないけど…。




ケッコー前にね…、


「キラリン!私木村くんのアドレスGetしたよ!!」


「やったじゃん〜!!てかどうやって聞いたの?」


「てか本人が教えてくれた。」


「何やってんのー。ナンパされてんじゃん!両想い確定じゃん!ヒューヒュー!!!」


キラリンのテンションの高さにはついてけない…時もあるよ。


楽しいけどね!笑



「キラリンはどうなの?」


「私はもーいいよ。」


「何で諦めんのよ!一緒にがんばろってゆったじゃん!」



キラリンには好きな人がいた。


同じクラスの大野伸也(シン)だった。


「ダメよー!もう。大野くん彼女いるよ…。」



「聞いてみよっか?」


「ふぇ?!」


「木村くんに聞いてみてあげる。」


そして彼はケンちゃんの友達でもあった。


楽しいはずの時間。



こんな悲劇が待ってると知ってたらあんな場所には行かなかった。



だけどあの悲劇が私たちの絆を深めたんだよね。



そして一生に残る傷が心に深く刻まれた。




「じゃあ、俺と中谷さんとキラちゃんとシンで4人な!花火大会しよなッ!来週の月曜、5時に俺ん家集合!!!!」



「チョット…?!」


「シンにはメールしとくから中谷さんはキラちゃんに連絡よろしくね!」



電話が切れた…。



ケンちゃんの強引なトコには誰一人として歯が立たないだろうね。




キラリン喜ぶかなぁ。




メールした。




『やだー!!!マヂ?!来週とか考えるだけで鼻血出る!!!!』


『がんばろっと☆大野くんと仲良くなんなきゃ!』



電話の声は明るかった。てか明るく振る舞った。


だけど心は奮えてた。


冷たかった。


痛かった。



-キラちゃん-


私の名前は何故呼んでくれないの?



なかたにさンじゃないよ。


私は、ワカナだよ…。



なんか恐かった。



受話器持つ手が奮えてた。




8月2日…。



明日は、地方のお祭りの日でもあるんだね。


「若菜〜アンタ明日お祭り行かないのぉ?!」


母の声がする。


何か問い掛けてる。


『行かない〜友達と遊ぶ約束あるからぁ。』


高校1年の私はそう返して家を出た。



でも今は違う。


「行かない〜。だってメンドーだし。」


「せっかく帰ってきたっていうのにアンタは家に閉じこもりっきり。もったいないわよ?」



「だって…。」


「あ、そうそう。ちょっとこれ持ってってほしいのよ、りゅーくんのとこ。スイカなんだけど今日、茉莉加たちが遊びで割ってね〜。」



「りゅーくん…。」


りゅーくん(中村隆太)は私の家の隣の隣だった。


近所ってことで親同士の仲もいい。



昔は子ども同士で仲がよかった。



昔はね。



今は、卒業式以来会ってないからどうなってるとか知らないけど…。




元気でいるといいけどな。



幸せであってほしいよ。



中村家のインターホンを押し、ドアを開けようとしたその時、聞き覚えのある声が私を呼んだ。



「わかちゃん?」



その名前で私の名前を呼ぶのは世界でたった一人。


りゅーくんだけ。



りゅーくんだけその権利を与えられてた。



私はドギマギしながらも必死に溢れる感情を押さえていた。



胸が締め付けられるよいで苦しい。


過去と現在が交錯する。



真っ白………。




「久しぶり?元気にしてた?」


「今日は浴衣じゃないの?」



「え?!」



「彼氏に会いに行かないの?」




「何言ってんの?」



私は地面にスイカを落とした反動で走り出した。




時を駆けた。



空間を通り過ぎた。



現実を遠ざけた。




ま、君はどこの偉いさんになってるかしらないけど…。


お陰で私の記憶が書き換えられてしまったよ。


『わかちゃん?』


『りゅーくん!お久!』


『これからお祭り?』


『ううん、今日は遠出してくる!』



田舎に住んでた私は、市内の中心街の学校に通うため親戚の家に下宿していた。




夏休みになったので、実家に帰ってマッタリしてたけど。




『そっか…なかなか似合ってるよ。』


昼間から浴衣で歩く人はそうは居ないだろう。




『ありがとう。これからデートなんだ。喜んでくれるかな?』


『もちろん。』




その時、本当に私たちの関係にピリオドが打たれたんだ。




だけど、そんなこと。


すっかり忘れてたよ、りゅーくん。







思い出してしまったね。






8月2日。



「おまたせ〜中谷さん!待った???」


「二人共ちこくー!!美女2人待たせて一体どういうつもりよ?」


「ホントにごめんね!」


「大体ケンがよ?コイツ服一つ選ぶのに3時間かかったんだぜ!?」


「オマエ、人のコトいえねーだろ!?髪セットするんに1時間…。ナルシスト〜。」


よく見るとみんな髪の色が明るくなってる。その効果もあってテンションもかなり高い。



相変わらず私は低い。


だから弾む会話の隅っこで静かに傍聴してる。


なんかのドラマ見てる気分…。




また置いてけぼりだよ。



いつも、いつも。






「ねぇ?中谷さん?!」



ケンちゃんが気を遣って話を振ってくれたりしてた。



「…うん。」



だけどついてけない。



「どうしたの?元気ないよ?」


キラリンの優しさが痛い。



不器用すぎるよ…。



「え…うん、まぁ緊張してるのかな。」



この胸の高鳴りは緊張とは違う。



不安の陰でもない。



胸騒ぎがする。




これって…すごい悪いことが起きる前兆なのかも。



あの時、帰ればよかったんだ。




「浴衣、すごく似合ってるよ。」


「そう?生まれて初めてきたんだけど…。」


「来てくれて嬉しかった。」


「え!?」


「だって絶対来てくれねーって思ってたもん。あんな強引だったから。」


「そういうトコに揺れる人もいると思うよ。例えば私みたいに。」



「そうだね、中谷さんの冷たいけど…優しいトコに射止められる人もいるよ。例えば俺みたいな。」



ケンちゃんは思ったより言葉に慎重で丁寧な表現をする人だと思った。




感情が深くて、優しさを感じる。


もっと深いところにいけば安らげる場所があるのかな。


あったかそうだな。


ケンちゃんの心の中に私の居場所はあったのかなぁ…。




私にはチャントあるよ。

そうだね、いつでも帰ってこれるようにキレイにしとくね。



ケンちゃんの部屋。



「俺、中谷さんの射る弓になりたいわー。」



「木村くんも何か部活しなよ〜?絶対暇じゃん?」


「うー暇。暇すぎる!」


「でもバイトはしてるんでしょ?」


「え?してないけど?」


「じゃあ塾〜?」


「一応、登山部。」


「とざん!!?そんなんあるのねー!?はー初めて知った!」


「ていうか1回も参加してないかな。」


「じゃあ弓道はやんない方がいいよ。先生恐いし。」


「そうだね…。てか部活ってフツーにタルいしさ。」


「そう?やってみるとケッコー楽しいよ!」


「でも俺バスケは最高に好きかな。」


「いーじゃん!私バスケ超苦手だからできるの羨ましいよ。」


「中学の時は何か部活やってた〜?」


「うーん、意外にも軟式テニス。」


「奇遇だなぁ!俺も意外に軟式やってたよ!しかも後衛〜☆」


「一緒ぉ-!!!!」


「マヂ!?」




『ホントはモット前から私たち出会ってたのかもしれないね。』




神様は私たちが出会うこと知ってたのかなぁ?







神様なら運命とかって変えれるのかなぁ?










こんなに強く結びつけといて突然引き離そうとするなんてあんまりだよ。




傍にいたい。




傍にいてほしい。




どこにもいかないで。




消えないで。




失くならないで。










お願い…。













「若菜ちゃん、ケンとはどーなの?」


いつの間にか隣に大野くんが座っていた。


私は遠くで弾ける花火の行方を切なげに目で追っていた。



花火みたいに打ち上げられて燃えて、激しく散る…恋。




最初に想像してたのはそんな恋だったけど…。


「上手く行ってるのかは分からない。だけど私は確実に惹かれてるよ、木村くんに…。」


「そうなんだ…。」


余韻を残すような眼差し。


行き場を失った言葉…。



まるでさっきまでの彼の面影は消え去り、目の前にいるのが全く別の人物にさえ思えた。



「大野くんはどうなの?」



パンッ!




花火の弾ける音。




心の弾けた音。







心の悲鳴。




「俺じゃダメなの?」




「え?!」






視界全体に大野の顔が拡がった。



背中には地面の冷たさと、首筋に土のザラザラ感と、心には悲しみと。




ただそれだけが胸の奥をまさぐった。




口は塞がれ、手足の自由が奪われた。






もうダメかと思った。






目を閉じた。







ごめんね。


そう呟いた瞬間、柔らかなものが私の唇に覆いかぶさった。









体が震えた。










この変な感じ…。







ファーストキスは好きな人とって決めてたのに。






一筋の涙が零れた。









彼は、腕を振りほどき私を乱暴に引き離した。


私はゆっくりと起き上がり大野くんを睨みつけた。




「アイツ…族とつるんでる、ケッコー悪い奴なんだぜ。見てみろよ。」



指さした先、確かにケンちゃんの姿があった。



バイクの集団の長らしい人物と何やら親しげに話していた。



その光景が何とも異質的に映り、見ているだけで胸が痛くなった。



「ウソ……。」



「嘘じゃねーよ。」



「だったらこれは何?」



「現実。てかアイツ親いねーから、ひねくれたって聞いたけど?あーいうのに限って意外に派手な事やっちゃうんだよな〜。」



「大嫌い!」



「アイツじゃ若菜ちゃんを幸せにできねーわ。」



「大嫌い!大嫌い!!!」









逃げだしたかった。










とにかく息苦しいこの場所から逃げたかった。










苦しいことも悲しいことも全部忘れられたら。









水に熔けてドッカ遠くに流れてしまえばいいのに。









全てが永遠になっちゃえばいいのに。









唇は熱を孕んでた。







燃えるような心と。



花火みたいに散る恋。



ヤッパ想像した通りじゃん。






私は幸せになれないの???


あれから月日は流れた。



何事もなかったかのように過ぎ去った夏休み。




いろんなことあったけど結局ミンナ最後は笑顔になるんだね。







笑顔…。






「キラリン!」




「…。」




目が合ったのに、完全に無視された。


夏祭りの日から会ってないし、連絡も取り合ってない。



体育館で始業式を終えた後、HRまで時間があったのでトイレに行った。




「若菜、夏休みなんか楽しいことあった〜?!」


「うーん、あったようななかったような…。涼風はどうなの?」


クラスで一番の友達、佐野涼風だ。


「どうって…部活ばっかで結局お盆しか休めなかったし。」


「いや…バレーの先輩とは??まぁ部活も大変だろうけど。」


「一回一緒に帰ったくらいかな…後はもう何もない。」


何だ、みんなそれぞれEnjoyしてるじゃん。


笑いのある日常。


普通すぎるけど超幸せ。


涼風と過ごす時間、超楽しい。


一番素でおれる。




だけど…嵐は通り過ぎていった。



淋し気な眼差しと鋭い視線が私の心を擦り切った。



冷たい。



アイツの笑顔…


冷めた笑顔…。




取り返しのつかない。



戻せない時間たち。



「大野くんじゃん♪」


そういえば涼風と同じ部活だっけ…。


「奥本さん?」


隣にケンちゃんはいなかった。いつもは一緒に居るのにね。

なんか変だなぁ…。


「チョット〜俺のこと忘れないでよぉ!涼風ちゃん☆」


「ぅわッ!キモい〜。」


話しに割り込んできた大野くんの友達。


その人絡みの人物はミンナ汚れたように感じられる。




あの時以来、印象はガラリと変わってしまった。







汚い笑顔。






そんな醜いものばら撒かないでくれ。







もういらない。







凍った瞳で彼を睨みつけてその場を立ち去ろうとした。



マイペースな涼風は完全にお喋りの世界に没入してしまってた。



私は、そんな涼風を置いて教室に向かおうとした。


足音がする。




涼風だと思った足音が、私の足元の一歩手前で止まった。




それと同時に、もっと遠くから涼風の笑い声が甲高く響いた。


『バカきょーすけ!』




私は無意識に立ち止まった。



振り返ろうとした瞬間悪魔が私の名前を呼んだ。


「若菜ちゃん?」



「一体何なの?!私、許さないから。」



「ホントにそれでいいの?秘密バラしちゃっていいの?」



「何のこと?」


わざと知らないフリをした。


そんなの弱い人間がやることだって思ったから。


バカバカしい。



「恐くない?」


「恐くないよ。」


「さすが勇敢だね。そういうトコますます惚れちゃうかも。」


「アンタみたいなクズ、一生恋できない体になっちゃえばいい。それだったら誰も傷つかないで済む。」



そう、人を愛する資格さえない。



もちろん幸せにする資格もね。




「なんならそれ木村に言えよ。木村には若菜ちゃんを幸せにできない。今からでも遅くないから来いよ、俺んトコ。」



「アンタに恋すんなら死んだ方がマシ!」






抱かれる人は哀しいね。


そう言い残すと私は背を向け再び進み始めた。




しかし視線の先にはキラリンがいた。




私の方へ近寄ってくる。




高まる胸の鼓動。




震える足取り。







無言のまま通り過ぎた。



俯いた顔、初めて見た。



悲しそうな目をしてた。







キラリンは大野くんとも一言も交わさずすれ違っていった。






3人の3つの時間が過ぎた。






ヤッパみんなそれぞれ違うことを考えていたんだろうね。




じゃなかったら…。







こんなの必要ない。







私は悲しかった。



苦しかった。



潰れそうだよ。



涼風がいなきゃ、ケンちゃんがいなきゃ。


ホントは弱いんだね、私。







「もう大野くんと関わってほしくないんだ。」


「なんで?」




ホントは知ってたくせに。



みんな知ってたくせに。


なのになんで?







何で黙ってたの?


翌日。


不機嫌ながらわざと遅刻して行った。



私はB組だったのでA組の前だけはどうしても通ることになる。




いつもはためらいなんかなかったのに。




なんかスゴク恐い。




でもやっぱり…。


「アイツB組の。」


「中谷若菜?」


「マヂきもー!ようあんなんがやるよなぁ。」



大変な奴を敵に回してしまったんだ。


ドッカで私の噂が流れてる。



知らないけど何かの噂。


非通知の着信。



脅迫メール。



私を苦しめた。




消えてしまいたい。



私は一人だった。




「アイツ人の男取って、フツーに学校来るとかマヂありえねーから。ブッ殺したい。」



キラリンの声が耳の奥で響いた。


隣のクラスのはずなのに。


机の上には『死ね』の文字が刻まれてた。




私は、居場所がない。



目に涙を貯めたまま教室を飛び出した。



ドアのところで誰かにぶつかった。


「ごめん」


「あ!若菜?おはよ!朝来てなかったけど大丈夫???」

涼風だった。


『んな奴ほっときゃいーんだよ。』


憎い。


「っ…!」


「ちょっ!若菜どこ行くのよ!」



私を呼ぶ涼風の声が最後まで聞こえた。



遠くに逃げても涼風の声だけが頭から離れなかった。



苦しい。


辛い。


何で???




涼風から電話。



「もしもし…」


「若菜?アンタ大丈夫?」


「大丈夫じゃないかも。」


「ていうか今、どこにいるの?」


「屋上。」



「今すぐ行くから待ってて。」



「うん…。」


「絶対待ってて。」



うん。




空がキレイだと、初めてキレイだと感じた。


目をつぶって風を感じてた。


音を追い掛けた。


誰を待っていた。



階段を駆け上がる軽快な足音。



久々に心に光りが燈った。




「若菜!心配したじゃん!何でアンタをいっつもこう…一人で抱えこもうとすんの?!私が…私がいるのに!!!!頼ってよ!?悲しいじゃん!!!」



涼風は泣いていた。



今まで押し留めていた感情が一気に溢れだした。



堤防が決壊した。




「すずかぁ…!」


私は思わず涼風に抱き付いてしまった。


そして子どもみたいに大声を張り上げわんわん泣いた。



「辛かったでしょ?ホントによく頑張ったよ。でもこれからは、いつも一緒にいるからね。私が守るからね。」


「うん。」


「だから泣かないで?若菜には笑った顔が一番似合うよ。」



優しい涙を見た。



ていうか人ために流す涙はキレイだね。



誰かのために笑うって嬉しいことだよね。




涼風がいてくれてよかった。


ホントによかった。




心からそう思う。




涼風にとっても私が大切な存在であってほしい。




初めてそんなこと考えた。


サッカー部の大野信也は学年でも10番以内に入るくらいモテていた。



ソイツは私と同じクラスだった。



ケンちゃんも一緒だった。




隣のクラスの奥本煌(キラリン)は大野を狙ってて、私がケンちゃんと親しくなってから私たちの友情も深まっていった。




「4人で花火しない?」




断っておけばよかった。


そうしておけば今ごろこんなことにはならなかったのに…。




あの時のキス…。



写真が出回ってた。



押し倒されたのは私なのに私が押し倒して強引にした形になっていた。




変なトコでコンピュータ技術は進化している。




ヤリマン 中谷若菜。




初めて人を殺したいと思った。




初めて。







「こんなコト弱いがやることよ。無視っときゃいい、それか笑いとばせばいい。」




前向きな涼風の言葉で私の心は救われた。




ホントにありがとう。






出会ってくれてホントにありがとう。


「例の事件、犯人やっぱ大野だった。アイツ停学だって。ちなみに俺もだけど。」



事件から一周間後、


犯人が大野だと言うことが流れてきて、学校中の噂になってた。



涼風もバレー部のキャプテンから聞いてその噂が流れる3日くらい前に知ったという。



私は、ありもしない噂を流されながらも1日経ったら平然としてた。



ケンちゃんだって知ってて普通に振る舞ってくれた。



挨拶もしてくれた。



けどお互いがすれ違うこと多くなったよね。




そんなの気にしない。


だって信じてるし。



それに私には涼風がいてくれるもん。



私の世界から涼風が消えない限り笑うことを忘れないだろうな。



涼風は人をハッピーにしてくれる。


不思議だね。


ホントにそんな人いるんだ。



天使みたい。




「天使みたい。」


「何言っちゃってんの。」


「私幸せ者だね。」



沢山の人に支えられてた。



ずっと一人だと思ってたのに。



「木村くんかっこよかったよ。」


「ん…?」


「『今度、俺の女傷つけたら許さねぇ、ブッ殺す』だって!私もそんな言葉言われてみたいし。」


「涼風だって言ってもらえるよ!先輩がいるじゃん!!!」


「あんなヘロヘロくんが言うはずないじゃーん。」



ヘロヘロくん…。


ホントに好きなんだ。




大好きなんだよ。




ケンちゃんのコト大好きだから。




このキモチ誰にも負けないから。




絶対負けないから。







「若菜!」


「キラリン!?」


「一緒に帰っていい?」


「いいよ。」




「ごめんね。」


「え?!」


「疑ったりしてごめんね。」


「何で謝るの?ウチら友達じゃん?」


「わ"がなぁーあ…。」


「ちょっとぉ、キラリン鼻水つくじゃん。」


「だってぇ…。」




キラリンと私は仲直りした。




「若菜はいいよね、あんなに愛されてて羨ましい。」



「そんな…愛されとるとかないよ。」



「てか、木村くんち行ってみない!?」



「は?!」



「謹慎中だし暇でしょ、どーせ。」




さすがキラリン、君には勝てないよ。







「イキナリ迷惑じゃない!?」


「考えすぎよー!逆に歓迎してくれるって☆」


「でも…。」



「私同じ中学だったんだから家分かるし、昔よく遊んだしね。」



確かにそうだけど…。




怒らないかなぁ、









ピンポーン。


ガチャッ。



おかあさん!!!



「こんにちはー!久しぶりおばちゃん!!!!」



「煌ちゃん!?久しぶり〜!お母さん元気にしてる?」


「ていうか元気すぎてヤバイ!私より長く生きそうな勢いよ!」


「あらそう。それはシズコさんらしいわ〜。お兄ちゃんは、大学生よね??」


「だって洋介くんと同じ歳じゃん!」


「そっかぁ〜。」


「そっかぁ〜っておばちゃん!相変わらずマイペースなんだから。」


「でもホントに久々だからびっくりしたのよ〜。随分大人になって。」


「お世辞なんかいらないよー!言ってとくけど何も出てこないからね☆」


「あら〜…。とりあえず入ってよ。」


「じゃあお言葉に甘えて…。」



キラリンが進んでって、私はケンちゃんのお母さんと目があったので軽く会釈した。



よく見ると綺麗で、ケンちゃんと同じ。


優しい目をしてる。



小さくて垂れ目で



優しい目。



「こんにちは。」


「こんにちは。あなたも来てくださったのね。嬉しいわ。」


「違うよ、おばちゃん若菜は…何ていうか。」


「キラリン!」


「いいや。何でもないですわ。とりあえず入りなよ、若菜。」


「煌ちゃんは昔から変わってないわね。」


「少しは大人にならないといけないよね。」


「変わらないことが一番いいじゃん!」


「まぁ、お二人さん入って。」


『おじゃましまーす!』


「憲吾〜!お友達が来てくださってるわよー!」


「あー?!」


「お友達!!!」


「ケンゴー!!!暇だと思ったから遊びに来てやったし。感謝しな〜!」



「は!?悪いけどソッコー帰ってもらって!」




「チョットお茶入れるからその間に片付けなさいよ、部屋!」



「だから帰れって。」



「煌ちゃんたちとりあえずリビング入って。」



「はーい。」


「てかいいのかな、嫌がってるし。」


「ま、いいんじゃね!?」


「あの子嬉しがってるのよ。」


「ですよね!?こんな美女二人がね!」


「ホント恥ずかしがりなトコと頑固なトコはお父さんそっくり。」


「でもマイペースなところはおばちゃんそっくり。ていうかチョットケンゴの様子見てくるわー!」


「キラリン!」


「ふふ。いいのよ気にしないで。」


「でもチョット強引すぎますよね。」


「それがあの子のいいトコなのよ、憲吾とは小学から一緒だし家も近くてよく遊んでたみたいだし。」



「へぇ〜。なんか意外ですよね。」


「あなたは煌ちゃんのお友達よね。」


「はい、そうです。」


「名前は何て呼んだらいいかな?」


「中谷若菜…なんで」


「若菜ちゃんね、かわいいわ。気に入ったわよ。」


「いやいや全然ですよ。」


「かわいいんだから自信持ちなさいよ!」


「無理です。」


「あの子超シャイだから女の子の友達なんかいないと思ってたの!だからホントお母さんがビックリしちゃった!」


「フツーに沢山いますって。無口だけどクールだからひそかに人気がある。」


「ホントにあの子をよろしくお願いしますね、若菜ちゃん。」



笑うしかなかった。



そして


「若菜いこう!部屋座るとこはできたから。」


私はお母さんと顔を見合わせて笑った。


「さぁ行きましょ。」






ホントにテキトーな家庭だよね。




このテキトー加減が逆にいいけど。










「憲吾開けなさい〜。」


「もー。メンドクセーなぁ。」


ガチャッ。


扉は開かれた。



「お茶とお菓子持ってきたから。」


「なんでコップ3つ!?」



「若菜ちゃんもいるのよ。」


ドキッ。


「じゃーん!!連れてきちゃった。」


バタン。


「何で?俺…聞いてねぇぞ。」


「開けなさいよ〜!」



扉の影からケンちゃんの顔が私を覗いた。



「ども。」


「おっす。」



「変なのー!」



「てかオマエに会うんだったら全然問題ねーけど…公用の身嗜みじゃねぇんですけど、俺。」


「まぁ、いいじゃん入っちゃえ!」


「ちょっと…!」



思ったより広くて綺麗だった。



ていうか私の部屋より綺麗なんかも。




「綺麗に片付けじゃん!」


「てか俺キレイ好きなの!」


「嘘ばっか。」


「まぁ、いいけど憲吾?」


「あ?」


「せっかく来てくれたんだし仲良くね。」


「まー、はいはい。」




「だるそー。」









私はキラリンの隣に座った。




目の前には誰もいないけど、ケンちゃんはベットの上で寝転んでた。




「どう?」


「は?」


「ビックリ大作戦!」



「どうもしねーよ。」



「ウソツキ。」



「オメーこそ。」



「ていうか私帰るわ、バイトあるし。ハナシ終わったし。」



「じゃあ私も帰る!」


「若菜はまだ話終わってないでしょ?」


「でもキラリン帰るし。」


「ていうかケンゴが話したいんだって。」



「ああ…。」


「若菜、念のため靴置いとくから!ここ。」



「なんで?」



「まー、あとは若いお二人で!エロいことすんなよケンゴ!」



「んな馬鹿じゃねーよ。」


顔が熱い。



「ホントにいっちゃうの。」


「ま、襲われたら連絡して☆ただじゃおかねーから。じゃーね!」


パタン。



行っちゃった。



沈黙が続いた。



何から話せばいいのかわからない。



今は何もわからない。



頭ん中がパニくってる。







誰か助けて…。







「ねぇ…。」


ケンちゃんの声でようやく沈黙が破られた。






「なに…?」




「守ってやれなくてごめん。」







私の目から涙が流れ落ちた。







暫く言葉が出なかった。




だけど私は沢山のおめでとうとありがとうがいいたいんだ。




ケンちゃんだけに、言いたい言葉なんだ。









「ごめんね。」




「え?」






「黙っててゴメンネ。」







「気にしねーよ。辛いキモチは一緒だから。お互い様だよ。」



「うん…。」



「だけど…これからは辛いことあったら必ず言えよな、俺頼りにはなんないけど、まぁ…頼ってほしい。」



「めちゃめちゃ嬉しいよ〜。」



「おー泣くなぁ…。」



私の頭をおもいっきり撫でてくれた。






なんか中1の時を思い出した。










「私、幸せなんだから。」


「なんで?」



「好きな人が隣にいるから。」


「なんならさー、俺も同じだよ。」




抱きしめられて、初めてケンちゃんとキスした。



いい匂いがした。



涙が溢れた。




ケンちゃんの手温かかった。







久々にみつけた安心できる場所。










「大好きだよ。」




私は想いを告げた。







『ていうかさ〜、ケンゴっていうから横山ケンゴかと思ったし、木村なんかこのガッコいっぱいいるから誰だかわかんなかったけど…そのケンゴは私の幼なじみだよ!』






幼なじみ…か。









2年生になってキラリンは、ケンちゃんの紹介でよっちゃんと出会った。



そして付き合うことになった。






「若菜たちより幸せになるから!」






ていうか私たちまだ付き合ってないよ。










でもキスしちゃった。










絶対変だよね。


「ていうか絶対釣り合わないよね。」




そう言って月日は2年経った。


「キラリン幸せ?」




「え?なんで?!」




「いっつも笑ってて楽しそうだから…。」




「そう?ていうか毎日楽しいじゃん!!!若菜は楽しくないの〜?!」




「うーん、そういう訳じゃないけど。毎日…大変過ぎて他のこと考えらんないや。」




元々マイナス思考だった私。




プラス思考のキラリンとは正反対。







そしてもう一人、プラス思考のケンちゃんとも。







丁度一週間前かな。


キラリンから一通の手紙が届いた。




中を開けてビックリ!







結婚式の招待状だって。






しかもよっちゃんと結婚するってさ。







ねぇ、私たちも…何も変わらなければキラリンたちみたく結婚してたかな。




すれ違うことイッパイあったけど結構私たちってやってけるって思ってた。




それってさ、ケンちゃんも同じだったかなぁ…。




そうやって思ってたかな?






そんなこともう聞けないけどね。






「キラリンは今も幸せ?」




「うん。今も昔もチョー幸せ。」






24歳のキラリン。



スゴクスゴク笑顔が輝いているよ。


「インターハイいつから?」



「えっとねぇ、夏休み入ってからだよ。」



私は、弓道部の主将であり目前に最後の大会を残してた。



「じゃあ補習出れないね。」



「え?てか木村くん出るの?!てっきり就職組かと思ってた-!!!」


「ちょっと!そこ馬鹿にしないでくれる??」


「ごめん…じゃあ聞くけどどこの大学行くの?」



「一応地元の国立!」


「へ?そんな…無理でしょ!?」



「もう推薦確定したし。」




「すご…。」




「若菜は??」







私は結局、ケンちゃんと同じ大学の推薦を貰って二人とも合格した。




「あぁ…私、私立かな。多分一般だけどね。」







インハイ終わってから死に物狂いでセンター試験対策したのに、推薦で受かったからあまり意味がなかった。







「馬鹿だよな-。」



「ていうか奇跡だね!」



「神様何か間違えたんじゃないの?」



「嘘じゃないもん!!しかも私、一緒の大学じゃん!!!ホントは嬉しいんでしょ-!」



「嬉しくねーよ!!!!」







私はメチャメチャ嬉しかったからね。




でも恥ずかしくて言えなかったよ、そんなこと。



まぁ、お互いシャイってことで!


進路が決まってから私はバイトを始めた。



家出する資金だ。



みんなは私に変わったね、って言ってたけど私はその言葉の意味がわからなかった。




みんなはそれぞれに夢とか目標持っててそれにむかって目を輝かせながらがんばってる。




けど、私ってそういうの全くなかった。




ある日、



「わ-何これ!?」



私は、あまりの感動に感嘆してしまった。




「えぇ、あぁ…これは設計図だよ。」



「何の?」



「家かなぁ…。」


「誰が暮らすの。」



「さぁ…。誰も暮らさないんじゃね?」




「なーんだ。」



「じゃあ一緒に暮らすか、そこで。」



「私たち2人が??」



「いや、そうだけど…。俺たちと……俺たちの可愛い子どもと………つまり家族ができたらさ!」




「え!!!!?……そっそれいいじゃん!名案だよ!!」




ビックリした。

ケンちゃんからそんな言葉が出てくるなんて思わなかったから。




心臓止まるかと思った。


本気で。




あの時は叶うと思ってたから。



絶対叶うと思ったから。






だから…。







「どうせなら実現不可能の設計にしちゃおうよ-!!!これは〜こうしてここはこれでッ!!」


「ちょッ!!!オマエ何すんだよ!!!」



「怒らないの、もう!」




『たとえこれから先、二人が離ればなれになってもこの家をみつけた時それを口実に会えるかもしれないしね。』






約束したのにね。







神様はホントに意地悪だよね。






「木村くんの夢は何?」


「建築士かな。」


「へぇ〜。」


「中谷さんは???」



「教師かな…。」




「頑張れ!」







「何よそれ!」




ホントはモット


私の夢は身近で現実的で、だけど今思うと一番遠くて叶いにくいんだって…そう思った。






あの時、おばあちゃんになるまで一緒に居たいなんていってたら…。



なんか変わってたのかな。



18歳の私にはわからなかったことだからしかたないけど。









「ていうかさ…俺らまだ付き合ってなかったっけ。」


「そうだっけ…。でも付き合い始める日はキチント決めたいよね。じゃないと記念日とか計算できないじゃない。もし付き合うとして。」



「いや…できるっしょ。てか今日から付き合う?イエス・ノー、答えて。」



「まだ言わない。もったいないから。」



「まーでも俺知ってるから、中谷さんの答え。」




「期待してるのと反対だったらごめんね!」






私たちが正式に付き合い始めたのは3月1日。




卒業式の日に呼び出してあの時の答えを伝えた。




「さぁ、あのときの答えを聞こうか?」






「イエスに決まってるじゃない。」







私の左手にはケンちゃんの第二ボダンが握られていた。









半年以上も前に予約しといたもんね★



確実だよ!!


「俺、あげる人いないしな。若菜ぐらいしか。」



「えッ、あぁ…。」




「もうお互い呼び捨てにしようぜ!なんかめんどくさくなってきた。」






「じゃあ…ケンちゃんって呼ぶから。」




「呼び捨てじゃねーけど、若菜だから許す。」









こんな思い出も全部泡になって流れてしまえばいいのに。




どうしてこんなときに私は、失くしてたボタンをみつけてしまったんだろう。






ねぇ?


どうして???




写真の中のあなたは笑ってるのに、どうして私は悲しいのかなぁ。




なんでこんなに涙が出るんだろう。







なんでこんなに悲しいの。









6年前の春、私たちは地元の国立大に入学した。




ケンちゃんは理学部、私は教育学部に入った。



ケンちゃんは昼間、私は夜間の学科だった。



「私、2年まで一緒に勉強できると思ってたのに…。」


手続きの書類を見てガクリと肩を落とした。



「まぁ、しょうがないんじゃん。学部違うし。それに…。」



「それに何…?」



「いいや、何でもない。気にするな。」




続きすごく気になってたけど…結局わからなかったな。



最後まで。


「2年まではみんな一緒に勉強できるって…なのに私だけハミゴじゃん。」




「だからこっちの学部にくりゃよかったのにな。」



「頭がついてけないよ。でも教育系の専門は極めれるし、それでいいのよ。」




「訳わかんねー。」



「私の気持ちわかんないくせにぃ!!!」




「は?」







「全学部の人が同じ校舎で勉強するんだよ。だからね…。」




「バーガ。俺は言っとくけど若菜一筋だからな。絶対誰にも渡さないし、一生守り抜くからな。」




「はは。ヤッパ、ケンちゃんは世界一だよ。」







もし絶世の美女がやってきて誘惑したら?



もし理想そのものの相手が現れたら?



もし私以外の誰かを好きになってしまったら?




いろんな不安が浮かんできたけど、ヤッパリ私は信じてたよ。



ケンちゃんは私だけをみていてくれる。




そう信じてたよ。




「俺ホント、モテねぇから気にするな。むしろ若菜こそ気いつけ。」



「私は大丈夫。そんな物好きいないから。」



「モット自信持てよな。」




24歳、モテ期到来の年に大した恋愛ハプニングもなく忙しく1年が過ぎていった。



ていうか君がいない世界じゃ恋愛なんかできない。




サークルは同じテニスにした。






私たちは中学に部活で軟式を経験してたこともあって、技術の飲み込みも早かった。



「私、県大行ったことあるのよ〜!」



「何で高校でせんかったん?」



「だってあんま好きじゃなかったし。」



「しかし…なんで弓道なんか始めたんかねぇ。」


「いいのあったでしょ、モットいいの。」



「帰宅部とか?」



「そんなの…まぁ、素晴らしいわねぇ。だけどさ、あるさ色々。」



「例えば?」



「バスケとか…楽しいじゃん。」



「バスケとバレーが一番嫌いよ、運動の中で。」



「分かってないよな。」



「それはできたら楽しいけどさ…私は無理だし。」




「俺は弓道なんか嫌いよ。」



「なんで…?」




「だって、中学の時に俺の嫌いな先輩が決勝点とって優勝して、テレビ映ってたもん」



「…優勝とかスゴイじゃん。」



「だから…正直、県予選で若菜が優勝した時はカブって気分悪かったし。」



「もし弓道のサークルに誘われたらどうしようって思ったでしょう。」


「うん…。」



県予選の日、来てくれるなんておもってもなかった。何年も前の話だけどね。



前日にメールして冗談で応援来てよ、って


送ったらホントに来てくれたし。




嬉しかった。




決勝まで残ったけど、体力と集中力がもたなくてもうダメだと思ってた。




だけど、そんなとき



『がんばれー!』



って誰かの声が聞こえてきた。




その誰かはケンちゃんだったよ。




ホントに嬉しかった。










だけどもう今は…。




悲しいだけだから。




応援してくれない武道館に立つのは苦しいから。







もう、全て終わったよ。



君との思い出は全て切り離さなければならない。







もう何も残っちゃいけないんだ。




これ以上傷つく勇気もない。










「あの…中谷若菜さん?」


「はい…。」



「私、2回生の…小泉愛子というんですけど……サークルテニスよね?」







この出会いが私の全てを壊した。






この人に出逢わなければ私は幸せになれたのかもしれない、何度もそう考えた。






しかし…違う。




私は最初から幸せにはなれなかったんだ。









「来月の春季大会ダブルスで出てくれない?」


「え!?」


「無理には言わないからよかったら考えといてね。」



「えぇ…私は全然構わないんですけど、先輩が本当にそれでいいなら。」



「じゃあ決まりね!」




最初はわからなかった。


目的や企みとか、そんなのがあったかなんて分からなかった。




だけど…。




愛子さんの考えてることが全く分からなかった。







「今日もお疲れ様!」



「はい、お疲れです!」


「やっぱ若菜ちゃんはパートナーとしては最高だわ。」



「いえいえ、足を引っ張るばっかりで。」



「そんなことないわ。キット彼にとってのあなたのポジションも完璧なハズよね。」


「え!?」



「彼いるでしょう。」


「えぇ、まぁ。」



「どうなの!?」


「どうなのって聞かれても…。サークルが同じなだけです。」



「お似合いじゃない。ていうか私、彼と同じ学部なのよ。」


「私は、違うんです。」


「どこの学部なの?」



「教育です。」



「センセーになるの?」


「まぁ、そうですかね。まぁ教員免許はほしいです。」




「そっかぁ…。大変だけど、頑張って。」



「はい、じゃあ私授業あるので。」



日が落ちて真っ暗になった頃、私の授業は始まる。


『彼と同じ学部なのよ』


その言葉だけが始終、頭の中を巡って。




開き直って教科書を開いみた。



児童心理学。



なんという眠い授業なんだ。




5時から9時まで一生懸命耐えた。




苦しい。




それからすれ違う日々が多くなって、だけど私たちの関係はずっと続いていた。







「一緒に暮らそうか。」




3回生になって校舎が離れ、不安な私に彼が提案してくれた。



優しさが心にダイレクトに染み込んだ。









しかしその年の冬、彼に異変が起きた。



何日も帰ってこない日が続き、早く帰ってきたと思ったら自分の部屋に閉じこもったり、ソファーで眠っていたり。



とにかく疲れきった風だった。




私は相手にしてもらえないことにも腹が立ち家を出て行った。




ちょうどその日は記念日の前の日で悪いタイミングでケンちゃんとはちあわせた。




しかもケンちゃんの横にいたのは愛子さんだった。







私は感情が麻痺してなにも言えなかった。






泣きながら大嫌いって叫んでその場から去ったんだっけ…。


だけどその後、愛子さんから電話があって誤解だったって知った。




「健吾くんは、若菜ちゃんにあげるプレゼントを買うために一生懸命働いてたの。それで昨日は何をあげたらいいか分からないからって買い物に付き合ってあげてただけ。」




涙が次々と溢れ出した。




ホントは知ってた。




愛子さんが、ケンちゃんのこと好きだったことも。




サークル終わって私の授業が始まる頃に一緒に帰ってたこと。




校舎が一緒になってから行動を共にするようになってたことも。




愛子さんが大学院に進んだ理由も。




全部見ていた訳じゃないけど知ってた。






だけど、私はこんなになってもケンちゃんのことを信じていた。



大好きだったし。



絶対に失いたくなかったから。




だけど愛子さんには勝てない理由があった。




だって約束したもんね。




私たち一緒になろうって。




必ず結婚するんだよって。




最初の子どもの名前は万里(バンリ)だってね。

万里の頂城のバンリだよ。



それでケンちゃんが設計した家にミンナで住むんだったよね。



約束したじゃん。


神様なんて大嫌い。










『建築士の試験もうすぐなんだ。』










そういって私たちの間に境界線引いたのは君。










置いていかないでよ。







独りぼっちは嫌よ。









寂しいよ。










私も資格試験の勉強を始めた。







あの時、二人は完全に孤立していた。










そして君は、誰かのものになろうとした。









私の体に包まれたって冷たいだけだもんね。









愛なんか凍りついてた。










錆び付いてしまってた。







愛なんか要らないよ。










君はあの書斎に1ヶ月不在だった。









1ヶ月後、君は帰ってきた。









私の口からは自然に

「別れよう」

って言葉が出てきた。









君は静かに頷いて私は家を再び飛び出した。









不在の間に何があったかは知らない。



だけど、何らかの形で愛子さんが関与していたと予想はしていた。




それが最も悪い形で結び付いてたなんて。



そんなこと。


「私、病気なの。」


「え!?」


「実はエイズだったの。」



私は、動脈が一気にドクドク鳴って流れ出る瞬間を感じた。






「本当…ですか?」


唾を飲み込んだ。


「えぇ…本当よ。」



冷静に答えるところでますます恐怖感を助長させられた。




しかし、それと私に何の関係があるというのか。



「でも…私には何もできません。知識だけでは直せない病気だし。」


「違うの…私、私!!!取り返しのつかないことをあなたにしてしまったの。」




「だから…一体何なんです?」




「私は…」




聞こえないフリをしたかった。



あの言葉だけ、あの瞬間だけ切り取って全部嘘に変えてしまいたかった。



世の中は嘘ばっかなのに、こんな時に限って無意味な真実が人を狂わすから。







あの時のこと、覚えてないよ。




世の中っていろんなことが存在するんだね。







知らなかった。







私は泣きながら君に電話したよね。







私が謝ると君は優しい声で『大丈夫だよ』って囁いたよね。






何があってもケンちゃんは世界一だよ。



何があってもケンちゃんのこと愛し続けるからね。


約束したじゃん、って左の薬指のringがいつも光るんだよね。




離れている間も手放さなかった。


いつも身につけていた。



だって別れるわけないって思ってたもん。


絶対に別れないと信じてたから。



ケンちゃんが変わってしまっても、誰かのものになっても、汚れていても私はケンちゃんの全てを好きでいる。



だって嫌いなとこがないから好きになったんじゃない。




そんな人、世界中探してもどこにも見つからないよ。






多分、ケンちゃんはわからないかもしれないけどケンちゃんは私の運命の人なんだって。







錯覚でもいい、そう思いたい。







私は家に帰りケンちゃんの姿を探した。







涙で視界がぐにゃぐにやだったけど、風を感じた瞬間私は何か大きくて温かいものに強く抱きしめられた気がした。




「おかえり」



耳元で囁いた君の声は震えてた。


「ただいま」



君は、冷たい手のひらを私の頬に当て激しいキスをした。



当てられた手が、腕ごと首に絡まり私は壁に押さえつけられながらキスをされていた。



舌が口の中を旋回し私の舌に絡まり合う。



放した唇からは糸を引いた。


ケンちゃんの唇が首に触れた時私は思いきり君の体を突き飛ばした。



「若菜!??」



「…ダメなの。」




自分を防衛するためじゃない。


ケンちゃんのためをおもって。



お互い傷を作りたくないから。



「どうして?俺じゃダメなの…?」



「違う!そうじゃない!」



「嫌いになってしまったのか!?」


「だから違うの!!!!」



私は腰を落とし彼の体にもたれかかった。


ケンちゃんは腰を降ろして私の肩を取った。




「ごめんな。」




「今夜はこうしていたいの。」




壁にもたれかかり彼に肩を抱かれた形で眠りに就いた。




真っ暗で何もみえない。



だけど、ケンちゃんが隣にいることが唯一の光りだった。




「帰ってきてくれてよかった。」



「だってかえる場所ないもん。」







ホントはいつだって側にいたかった。



1秒も離れたくなかった。




HIV



Human Immunodeficiency Virus


エイチ・アイ・ブイ



ヒト免疫不全ウイルス。



AIDS


Acquired Immunodeficiency Syndrome



エイズ




後天性免疫不全症候群

HIVに感染すると


急性期症状(初期症状)


としてインフルエンザのような症状が出る事がある


(全く出ない人もいる)


その後、通常で数年〜十数年(平均で10年)は 何の症状もない。


この時期を


無症候期


という。


そして


体内のウイルス量が増え


免疫力(CD4の値)が


低下すると、


健康な人は全く感染しないような通常の空気中に存在するさまざまな病原菌で日和見感染症を発症する。


23種類の感染症のいずれかを発症すると


エイズ発症と認定される。









もう引き返せないんだね。



戻れないんだね。




これが運命なんだよね。






ソファーですやすやと眠るケンちゃんを見て涙が溢れた。







今はまだ受け止められないかもしれない。









もしかしたらケンちゃんの体は大丈夫なのかもしれない。







私たちは無関係に生きていけるのかもしれない。



そう思ってたけど。


ふたりが再び一緒に暮らし始めて数日がたった。



あの日を契機に私は変わった。



ケンちゃんを見るだけで押し潰されそうな気持ちに駆られたけれどどうか気を強くもち、明るく振る舞おうと決意した。




見えないところでは沢山泣いた。



とても不安だった。



気持ちは行動とは裏腹に後ろ向きだった。




先走る感情には歯止めが効かなかった。









ホントは恐かった。


「ねぇ、ケンちゃんドッカ行きたいところある?」



私が問い掛けるといつも以上に人懐っこい目で私を見てきた。




メンドーだと言わず、素直に人の話を聞き入れてくれる彼を以前と違って異質的に思い、嬉しい半面心は悲しさで充満した。




私が変わったのか?



それともケンちゃんが変わったの?




前はモット頑固で、めんどくさがりだったのにね。






今は昔よりモット優しい。




穏やかになったね。


「海行こう!」






これが最後だなんて思ってもしなかった。




一番最後に見る海の姿だと予想もしなかった。







永遠に一緒にいられると思ってた。







ずっと肩を並べて語り合えると思ってた。







なのに…。






「ねぇ、ケンちゃん?」



「ん??」



「どうして海なんか来たいと思ったの?」




潮騒が耳の奥で流れる。




「好きな場所だから。」



「そうなんだ。今まで一回も一緒に来たことないのにね。」



高校時代、短かった私の髪はもう肩のところまで伸びていた。



風がふくたびなびき、ケンちゃんの頬に当たる。



「俺はいつもきてたよ。」



「なんで?」




「親父たちに会いに…かな。」




「お父さん、いないんだっけ??」






「ていうか何年も前に死んだよ。」



「そんなこと聞いてないよ…。」



「だって言ってないからな。」



「そうだけど…。」



「母親いるけど、本当の母親じゃないしさ。」


「え…。」


「いつ打ち明けるべきか考えてたけど、時期逃して結局今日まで引きずってしまったんだよな。」


「それ…私に言ってよかったの??」



「なんで…?」


「ううん…でも何か、私ね…。」




「だって俺ら結婚するだろ?で、あの不可能の家にミンナで住むだろ?そん時家族できるでしょ。俺はミンナを幸せにしたいんだ。」



「うん…。」



「何泣いてるんだよ〜!」



「だって嬉しいもん。」




未来なんかないって思ってた。



明日なんかこないって思ってた。



だけど今は未来なんか見えなくてもいい。




明るい未来だけ思い描いていればいい。




だって私たちは幸せになれるから。




「俺と若菜は同じだよ。」


「どうして?」


「俺らは出逢うまで本当の愛の意味を知らなかったんじゃないかな?」


「愛の意味?」


「俺、若菜に出逢って変われたよ。」



こんな笑顔初めてみた。


今まで見てきたどんなものよりも美しいサイコーの笑顔だった。




初めて会った時、ケンちゃんにはどこか影があったように見えた。



『笑えない』



いつも口癖のように言ってたよね。




一見クールに見えて、すごく傷つきやすい心を持ってたり、笑顔が可愛かったり…。


時間が様々な発見を促してくれた。


だけど今日初めて聞いた、海のこと。




この海の底にケンちゃんのお父さんが眠ってるんだよね。




「親父さ、カッコいいよ。だって…誰かのために犠牲になるって、本気でかっこいいと思う。」



「うん。」


海上保安庁。



すべて命懸け。




「でもな俺は、親父の夢を叶えるために生かされてるんだ。…だからまだまだ死ねねぇよ。生きてたいんだよ!」




「ケンちゃん…。」




「もう一つ告白する、俺…病気なんだ。もう治せねぇんだ。本当にごめん。許してくれ。」



「知ってたよ…。」




私の目からはひとつふたつと涙が流れ落ちた。



視界が次第にぼやけてケンちゃんの顔も見えなくなった。



「もう…何も言わなくていいからただ聞いててくれ。」



私はコクリと頷いた。



「親父の夢は、建築士だった。だけど、親から海上保安官になることを強いられてやむを得ずその仕事に就いたんだ。」




「そしてこの海で親父たちは出逢って恋に落ち、結婚した。そして何年か経って俺とにいちゃんとねーちゃんが順番に生まれた。」




「親父と一番最後に来た時は俺が5歳だったかな。今でも鮮明に覚えてる。言葉の破片のひとつひとつも全て。」


「その時、約束したんだ。いつかこの場所に俺が家を建てるからって。親父の意志を受け継ごうと決意した。」




「その1週間後、遠征先の海で不幸にも船が転覆して親父は帰えらぬ人となった。その一ヶ月後に母親は俺ら兄弟を捨てて逃げた。現実から逃げたんだ。」






「それで今の母親に拾われたの。一番最初にできた友達はあの煌ちゃんだったよ。」







「いろんなこといっぱいあったけど、結果的に今幸せだからいいのかなって思うよ。」






「出逢えてよかった。若菜…俺と出逢ってくれて本当ありがとう。」










そんなこと今いうセリフじゃないでしょ…。



泣いちゃうじゃん。


「二人で夢…叶えよう!来年も再来年もまたここに来ようね。いつか家族でここに暮らそうね。」




「俺…意外とチョー長生きしちゃいそうだよ。」






だってまだまだ死ねないじゃん。


秋も中盤に差し掛かった頃、私たちは子どものことについて考えていた。



ケンちゃんが薬であと50年キッチリ生きられるとしても私たち2人だけじゃ家族とは言えない。



やっぱり結婚するからには子どもがほしい。




とりあえず今は大学を休学して子作りに専念することにした。




時間は無限じゃないという意識が高まりやや私たちの中にも焦りの色が見え始めた。







「体外受精なら可能ですよ。」









その言葉にどれほど救われたか。




私は資金を貯めるために一生懸命働いた。




ケンちゃんも働きながら仕事と勉強の両立してた。







そしてお互いの未来のことを考え治療に進んで取り掛かっていた。






一緒にいる時間が増えた。



幸せを感じる瞬間が増えた。




大切な人が側にいる。


それ以上に幸せなことってないだろう。




私って世界一幸せなのかもって思った。






「絶対生まれて来いよ。俺たちの夢叶えるんだぞ。待ってるからな。」







ケンちゃんは私のお腹を優しく摩ってた。



こうやって望まれて生まれてくる赤ちゃんは本当に幸せだよね。


安定した日々が続き、冬が始まりかけた頃



予期せぬ出来事が私たちの耳に届いた。







「愛子さん…入院したって。」






あれから何ヶ月経っただろう。



自分たちのことで慌てている間に周りではいろいろなことが起きていたみたいだ。




久々に大学の先輩に会って話すと半年程前から愛子さんは体調を崩し入退院を繰り返していたという。




病院には頻繁に通っていたが原因はわからなかったという。




大事な研究調査のチームからもとうとう外されてしまい、大学院での存続も危ういらしい。




そしてとうとう3日前、愛子さんは倒れてしまい昏睡状態らしい。




「本当…?」




「うん…だけど、私一応行ってみる。」



「行く必要ないよ。」



「とにかくケンちゃんは家に居て!いつ帰ってくるかわからないから、時間になったら薬チャント飲むのよ!」




バタン。







ドアを閉める音がいつもより寂しく心に鳴り響いた。







ケンちゃんの存在が一気に遠のいたようで恐くなった。







失いたくないよ。




恐いよ。



病院に着いて、ガラスの窓の先に眠る人の姿を見て私は愕然とした。


「そんな…。」


目を擦り、頬を抓り現実か夢か何度も確認したけど、目の前にあるものは夢でも幻想でもなく紛れもない現実だった。




病室のドアには小泉愛子と銘記されていた。






「面会ですか?」


看護士に背後から問い掛けられた。


「あ…はい。」


「じゃあ、どうぞお入り下さい。」


「失礼します。」


「入室の際には毎回白衣を身につけ、入口の蛇口でうがい手洗いを行った後マスクをして奥の扉を開けて入って下さい。」



初めて入った無菌室。



生暖かい空気が流れる。


「室内でのご飲食は禁止されているのでご気をつけ下さい。」


「あ…あの。今はどういう状態なんですか?」



「一昨日に激しい肺炎の発作を起こし、意識も昏睡し非常に危険な状況です。人工呼吸器のお陰で生き延びているといっても間違えではないです。」



「よくなりますか…。」



「全く私たちも見当がつきません。」



「そうですか…じゃあ良くならないとも考えられるわけですね。」



「だけど、助かる見込みがないとは限りません。希望を持って下さい。」




「そんな…エイズ患者はみんなこんな風になってしまうんですか?」



これが最期の姿なんですか??


「この人の場合、発症したにも関わらず治療をろくにせず薬も飲んでなかったみたいですね。何か相当無理されてたようで栄養失調や他の病気も併発してたので。」



「…それに血液からは覚醒剤の成分が検出されましたし。かなり追い込まれてたんでしょう。しかしHIVは治療をしっかり行えば、寿命を延ばせる病気なんで大丈夫です。」




嘘っぽく聞こえた。




説得力がなかった。




「でもこの人の体は…。」






完全に病に蝕まれていた。










やがて日が暮れて窓の外に闇が訪れた。









ガチャ。




扉が開いたのでいそいで振り返るとそこには一人の男性が立っていた。




「中谷若菜さん?」


「はい、そうですけど。」







私は初対面の見ず知らずの男と暫く話していた。






その人は愛子さんの元カレだった。






昔、愛子さんはこんなことを言ってた。




『愛って体で確かめ合うものじゃなくて心で受容するものなのよね。』






あの時の愛子さんは幸せそうに見えた。




セックスには愛なんか要らない。



目の前にいる男は堂々と口にした。


「俺なんです…俺が病気を愛子に染したんです。」



「え…。」



事情は一番最後に大学で愛子さんに会った時に聞いていたので知っていた。



まさかこの人だったなんて……。




「俺、ドラッグやってるんです。もう辞めますけど…。」



「聞きました。あなたのことは全て聞きました。」




細身の長身で端正な顔立ちをした眼鏡がよく似合う誠実そうな男性だった。




上手くスーツを着こなし、真面目なサラリーマンといった風格を感じられた。




「大手の株式会社に所属しています。昨年、課長に昇進しました。」



「お若いのに…。」


「愛子とは大学の同期で学部は違ったけれど、何年も前から付き合ってました。本当に僕は愛子を愛してたし、愛子も僕のことを愛してくれました。」



「やはり仕事が原因ですか?」



「そうですね…昇格するにつけ周りからの圧力は高まるし、跳ね返りや反発の力が半端じゃなかった。」



「気の休まるところもありませんよね」


「元々不良メンバーとつるんでいたこともあって薬は簡単に入手することができました。」


「愛子さんにも薬打ってたんですか?」




「気持ちよくなったついでに…ヤッちゃった。」



「人間って…」


「はい?」


「バカな生き物ですよね。」




「どうしたんです?」



「分かってても同じこと何回も繰り返して、失敗したり失ったりしないとそのものの価値っていうか本質を見抜けないっていいますか…。」



私の周りに3人もの不治の病を持った人がいる。

「僕もようやくそれに気付きました。」



「何故あなたが生き延びるのですか?」


「わかりません。」



「無責任すぎはしませんか?」


「そうですよね…。」



「あなたを含め3人が同じ病気にかかっているのに…最後に残るのがあなたなんてそんな理不尽なこと。」


「あなたの彼は愛子と関係を持ってたんですよね。」


「どれもこれも私のせいなんです…!」



「いいえ、僕が悪かった。大切な人と全く関係のない他人までも傷つけてしまうなんて…。」




「あんまり…責めないで下さい。」




「愛子からあなたとあなたの彼のことを聞いて改めて自分の罪の重さを実感しました。これからどうやって償いをすれば。」



「では、約束しましょう。これからあなたは永遠に愛子さんを愛して続けてください。明日が終わる日の直前までですよ。」



「そんなことでは私の罪は…」




「彼女をありのままに愛する、それがあなたができる最後の償いです。愛子さんはそれを望んでいますよ。」



「きっと僕を恨んでいると思います。」



「いいえ、だって彼女言ってましたもん。別れたけどずっと好きだし、忘れたことなんか一度もないって。それだけ愛されてるって幸せですよね。」




「愛子は幸せだったのかなぁ…。」




「きっと幸せでしたよ。」







倒れる前日まで薬物依存症の彼のためのお金を確保するために必死に働いていた。




彼の家に行くと薬漬けにされ愛子さんは彼のおもちゃにされていた。


体中には無数の傷やあざが擦り込まれていた。




痩せ細った腕にはいくつもの注射針の跡があった。



これも全て生きた証。




彼を愛した証。






彼女は本当に幸せだったんだろう…。







「抵抗したのに、憲吾くんは私を押さえつけてそのまま…。」


「なんでそんなこと…。」



「ムシャクシャしてたって…言って。」






そう、それは私のせいなんだ。




ひとつになれるならだれでもいいんだ、って一瞬思ってしまった。




だけど、ケンちゃんをそういう気持ちにさせたのは私。




ケンちゃんを傷つけたのも私。




意外と私が一番被害を多く与えてたのかもしれないね。







「元カレ…のこと大好きなんだけど、ヤクやってて多分病気なんだ。」




「久々に会ったけど、ヤッパリ薬漬けにされてメチャクチャになった。たとえ愛がなくても私は抱かれた喜びの方が大きかったかな。」









本当に愛してたんだね。









『ごめんね、若菜ちゃん。』









だけどもう私は愛子さんを恨んでません。


「生まれ変わってもまた彼に会いたいな。」







愛子さん!!!?












明け方、午前4時。


愛子さんは永遠の眠りについた。










愛子さんの彼は


『生まれ変わったらまた愛子に会いたいな』


と言い残して後を追うようにして1週間後に自殺した。










ケンちゃんが知らない間にいろいろなことがあったよ。









だけど、ケンちゃんは知らない方がいい。










「愛子さん亡くなったって本当…?」









「本当よ……。」












「やっぱりさ、俺たち一緒にいるべきじゃないよ。別れよう。」










私たちは本当に別れた。









私はその後、出産をし子育てに専念した。



別れた直後に妊娠が発覚したので報告もしないまま産んでしまった。






もちろんその子には

「万里」

(ばんり)とつけた。


男の子だった。






それから2年が経ったけど彼がどこで何をしているのかなんてわからなかった。






約束の海にも行ったし、あの時の設計図らしい家を何度も探しに行った。




だけど彼はどこにもいない。













以前同棲していたマンションはもぬけの殻だった。










私は、いちから勉強し直し学校図書館司書教諭の免許を取ることにした。







大学にも復学した。










充実しすぎた毎日にケンちゃんの存在は次第に薄れて行った。













しかし、資格試験の3日前に電話があった。









彼から


「もう生きられないかもしれない」


って。電話があった。










私はビックリして受話器を置いた。









急いで病院へ向かった。









途中の新幹線の中でいろいろなことを考えてた。









彼との思い出。










9年前、初めて出会った日。










付き合い始めた日。












時が流れても変わらなかったこと、あなたを愛する気持ち。




だってホラ。







今も薬指にはあの時の指輪がはめられてるから。







一生懸命働いて買ってくれたシルバーリング。



一生の宝物だね。



「若…菜…。」




「うん。」




「万…里。」







『約束果たせなくてごめんな。』









「いっぱい傷つけてごめん。」









「守ってやれなくてごめん。」









「ホントはもっとずっと一緒にいたかった。」










「だけど、俺…若菜に出会えてホントによかった。幸せだった。」










「出会えてよかった。チョー幸せだよ俺。」









そして彼は24年の生涯を終えた。









私は後を追うわけにはいけない。




守るべきもの、大切な命があるから。










そしてケンちゃんとの約束果たすから。












まだまだ死ねないよ。



何年か振り地元に帰った。



ママになって帰ってきた。



家にいるとつべこべ親に言われるので気分転換に外に出ることにした。










「あ!りゅーくん!!」



「おっ!久しぶり!元気にしてた?」


「うん。まぁまぁね。」



「あれ?子ども?」



「そう。お母さんになったの!」




「何で帰ってきたの?」




「今日は夫の命日なの。」



「命日………。」






「やっぱさ、私なんだかんだ言ってこの町好きだわ。」



「そうなん…。」



「りゅーくんさぁ、友達に大工いない?私建築士目指してるの。だから…。」




「はぁ!?」



毎日いろんなことがあるけど、いろんな人に出会うけど、どの瞬間にも無駄なことなんてひとつもなくて。




生きてるから泣く。


生きてるから笑う。


生きてるから人を愛する。




生きてるから誰かに出会う。









そんな単純なことだけど、どれも全てにおいて意味があって…その単純なことがいつかすごく幸せに感じるんだよね。









私変わったよ。









ケンちゃんに出会って変わったよ。




人って愛されるより愛することの方が幸せなんだね。







私は生きていくよ。









あなたのために。



私のために。



バンリのために。







いつかあの海に約束の家を建てます。







そこで一緒に暮らそうね。









いつかまた会いましょう。









「バンリ〜!あのお兄ちゃんにバイバイって!」



『バイバイ〜!』










若菜へ




この手紙を若菜が読むころには、もう俺はこの世に存在しないだろう。

本当に今までごめんな。俺と離れた間に幸せになっててくれたらいいなってずっと考えてた。


俺は、若菜と別れてから1週間後に家を出た。


あの時行った海の近くに住んだり、実家に帰ったり、点々としてた。



時々若菜に会いに行こうとしたりもした。



だけどある時、俺は驚くべき真実に遭遇した。



若菜に子どもがいたこと。



それって

「万里」

のことなのかなぁって。ていうかそうだって信じていいよね?


それから一生懸命働いたから、そのお金使って欲しい。養育費払えなくて本当にごめん。父親のくせにな。情けねぇな。


でも父親になったとかメチャクチャ嬉しいんですけど!!!すげー嬉しい!


今すぐあって抱きしめたい。俺らの子どもチョーかわいいだろうなぁ。



それから報告がもう一つ。2級建築士になれました!あの家建てるには1級の資格はいるしもう一年勉強しなくちゃなぁ。


もうちょっと生きてられたらよかったのに。



生きてぇよ。



なんか悔しいな。




俺からの遺言なんだけど、俺があげた指輪ペアリングだったんだ。



気付いたかわからないけど、後ろに字が彫られてて俺の指輪とくっつけたら一つのメッセージになるの。



俺、痩せたから指にはまらなくなって、だから首からチェーンで指輪をぶら下げてる。



いつか俺が死んだらそれを形見としてバンリにあげてほしいんだ。



それと俺が骨になったら、骨を粉にして若菜の町の一番景色のいい場所に撒いてほしい。


それと親父の死んだ海に流してほしい。



俺、本当何もできずに頼むばっかだけど本当にごめん!


だけど今、わがままが叶うなら若菜に会いたい。最後くらい素直にいうこと聞けよな、神様。


ていうか生まれ変わってももう一度会えるよな!


もっといい男になって迎えに行くから必ず待ってろよ!!必ず次の人生では幸せにするから待ってろよ。


若菜、愛してる。


出会えてよかった。


本当にありがとう。




憲吾より












「forever love」







Ringに刻まれた来世まで有効のメッセージ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか優しくて綺麗で素敵な文章に思わず最後まで一気に読んでしまいました。 こんな真っ直ぐな恋愛小説が書けるなんて感服いたします!!!! 本当に最後なんて感動しっぱなしで久しぶりに涙が… (;…
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