3-3 ショータ
もう日も暮れ始めているというのに、アスファルトは日中の熱をいまだ残しており、ただそこに立っているだけでもじっとりと体が汗ばむ。
通りの途中でガソリンが切れたため、二人は戦利品を抱えて裏通りを渡り歩いていた。
この通りは妙な造りで、気づかないうちに同じ場所に戻ってきてしまうことが何度かあった。しかし、すれ違う人たちは、一向に二人を気にとめる様子はない。
こうして、二人のように秘密を抱えて街を歩いている人間は、一体、どれくらいいるのだろう。
「ねぇ、ここ入ろうよ」
ナオが喫茶店の前で立ち止まる。
曇り一つない窓ガラス、輝く金銀の装飾。上品そうなおばさんたち向けの店だ。
ショーケースには、バカみたいにちっちゃいクセに妙に値段の張るケーキが並んでいる。
そんなモノに使う金はないと言いたかったが、ナオが「ケーキケーキ」とうるさいので、仕方なくショータは店に入った。
適当にケーキを幾つか注文する。
ナオは次々と運ばれてくるケーキを黙々とほおばっていく。
よっぽどお腹がすいていたのだろう。よく考えれば、朝ご飯を食べたきりなにも口にしていなかった。
「ショータも食べたら?」
ナオがケーキの皿を突き出す。
甘い物は得意じゃないし、ナオの食べっぷりを見ているだけで十分だった。
ショータは「腹減ってねぇから」とその誘いを断る。
「ふーん」
ナオはまた食べるのに夢中になる。
店員が二人、自分たちのほうを見て、戸惑いがちに目を合わせている。
こんな風にガツガツとケーキを食べる客は初めてなのだろう。ここはやはり、自分たちとは違った上流の者たちの店らしい。
ふと、店員と目があった。
1人は、少しぽっちゃりしている。腕には、金色のブレスレットをいくつもはめ、動くたびにチャリチャリと揺れる。
もう一人は、軽くカールした明るい髪をしている。落ち着きなく動く目線から少し神経質そうに見える。
客は、孫らしき女の子を連れた老婦人。地味だが、品のある紫のワンピースを着ている。
「どうかした?」
口元のクリームを拭いながら、ナオが不思議そうにショータを見る。
「……別に」
ショータは視線をまったく動かさずに答えた。
ナオが興味なさそうにショータの視線の先を一瞥し、それからまたケーキに意識を向ける。
ショータは、考えていた。あの子供を殺したらどうなるだろう……と。
きっと大見出しで取り上げられ、その瞬間を目撃した店員の話が載るだろう。
――世間に与えるインパクトはどの程度になるだろうか?
そう簡単に子供は殺せない気はするが、世界と確実に決別するには、ここが一番いいような気もする。極悪非道の犯罪者というのも悪くはない。問題は、それをナオがどう思うかだ。
ショータはナオをチラッと見る。驚いたことにナオは上着の内ポケットをショータに見せるようにしてニコッと笑った。そこには、当然拳銃が収まっている。どうやら思いは一緒のようだ。ショータは無言で頷いた。
ナオがフォークを落とす。その音が合図になった。
ショータは銃を出す。後は、体が自然に動く。
深呼吸して子供の顔の真正面に銃を突きつける。老婦人のけたたましい悲鳴は、まるで舞台の開幕を知らせるベルのようだ。
躊躇などしなかった。子供の顔が吹き飛ぶ。
子供と一緒に、色とりどりのセロファンに包まれたキャンディーがバラバラと床に散らばった。
老婦人は、無様に腰を抜かしながらも必死で逃げようと這い蹲っている。その後頭部めがけて一発撃つ。
その間に、ナオは店員2人を引き受けてくれたらしい。 そして、今、ぽっちゃりした方が、ごぼごぼと血を吐きながら倒れた。
もう一人の店員は、少し離れたところで同じように横たわっている。
これで店に動くモノは、自分たち以外なにもなくなった。
ショータは、店を出る前にドアのところからもう一度ゆっくりと店内を見渡し「よし」と、充実した声を出した。
二人が店を出るのと入れ違いに、何人かの人間が慌てふためいて店内に入っていった。
二人は一目散に逃げ出す。辺りは薄暗くなっていた。
ショータはナオの手を引いて走る。
ナオは、ひぃひぃと声を上げて笑っていた。楽しくてたまらないようだった。
追いかけてくる人間がいないのを確認してから、歩道の淵に座り込む。
今日はやけに走った。きっと一生分は走ったな、とショータは思う。
「はぁ、楽しかったぁ」
「疲れたけどな」
「だよねー。そろそろ車欲しい」
「そうだな」
ショータは立ち上がる。それから、手ごろな車を探す。
まるで誰かが仕組んでいるかのように、おあつらえ向きの車が前方からやってきた。
ショータは、その車の持ち主に道を聞く振りをして近づき、窓ガラスが開けられた瞬間、銃を突きつけた。
車内から暴れる男を引きずり出す。ナオが待っていたかのような絶妙のタイミングで銃を撃ち放つ。男はまるで柘榴のように赤いものを撒き散らして倒れた。
奪った車で走り出す。
ナオは随分と興奮しているようだった。休みなく饒舌に喋り続ける。
「ね、私も大分様になってきたと思わない? まぁ、何発か無駄打ちしたけど、最初よりは全然マシだったでしょ?」
「そうだな」
「だよね。あー、っていうか、私たちって息ピッタシって感じしない? だって、考えてることが同じなんだもん。すごくない?」
「確かにな」
ショータは、最高にリラックスした気分でスピードを上げる。
ナオの言ったことに同感だった。
2人の息はぴったし。このまま、どこまでもやっていけそうな気がしていた。