3-1 ショータ
――――――
赤信号も
制限速度もなにもない
ぶっ飛ばせ
――――――
真っ白な霧に囲まれた空間。そんな異様なところにショータは1人で立っていた。
隣にいたはずのナオの姿は見えない。しかし、不思議と不安はなかった。
「……ったく、アイツ、勝手にどこ行ったんだよ」
そう1人ごちる。
「……ータ」
背後で誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。ショータは、その声にビクッと体を強ばらせる。
その声をショータは知っている。いや、忘れるはずがない。もう二度と聞くはずのない声。
ショータは全身に汗が噴き出してくるのを感じる。
――殺したはずだ。
どうしても、後ろを振り向く気にはなれない。ショータはギュッと目をつむる。
「……ショータ」
吐息さえ感じられるほど近くで声がした。目を開ければ、きっとそこに彼女はいるだろう。
殺したはずなのに。確実に殺したはずなのに。まとわりついてくるリアルな視線。
「どうして殺したの?」
問いかけられて、ショータは目を瞑ったまま考える。
どうして殺したのか? ――愛していたのに、愛されていたのに。
「……ショータ」
「理由なんてない。なんとなく、だ」
ショータは答える。
理由のないことは世の中どこにでも転がっている。銃を手に入れたショータが、愛しい人を殺してしまったっておかしくはない――
沈黙が訪れる。けれど、まだ彼女の気配をすぐ傍に感じる。きっとショータが目を開けない限り、彼女は消えてくれないのだろう。
ショータは意を決してゆっくりと瞳を開けた。
※
「ハッ!!!」
ショータは、がばっと飛び起きる。
「……夢、か」
自分に言い聞かせるように呟く。全身にぐっしょりと汗をかいていた。
「なんで今さら出て来るんだよ」
ショータは額の汗を拭いながら、彼女の顔を思い出そうとする。しかし、それはうまくいかない。
全ての血が流れ出て、冷たくなって、彼女が天使のような笑顔をつくれなくなるまで、その一部始終をショータはずっと見ていたというのに。思い出せるのは、赤く染まった部屋だけだった。
今さら思い出してなんになるというのか。どうやら妙な夢を見たせいで感傷的になっているようだ。ショータは自嘲的な笑みを浮かべ、視線を下げる。
「――っ!」
そこではじめてショータは隣にナオが寝ていることを思い出した。
「いたのか……」
奇妙な安堵。
ショータは健やかな寝顔を浮かべるナオの頭をそっと撫でる。
理由はない。なんとなくとった行動だった。
それから、ショータはぐっすりと寝入っているナオをホテルに置いて、コンビニに向かった。
店内には眠たそうな顔をした若い店員が一人。おそらく大学生ぐらいだろう。
ショータが適当な飲食物と地図を手に取りレジに持っていくと、店員は欠伸をしながら応対をした。
「そんなに眠いなら一生寝てろ」
ショータは躊躇いもみせずに店員を撃った。
撃った後に、監視カメラがあることを思い出したが、「まぁ、いっか」と呟くと、レジの上にある商品を袋に詰めてホテルに戻った。
ショータが部屋に戻ると、ナオはまだ眠っていた。もう少し寝かせてやりたい気もするが、つい人を殺してしまったため、なるべく早くこの場を離れる必要がある。
「起きろっ!!」
ショータはナオを揺さぶる。
「……んー、おはよぅ……おやすみ」
起きたかと思うと、またすぐに眠りの世界へと入っていくナオ。
「おい、起きろって!」
「……」
返事はない。
「……置いてくぞっ」
ショータはナオの耳元でぼそっと呟く。
「ダメッ!」
置いていくと言った途端にナオは飛び起きた。現金なものだ。ショータは呆れつつ「もう出発するぞ」とナオを促す。
「えー、まだ早くない?」
ナオは目をこすりながら文句を口にした。
「早いほうがいいんだよ。飯は車の中でとる」
ショータは先ほどコンビニから奪ってきたものをナオに手渡す。
「……これ、どうしたの?」
「ああ、さっきそこのコンビニで……」
そこまで言って、ショータはしまったと思った。
「ふーん、ショータ、1人で行ったんだ……」
その声には、かなりの棘がふくまれている。
「いや、お前が起きないから――」
ショータは、慌てて言い訳を考える。
「次、私が撃つって言ったのに」
ナオは恨めしそうなじと目でショータを見つめてくる。。
「……こ、今度でいいだろ」
「今度っていつ?」
「……今日中だよ、今日中」
ショータの中では、もう次に行くところは決まっていた。
「ホントっ!?」
ナオが嬉しそうな顔になる。
「おう。だから、さっさと着替えて準備しろ」
ショータは、そんなナオを置いて先に部屋を出た。
女の支度は時間がかかるというもので、ナオがショータの待つ車に姿を現したのは、それからおよそ1時間もしてからのことだった。
その時には、ショータの苛々はピークに達しており、超スピードで準備をしたのだと威張るナオを撃ち殺そうかと思ったが、それはやめておいた。
やっぱり理由はない。なんとなくの判断だった。