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ライク・ア・ローリング・ドッグ  作者: 来城
月曜日
2/22

1-2 ショータ


 人の気配を感じて振り向くと、少女がぼんやりと立ち尽くしていた。

 ショータは咄嗟に手にある銃を少女から見えない位置に動かす。


 どうする? 殺るか? 


 ――逡巡する。そして、ショータは隠していた銃を少女に向けた。

 少女は目を大きくし驚きの色を見せたが、それは一瞬のことだった。

 すぐに平静を取り戻したかのような表情になった少女は、ショータの元へ近づいてくる。

 なんだ、こいつ? ショータは訝しげに少女を睨みつける。当然、油断はしない。銃口も少女の動きに合わせてずらしていく。

 少女はショータの横に転がっているモノが見えるところまで来ると足を止めた。

 じっと死体を見つめている。ショータは、その無防備な後頭部に銃を突きつける。


「私、死体ってはじめて見た」


 銃が突きつけられていることなどまったく気にした様子もなく、少女が言う。全くと言っていいほど危機感のない声。


「普通に生きてるとなかなか見られるものじゃないでしょ。しかも、撃ち殺された死体なんてさー」


 そこまで言うと、少女がくるりとこちらを振り返る。

 少女の視線は、ショータを見ているというよりは、自身に向けられた銃口を捉えている。


「銃を見るのも初めて。これどうやって手に入れたの?」


 問いかけられたショータは、いまだ少女の意図をはかりきれないでいた。ただ、なんにせよ有利なのは武器を持つ自分の方だ。

 ショータは少しの間、少女と話してみる気になっていた。死を前にして全く動じた様子もない少女に興味を覚えたからだ。

ショータの答えを待っているかのような少女に「……もらった」お望みどおり、答えを返してやる。


「へー。いいなぁ、私も銃があったら人生楽しくなったのかも」

「楽しくないのか?」


 だから、少女は銃を突きつけられていても動じないのか。緩慢な自殺志願者といったところだろうか。そう納得しかけたショータに少女は首を振って異を唱えた。


「そういうわけじゃないよ。適度に楽しんでるし。たださー」

「なんだ?」

「なんかつまんないの。楽しいんだけど、冷めてるっていうか。でも、その状況をどうにかしようって気にもならないの。要するに無気力なのよね」


 どこか客観的に自分を評して少女は肩を竦めた。


「なるほど」


 少女の言いたいことは理解できた。

 同棲していた恋人から銃を渡される前のショータは、少女と同じようなものだったからだ。

 恵まれているはずなのに、なにをしてもつまらない。なにかが足りない気がする。そんな自分を変えたいと思いはするが、なにも行動にはうつせない。行動にうつす気力がない。ショータはそんな人間だった。

 だが、少女と違ってショータは銃を手にいれた。いとも簡単に。なんの苦労もなく。おかげでショータの世界は一変した。


「銃を手に入れてなにか変わった?」

「ああ」

「羨ましい。ん、でも、ここで殺されちゃう私って結構おいしいよね」

「なにがおいしいんだ?」

「なんとなく。悲劇っぽくない?」

「よく分かんねーな」


 ショータは笑った。つられるように少女も笑う。

 傍から見たら妙な光景だろう。殺す側と殺される側が笑い合っているなんて。

 ショータは少し考え、銃をおろした。少女は銃を向けられた時よりも驚いたようだ。その瞳が「どうして殺さないの?」とショータに訴えかけている。


「勘違いするな。手が疲れただけだ。殺そうと思えばすぐに殺せる」

「……そうだよね。猛ダッシュで逃げても無駄だろうし」

「そういうことだ」

「ところでさ、この人なんで殺したの?」


 少女が思い出したように足元に視線を落とす。その先にはショータが先ほど殺した男が転がっている。


「車を貸してくれそうになかったからな」


 ショータは死体の脇に屈みこみ、死体の服を弄り鍵を探す。少女の登場で当初の目的を失念していたのだ。鍵はすぐに見つかった。


「丁寧に頼んだのに『お前馬鹿か?』と鼻で笑われたんだ。殺して当然だろう」


 鍵を取りながら、そう言葉を続ける。


「ムカつく奴だったんだね」

「そういうことだ」


 少女の言葉にショータは頷く。それから、手に入れた鍵で車のロックを開けた。

 少女は不思議そうな顔でショータの行動を見ている。


「……ねえ」

「腹が減った。この辺美味い店あるか?」


 少女の言葉を遮って、ショータは尋ねる。空腹を感じているのは事実だった。それにショータは逃亡中に立ち寄ったこの街に詳しくない。これから自力で探すより、少女に聞いた方が早いだろうと判断したのだ。

 少女が少し考え「店はどっこもまずいよ」と、顔を顰めた。


「マジか?」

「マジで」

「……」

「私の家来る?」

「は?」

「ご飯くらい作ってあげるけど?」


「殺すのはそれからでも遅くないんじゃない?」と少女は続けて笑った。


 ホントになんなんだ、こいつは? ショータは少女の提案に呆れたが、正直、もう少女を殺す気はなくなっていた。


「乗れ」


 車に乗り込みながら、少女を促す。少女は「うん」と元気に頷いて助手席に乗り込んだ。


 ゆっくりと車を発進させる。道案内は全て任せることにした。





 少女の家は郊外にある新興住宅地にあった。

 流行なのか、モノトーンカラーのシンプルな造りの家々が建ち並ぶ中、その純和風の平屋はなんだか浮いてみえた。

 やけに広い玄関を上がり、これまた広い畳の部屋へ通される。すぐに少女は温かい料理を持ってきてくれた。


「早いな」

「冷凍だから」

「そうか」


 作ってあげる、とは冷凍料理を解凍することだったのか。ショータは微苦笑し、出されたピラフを口に運ぶ。空腹は最大の調味料。まずくはなかった。

 黙々と食べるショータを見つめながら「ねぇ」と少女が口を開いた。ショータは目線を向けて言葉を促す。


「あなたの家族ってどうしてるの?」


 意図の分からない質問にショータは眉を寄せた。


「どういう意味だ?」

「んと、普通はマスコミとかがあなたの家に押し寄せてきたりするでしょ。でも、そういうのちっとも見ないから」

「家には誰もいないから当然だろ」

「そうなの?」

「俺が殺した」


 ショータの答えに少なからず少女は驚いたようだった。だが、それ以上表情を変えることはせず「どうして殺したの?」と首を傾げた。


「銃をもらってすぐに俺は人を殺した。さっきお前が言ったように人を殺すとマスコミどもが家にもやってくる。親は関係ないのに責められなきゃならない。可哀相だろう? だからだ」

「やっさしー」


 少女が感心したように手を叩く。

 どうもこいつの感覚は分からん。ショータは内心首を捻りながら、最後の一口を食べ終えた。

 それを見た少女が「おかわりは?」と尋ねてくる。ショータは首を振り、立ち上がった。


「行っちゃうの?」

「長居する理由はないからな」

「……そう」


 心なし落胆したような少女の脇を通り抜け玄関に向かう。少女はすぐにショータの後をついてきた。


「まだなにか用か?」


 車に乗り込んでもこちらをじっと見てくる少女に、ショータは窓から問いかける。


「いや、あの、私のこと殺さないの?

「飯が美味かったから見逃すことにした」


 本当はそういうワケじゃなく、単純に殺す気がなくなっていただけだが、ショータはそう答えた。

 少女は一瞬ポカンとなり、それから、ヘラリと笑った。そして、全くショータが思いもよらなかったことを口にした。


「わたしも一緒に連れてって」


 なんなんだこいつ。


 ショータは、本日三度目の疑問を抱いた。

 冗談かと思って見ると、どうやら本気らしく真剣な顔をしている。もしかしたら、こいつは自分のことを甘く見ているのかもしれない。そう思って、とりあえず試すつもりで言ってみる。


「ついてきてもいいが、これだけは覚えとけ。もし、面倒なことししたら、その身体を蜂の巣にしてやる」


 窓から銃を向ける。少女は少しも驚かなかった。変わらぬ様子でショータを見つめ「オッケー」と頷くなり、助手席に乗ってくる。

 ショータは思わず、その顔をじっと見つめた。


「あ、私、ナオ。よろしくね」


 ショータの視線を勘違いしたのか、少女がそう自己紹介をしてくる。

 ワケの分からん奴だ――ショータは思いながら、期待の目でこっちを見ているナオに名前を名乗った。

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