5-3 ナオ
ショータが銃を男の肩胛骨のあたりに押しつけてぴったりと後を歩く。さらにその後ろをナオはついていく。
隣の部屋に入る。
金庫は想像通りの形をしていた。深いグレーでダイヤル式。
男がダイヤルのつまみに手を触れる。ガチャッと金庫の開く音がした。
よしっ! 上手くいった。
ショータがナオの方を振り返って笑った。ナオは振り返ったショータに笑い返そうとして、固まった。ショータの後ろで銃を構える男のシルエットが見えたのだ。
数発の銃声が響く。一声も発さず、ショータが倒れた。
ナオは無意識に男を撃ち殺した。それこそ弾が空になるまで。男はなんの反撃もせずに崩れ落ちる。
「……ショータ?」
ショータは、床に倒れてピクリとも動かない。
今までいくつも死体を見てきたから、どういうものを死体と呼べばいいのかは分かっている。胸からこれだけ大量に血が出ていれば、人が死ぬと言うことも――
ショータはまぎれもなく死体になっていた。
ショータの上にかがみ込む決心が付かない。それに死んでいることは確かめるまでもなかった。
外は、真夏のように熱かったのに、体は何故かガタガタと震えている。唾を飲み込むのもやっとだった。それでも、ナオは金庫からダイヤをかっさらう。金庫の中にある物全てを用意したバッグに詰め込む。
仕事終了。
そこではじめてナオはショータの顔に目をやった。
ショータは、笑っていた。笑顔を浮かべたまま、ショータは死んでいったのだ。
「……っ」
血が滲むほど強く唇を噛みしめる。
ここにショータを置いていけない。そんな強い思いに駆られて、ナオは家を片っ端から歩き回って布団を集めた。それらでショータの死体を抱き締めるように包み込む。そうすると、ショータの体はすっぽりと隠れてしまった。
※
死体を車に運びながら、ナオは、ショータとこんなに触れあったことはなかったことに気づいた。
――こんなことなら、エッチしときゃよかった。
今さらながら後悔する。
そして、声も出さずに泣いた。普段、息をするのと同じように泣いた。
泣きながら、ショータのしていたことの見よう見まねでエンジンをかけ車を動かした。
――私たち、知り合って何日だっけ?
数えてみる。
「最後、なに喋っ、たんだっけ?」
もはや、涙でボロボロになってちゃんと言葉が出てこない。ナオは、ショータに問いかけるように、もう一度同じことを繰り返す。
「最後に交わした言葉って、なんだっけ?」
ひどくうろたえながら記憶を探ってみたが、どうしても思い出せない。思い出せるのはショータの笑顔だけだった。
※
街が見える小高い丘まで車を走らせて停めた。木々の緑はとても色濃く、木漏れ日がキラキラと輝いている。
「ここでお別れだよ」
死体を車から降ろして地面に置く。
布団の合わせ目を開く。
大切な死体。それは、まるで生きている人間のようにキレイだ。胸に開いた数個の穴をのぞいては。
ナオはショータのキラキラと輝く髪を撫でながら話しかけてみる。
「……楽しかったよね? 私たち、他の人より何倍も楽しんだよね。ショータもそうだよ…ね……」
ショータの唇にそっとキスをする。
そして、ナオはそのままショータの胸に額をこすりつけて、わんわんと子供みたいに泣いた。
一頻り泣いてから、ナオは車の中に置いてあったウィスキーを、全部ショータの死体にかけた。布団を丁寧に閉じる。
きっとこの先、ショータのことを思い出すたびにこの光景が目に浮かぶだろう。
芝生にこぼれる穏やかな陽射し。それに不似合いな――死体。
ライターを手に、ヒカリが描いてくれた地図の端をあぶる。火がちゃんとつくまでナオは地図を手で持っていた。それから、死体の上にそれを投げる。
ウィスキーはよく燃えた。ショータの死体は、大きな炎にむらなく包まれていく。
ゆらゆらと陽炎が揺らめく。じゅうじゅうと音をたてて何かが燃えて、それからすごい匂いがした。あまりの悪臭にナオは木に手をついて吐いた。泣きながら吐いた。しゃくりあげるたびに窒息しそうになった。
ナオは車に逃げるように戻ると、ラジオのボリュームを最大にする。
頭が痛い。耳も痛い。全身が痛い……。
後ろのシートにくすんだ血痕がついていた。
「こんなの、ちっとも楽しくないよ……ショータ」
退屈な世界からナオを連れだしてくれたショータはもういない。二人の旅は、もう終わってしまったのだ。
最後の仕事として、ナオはヒカリとの待ち合わせ場所に行くことにした。
ショータと知り合ってまだ1週間もたっていなかった……