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ライク・ア・ローリング・ドッグ  作者: 来城
土曜日
17/22

5-3 ナオ

 ショータが銃を男の肩胛骨のあたりに押しつけてぴったりと後を歩く。さらにその後ろをナオはついていく。

 隣の部屋に入る。

 金庫は想像通りの形をしていた。深いグレーでダイヤル式。

 男がダイヤルのつまみに手を触れる。ガチャッと金庫の開く音がした。


 よしっ! 上手くいった。


 ショータがナオの方を振り返って笑った。ナオは振り返ったショータに笑い返そうとして、固まった。ショータの後ろで銃を構える男のシルエットが見えたのだ。

 数発の銃声が響く。一声も発さず、ショータが倒れた。

 ナオは無意識に男を撃ち殺した。それこそ弾が空になるまで。男はなんの反撃もせずに崩れ落ちる。


「……ショータ?」


 ショータは、床に倒れてピクリとも動かない。

 今までいくつも死体を見てきたから、どういうものを死体と呼べばいいのかは分かっている。胸からこれだけ大量に血が出ていれば、人が死ぬと言うことも――


 ショータはまぎれもなく死体になっていた。

 ショータの上にかがみ込む決心が付かない。それに死んでいることは確かめるまでもなかった。

 外は、真夏のように熱かったのに、体は何故かガタガタと震えている。唾を飲み込むのもやっとだった。それでも、ナオは金庫からダイヤをかっさらう。金庫の中にある物全てを用意したバッグに詰め込む。


 仕事終了。

 そこではじめてナオはショータの顔に目をやった。

 ショータは、笑っていた。笑顔を浮かべたまま、ショータは死んでいったのだ。


「……っ」


 血が滲むほど強く唇を噛みしめる。

 ここにショータを置いていけない。そんな強い思いに駆られて、ナオは家を片っ端から歩き回って布団を集めた。それらでショータの死体を抱き締めるように包み込む。そうすると、ショータの体はすっぽりと隠れてしまった。





 死体を車に運びながら、ナオは、ショータとこんなに触れあったことはなかったことに気づいた。


 ――こんなことなら、エッチしときゃよかった。

 

 今さらながら後悔する。

 そして、声も出さずに泣いた。普段、息をするのと同じように泣いた。

 泣きながら、ショータのしていたことの見よう見まねでエンジンをかけ車を動かした。


 ――私たち、知り合って何日だっけ?

 

 数えてみる。


「最後、なに喋っ、たんだっけ?」


 もはや、涙でボロボロになってちゃんと言葉が出てこない。ナオは、ショータに問いかけるように、もう一度同じことを繰り返す。


「最後に交わした言葉って、なんだっけ?」


 ひどくうろたえながら記憶を探ってみたが、どうしても思い出せない。思い出せるのはショータの笑顔だけだった。





 街が見える小高い丘まで車を走らせて停めた。木々の緑はとても色濃く、木漏れ日がキラキラと輝いている。


「ここでお別れだよ」


 死体を車から降ろして地面に置く。

 布団の合わせ目を開く。

 大切な死体。それは、まるで生きている人間のようにキレイだ。胸に開いた数個の穴をのぞいては。

 ナオはショータのキラキラと輝く髪を撫でながら話しかけてみる。


「……楽しかったよね? 私たち、他の人より何倍も楽しんだよね。ショータもそうだよ…ね……」


 ショータの唇にそっとキスをする。

 そして、ナオはそのままショータの胸に額をこすりつけて、わんわんと子供みたいに泣いた。


 一頻り泣いてから、ナオは車の中に置いてあったウィスキーを、全部ショータの死体にかけた。布団を丁寧に閉じる。

 きっとこの先、ショータのことを思い出すたびにこの光景が目に浮かぶだろう。

 芝生にこぼれる穏やかな陽射し。それに不似合いな――死体。


 ライターを手に、ヒカリが描いてくれた地図の端をあぶる。火がちゃんとつくまでナオは地図を手で持っていた。それから、死体の上にそれを投げる。

 ウィスキーはよく燃えた。ショータの死体は、大きな炎にむらなく包まれていく。

 ゆらゆらと陽炎が揺らめく。じゅうじゅうと音をたてて何かが燃えて、それからすごい匂いがした。あまりの悪臭にナオは木に手をついて吐いた。泣きながら吐いた。しゃくりあげるたびに窒息しそうになった。


 ナオは車に逃げるように戻ると、ラジオのボリュームを最大にする。


 頭が痛い。耳も痛い。全身が痛い……。


 後ろのシートにくすんだ血痕がついていた。


「こんなの、ちっとも楽しくないよ……ショータ」


 退屈な世界からナオを連れだしてくれたショータはもういない。二人の旅は、もう終わってしまったのだ。

 最後の仕事として、ナオはヒカリとの待ち合わせ場所に行くことにした。


 ショータと知り合ってまだ1週間もたっていなかった……

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