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ライク・ア・ローリング・ドッグ  作者: 来城
金曜日
12/22

4-3 ナオ

 だだっ広い道路を真っ直ぐ進むこと数十分。ぽつぽつと民家が現れ始める。

 それらを素通りして、辿り着いた灰色の大きな家。他の住宅街と大分離れており、前の道路にもまったく人通りがない。まるで人目を避けているかのような佇まいを醸しているのが、ヒカリの家だった。

 家の中はただ広いだけで、本当にここで人が住んでいるのかと疑問に思うくらいに物がない。

 あるものといえば、二人掛けのソファが二組とテーブルが一つ。2人はヒカリに勧められるまま、ソファに並んで座る。

 キッチンからヒカリがお酒をもってくる。


「大分早いけど、どう?」

 

 ショータは、躊躇うことなくグラスを受け取る。それに倣って、ナオも同じようにグラスを受け取った。


「じゃぁ、今日の出会いに乾杯」

「カンパーイ!」


 グラスに口を付けてから、ふとヒカリに問いかけてみる。


「そういえばさー、なんで警察に追われてたの?」

「あぁ、アナタ達と一緒よ、逃亡中なの」


 ヒカリはナオの遠慮のない質問を気にしていないのか、こともなげにそう答えた。それから続ける。


「もう少ししたら、この家も出るつもり。油断したらすぐ捕まっちゃうからね。大事なのは、そこそこの目標を立てて、それを達成していくことじゃないかしら」


 ヒカリは話している間、ナオの方を柔らかく見つめていた。ショータが会話に加わる気がないのを見抜いているようだ。


「そういうもんかなぁ」

「そういうものよ。ナオたちはどうなの?」

「どうって?」

「どうして、人を殺して回ってるの?」

「んー、楽しいからかな」


 ナオは少し考えてそう答えた。その時、不意にショータの纏う空気が強張った。

 どうしたのかとショータの視線の先を辿る。

 ショータは窓の外を見ていた。そこには先ほどはなかったバイクがいつの間にか停まっている。


「……二人とも、どうかしたの?」


 急に張り詰めた空気を感じたのかヒカリが首を傾げながら問いかけてくる。


「誰かきたみたい?」


 答えて、ナオは腰にある銃に手をあてる

 入り口は一つだ。ショータと目配せをする。相手がどういう者であれ、ショータと二人なら負けるはずがない。

 そんな二人を見て、ヒカリが困ったように眉を下げる。


「……二人とも銃は出さないで。私の同居人だと思うから」

「同居人?」


 ナオが聞き返すのとリビングのドアが開くのは同時だった。

 入ってきたのは、長身のヒカリより少し背の低い――と言ってもナオよりは高い――端正な顔をした少女だった。


「カエデ、こっちきて」


 ヒカリが少女に向かって手招きをする。

 カエデと呼ばれた少女は、訝しげな顔でナオたちの方を見ながらも、素直にこちらへやってくる。


「さっき、この二人に助けてもらったの。ナオとショータよ」


 紹介されたので仕方なくといわんばかりにショータが軽く頭を下げる。カエデの方もこちらを見て同じように軽く頭を下げると、そのままキッチンの方へ姿を消してしまった。


「無愛想な子でごめんね。いつもは……いつもああなんだけど」


 ヒカリが苦笑を浮かべる。

 ナオは首を振り「別に気にしなくていいよ。ショータだって、こんなんだし」とショータを指差す。ショータがチッと舌打ちして立ち上がる。


「ショータ?」

「寝る。場所は?」

「ああ、それならあっちの部屋にベッドあるから使って」


 ぶっきらな問いかけをものともしない笑顔でヒカリが答える。

 ショータは苦々しげな顔で教えられた部屋へ向かった。

 入れ替わりで、カエデがコーヒー片手に戻ってくる。そして、当たり前のようにヒカリの隣に座ると


「ヒカリ、買い出しは?」


 おもむろにヒカリに向かってそう言った。

 ヒカリの口が「あ」の字に開く。どうやら忘れていたことを指摘されたようだ。


「……今から行ってくる」


 がっくりした風に元気なくヒカリが立ち上がる。


「……ちょっと出るけど、二人で大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「う、うん」


 あっさり頷いたカエデと違い、ナオは少し不安だった。このカエデという無愛想な少女と上手く喋れるんだろうか、と――その不安は杞憂に終わるのだが。


 ヒカリが出ていってからの数分は気まずい沈黙の時間だった。

 お互いがお互いを探っているかのような空気。先に言葉を発したのはカエデだった。


「さっきの男と逃亡中なんでしょ?」

「う、うん」

「逃亡中にしては、あんまり不安そうでもないね」


 膝に片肘をついたままカエデが言う。


「私たち、あんまし想像力豊かじゃないから」


 ナオは答える。


「ふーん、それって強がってんの? 誰だって死ぬのは怖いでしょ。たとえ、それがどんなに世界に絶望してるヤツでも――」


 カエデはクールに言い放って自らの胸をトンッと叩く。


「みんな、ここに恐怖心を隠してるもんだ」


 アルトよりの声。淡々と厳かな語り口は少しヒカリに似ている。


「そりゃ、その時が来たら怖いかもしんないけど、今んとこ、これ以上はなにも望むことないじゃん。楽しくてスリリング。それに私たち2人だしね。それってけっこう大きいよ」


 ナオの言葉に共感を覚えたのか、カエデが軽く頷く。


「……まぁ、それは私とヒカリにも言えることだ」

「そういえば、二人も逃亡中なんでしょ? なにやらかしたの?」


 あまりにストレートな物言いにカエデが小さく笑む。そして、ほんのすこし、かろうじて分かるくらいのためらいの後、口を開いた。


「……私が人を殺したんだよ。別にたいした理由はないんだけどね――それで、1人で姿消そうと思ったら、ヒカリがついてくるって」


 低い声で話す。話している間、カエデはほとんど目を伏せていたが、時折、ふっと顔を上げて、ナオの目をじっと見た。

 そうやって注視してくるカエデは、まるで人の心を読んでいるかのようにも見えた。相手がほんの少しでも自分たちにとってよくないことを企んでいたりしたら、すぐにでも見抜きそうな視線。

 そして、たとえそれが分かったとしても、決して動じない覚悟が出来ているようも思う。

 それはヒカリにも同様のことが言えた。いや、むしろ、ヒカリのほうが、なまじフレンドリーな分、その気質が強いはずだ。2人のそんな様子はまるで大きな不幸を甘受する亡国の女王のようだった。


「まぁ、それから私はヒカリを守り、ヒカリは私を守る。そうやってきたんだ」

「純愛だねー」


 ナオはからかい混じりに言う。カエデはナオの言葉にまた少しだけ笑い「あんたは休まなくてもいいの?」と口にした。


「え?」

「疲れてるならベッドで休めばいい」

「……あー、うん。そうしよっかな。カエデ、さんは一人で平気?」

「ここ私の家だよ」

「あは、そうだよね。それじゃ、ちょっと寝ます。おやすみ」


 ナオはカエデにそう告げてショータが眠っている部屋へと向かった。

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