4-2 ショータ
かなり長いこと車を走らせた。しかし、まだ昼をまわったばかりだ。太陽も相変わらず、ぎらぎらと路面を照りつけている。
「アレ?」
さっき起きたばかりのナオがなにかに気づく。
「ね、あれってサツじゃない? ヤバイよ」
ヤバイと言っているわりには、さして動揺してはいないようだ。
ショータもそんなには驚かない。ただ高揚のために心臓が早鐘を打ちはじめる。
人を殺そうとするその瞬間の病みつきになるあの感覚。
「向こうが妙な動きしたら、スピードあげるから、お前はとりあえず片っ端から撃て」
「オッケー」
ナオが笑顔で銃を手に取る。
ショータは少しずつスピードをあげ、パトカーに近づいていく。
ナオがギアに置いていたショータの手を不意に取った。
ぎゅっと握られて、なんだか気恥ずかしく感じたが、ショータはナオに応えるようにその手を握り返す。シッカリと繋いだ手に力を込めた。
――もしも、運が尽きたんだとしても、二人なら切り抜けられる。
パトカーの横を通過する。車内に人影はない。誰も乗っていないみたいだ。
ショータは、少し拍子抜けした。ナオも同じ気分だろう。二人で顔を見合わせ苦笑する。
さらに進むと、2人の警官が1人の女を追いかけていた。おそらく、さきほどのパトカーの乗員だろう。
女はちょうどショータたちの車の方へと逃げてくる。
「車、止めてっ!」
ナオが叫んだ。ショータは、異論を唱えず車を止める。
ナオは片手に銃を持ち、準備体操とでもいうように、首をゆっくりと回しながら、車のドアを開けて飛び出した。
そして、2人の警官がドサッという音をたてて倒れるまで、有無を言わさずに銃をぶっぱなす。
ショータは、運転席からその光景を映画のワンシーンを見るように眺めていた。
走っていた女は、警官が動かなくなったのを確認すると、ようやくその足を止める。
それから、ナオをじっと見つめ、一瞬、思案顔を浮かべ、安全だと判断したのか、おずおずとナオに近づく。
ショータも車から降り、いざという時のために後ろ手に銃を持つ。
女が敵ではないとは限らない。ナオと言葉を交わす女をじっと観察する。
足下は、スニーカー。黒のジャケットの上になびくロングヘアーは、つやつやと輝きを放っている。ナオよりも頭一つ高い。
もしかしたら、自分よりも大きいかもしれない。ショータはチッと舌打ちをする。その音が聞こえたかのようなタイミングでナオがショータを振り返った。そして、長身の女を促して、こちらへやってくる。
ナオと連れ立って歩いてくる女は、歩き方一つとっても妙な威圧感があった。
「ショータ、この人が行くとこないなら、うちへどうぞって言ってんだけど」
「あ?」
ナオの言葉にショータは女をじろりと見やる。
女は動揺することもなく、落ち着き払った態度でショータの視線を受け止める。
「あなたたち、今朝の朝刊に載ってたでしょ。逃亡生活は休める時に休んでおいた方がいいと思うけれど」
なにを考えているのかよく分からない調子で女が言う。まるで、思考と表情との間に境界線が引かれているようだ。
信用して大丈夫だろうか。ショータは逡巡する。
しかし、返答を待つナオの表情を見て、ショータは女の誘いに乗ることを決めた。
口にこそ出さないが、ナオは少し疲れた顔をしていた。このまま車で寝泊まりを続けるよりは、この女の家で、しっかり休息をとった方が2人にとっていいかもしれない。ショータは、そう判断したのだ。
「分かった。二人とも車に乗れ」
ショータはそれだけ言うと、さっさと車に乗り込む。ナオと女があとに続いた。
二人が乗り込んだのを確認すると、ショータはすぐさま車を発進させる。さっきの銃声に気づいた人間がいないとも限らない。早いとこ、この場所を立ち去りたかった。
「名前なんていうの?」
「ヒカリ」
「ふーん」
後部座席で、ナオとヒカリと名乗る女が話しだす。
助手席ではなく、ヒカリと並んで後ろに座ったということは、ナオもなにが起きても対処できるようにと、一応の警戒はしているらしい。だが、随分と和やかな空気を背後で感じる。
ショータは溜息をつき「おい、案内忘れるなよ」と釘を刺した。
「大丈夫よ。この道を真っ直ぐ行けばいいだけだから」
ヒカリはルームミラー越しにショータを見つめ微笑んだ。