プロローグ
新作です
妹のアニスは昔から、私のものなら何でも欲しがる性格だった。
だから私の婚約者である第三王子のリカルドとの仲を聞いた時に、これといって驚きはなかったのが正直な感想。むしろ、ようやく手を出してくれた、というのが本音だったかもしれない。
「エリザベートお姉さま、ごめんなさい。わたくし、リカルド様と結婚します」
「そういうわけだから、キミとは婚約破棄とさせてもらうよ?」
「……そうですか」
城に呼び出され、リカルドの私室で二人が揃っているのを見た瞬間。
私はアニスからとくに悪びれた様子もなく、そのように言われた。アニスは形式上の謝罪を口にしていたが、この子が欠片ほどもそう思っていないのは、この二十年でよく知っている。
そして、リカルドのことも心から愛しているわけではない、ということも。
「元々、キミのことは気に食わなかったんだ。何を話していても、本音なんてひとつも語りはしなかっただろう? その点、妹君は笑顔に満ちていた」
そんなことも知らず、リカルドは軽薄な笑みを浮かべていた。
恋は盲目とも言うけれど、彼の場合は常に盲目なのだろう。私はそんな優男を見つめながら、思わずため息をつきそうになったのを必死に堪えた。
あえて無表情に努めていると、不思議そうに首を傾げたのはアニスの方。
「お姉さま……? 悔しくは、ありませんの?」
「悔しい、ですか?」
それは、どこか怯えたような目にも見えた。
この時の私が本当はどんな表情をしていたのか、それを知るのはアニスだけ。しかし私はそんなことも気にもせずに、淡々とこう語った。
「私たち、ライツフェン伯爵家としては問題ないでしょう? 姉が嫁ごうが、妹が嫁ごうが、王家との繋がりができることは大変喜ばしいことですから」
「それは、そうなのですけれど……」
その事実を並べても、アニスは納得していない様子。
いったい、何が言いたいのだろうか。そう考えていると、リカルドが空気を読まずにこう宣言した。
「さて、そろそろ出て行ってもらおうか! エリザベート!!」
手で追い払うようにしながら。
彼は私に何の未練もないことが分かるように、そう口にしたのだ。だから、
「それでは、私はもう――」
私は静かにこう確認した。
ここで初めて、自分でも頬が緩むのを理解する。
「用済みということでよろしいでしょうか?」
◆
数日後、王都の外れにある森の中。
私は伯爵家の私兵を引き連れて、問題となっている『あるもの』を探していた。それは昨今、領地内に巣食って繁殖を続けているらしい。
私兵たちは同行することに難色を示したが、そこは無理矢理に押し通した。
嫁ぎ先を失った娘が何をしようと、両親も口を挟もうとしない。
「お嬢さま、お気を付けください。……そろそろ、奴らの領域です」
「そうですか。いよいよ、ですね……?」
「いよいよ……?」
私兵長は首を傾げていたが、気にしたことではなかった。
こちらが護身用の短剣を抜き放つのを見ると、視線を前に戻して自身の剣を構える。すると、森の薄闇の中で何かが光った。
「お嬢さま、来ます!」
私兵団の誰かが言うや否や、そのうちの一人の首が飛んだ。
血飛沫が舞い、数名の兵から怯えたような声が上がる。
「退くな! 何がなんでも押さえ込め!」
「駄目です!? 魔猪、構わず突進してきます!!」
私兵長が必死に声を荒らげるが、目の前の巨大な猪を前に兵たちは腰が引けてしまっていた。私はその様子を見ながら一歩、前に出る。
そして短剣を構えて、自然と口角を歪ませていた。
そう。もう、我慢しなくて良いのだから。
「お嬢さま!? 危ないです、お下がりください!!」
私が前に出るのを見て、兵の一人が慌てて叫んだ。
だけど、もうすべて関係ない。
「ずっと我慢していたんです」
魔猪を前に、立ちながら。
「伯爵家の令嬢として相応しく、大人しくなんて……もうたくさん」
私は、猛進してくる猪に向かって短剣を振り上げて。
その鼻っ面に突き立てながら、こう叫ぶのだった。
「私はもう、これからは自由に生きます!」
剣が肉に食い込む生々しい感触。
血が溢れ出し、魔猪が痛みにもがき苦しむ。
それによって暴走しかけるが、私はすぐに短剣を引き抜いて今度は目を抉った。
「これでもう、自由……!」
全身に血を被る。
でも、それがむしろ快感に違いなかった。
魔猪が倒れるのを確認すると、森の奥により小柄な猪を数体見つける。おそらくは、いまの魔獣の子供か何かだろう。
「すべて、狩ります……!」
だったら、追う以外に選択肢はなかった。
「お、お嬢様! お待ちください!!」
私兵長の慌てた声を背中に受けながら。
今日は頑張れたらもう一話。
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