次のエンドロールは長めにしよう
薄暗いこの空間に段々に設置された椅子。ここへ来ることは初めてだが何度も来ているような気がしてならない。ゆっくりと階段を上がっていき真ん中の方のシートへ移動する。ドリンクホルダーが足に引っかかりつつも真ん中のシートへと近づいていく。さっき下の方から見た時に人影が見えたからである。誰だろうと興味が湧いた。顔は見えなかったが私はその人のことを知っている気がする。気がするだけ。根拠などない。なぜ顔さえ見えていないのに先にいる人の事がわかる気がするのだろう。座っているその人に私は声をかけた。
「あっ、あの」
スクリーンから目を逸らしこちらを見た。私はその人の顔を見てハッとした。いる筈がない。脳が目の情報を拒むのを感じる。狼狽えて言葉が詰まっている私に向けて彼女は口を開いた。首を傾けながら言うその言葉は私の体を駆け回り私の肺に残った空気を捻り出した。
「どうしたの?幽霊でも見たような顔して」
彼女の名前は夜伽景。今から3年前、私が殺してしまった友人だった。
「座ったら?」
横で立ち尽くしている私に景は横のシートを叩きながら言った。私は言われるがまま座り、俯く。
「久しぶりだねっ。私より背が高くなった?」
「そうだね、、、今多分173センチくらいじゃないかな。」
「え〜〜私より6センチも高いじゃん。大きくなりすぎじゃない?」
そう言いながら景は私の頭に手を伸ばしポンポンと撫でた。ずっと変わらない景の手は暖かくて小さいのに安心する。本当にあの日と変わらない。頭を撫で、満足そうに足をバタバタさせている。
「景は、変わらないね。ずっと最後見た時のままだ」
「そうだね〜。そうなのかな〜。そうだろうな〜。ほら、ここ鏡がなくて確認できないんだよね。やっぱり変わってないか〜」
景はあの日から変わっていない。最後に見たあの顔のままで同じ髪型をしている。もし仮に景があの日からずっとここにいるならここは時間が経っていない可能性がある。景はこれまでこの空間で何をしてたんだろう。
「私ね、ずっとここにいるの。ここであのスクリーンに映し出される映像をずっと見てる。もう何週したかわからない。でもここにきたことに何か意味があるのなら一緒に見たら何か変わるかもしれない。」
突如スクリーンに映し出された映像は荒い映像から段々綺麗になっていき懐かしい場所が映し出された。
「この場所は、、、!」
「そう。私たちが初めて出会った私立藩健高等学校」
突如始まった映画は景が転校したところから始まった。
『夜伽景です。よろしくお願いします。』
転校生という立場にプラスして黒板に書かれた名前は珍しくてクラスの注目の的になった。私は初対面の人に話しかけるのは難易度が高くて、窓の外に流れる雲を見ていた記憶がある。スクリーンには第三者目線で物語が進んでいくようだった。この頃景の目にはおそらくまだ私が映ってない。この頃、私は意図的に景の目線に映らないようにしていたからというのもあるだろう。
ただ、次のシーンでそれは無駄なことだったことが判明する。高校に来て1週間くらいのある日、放課後一人きりで帰りの準備をしている景が映った。そこへ三人のグループが近づいてきた。
『え〜っと、夜伽さんだっけ?最近来たばっかでわかんないだろうけど、あんたの隣の席の三隅には話しかけないでね』
話しかけてきたのは、クラスの中心人物の橋本由依。性格はどす黒くて自分よりも立場が下の人に対してこの上なく残虐になる人類の悪いところを煮詰めたような人間。私はこいつほどゴミという言葉が似合う人間に出会ったことがない。
『でも、席隣だしペアワークとかもあるんだけど、、、。』
『それがなんなの。無視したらいいんじゃない。』
『そんなことできないよ。』
『は な し かけないでね。約束よ?』
橋本は声を大きくして脅した後、髪をくしで解きながらどこかへ行った。景は誰に対しても優しくて人気があり、1週間でクラスに溶け込んでいる景に橋本は気に食わなかったのだ。次の日ペアワークになった時、景は迷わず三隅と話した。景は注告を無視したのだ。その日から景は陰湿ないじめに遭うようになった。明らかにわざとぶつかられたり、無視されたりするようになっていった。クラスメイトは誰も逆らえない。次のターゲットにされたくないからだ。
「どうして、警告を無視したの?」
私は隣で黙って映画を見ている景に聞いた。
「私もなんとなくわかってたの。これは聞いたほうがいいやつだなって。でも、なんだろう。自分に嘘つきたくなかったのかな。」
「そうだったんだ、、、景らしいね」
場面が移り変わり、私の視点に切り替わる。景と初めて話したところだ。
『ねえねえ、何してるの?』
『あっいや、これは、、、』
『絵上手〜なんてキャラ?』
教室の端っこの席でいそいそと漫画を描いていた私に声をかけてきたのが始まりだった。
『名前とかなくて、、、ごめん』
消え入るような声でそう言ったのに景は細かく聞いてきた。
『すっごく可愛い!私って絵とか全然描けなくてこういうとできるのほんと尊敬する!』
私としては勘弁して欲しかったのを覚えている。私から見れば景はキラキラしていて自分と話が合うようには見えなかったしニコニコしながら心を突くようなセリフを言いそうで苦手だった。そんなシーンを景はニコニコしながら見ている。いい思い出の一つなんだろうか。
映画も中盤、私たちは仲良くなり二人でカフェに行っているシーンが映し出される。なぜか仲良くなるまでの過程が飛ばされている。もしかしたらこの映画は二人の人生譚ではないのかもしれない。もしくは重要じゃないのか。
『将来何になりたいとかあるの?』
『私はね、漫画家になりたいかな〜。景は?』
『私は特にないんだよね。なんだか人生を見据えれないの。私はどこに行き着くんだろう。』
『景は大丈夫だよ。誰とでも分け隔てなく接するなんて誰でもできることじゃないよ』
『ありがとう。なんだか暗い話になっちゃったね。何頼む?』
この会話シーンもぷつりと途切れてしまった。私は変に感じているのに景は動じていない。何度も見ているからなのか、この映画が変だということに気づけていないのかもしれない。
場面が激しく入れ替わる。どこだここは。こんなところ見たことがない。薄暗い空間だ。よく見ると右に靴箱があり玄関だとわかる。景はリビングへ顔を出して挨拶をした。
『ただいま、、、』
『、、、』
『、、、』
景の挨拶に誰も反応しない。景は生前こんなことを言っていた。『私は愛されなかった。』その答えがこれだ。ここから10分ほどは悪魔のような時間だった。橋本からの暴行。家族からは無視をされる。こんなシーンがただひたすら描写されていく。音楽もなく、打撲音と画面から伝わる閉鎖感で何度も吐きそうになった。景は橋本とは話し合おうとして両親には欠かさず挨拶をしている。私は耐えられずに口を開いてしまった。
「なんで諦めなかったの、こんなの無理じゃん。どうしてそこまで頑張れるの」
掠れるような声で私は問いた。景は少し悩むそぶりを見せながら答えた。
「どこかで変わるって期待したんじゃないかな。みんなこんなこと馬鹿らしいってどこかで思ってくれるんじゃないかってこの頃は根拠もなしに期待してたんだよ。」
だとしたら、、、この映画の行き着くはあまりに救いがなさすぎる。当時の心境を知ってしまい絶望が心に根付いて広がっていく。
場面は私のシーンへと変わる。、、、いや違う。景から見た私のシーンに変わる。当時私は景に漫画家なんてたいそうな夢を語ったけど実際はほとんど形骸化していた。昔から何も取り柄のない人間が過去の夢を永遠に語っているだけで努力も大してしていない。好き放題好きなように描いているだけで夢に向かって進もうとすらしていなかった。「どこに行けばいいのかわからないならどの道に進んだっていい」ということに私は気づくのが遅れてしまった。結局どこへもいけずに中途半端にぐるぐる回っている。そんな人間がどうして偉そうに夢を語るのか。景の目に映る私はいつも気だるげで元気がない。何かを必死にするとかもなくそれとなく適当にする。私はそんな人間が大嫌いだし、それゆえ自分が大嫌いだった。景はなんでこんな私に仲良くしてくれるのだろう。当時の私は自覚さえなかったのでそんなこと考えもしなかった。『うまく生きている』なんてことばかり考えていた記憶がある。
茹だるような暑さが続いていた夏休みのある日バス停前の駄菓子屋でアイスを頬張っていた時に景が一言、言葉を落とした。
『死にたいな、』
不意にこぼしたその一言に私は食いついてしまった。「どうして」と聞いてしまった。理由があり夏休みに入る前から、漠然と死にたいと思うようになっていたからだ。自分の行き着く先は夢もなく希望もない砂漠だと気づいたのだ。景はきっとどこかへ行ってしまう。そんなことばかり考えていると死にたくもなるのは当然だった。唯一の趣味であった絵もやる気は枯れ果て何も感じない。そんな私を見て景も心配してくれていたが景自身がそれどころではなかった。
『死にたい、どこか遠いところで楽になりたい。』
震える声がシアター内に響く。映画のスクリーンにはぼやけた画面映し出されている。景自身もまた気づいてしまったのだ。ここから先は何もない砂漠だと。死にたい理由として中学生には十分だった。
『二人で死のうよ。』
そんな言葉を私は投げかけてしまったのだ。悔やんでも悔やみきれない。この日から二人の自殺計画が始まってしまった。中学生の行動力は凄まじく、死の概念の先を考えてワクワクしていた。それはきっと景も同じだったと思う。私が死んでもきっと両親は悲しまない。優秀な兄ばかり見てきっと葬式もせずに墓にいれてくれるだろう。方法は副毒自殺に決めて決行は夏休み最終日に決まった。最終日までこの人生を謳歌したと断言できるほど楽しかったのを覚えている。
最終日、完璧な準備を終えて私たちは部屋で錠剤数を確認する。必ず死ねる量を一気に飲み込んで二人で互いの顔を見ながら死ぬ予定だった。
結論から言うと自殺は失敗する。私だけ生き残ってしまったのだ。目の前の冷たい景を触った時の温度は今でも忘れられない。おそらくだが、今から理由が判明する。ここにきた意味は私の罪悪感を。一人先に行かしてしまって追うことができなかった私の罪悪感を発散してお互いがわかり合ってこの空間の意味は生まれるんじゃないだろうか。
錠剤を数えている。
20粒確かに二人ともある。
私は一階へ水を取りに行った。
すると私がいなくなった隙に景が錠剤を入れ替えていた。
「えっ!どうして?」
私は勢いよく景の方へ首の向きを変える。
「ねえ!こっち見て!何に入れ替えたの?」
私は声を荒げて冷たいその手を力強く掴んだ。
「睡眠剤、、、身勝手なのはわかってる。でも、どうしても死んでほしくなかった」
「なんで!じゃあなんで景は死んだの?なんで私を置いていったの?死ぬなら死にたかったし、生きるなら一緒に生きたかった!」
「、、、どうしてだろうね。何もかも中途半端な私には分かんないや。この空間はねその報いを受ける部屋なんだと思うの。最後の最後で裏切った人間の末路。」
スクリーンには目を覚まし、死体を抱きしめて泣いている私が写っている。
『どうして、どうして、どうして、どうして私を置いていくの、、』
「私はこれをずっと繰り返してるの。許して欲しいわけじゃない。でも、誤解してほしくなかった。自分じゃなくて原因は私にあるってわかってほしい。その考えに至った時、当然この映画館に入ってきたんだよ」
そうだったのか。景はずっと後悔してたのか。この映像をひたすら繰り返して繰り返した果てに私が呼ばれたんだ。
エンドロールは短くあっという間に終わってしまった。
景は私に抱きついて泣き出してしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のせいで置いていってしまって」
私も抱きしめ返す。
「いいの。確かに苦しいこともたくさんあったけど生きててよかったってことも0じゃなかった。それだけで私は少しだけ幸せだよ」
喉の奥が熱くなり私も泣いてしまった。お互い泣き疲れて呼吸が整い始めた頃、シアターが明るくなり電気がついた。いつの間にかスクリーンの下に非常口ができている。
「私はここで待ってるから。次会うときは70年後くらいかな。ふふっ。またね」
手を振る景に対して私も大きく手を振る。ここから出た後は、そうだな。漫画でも書いて70年後の話題作りにでも勤しむとしよう。




