第六話 契約した俺
ああそうさ。心のどこかでわかってはいたさ。
こいつがただの幽霊じゃないことぐらい・・・
『では準備は良いか?』
ごくっと喉を鳴らしたポンチョの精・メルティアーナが桃色の唇を舌先で湿らせる。
「ああ、いつでも。」
メルの前に正座して顔の高さを同じにして、俺は待つ。
この返答も幾度繰り返しただろうか。
『ではゆくぞ。覚悟はいいな?』
その手にあるのはあの古ぼけたポンチョ。
今日は泊まれと与えられた城の一室。
その部屋のベッドの上で、俺はポンチョに首を通した。
「うむ!これで妾との契約は完了じゃ!お主よく耐えたの!」
間近で嬉しそうに笑ったメルが唐突に半透けじゃなくなった。
部屋の鏡を見て、そこに元半透け幽霊がはっきり映っているのを確認する。
つまりあれだ、実体化できるようになったと。
助かった。これで俺が一人どつき漫才をやっているわけではないとわかってもらえる。
ふうっとため息を吐いて足を崩すと、じいっと見てきたメルがニヤッと笑った。
「だらしがないのう。もう疲れたのか?んん?」
人の足が痺れてると思って、ニヤニヤしながらつついてくるメルをやめさせようと手を伸ばす。
「おーすげぇ、これが本物の百合か。良いものが見られましたね、兄上。」
「そうだな。これがガールズラブだ。美学だな、弟よ。」
変態白タイツ兄弟ここに極まれり。
部屋の扉のところに現れた喜色満面な変態兄弟を唖然と振り向いた俺の記憶が確かなら、この部屋の扉の鍵は2つで両方とも俺はちゃんとロックしたんだが?
合鍵かマスターキーがあったとしても、結界を張ったと言っていたメルが呆然としている様子からこいつらは侵入のエキスパートではないかと推測する。
こんな国、いや、こいつらなんて滅べばいいのに。
何とか変態兄弟を追い出して、指差し確認のもと再び鍵をする。
結界を張りなおしたメルが大きく頷いて、ぐっと親指を立てた。
俺も親指を立てて返すと、妙な連帯感と達成感が湧き上がってくる。
何だこのやり遂げた感は?
これで世界は平和になった、くらいのナレーションが聞こえてきそうだ。
「お主と契約を成した妾の結界は完璧じゃ。これでもう邪魔されることもあるまい!」
腕を組んでうんうん頷いているメルの顔は晴れやかだった。
ところでこのポンチョ、見た目は古ぼけて薄汚、
「くたばれ!」
「かはっ!」
見下ろせば、メルの捻りを加えた右ストレートが確実に鳩尾にめり込んでいる。
俺はこんなところで死にたくはない。
それにパティの友達増やそう計画のこともある。
当然、俺は従順の道を選ぶ。
あー、こほん。
この素晴らしいマント、見た目からして歴史を感じる美しい一品でございまして、
「ぉ、お主にそんな風に思われると気色悪いな・・・」
どうしろとおっしゃるんですか、お嬢様。
仰け反るようにして両腕をさすり顔を顰めているお嬢様をため息を吐いて見つめる。
「いや、今まで通りでいいというか何というか・・・あれじゃ、余計なことは考えるな。な?」
「じゃあ人の心を勝手に読むなよ。」
メルが跳び上がって放ったハイキックが易々と首にキマる。
俺は泣かなかった。
その前に昏倒したからだ。
翌朝、俺たちは早々と城を出た。
こんなところに長居はしたくないし、さっさと帰ってパティに新しい友達を紹介してやらねばならんからだ。