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第3話 暗黒ギルドへだって強制捜査します



「そこまでだ! 全員、キーボードから手を離せ! 警視庁だ!」


六本木にある高層オフィスビルの一室。

ガラス張りの会議室や、無料のエスプレッソマシンが完備された、いかにも外資系IT企業といった風情の洗練されたフロアに、鮫島の大声が響き渡った。


「動くな! 現在時刻、午後一時十五分! これより本署生活安全課による家宅捜索を執行する!」


次々と踏み込んでいく捜査員たち。

フロアにいたのは、黒いローブのようなゆったりとした服を羽織り、高級なエルゴヒューマンのオフィスチェアに深く腰掛けてMacBookを叩いていた屈強な男たちだった。


「チッ、サツだ! データを消せ! 炎の呪文でハードディスクごと物理的に焼き払え!」


リーダー格らしき顔に傷のある男が叫び、右手に赤い魔法陣を展開しようとした、その瞬間。


「火気厳禁です! オフィスビル内での無許可の魔法行使は、消防法ならびにビル管理規則違反に当たります!」


スーツ姿のカイルが疾風のように駆け抜け、男の腕を背後にねじり上げた。

男の手から放たれかけた小さな火球は、カイルの的確な関節技によって狙いを逸らし、観葉植物の鉢植えに当たってプスリと消えた。


「痛ぇっ! 離せ、この公権力の犬め!」


「抵抗するな。すでにビル全体の魔力供給ラインは、下のフロアの配電盤で物理的に遮断してある。君たちのハッキング魔法も起動しないはずだ」


カイルが男に銀色の手錠をかけながら、冷たく言い放つ。


「さてと。証拠隠滅の現行犯も追加っと。段ボール持ってきて! デスクの上にある書類、USBメモリ、全部押収しろ!」


鮫島が捜査員たちに指示を飛ばし、オフィスは一気に騒然となった。

ここは、先日カイルが新宿で逮捕した勇者アーサーの証言から浮上したNPO法人『異世界交流支援ネットワーク』、通称『黒の結社』のダミーオフィスである。

魔王軍の残党を集め、日本の裏社会で暗躍を目論む暗黒ギルドのアジトだ。


「やれやれ。野蛮な方々ですね。礼状もなしに押し入るとは、日本の警察も地に落ちたものです」


オフィスの奥にある社長室の重厚なドアが開き、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。

仕立ての良いスリーピースのスーツに身を包み、銀縁の眼鏡を押し上げるその男は、どう見てもファンタジー世界の住人には見えなかった。

だが、その身から放たれる嫌なプレッシャーに、カイルは思わず身構えた。


「礼状ならあるよ。ほら」


鮫島がトレンチコートの懐から、裁判所の印が押された捜査差押許可状を突きつける。


「容疑は組織的詐欺、および不法就労助長。異世界からの不法入国者をパスポートなしで囲い込み、違法な労働力としてブラック企業に斡旋していた疑いだ」


「なるほど。それはそれは」


眼鏡の男は、令状を一瞥すると、ふふっと余裕の笑みを浮かべた。


「申し遅れました。私、当NPO法人の顧問弁護士を務めております、御子柴と申します。以後お見知りおきを。……さて、鮫島警部とお見受けしますが、その令状、法的に少々『穴』があると言わざるを得ませんね」


御子柴は、手元のタブレット端末を指先で弾きながら言葉を続けた。


「あなた方が『違法な労働』と呼んでいるもの。それは我が法人の職員たちが、契約先の企業に『魔力マナ』という霊的なエネルギーを祈りによって分け与えている、極めて宗教的かつ精神的な奉仕活動に過ぎません。肉体労働でもなければ、日本の法律で定義される『役務の提供』にも該当しない。よって、不法就労という前提そのものが成立しないのですよ」


「なんだと……! 詭弁だ! 彼らは実際に魔力を使って、工場の機械を動かしたり、建設現場の資材を浮遊させたりしているではないか!」


カイルが声を荒らげる。

御子柴は冷ややかな目でカイルを見た。


「おや、元・光の聖騎士殿。異世界では剣を振り回せば正義だったのでしょうが、ここは法治国家の日本です。魔力が物理的な力に変換されたという科学的・客観的な証明が、現代の日本の裁判所で可能だとでも?」


「くっ……!」


カイルが思わず腰の警棒に手を伸ばす。

相手は明らかに、現代社会の法律と異世界の常識のギャップを熟知している。おそらく、この御子柴という男も転生者か、あるいは異世界に渡って帰ってきた現代人なのだろう。

法の抜け穴を悪用し、暗黒ギルドを合法的な組織として守っているのだ。


「カイル、落ち着け。警棒から手を離せ」


鮫島が、カイルの肩をポンと叩いた。


「物理で殴っても解決しない。こういう頭の良い悪党はな、書類で殺すんだよ」


鮫島は御子柴に向き直り、口角を少しだけ上げた。


「宗教的な奉仕活動ね。なるほど、確かに日本の法律じゃ『魔力』の定義は曖昧だ。裁判になったら長引くかもしれないな」


「ご理解いただけて何よりです。お引き取り願えますか? これ以上の捜査は、不当な営業妨害として国家賠償請求の対象になりますよ」


御子柴が勝ち誇ったように眼鏡を光らせた。

だが、鮫島は引き下がるどころか、ズカズカと御子柴のパーソナルスペースに踏み込んだ。


「でもさあ。奉仕活動って言い張るなら、なんで毎月きっちり、企業側から『コンサルタント料』名目で数百万の入金があるの? これ、どう見ても対価性のある取引だよね?」


「それは……あくまで善意の寄付金であり――」


「寄付金なら非課税枠の申告がいるけど、税務署に出してないよね? しかも、このタブレットの裏帳簿データ」


鮫島は、いつの間にか捜査員が押収していた別のノートパソコンの画面を指差した。


「取引先に対して、しっかり消費税の十パーセントを上乗せして請求してるじゃないか。奉仕活動とか言いながら、消費税分はちゃっかりもらって懐に入れてたわけだ」


「なっ……なぜその隠しフォルダのパスワードが……!」


御子柴の顔色が変わる。


「カイル君がキーボードの指紋の跡から三秒で推測した。異世界のセキュリティ魔法より、パスワードを『魔王様万歳123』にしてる君の脇の甘さを呪えよ」


鮫島はノートパソコンの画面を御子柴の顔の前に突きつけた。


「いいか、御子柴先生。今年から始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)、知ってるよな? 君たち、適格請求書発行事業者の登録をしてないくせに、取引先に消費税を請求して、しかもそれを国に納めてない。これは立派な『消費税法違反』、いわゆる脱税だ」


「だ、脱税……! 馬鹿な、我々暗黒ギルドの崇高な活動資金を、日本の国税庁ごときに……!」


「崇高だろうが暗黒だろうが関係ないんだよ。日本で商売して金稼いだら、きっちり税金払えって話だ。魔力だろうがなんだろうが、帳簿に数字が残ってりゃそれは『課税対象』なんだよ」


御子柴の額から、タラリと冷や汗が流れ落ちた。

魔法という未知の力に対する法律の不備を突いた「完全犯罪」の自負が、ただの一枚の未申告レシートと、事務的な税法のロジックによって音を立てて崩れ去っていく。


「警部! 社長室の隠し金庫から、さらに大量の紙の帳簿を発見しました!」


社長室を捜索していたカイルが、分厚いファイルの山を抱えて飛び出してきた。


「隠し金庫だと!? 馬鹿な、そこにはレベルエイトの強力な幻惑魔法をかけていたはず……!」


御子柴が悲鳴のような声を上げる。


「私は聖騎士ですからね。パッシブスキルの『真実の目』の前では、いかなる幻惑も無意味です。あと、金庫自体はただのコクヨ製のダイヤル式だったので、聴診器で開きました」


カイルが涼しい顔で言い放つ。


「でかしたカイル。貸してみろ……うん?」


鮫島は、カイルから受け取ったファイルのページをめくり、その手を止めた。

いつもは飄々としている鮫島の眉間に、深いシワが刻まれる。


「……おい、御子柴。この発注書は何だ?」


「そ、それは……」


「特殊チタン合金、一万トン。高強度コンクリート、五十万トン。その他、およそ現代の建造物とは思えない異常な量の建築資材の納品記録……。そして、納品先の指定座標が『新宿区上空、高度五百メートル』?」


鮫島が読み上げたその内容に、カイルも息を呑んだ。


「新宿上空……!? 警部、まさか!」


「ああ。どうやらこいつら、ただの詐欺集団じゃない。巻き上げた金と不法就労の魔力を使って、日本の空に直接『アレ』を建てるつもりだったらしいな」


鮫島はファイルをバタンと閉じ、御子柴を鋭く睨み据えた。


「脱税額は推定三十億円……お遊びはここまでだ。さあ、いよいよ『魔王トップ』の首を獲りに行くぞ」

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