第2話 聖剣だって銃刀法違反です
「我を誰だと心得るか! この地を統べる王よ、いや、この街の長よ! 速やかに我が前にひれ伏し、極上の酒と肉、そして美酒佳肴を献上せよ!」
場所は新宿・歌舞伎町のど真ん中。
ネオンが輝く巨大な恐竜のオブジェの下で、時代錯誤も甚だしい西洋風のフルプレートアーマーを着込んだ男が、天に向けて咆哮していた。
男の背中には、身の丈ほどもある巨大な両手剣が背負われている。剣の刀身からは、青白い神聖なオーラがバチバチと音を立てて漏れ出しており、周囲のアスファルトを焦がしていた。
「あー、ちょっとそこの君。危ないからその光ってる棒、しまおうか」
野次馬の輪を掻き分けて現れたのは、ベージュのトレンチコートを着た冴えない中年刑事、鮫島だった。
その後ろには、パリッとしたスーツを着こなす金髪碧眼の青年巡査、カイルが続いている。
「光る棒だと? 痴れ者が! これは神々より授かりし奇跡の結晶、邪悪を打ち払う『聖剣エクスカリバー』であるぞ!」
勇者を名乗る男が、背中の大剣を勢いよく引き抜いた。
その瞬間、歌舞伎町のネオンサインが聖剣の放つ強烈な光に負けて明滅し、近くのホストクラブの看板がパリィンと音を立てて割れた。
「うわっ、眩しっ。あーあ、器物損壊。ねえ、カイル、あれお前の知り合い?」
鮫島が顔の前で手をひらひらさせながら、後ろを振り返る。
「……はい。私の故郷であるアレクサンドリア王国において、魔王討伐の命を帯びた、栄えある勇者アーサー様に間違いありません」
カイルの声は、どこか沈んでいた。
かつて仕えた主君が、異世界から転移してきて早々、新宿の繁華街で酔っ払って管を巻いているのだ。元・光の聖騎士としては、情けなさと恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だった。
「なるほどね。で、勇者様は何が不満でこんな所で暴れてんの? キャバクラでぼったくられた?」
鮫島がズケズケと歩み寄りながら尋ねると、勇者アーサーは血走った目で鮫島を睨みつけた。
「無礼者め! 異界に転移して数日、我がパトロンより与えられた無限の財宝たる『黒のカード』を使おうとしたら、この街の店はどこも『利用停止になっています』などとぬかしおったのだ! 勇者たる我を愚弄するにも程がある!」
「あー、クレジットカード止められたのね。ブラックリスト入りか、それともカード会社が不正利用を検知したか。どっちにしろ、八つ当たりで剣振り回していい理由にはならないよ」
鮫島はため息をつき、胸ポケットから警察手帳を取り出して提示した。
「警視庁異世界生活安全課の鮫島です。お兄さん、とりあえずその物騒なもん下ろして、署までご同行願えるかな。所属と氏名を名乗って」
「我を誰だと心得る! アレクサンドリア王国の勇者アーサーであるぞ! 貴様らのような下賎な役人に名乗る謂れなどない!」
アーサーが聖剣を振り上げると、刀身から溢れ出した光の奔流が、鮫島の足元のアスファルトを大きく抉った。
周囲の野次馬から悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「鮫島警部! 危険です!」
カイルが前に飛び出し、鮫島を庇うように立つ。
「おや? その顔、カイルではないか! 我が王国が誇る光の聖騎士が、なぜそのような奇妙な服を着て、下賎な役人の犬に成り下がっているのだ!」
アーサーがカイルを見て、嘲るように鼻を鳴らした。
「アーサー様……。私は今、日本国警察の警察官として、この街の平和を守る任務に就いております。かつての主君といえど、これ以上の暴挙は見過ごせません。剣を収め、速やかに所属と氏名を名乗ってください!」
カイルのまっすぐな視線に対し、アーサーは不愉快そうに顔を歪めた。
「ふざけるな! 聖騎士たるお前が、勇者である我に刃向かうというのか! そのような紙切れのような制服で、この聖剣エクスカリバーの絶対的な力を止められるとでも思っているのか!」
「私は……!」
カイルの脳裏に、かつてアレクサンドリア王国でアーサーと共に魔王軍と戦った日々がよぎる。
圧倒的なカリスマと、聖剣の力で敵を薙ぎ払う勇者の背中。それは確かに、カイルにとって絶対的な正義の象徴だった。
しかし、ここは日本だ。
ルール無用で剣を振り回し、一般市民の財産や命を脅かす行為は、ただの犯罪でしかない。
「私はもう、アレクサンドリアの騎士ではありません! 警視庁異世界生活安全課、カイル巡査です! アーサー様、あなたがこのまま抵抗を続けるなら……私は、あなたを逮捕します!」
カイルは腰の警棒を勢いよく引き抜き、カシャッと音を立てて伸ばした。
光り輝く伝説の聖剣に対し、黒塗りの金属製警棒。
ファンタジーと現実の、あまりにも滑稽な対峙だった。
「愚かな! ならばその身に刻み込んでやる! 聖剣よ、我が魔力を喰らい、眼前の敵を――」
「はいストップ。カイル、下がってなさい」
アーサーが必殺技のモーションに入ろうとした瞬間、鮫島がカイルの肩をポンと叩いて前に出た。
そして、トレンチコートのポケットから、黄色いプラスチック製の何かを取り出した。
「な、なんだその道具は! 貴様も魔導具を使うというのか!」
アーサーが警戒して剣を構え直す。
「いや、ただのメジャーだよ。建築用のやつ。ちょっと剣先、動かさないでね」
鮫島はメジャーの先端のツメを聖剣の切っ先に引っ掛けると、シャーッと音を立てて金属のテープを伸ばし、柄の根元まで当てた。
「えーと、なになに。刃渡り……百二十センチ。うん、完全にアウトだね」
「は?」
アーサーが間抜けな声を漏らす。
「銃砲刀剣類所持等取締法、いわゆる銃刀法違反だね。刃渡り十五センチ以上の刀剣類は、業務その他正当な理由がない限り所持しちゃダメなの。勇者って職業は日本じゃ認められてないから、正当な理由にはならないよ」
「じゅうとうほう……? 何を馬鹿なことを! これは神々が鍛えし――」
「神様が鍛えようが、ドワーフが打とうが関係ないの。法律は法律。というわけで、その光る鉄の棒は証拠品として押収します」
鮫島はトレンチコートの内ポケットから、赤い文字で『証拠品』と書かれた荷札のようなラベルを取り出し、ペタリと聖剣の刀身に貼り付けた。
「な、何をする! 聖剣に触れるな! 神罰が下るぞ!」
「神罰より重いんだよ、日本の法律は。ほら、貸して」
鮫島がひったくるように聖剣を取り上げると、今までバチバチと放たれていた神聖なオーラが、嘘のようにスッと消え失せた。
ラベルを貼られた途端、ただの重たい金属の塊へと成り下がってしまったのだ。
「あ……ああ……! 聖剣の輝きが……我が力が……!」
アーサーはその場にヘナヘナと座り込み、両手で顔を覆った。
「カイル、手錠だ」
「は、はい!」
カイルは呆然とするアーサーの背後に回り、手慣れた動作で両腕を後ろ手に束ね、銀色の手錠をガチャンと掛けた。
「アーサー・ペンドラゴン。銃砲刀剣類所持等取締法違反、および器物損壊の容疑で現行犯逮捕します。黙秘権はありますが、供述は法廷で不利な証拠として使われる可能性があります」
カイルが淀みなくミランダ警告を読み上げる。
かつて畏敬の念を抱いていた勇者の背中は、今はただの酔っ払った不審者のように小さく見えた。
「よくやった、カイル。過去のしがらみを断ち切って、立派な日本の警察官になったな」
鮫島が、重たい大剣を肩に担ぎながら笑いかける。
「ありがとうございます、警部。しかし、この剣……どうしますか? 証拠品保管庫に入り切らないのでは」
「まあ、そこらへんは署長に相談だな。最悪、粗大ゴミの日に出すしかないか」
「そだいごみ……我が聖剣が……粗大ゴミ……」
地面に這いつくばったまま、アーサーが涙声で呟いている。
「さ、パトカー呼ぶぞ。あと、歌舞伎町交番の連中にも、器物損壊の被害届の処理手伝ってもらわないとな。割れた看板の弁償代、結構いくと思うぞ」
数十分後。
新宿警察署の取調室。
カツ丼の匂いが漂う薄暗い部屋で、パイプ椅子に座らされたアーサーは、すっかり意気消沈していた。
テーブルを挟んで向かい側には、調書用のバインダーを持った鮫島とカイルが座っている。
「さて、アーサー君。君が暴れた理由だけどさ」
鮫島がタバコに火をつけ、ふーっと煙を吐き出す。
「クレジットカードが止められたって言ってたよね。その『黒のカード』ってやつ。どこで作ったの? 君、異世界から来てまだ数日なんだろ? 日本で口座も作ってないだろうし、定職にも就いてない。そんな外国籍の住所不定無職に、ブラックカードなんて発行するカード会社はないんだよ」
「……それは……」
アーサーが目を逸らす。
「言いたくないならいいけどさ。これ、最悪の場合、詐欺罪やマネーロンダリングの共犯になるよ? 勇者様が日本の刑務所で数年間、麦飯食って紙袋折る作業することになるけど、いいの?」
「ま、待ってくれ! 刑務所は嫌だ! 私はただ、この世界に来た時に声をかけてきた親切な紳士から、『勇者様の活動資金として使ってください』とカードを渡されただけなのだ!」
アーサーが身を乗り出して弁明する。
「親切な紳士ねぇ。その紳士の名前は? どんな身なりだった?」
「な、名前は名乗らなかったが……黒いスーツを着ていて、胸元に赤い蜘蛛の紋章のピンバッジをつけていた! 確か、『我々は異世界からの来訪者を支援するNPO法人だ』と……」
「赤い蜘蛛の紋章……」
鮫島とカイルが顔を見合わせる。
「警部。赤い蜘蛛の紋章といえば、先日秋葉原で摘発した『黒の結社』の構成員が持っていたメモ帳にも、同じマークが描かれていました」
カイルの報告に、鮫島は目を細めた。
「ああ、ビンゴだな。魔王軍の残党を名乗る暗黒ギルド『黒の結社』。あいつら、NPO法人を隠れ蓑にして、異世界から来た腕っ節の強い連中を金で飼い慣らそうとしてたってわけか。要するに、反社会的勢力のフロント企業だ」
「フロントきぎょう……? つまり、私は悪の組織から資金援助を受けていたと……?」
アーサーが顔面を蒼白にして震え出す。
「そういうこと。君の使っていたそのカード、おそらく特殊詐欺か何かで得た犯罪収益を洗浄するための口座に紐付いてるはずだ。カード会社が不正利用を検知して止めたのは、ファインプレーだったな」
鮫島はバインダーにペンを走らせながら、ニヤリと笑った。
「アーサー君。君にはこれから、その『NPO法人』とやらの所在地や、連絡先について、知っていることを全部話してもらうよ。捜査に協力するなら、情状酌量の余地はあるかもな」
「は、はい! 何でも話します! だから刑務所だけは勘弁してください!」
かつて魔王に立ち向かった勇者は、日本の警察の巧みな話術と、刑務所という現実的な恐怖の前に、あっさりと全面降伏した。
「よし、カイル。調書を取れ。俺はマル暴の連中に連絡を入れる。いよいよ本格的なガサ入れの準備だ」
鮫島が立ち上がり、取調室のドアノブに手をかけた。
「背後の糸を引くのは、指定暴力団『暗黒ギルド』か……ガサ入れだ」




