09 間引き作戦への誘い
「あっ!?」
スマホに来た通知を見て俺は思わず声を上げてしまった。
ホームセンターで最低限必要な物――尚費用は緋鞠に建て替えてもらった……――を買いそろえていた緋鞠が怪訝そうな視線を向けてくる。
「急に何? それからそこのトイレシート籠に入れておいて」
「すまん」
謝りつつ買い物籠に商品を入れる。
そうしてもう一度画面を見た。
――ダンジョン入場一時規制のお知らせ。
「……マジか」
どうやって稼ごうか。それを考えていた矢先のこれだ。
非常に、困る。
今現在、俺の財布は軽い。
その上で犬一匹のお迎え費用……五万円と、夏祭りの軍資金が必要。
探索者に必要な諸々で百万を払った後だと何だ安いじゃんと思ってしまうのが怖い。
俺のかつてのバイト代一か月分近いというのに。
それを探索者として稼ぎだそうとしていたのにいきなり一歩目から躓いた。
「ん、拓郎。払っといて」
レジでは当たり前のように財布を押し付けて会計を俺にさせる緋鞠。
……いつも通りで気にしていなかったけど、細かい指先を使う作業を避けているのが分かった。
荷物を置いて、探索者組合へと向かう。
通知にはダンジョンの立ち入り規制に加えてこうあった。
本来Eランク以上に斡旋する間引き任務をFランクにも開放すると。
その事について話を聞きに行こう。
「またバイト? 拓郎、夏休みバイト多すぎない?」
と緋鞠に呆れたような視線を向けられてしまったが……。
後ついでに、ドロップ品がどのくらいの値段で売れるのか相場も知っておきたい。
探索者組合の支部はダンジョンのドロップ品の売買も行っている。
「指輪とか宝石みたいな召喚石とか並んでるからアクセショップみたいなんだよな……」
緋鞠と一緒にアクセショップへ行ったときに感じる圧倒的アウェー感がここにもある。
探索者として慣れてくればホームの様に感じるのだろうか。
「スペルリング……五万円位? 一個売ればペット用品代くらいには……買取価格五千円? 安くない?」
「スペルリングは結構数出ますからねえ」
独り言めいた突っ込みに返事があって慌てて振り向く。そこには俺が探索者登録した時に担当してくれた受付嬢さんの姿。
「お久しぶり……でもないですね藤島さん。買い物ですか? 召喚石かいますか? 駆け出しの方にお勧めの良い石が入荷したんですよ。ちょっと話だけでも……」
「いえ、お金ないんで……すみません」
この人、何を勘違いしたのか俺を金持ちだと思ってんだよな……。
実際、高校生で探索者やるような奴って大半が親の金でなる奴だからそのうちの一人だと思われてるっぽい。
「またまたあ。それで何の御用でしょうか?」
「これです。間引き任務の話を聞きたくて。組合の任務って、別途給金が支払われるんですよね?」
「ええ。その通りです。今回の間引き任務は長期間踏破されていないダンジョン内のモンスター漸減の為の任務ですね。拘束日数に応じて追加褒賞が支払われます」
調べた通りの内容に俺は小さくガッツポーズ。
別途という所がポイントだ。魔石を稼ぎつつ現金も入手できる。
任務はいつでもある訳じゃないから正直今回はタイミングが良かった。
「今回は俺でも参加できるんですよね?」
「ええ。Fランクでも参加可能です。手続きやってきます?」
その問いに一も二もなく頷いた。
「期間は明日からって可能です?」
「ええ。勿論。続けて登録入れますか?」
「あー」
スマホを取り出して予定を確認する。
明後日は……緋鞠の検査の日。
この日は付き添うからダンジョンには行けない。
「明日と明々後日の二日でお願いできますか」
「はーい」
「ところで間引き任務って何のためにやるんです?」
完全に雑談のつもりだった。
「ダンジョンの氾濫についてはご存じですね?」
その単語に、俺は知らず息を止めていた。
不意打ちだった。
知らないはずがない。
三年前に起きた氾濫で俺も緋鞠も被災しているのだから。
……あの黒煙と咆哮を思い出す。
避難所となった体育館で二人。緋鞠と一晩中手を握りしめていた。
「……ええ、もちろん」
嫌な記憶の蓋が開きそうで、俺は努めて無感情を作って話を先に進めた。
「あれってダンジョン内のモンスターが増えると発生するんですよ。ですので攻略が出来ていないダンジョンについては、間引き作業を行い内部のモンスターを減らしています」
「そう、何ですか」
不意打ちで少し驚いた心臓が落ち着いてくる。
大丈夫。別に氾濫が起きているとかそういう話じゃない。
その予防の話だ。
そういう意味だと、結構ありかもしれない。
少なくとも自分みたいな人間を増やさない為の手助けにはなる。
「ええ。こちらは組合バックアップの元で複数人で行います。放置されているダンジョンなのでモンスターの数が多いのが特徴でしょうか」
間引き任務の工程表をちらりと見せられる。
ダンジョン外で8時に集合、18時解散か。
「ダンジョン内部の時間で約四日。戦い尽くめという事で結構きつい作業ですから気を付けてくださいね」
他の探索者と一緒なのか……。
探索者としてのノウハウを知れそうではあるけど、蛍火の事をどうするか。
どう考えても特殊なモンスターなんだよな。
とはいえ、あの様子から留守番と伝えても素直に頷いてはくれなさそうというか……。
「閃いた」
蛍火の使命を果たしつつ、特殊性を誤魔化す方法。
―――――――――――――――
8月12日 朝 探索者五日目
間引き対象☆3ダンジョン、第八層
―――――――――――――――
「ジャイアントビートル、前へ!」
あのフロアマスターから入手した新たな召喚石、ジャイアントビートル。
苦戦させられた甲殻の強度は健在だった。
フロアマスターの個体はサイズが強化されていたのか。
今は全高が俺の腰辺りにサイズダウンしている。それでも、だ。
今も、複数のモンスター達から集中攻撃を受けても持ちこたえられている。
数が多すぎて一々スキャンできていないので名前が分からないが……トカゲ型のモンスター。
十体近いそれに囲まれて、振り払えずにいた。
「炎狐!」
声に応じて、炎弾が密集したモンスターに突き刺さり火の華を咲かせる。
前衛と後衛に役割分担したのは正解だったな。
おかげで、後衛の不自然さに気付かれなくて済む。
銀色の毛並みの炎狐……というか、省エネモードと称した蛍火だ。
これなら蛍火もついてこれて、特殊性も誤魔化せる。
人型の様な規格外の威力は発揮できないようだが、却ってそれが低ランクの炎狐っぽい感じになっている。
当然その分、火力的には厳しい。
八層というソロだと間違いなく危険な階層。
だが、ここでは一人じゃない。
「良いぞ藤島ぁ!」
腹に響くような声と同時、横合いから雷光と化した猫がモンスターを焼き払う。
一撃で消し飛ばしていくのは十分に強化されたモンスターの証。
「よし、次行くぞ藤島」
そう言いながら俺を追い抜いて歩いていくのは、間引き作戦で俺と組むことになった先輩探索者。
名前は――。
「……雷蔵、さん。なんで俺が前衛なんだよ?」
「若いころの苦労は買ってでもするもんだぞ、新入り」
そう言いながらプロレスラーみたいな体型の髭面のおっさんは豪快に笑って見せた。
……ビール片手に。
最初にあいさつした時からこんな感じだ。
強さはあるんだけど……こんな適当で大丈夫なのか?
「不安だ……」
モンスターひしめくダンジョンの奥へと踏み込みながら、俺はそう小さく呟く。
ドロップアイテムを拾って後を追おうと考えて――。
「あれ?」
無い。
視線が地面を彷徨う。
あれだけのモンスターを倒したにも関わらず。
魔石が一つも落ちていなかった。




