08 外に出たモンスター
あまりに場違いな蛍火の姿は注目を集めていた。
今回のダンジョンが出現していたのは駅から十分程度の公園だ。
人通りも多い。
「コスプレ?」
「なんかイベントあったっけ?」
そんな声も聞こえてくる。
幸い、というべきか当たり前というべきか。
モンスターを疑う声は無い。
「……耳と尻尾なければ人間だしな」
「主様?」
とりあえず蛍火の背を押して、ダンジョンに戻る。
「帰るのではなかったのですか?」
「その前に……なんで外に出られるんだ」
「何故って……契約したからですが?」
言ってたな。
それどころじゃなかったから後回しにしていたけど……流石にこれ以上は後回しに出来ない。
「説明をお願い」
「少々長くなるのですが……」
そう言って蛍火がし始めた説明は本当に長かった。
どうにか俺の頭で理解できたのは。
「つまり、モンスター世界みたいのがあって、モンスターは皆そこから来ている」
「イメージとしてはそんな感じです」
「で、召喚石は補助輪みたいなもので、ダンジョンの力を借りて実体化している」
「そうです」
「でも蛍火は召喚石の補助は無しで直接実体化している。それは贄……あの閃光現象で力を取り込んで、俺と契約したから?」
「はい、なので私は石のモンスターの様にダンジョン内に縛られるという事はありません」
胸を張ってちょっと得意げな顔をしている。
そんな仕組みはやはり聞いたこともない。
後あの閃光お前の仕業だったのか。
結構しんどかったけど、過ぎた話だ。
問題はそこではない。
「つまり蛍火は石に戻る事は無いと」
「そうなります」
あの赤い石は契約の触媒だという。
なんで緋鞠の元にあったのかは蛍火も知らないというから謎は残っている。
「蛍火が忘れているのか、蛍火の母が送り込んできた……?」
だが最初の一歩目で躓く。
何故俺たちの元に?
やはり今は考えても答えが出そうにない。
それはそうと、今の話は非常に不味い。
つまりこのどこにいても間違いなく目立つであろう和装獣耳銀髪少女を連れて歩かないといけない。
いや、別に常時行動を共にする必要はないのだけど……まさかダンジョン行くとき以外は自力で何とかしてねというわけにも行かないだろうな。
というか戸籍とか絶対にないし。
放っておいてまともに生活できるとは思えない。
かと言って、家に連れて行ったら……。
背筋が震えた。
緋鞠がどういう反応を示すか。
想像が出来ない。出来ないからこそ怖い。
逆の立場で考えてみよう。
いきなり見ず知らずの男を連れてきて今日から一緒に暮らすの、などと言われた日には……。
「主様? 物凄く怖い顔をしていますが何かありましたか?」
「いや、何でもない。それよりも蛍火の住む場所をどうするか……」
部屋を借りるというのは現実的ではない。
保証人の問題もあるし、何より金銭面でも厳しい。
本来探索者は魔石を始めとしたドロップアイテムを売ることで生計を立てている。
だが今の俺は緋鞠用の魔石と蛍火用の魔石。
それで手一杯。
換金用の魔石までは手が回らない。
「主様の家ではダメなのですか?」
「義妹が居るからな……後単純に、部屋がない。ああいや」
両親の部屋が空いてはいるのだが……流石に抵抗がある。
仮に緋鞠が同居を認めたとしても、その部屋を使うのは賛成しないだろう。
「つまり、一人が住める場所は無いと。でしたら」
そう言って蛍火の全身を炎が包んだ。
突然の発火に声も出せずに驚いていると、その炎が一瞬で縮み――狐になった。
「炎狐!? いや、炎は無いのか……」
目を白黒させていると、狐が炎に包まれ、再び拡大。
見慣れつつある蛍火の姿になる。
「変身できるのか?」
「はい。魔力消費を抑えた状態です。あれなら省スペースです」
またもや胸を張って得意気。
「確かにさっきの姿なら……ペットとして言い張れる、か?」
いけるか? 犬と言い張って緋鞠を説得できるか?
同年代の少女を連れて行くよりはるかにハードルは下がった。
ここで緋鞠を説得できなければ、主と呼んでくれている蛍火にも申し訳が立たない。
「よし、緋鞠に談判してみよう」
「あのね、拓郎。ペットを飼うってことは命を育てるってことなの。そんな軽率に決めちゃだめだよ」
「……はい、おっしゃる通りです」
無茶苦茶正論でぶん殴ってきやがった……。
帰って緋鞠の顔を見て。安堵を覚えるよりも先に蛍火が見つかり。
そこから正座をしてお説教タイムだ。
……兄としても主としても威厳の欠片もない。
「だけど緋鞠。俺だって生半可な気持ちじゃない。こいつは俺に必要な存在なんだ」
嘘は言っていない。
「うーん。でも正直私たちペット飼う余裕がないっていうか……」
「俺のバイト代から出すから! 面倒も俺が見る!」
必死の懇願に、緋鞠はどこか遠くを見るような目つきをした後肩を竦めた。
「拓郎がそこまで言うならしょうがないなあ」
そう言いながら緋鞠は狐の姿になった蛍火を抱きかかえる。
凄いな蛍火。仕草が完全に犬だ。
中身人間……みたいなモンスターなので不自然さが出るかと思ったけど全然そんなことがない。
舌を出しながら尻尾を振ってキラキラした目で緋鞠を見上げている。
どう見ても犬だ。
「っていうかこの子……犬なの?」
「犬だ」
「無茶苦茶狐っぽいんだけど」
「犬だ。そう置手紙に書いてあった。名前はけーか」
蛍火は捨て犬という設定だ。
ペットショップで買った、は流石に無理があるのでそうせざるを得なかった。
「ふーん? ポメラニアンとかなのかなあ。雌だ。じゃあけーかちゃんか」
そう言いながら緋鞠はスマホで何やら調べ事を始める。
スピーカーに向けて近所の獣医評判順などと告げている。
「何してるんだ?」
「獣医探してる。狂犬病のワクチンとか打たなきゃいけないし」
「……ああ」
完全に意識がなかった。
というかモンスターだし……狂犬病にかかるとは思えない。
「それにこの子のリードとかお皿とか……準備する物も沢山あるんだから。とりあえずトイレと。ああ、それにベッドもあった方が良いかな」
何だかんだ、緋鞠も楽しそうに犬を迎える準備をしている。
……正直に言えば、多分大半はいらないだろうけど。犬という体裁を整えるためには必要か。
あれ、今気づいたけど蛍火のご飯どうするんだろう。
犬用の餌は必要だ。というか無いと緋鞠に怪しまれる。
だけど、蛍火の食事ってそれでいいのか? ドッグフードを食べるだけで足りるのか?
というか、バイト代は探索者登録やらでもう数百円しか残って無い。
探索者になるときにバイトも止めた。
そしてバイトしていた時間は探索者としての時間に充てているから……実質的に稼ぎがない。
ドロップアイテム――スペルリングや召喚石を売れば金にはなるが……。
背中に嫌な汗をかいているのを自覚した。
……もしかしなくても、金が足りないのでは。
◆ ◆ ◆
探索者組合日本本部より各支部へ通達。
――8/13 14:22 魔力計測装置が計測範囲外の反応を検知。
高出力の為、発生源詳細に特定できず。
過去類似事例。
六大ダンジョン出現時に近しい反応。
新規☆6ダンジョンの出現の可能性あり。
Cランク以上の全探索者へ緊急依頼。
関東近郊の新規ダンジョン一斉調査依頼。
現行のダンジョン占有権は一時凍結。
間引き任務はDランク以下に割り振り。
以上。




