07 帰る場所
これで緋鞠のところに帰れる。
そう思った瞬間に、全身にどっと疲労が伸し掛かった。
あと少し。
「蛍火は、歩けるか?」
「何とか。戦闘となると少し、休みたいですが……」
その言葉に一瞬考え、結論を出す。
「今のがフロアマスターで間違いないはずだ。だったら転移門が使える。それで外に出よう」
そうすれば、これ以上の戦闘は無い。
蛍火も召喚石に戻って回復が出来るはずだ。
砕けてしまったマリオネットの召喚石を見る。
こっちは……多分ダメだろうな。
三日間の相棒に、心の中で別れを告げる。
こいつが居なければ、蛍火と出会うまでも生き延びられなかった。
「ありがとう蛍火。お前が居なかったらまず間違いなく死んでいた」
「いいえ。お礼を言うのは私の方です」
蛍火の礼に心当たりがなく、俺は首を傾げる。
「名前を頂いた時に、少しですが記憶が蘇りました」
足元を見つめながら、蛍火は一言。
「母を助けたい。私はそう願って、主様の声に応えた」
その願いを大事そうに、胸に抱えながら。
「母……?」
そもそもモンスターって親子関係があるのか?
よく考えれば石から出てきている時点でおかしな物なんだけど、そういうものかと思ってたから今まで疑問にも思わなかった。
「蛍火のお母さんはどこにいるんだ?」
その問いかけに彼女は力なく首を振る。
「分かりません。ただ漠然と……ダンジョンの最深部にいるような気はしているのですが……」
「ダンジョンと言っても無数にあるからな」
「そうなのですか?」
「出てきて直ぐに攻略されるダンジョン……今回みたいな場所な。ドロップアイテムの価値が高くて攻略せずに管理されるダンジョン」
指折り、大まかな区分を数えていく。
「そして難易度が高過ぎて攻略を断念したダンジョン。大雑把にこの三つかな」
「……もしも母の居るダンジョンが最後だとしたら難しそうですね」
「二つ目も別の意味で難しいぞ。攻略したらお尋ね者だし」
肩を落として落ち込んでいるように見える蛍火に俺は励ますように言う。
「手が無いわけじゃない。探索者のランクが上がればいろいろと特権も貰えるみたいだし」
それに今回の戦闘で確信した。
蛍火は通常のモンスターとは一線を画している。
十分に育てた後ならば、攻略不能ダンジョンと認定されたダンジョンでも勝ち目があるんじゃないかと思えるくらいに。
それに。
「会いたい、よな……」
母親に会いたい。
その願いは……痛いほどよく分かる。
「魔石集めに支障が出ない範囲でなら、蛍火の目的も手伝うよ」
そして、蛍火の目的がダンジョン攻略となるならば、魔石集めとバッティングすることはまずない。
「主様が魔石を溜めておきたい様子なのは……ここまでの道中で察しているのですが」
申し訳なさそうに、蛍火が言う。
「私にも魔石を頂けませんか?」
「レベルアップか……」
「はい。レベルアップに必要な魔力を得るにはそれが最も効率がいいので」
それは俺も知ってはいた。しかし――。
「ダンジョンの戦闘だけじゃ足りない? 多少時間はかかるけど、それでもレベル上限まで行けるって聞いてるんだけど」
「私のステータスを見てもらえますか?」
そう言われて、俺は蛍火をスキャンする。
妙に手が強張って時間がかかってしまったが――。
「……レベル1? あれだけ戦って?」
「どうやら、戦闘では私のレベルは殆ど上げられない様で……」
フロアマスターは戦闘後に得られる魔力も他よりも多い。
それでも全く上がらないとなると……これは想定外だ。
「強い分、成長にかかるコストも高いのか」
だが魔石は緋鞠の生命線だ。
確かに蛍火を強化した方が効率は良くなるだろう。
分かっていても、いざという時に足りなかったらという恐怖は拭えない。
「……最低でも100グラム溜まったら。そこから先についてはまた考えさせてくれ」
万一の時のセーフティライン。それは確保しておかないと怖い。
「分かりました。では早速、今の奴が落とした魔石を見てみましょう」
「ああ、そうだな」
ここまでの戦闘では意外と魔石は手に入らず、5グラム位だった。
ニジイロカブトの魔石は果たしてどれくらいか。
そう思いながら一歩を踏み出し――足が動かずに転びそうになる。
「主様!」
顔面から地面に突っ込みそうになった俺を蛍火が抱き留める。
……お香めいた良い匂いがする。
「ごめん、助かった」
「いえ……恐らくこれも私のせいです。奥の手を使う時に主様から魔力を頂きましたので。今主様の魔力は殆ど空の筈です」
「……なるほど。これが魔力が不足した時の」
となると手の強張りもそのせいか。
これが常態化した物が魔力欠乏症。
こんな物を、緋鞠はずっと抱えている。
「凄い威力だったけど、これじゃあ多用は出来ないな」
「はい。他に手がなかったから使いましたが……迂闊に使えば逆に窮地を招きます」
具体的には俺がまともに動けなくなると。
そこまで行くと完全に足手まといだ。
「使うタイミングは考えないと。それより今は、ドロップだドロップ」
少しばかり浮かれた声になるのも許して欲しい。
いきなり五層に突き落されて死にかけた末の報酬だ。少し位期待したって罰は当たらないだろう。
地面に落ちていた物は三つ。
見慣れたスペルリング――金剛身と刻まれている――は兎も角として。
「魔石に……召喚石か!」
とてもお高い召喚石!
新しいモンスターは当分先だと思っていたから嬉しい誤算。
うっすら見える影は……今倒したニジイロカブトの物か?
アプリでスキャンした結果、正式名称はジャイアントビートル。防御よりのモンスター。
「それに魔石も……15グラム近くあるんじゃないかこれ」
毎日フロアマスターを倒せればそれだけで緋鞠の延命に必要な魔石が手に入る……?
正直かなりきついので現実的ではないが……多少無理やりとはいえ、目途がついてしまった。
「よし、拾う物は拾った。一度外に出よう」
大分身体も動くようになってきた。
あくまで俺のは一時的な症状という事だろう。
自分の脚で歩けるのだが――蛍火が肩を貸してくる。
「そっちも足ケガしてるだろ」
「この程度、数日もすれば治ります」
まあ石に戻れば多分直ぐだろう。
マリオネットも多少の損傷は次の日には直っていたし。
転移門――地面に刻まれた魔法陣の上に二人で立つ。
帰還前にもう一度お礼を言っておかないと。
「本当に今日は助かった。ありがとう」
「いいえ。私も主様を守ることが出来てよかった」
陣が光り輝く。
蛍火とは暫しの別れだ。
「それじゃあまた明日。ダンジョンで」
そう言って次の瞬間には、俺はダンジョンの外に――。
出たのだが、目の前に変わらず蛍火が居る。
「え?」
「主様どうしましたか?」
ダンジョンで手に入るアイテムは例外を除いてダンジョンでしか使えない。
召喚石はその例外ではない。
「なんで、外に……」
街中に、銀髪獣耳和装少女が居る。
そのあまりにアンバランスな光景に俺はやばい事になりそうな気がした。




