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05 名前を灯す

 ダンジョン探索を始めて、約二時間が経過。

 

 その間、俺とこいつの間には碌な会話がなかった。

 

 緋鞠が居ればこういう時仲を取り持ってくれる。

 人間関係構築を緋鞠に寄りかかっていたツケだな。


 正直、どうやって声をかければいいのか分からない。

 それにやっぱり、壊れ物を扱うような姿勢は……何とも言えない不快感。

 

 今もまた、あいつはモンスターを瞬殺する。

 華麗に、汗一つかかずに。

 

「……待て」


 だがその倒したモンスターが問題だった。

 呼びかけに狐娘は立ち止まる。

 

「虫型?」


 特に火の属性を持たない巨大蜘蛛型モンスター。

 それ自体は珍しくない。ただ――違和感。

 

 ここまで一体も出てこなかったのに急に?


「ダンジョンの様子も……少し変わったか?」

「そうですか?」


 独り言めいた俺の言葉に、あいつは気のせいではと言う。

 慎重な足取りになった俺を見て、狐娘も仕方なしに歩調を緩めた。

 

「そうか、湿気か」


 先ほどまでは比較的カラッとした空気だったのが、今はじめじめとしている。

 何故急に環境が変わったのか。

 

 そういうダンジョンだと言われたらそれまでだが……。

 

「敵です。撃退します」


 進もうとする先に、再び現れたのは二体の大蜘蛛。

 洞窟に巣を張って完全に封鎖している。

 自重を支える糸で、天井からぶら下がってこちらを見ていた。

 

 だが虫相手に火というのは相性が良すぎた。

 先制攻撃の狐火。

 あっけなく巣は燃やされ、蜘蛛たちは焼き尽くされる。

 マリオネットだったらどれだけ苦戦させられた事か……。

 

 そして蜘蛛たちは光と共に魔石と……スペルリングへと変わった。

 

「リングも三つ目か」


 ここまでの探索でウインドブラスト以外にも一つ。

 サンドストームという砂嵐を巻き起こす物を拾った。

 

 どうも、倒したモンスターとはあまり関係がないらしい。

 

 だが今回はそうではない。

 

「スパイダーウェブ、ね」

 

 直接攻撃力はなさそうだけど……色々と使い道がありそうだな。

 絡めたり……吊り下げたり。

 僅かな時間で消える他の二つよりも悪さが出来そう。

 そう効果を考えながら指輪を眺めていると狐娘が口を開いた。

 

「……楽しそうですね」

「そうか?」


 適当な返事をしてから後悔。

 どうして、せっかく話しかけてくれたのにこんな何も広がらない返事を……!

 

 自分の口下手を呪いながら、更にその先別のモンスターも倒した俺たちは扉の前に立っていた。

 この扉の先からは明らかに強敵の気配がしていた。

 狐娘が耳と尾の毛を逆立たせて警戒している。


「うっすらと感じるこの気配。大物ですね」

「この意味ありげな扉といい、階層の主……フロアマスターか」


 辿り着けた。

 まずはその事に小さな安堵。

 

「……助かった」


 小さく。口早に礼を言う。

 その言葉に、小さく耳を動かして驚きの表情を浮かべて。


「いいえ。その言葉はここを脱した後で。行きましょう」


 微かな笑みを向けられる。仄明かりの中、彼女の表情だけではなく髪にも灯りが浮いていた。

 それを見て、勇気づけられる。

 

「ああ、行こう」


 扉を開ける。

 潜り抜けた瞬間に何かの境界を越えたのだと理解した。

 

「広いですね」

「ああ……どこかのドームみたいだ」

「どーむ?」


 天井が高い。歩いた足の音が、反響せずに消えていく。

 それでいながら、ごつごつとした岩が立ち並んで視界が悪い。

 

「敵の気配は?」

「中央です。動く気配は無し……待ち構えているようです」


 その余裕めいた態度。この広さ。

 そして俺にも感じ取れる気配。

 

 間違いなく今まで遭遇したモンスターの中で一番強い。

 

「つまりこれを超えられないようじゃ緋鞠を助けるのは程遠いってことか」


 そして、ある岩を迂回した時。遂に晒された姿。

 

「大きい、ですね」

「ああ、超巨大なカブトムシだ」


 クワガタなら兎も角、虹色に輝く甲殻を持つカブトムシは生憎と知らないが……。

 このニジイロカブトこそが広間の主。

 全高が俺の倍近くもある。デカさがそのまま強さとは限らない。

 でも確かに、その巨体は圧迫感を伴ってこちらを威圧していた。

 

「仕掛けます!」


 岩陰から彼女が飛び出す。

 打ち合わせも何もない。

 最後までこれか。


 その小柄な影に気づいたのか。ニジイロカブトが頭を巡らせる。

 その動きは決して早くない。

 これまでに戦ってきたモンスターと比べても遅い。

 

 あれだけの巨体。そこまで機敏には動けないのか。それともまだ警戒対象とも取られていないのか。

 その答えは次の瞬間に出る。

 

「ふっ!」


 相手の死角――背後に回り込んだ狐娘が袖を翻して掌打を放つ。

 いつもの必勝パターン。この体勢から仕損じたことは一度もない。

 

 今回がその初めてとなった。

 

「硬っ」

 

 避けられたわけじゃない。

 ただその戦車の装甲めいた強度で耐えられた。

 

 ゆっくりとカブトムシの代名詞たる巨大な角が振るわれる。

 彼女にとっては十分に避けられる速度。

 斜め上に跳躍して避けた――筈だった。正面からの突風が彼女の姿勢を崩す。

 

 まさか当たっていないにも関わらず吹き飛ばされるとは思っていなかったのだろう。

 驚きで目を丸くしている。

 

 振るった角先が岩を掠めた。それだけで破片が飛び、俺の隠れていた岩をも砕いた。

 

 ニジイロカブトと目が合った。無機質な視線が俺を飲み込もうとしている。身体が竦んで動きを止めてしまった。

 

「主様!」


 ニジイロカブトの眼前で立ち竦んだ俺を助けようと、狐娘が駆ける。

 

「ダメだ! 来るな!」

 

 俺の危機に視界が狭くなっていた彼女は、死角から振るわれた角に気付けない。

 

「ウィンドブラスト!」


 足元から吹き上がる風に乗って、狐娘は上昇。

 角を躱した。

 

 己が嵌められたことに気付いたのだろう。

 目が見開かれ、次いで鋭く細められた。


 ウィンドブラストが稼いだ高さで、彼女は身を翻す。

 鋭利な弧を描く足先に炎が宿る。

 日輪の如き炎を纏った蹴りはしかし――甲殻を突破できない。

 

「あっ……ぐっ!」


 その衝撃は寧ろ彼女に牙を剥いた。耐えきれず、足先から血の雫が舞っていく。

 

 攻撃が効かない!

 

 これまでのモンスターを全て一撃だった姿からすると信じられない結果に、俺も狐娘も思考が止まった。

 

 圧倒的な質量と膂力。

 純粋に地力での勝負に持ち込む肉弾型――相性が悪い。

 

 俺が使えるスペルリングは後二つ。だがどちらも直接的な攻撃力はない。

 

 勝ち筋がない――。

 そう判断した俺はもう一つを使う。

 

「サンドストーム!」


 大量の砂が吹き荒れる。

 それは瞬く間に広間を埋め尽くし、視界を完全に塞いだ。

 見た目の派手さに反して、風速はそれほどでもない……つまりは目晦まし。

 

 だが昆虫型ならば十分。そして使った俺にだけは前が見えている。スペルの影響は使用者は基本受けない。

 狐娘の手を引いて一気に広間から脱出を図る――が。

 

「嘘だろ、開かない……!?」


 扉の取っ手を掴んで押しても引いても開かない。

 開けるときはかかっていなかった鍵がかかっている!

 

 浅くなる呼吸。

 後ろを振り返って何度もニジイロカブトが追いかけてこないか確認。

 

 何度も揺らすが、開く気配が全くない。

 トラップ? だがそんな様子は全くなかった。

 

 焦った頭の中でここに来る前に調べた内容が思い浮かぶ。

 

「そうだ、確かフロアマスターとの戦闘は――」


 どちらかの、モンスターが、全滅するまでは出られない。

 

「――主様。ここは私にお任せを」

「何か手があるのか?」

「一か八か。限界以上の炎を出せば、奴を倒せるかもしれません」

「いや、待ってくれ」


 あまりに当然のように言うから聞き流しそうになった。


「限界以上なんて簡単に出来る事じゃないだろ。そうなったら、お前はどうなる?」

「多分消えると思います」


 それはつまり。


「お前は死ぬって事じゃないか!」


 彼女と目が合った。

 その瞳は――怯えていた。

 これから迎える自身の消滅に臆していた。

 

 ――怖い。

 

 彼女の内心が聞こえる気がする。

 

 ――死にたくない。

 

 それでも尚、口元に笑顔を浮かべる。

 唇を震わせながら言葉を紡ぐ。

 

 ――でも、私しか助けられない。

 

「主様の無事が第一ですので」

「なんで、そこまで……」

「私には、他に何もないので」


 悲し気な笑みを浮かべる。

 だがその瞳には覚悟の色があった。

 鏡の中の自分が浮かべている、覚悟の色が。

 

「自分の使命に殉ずる。モンスターとしては悪くないでしょう?」


 その言葉で漸く理解した。

 こいつはただ、必死だっただけだ。

 名前も何もわからず、ただ自分の中に唯一あった使命。

 

 それだけを頼りに必死になっていただけ。

 ただ目の前のことで精一杯だった。

 

 死なせたくない。

 やっと少しだけ理解できた彼女の事を、ここで失いたくなかった。

 

 だが……ここから何ができる? 残ったスペルリング。これで倒すのは無理だ。

 精々が動きを止めるくらい……しかし、動きを止めた程度では意味がない。

 こちらの攻撃が通るようにしないといけない。

 

 砕けた岩が無数に転がっている

 俺の手元に残っているのは、スパイダーウェブのみ。

 

 考えろ……。

 ここで終わりになんて出来ない。したくない。

 賭けているのはいるのは俺の命だけじゃない。彼女の、緋鞠の三人の命だ。

 

 ここで何も思いつかないんじゃ、俺はここにいる意味がない!

 

 あの甲殻を打ち砕く方法。

 

 ――ある。

 一つだけか細い道があった。

 

 スパイダーウェブのカードと広間に転がる岩。その二つを見つめる。

 蜘蛛の糸は、相手の動きを止めるだけじゃない。

 この糸をあの岩に繋げればきっと。

 

「ただ贅沢を言うのならば最後に名前……適当でもいいので。私だけの、名前が欲しいんです」

「……ああ分かった」

「ありがとうございます」


 砂嵐は収まりかけていた。

 広間の空気は粘度を持ったように重い。

 

 そんな中で、俺たちは見つめ合った。


「でも最後なんかじゃない。適当なんかでもない。俺を主と呼んだのなら、お前は俺の物だ。勝手に死ぬなんて許さない」


 小さく目を閉じる。

 彼女が戦う時の姿を思い浮かべる。

 

 火を操り、縦横無尽に舞う姿。

 その髪にかすかに照り返す明かりに、俺は思い出の中の灯りを見た。


「だから、最後まで一緒に戦おう――蛍火けいか

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