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09 唯一人で

 何を言われたのか本気で分からなかった。

 

「一人になろうとしてる? 俺が?」

「はい。私にはそう見えます」

「気のせいだろ」


 急に何を言い出すかと思えば。

 俺はそう笑い飛ばす。

 

 だが蛍火は引き下がらなかった。

 

「そうでしょうか」


 そう言って首を傾げる。

 からかっているわけでもなく。本心からの様子で。

 

「今仲間と聞いて主様は自然とモンスターの事を考えましたよね」

「ああ」

「何故人を増やすという発想にならなかったのですか?」

「何故ってそれは」


 さっきも言っただろと、何処か苛立ちを覚えながら――。

 

「ユニークモンスターの件は確かに危険です。ですが、だからこそ人を増やすべきでは? 人が増えればモンスターも増えます」

「統制の取れてない数だけ増えても意味ないだろ」

「主様なら、増えた探索者も含めて指揮を取れるのでは? 寝屋様にも、あの雷蔵にもそうしていました」


 それは、いやしかし。

 

「契約者の事を、いずれは誤魔化せなくなる」

「それを加味して、信頼できる人間を仲間とすればよいのでは?」

「あのなあ。そんな都合の良い奴、どこにいるって言うんだ」


 無い物をねだっても仕方ないだろう。

 そう反論すると蛍火はあっさりと頷いた。

 

「はい。いないかもしれません。ですが……主様は先ほどそこまで考えていましたか?」


 真っすぐと俺の眼を見て。


「最初から、検討もしていなかった様に私は見えました」


 その言葉への反論は――俺にはない。

 口元を抑えて考え込む。

 

 そう、確かに俺は……今蛍火に言われたから反論を考えてそう口にした。

 それまで、そんなことを考えてもいなかった。

 己に愕然とする。

 

 無意識に、考えから外していた?

 

 そんな俺を前に、蛍火は胸元で拳を握りしめた。

 

「間引き作戦の事を、覚えていますか?」

「忘れるわけがない」


 あれは俺にとっても戒めだ。

 決して忘れてはいけない。

 

「あの時、私は言いました」


 口に出すのも、恐ろしいというような様子で声を絞り出す。


「緋鞠様だってそんな主様の姿、きっと望んでいません、と」

「……ああ」


 よく覚えている。


「あれから、共に過ごした時間が少し増えて……まだ、何が分かるんだと言われるかもしれませんが緋鞠様も、きっと」


 その後に俺が吐き捨てた言葉。あれが蛍火にって心の傷になっている。

 そんな、少し考えれば当たり前の事に今気が付いた。

 

「後は、主様と緋鞠様はよく似ているなって。だからきっと緋鞠様もこう思うはずです。ただ、何もさせずに守られているだけなのは嫌だと」


 その言葉で漸く気が付いた。

 蛍火は――怒ってる。

 

 何に?


「そしてやはり、私はこう思うのです。今みたいに一人で傷つこうとする主様の姿を、私は望んでいないと」


 そう言って蛍火は俺の手を取った。

 

「最初の頃の私は、貴方の心を蔑ろにしていた。肉体だけ守って、それで良いとしていた」


 初めて出会った時は確かにそうだった。

 その後フロアマスターでぶつかって、間引き作戦でぶつかって。

 俺たちはぶつかりながら互いの理解を深めてきた。

 

 そしてきっと今もまた。


「だけど今は、貴方の心も……いいえ、貴方の心こそを守りたい。教えてください主様。貴方は、何を恐れているのですか?」


 その問いかけ。

 ダンジョンの中で投げられた、俺の内側への問い。

 

 ただ静けさだけが残る。

 答える気が無いのではない。

 

 俺の中でも答えがすぐに見つからなかった。

 

 間抜けの様にただ立っている俺を、蛍火は辛抱強く待ってくれた。

 自分の中をひっくり返して、その果てに漸く俺は答えらしきものを見つけた。

 

「……多分俺は罪滅ぼしがしたいのかもしれない」

「罪滅ぼし、ですか?」

「ああ」


 誰に?

 

 決まっている。

 

 緋鞠にだ。

 

「俺達の両親が三年前に死んだのは、知ってるよな」


 今でも時々夢に見る。

 あの、緋鞠と二人で体育館に蹲っていた時の事は。

 

 あまりに静かな悪夢。

 

 だから、思い出すには少し覚悟が必要だった。

 震える手を抑え込むように蛍火の手に力が籠った。

 

 そこから伝わる熱に、後押しされるように俺は口を開く。

 

「近所のダンジョンが氾濫を起こして、街の中にモンスターが溢れて……」


 そう、あの時は街そのものがダンジョンになっていた。

 比喩ではない。

 探索者たちが自らのモンスターを召喚して、外に出たモンスターを抑え込もうと。

 

 住人たちを逃がそうと、必死で避難経路を守っていた。

 

「だけど俺はその中でどうしても母さんが心配だった。もしかしたら家に逃げ延びてるんじゃないか。モンスターがいるから出られないだけじゃないかって」


 浅はかだろ? と笑おうとして失敗した。

 本当にあの時はどうかしていた。

 少し考えればわかることが考えられない。そんな状態。


「だから迎えに行った。何も自衛手段すらないのに一人で」


 気を付ければ何とかなるなんて。そんなわけないのに。

 

「それで、どうなったんですか?」


 蛍火の促しに俺は短く答える。

 一度喋りだせば、後はその重さから勝手に言葉が流れ出してきた。

 

「避難経路から離れてすぐにモンスターに見つかった」


 見回りしていた探索者はいたけど、今に輪をかけて無謀だった当時の俺は見回りの隙を突いて抜け出したのだから。

 一番手薄な所。そこにモンスターがいるのは必然。

 

「覚えてる。ミノタウロスだった。炎を纏った。そいつが手にした斧を振るって」


 ――俺を後ろからつけていた緋鞠が、庇ってケガをした。

 一人にされた緋鞠が不安に思うかもなんて。その時は考えつきもしなかったんだ。

 

「軽傷だった。飛んできた石でちょっと切って少し血が垂れたくらい。その後すぐに、見回りの探索者も気付いてそのミノタウロスは倒されて俺達は避難所に連れて行かれた」


 そうして体育館で、もう両親はいないのだと認めた。

 俺達二人しかいないのだと。そう認めるしかなかった。

 

 それで終わっていれば、ただのちょっとした無鉄砲で済ませられた。

 緋鞠が時折擦ってからかうネタの一つで済んだのに。

 

 そうはならなかった。

 

「なんでこの街に魔力医療士のいる病院があるか分かるか?」


 唐突な質問に蛍火は首を横に振る。

 

「患者が多いからだ。魔力欠乏症の」


 それは何故?

 未だに、答えは分かっていない。

 ただ、統計だけが明らかになっている。

 

「あの日、街にいた住人で出血を伴ったケガをした人間の一割近くが魔力欠乏症に罹患した」


 そのうちの一人が緋鞠。

 つまり。

 

「あいつは、俺のせいで魔力欠乏症になったんだ」


 緋鞠しか知らない、俺の罪。

 

「だから俺が助けないといけないんだ。俺の馬鹿のせいなんだから、俺が」

「違います主様。私たちが、です。そうでしょう?」


 蛍火が強い口調で否定する。

 一人ではない。一人にはさせないと。

 

「話をしてくれてありがとうございます。ですが主様」


 至近距離で睨むように。蛍火が吠えた。

 

「子が、親を案じた行動を馬鹿なんて言わないでください! 緋鞠様と同じくらい、主様が母様を大事に思っていた。その証拠なのでしょう!?」


 蛍火が、俺を叱り飛ばした事なんて一度も無かったから。

 正直びっくりした。

 

 いや――蛍火にとってもそれは他人ごとではない。だから、怒りを覚えたのだろう。

 

「主様がその行動の結果緋鞠様を苦しませている。その罪滅ぼしをしたい。それは分かりました……ですが、もう一度言います。緋鞠様はそんな事望んでいません。断言できます」

「そんなことは分かってるよ」


 もしも恨んでいるのなら。罪を償えと責めているのなら。

 

 あの夏まつりの様な言葉は出てこない。

 

「分かってるから、余計に苦しい」


 罪はあるのに。

 償う方法が分からない。


「それで自分で自分を傷つけるような真似を?」

「全然、自覚してなかったけどな」


 だが自覚してしまえば、確かに自罰的な選択が多い。


「一人になろうとしないでください主様。少なくとも、ここに一人います。主様が行く道を供する者が。同じように、主様を案じている者はきっといます。そう行った人達を自ら遠ざけないでください」

「それは、緋鞠の事か?」

「はい、伝えるべきです。主様の事を。緋鞠様を救うために戦っていることを」


 何だかんだと理由をつけて。棚上げし続けてきたことを明かせと。

 蛍火はまず、緋鞠を遠ざけるなとそう言った。

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