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04 転移門を目指して

 こてん、と首が横に傾げられた。

 

「違いました?」


 そういう仕草をすると、当初の人間離れした美しさよりも幼さを感じる。

 銀の髪に狐の意匠。

 神秘性を宿した姿が、一気に生物みを増す。

 

 そこでようやく俺の中に現実感が戻ってきた。

 身体のあちこちで感じる痛み。

 

 生きてる。

 

「いや……君を召喚した、って意味なら多分そうだと思う」


 立ち上がりながら俺はそう答える。

 あの圧倒的な戦闘力に反して、意外と小柄だ。

 ブレスレットの赤い石を指させば、その表情に理解が広がった。

 

「それで、君は何者なんだ?」


 人型の、それも言葉を話すモンスター。

 石の入手経緯を考えると、正体が全く分からない。

 

「……私が何者かは分かりません」


 その言葉に落胆を覚える。


「けれど、確かなことがあります。私は、貴方を守るためにここにいる。それだけは覚えています」

「そう、か」

 

 今も赤い石は緩やかな鼓動を打っている。

 彼女は信用出来る。

 直感的にはそう思った。

 

 だが同時に。

 

「……何も分からないのに、守りますと言われてもな。正直……得体が知れなさ過ぎて少し怖い」


 それも偽らざる本音。

 

「そう、ですね。主様が警戒するのは当然です。信じてもらえるように行動で示すしかありません」


 そう寂しげに笑う姿に罪悪感を覚えないと言えば嘘になる。

 だがやはり、まだ信じるには足りない。

 

 それでも、危険を覚悟して彼女と行動を共にするしかない。

 マリオネットを失った今、彼女の手を借りなければ俺はダンジョンからの脱出が出来ないのだから。


「……今俺は第六層への転移門を使ってダンジョンの外に出たい。力を貸してくれ」

「無論です。主様はもう恐れることはありません。すべての危険は私が請け負います。主様には傷一つ付けさせません」


 微かな違和感。

 その無条件の善意が逆に怪しく思えてしまうのは俺の性格が悪いせいか?

 

「一先ず、移動しよう。さっきの戦闘の音を聞いて他のモンスターが来るかもしれない」


 と、その前に。

 先ほど倒した計五体のモンスターのドロップアイテムを回収していく。

 いつもの消え方じゃなかったので心配だったが、ちゃんとあってよかった。

 魔石が二つに――指輪が一つ。


「スペルリングって奴か」


 ダンジョン内で使える、魔法が封じ込められた指輪だ。

 ドロップすることはあると聞いていたが初めて見た。

 

 内側に刻まれた文字は――。

 

「ウインドブラスト……風系か?」


 迷うことなく人差し指に嵌めた。

 一度使ったらしばらくは使えないはず。

 ……今は温存しておこう。


 そうして下層目指して歩き始める。

 彼女に背を向けないように、自分の前にさりげなく立たせつつ。

 分岐にチョークで印をつけて、どこを通過したか分かるように。

 

 頭の中で一個一個、探索の基礎を思い出しながら。

 窮地だからこそ、基本に忠実に。だ。

 

 基本と言えば。


「どうして最初は召喚出来なかったか分かる?」


 これも確かめておきたい。

 何か理由があるのなら、知らなくては。

 

「それは、贄と契約が足りていなかったからです」

「……初耳だ」


 探索者組合の中で、そんな話は聞いたことがない。

 

「既に解決済みです。今はもう、支障はありません」

「……分かった。だけど後で詳しく聞かせてくれ」

 

 気にはなる。

 だがその辺の細かな話はダンジョンから脱出してからでいい。

 

 そこで俺は気が付いた。

 こっちから質問を投げてばかりで――自己紹介もしていない。

 緋鞠が居たら怒られる……いや、いたらあいつが真っ先にするだろうからそもそもこんな状況にはなっていないか。

 

「俺の名前は拓郎。藤島拓郎。よろしく」


 手を差し出すと、彼女は恐る恐る握ってきた。

 握り慣れた緋鞠の手とは違う、どこか――刃物を握っているかのような緊張感。

 

「君の名前は?」

「私の、名前……」


 そこで少女は困ったように視線を彷徨わせた。

 

「覚えていません。或いは最初からなかったか……好きに呼んで頂ければ」

「好きに、か」


 なんでもいい並みに困る返事が来たな……。

 少し考えることにしよう。

 

 流石に適当な思い付きで呼ぶのは悪い。

 

 そこで彼女が立ち止まった。

 俺も、遅れて気付く。

 

 闇の奥から聞こえてくる足音。

 ダンジョンの奥から新たなモンスターが姿を現す。


 遠目に見える姿は――また炎狐の様だ。

 それも二体。まだ100メートル以上離れている。

 

「気付くなよ……」

「先に仕掛けます。主様はここに」


 やる気満々の狐娘が拳を構える。

 

「そこで見ててください。直ぐに片づけます」

「あ、おい。待て!」


 そう言って狐娘は止める声も聞かずに敵の元へ向かい始めた。

 銀の閃光が洞窟の中に煌めく。

 

「速い」


 壁すらを足場として、炎狐たちとの距離をあっと言う間に詰めていく。

 

 始めてしまったものは仕方ない。

 ここは彼女の戦闘を分析しよう。

 

「そうだ、スマホ」


 マリオネットにそうしたように、俺はスマホのスキャンアプリで狐娘のステータスを取得する。

 

「種族……不明。レベルは1……凄いなステータスがマリオネットの五倍以上ある」


 だが何より目を引くのは――。

 

「限界レベル、120? 最上級モンスターでも100なのに!?」


 その規格外っぷり。

 だからこそ怖い。そんなモンスターが何故、自分の手元に?

 

 恐怖と困惑。それを置き去りにして狐娘は奔る。

 

 真正面からくる敵に対して一体が炎弾を放つ。


 正面からの攻撃を、狐娘も容易くかわした――しかしその隙にもう一体は狐娘の背後に回り込んでいた。

 挟み撃ち! シンプルだが有効な戦術。

 

 そこへ前後二体が同時に放つ炎弾。

 

 逃げ場がない。

 

 少女の姿がはじけ飛ぶ姿を想像して、背筋が冷たくなる。

 

「逃げろ!」

「いいえ――この程度」

 

 掌を口の前に広げて。ふっと息を吐く。

 その挙動だけで彼女の手のひらの上に小さな火球が現れた。

 

 それを乗せたまま狐娘がふわりと一回転する。

 袖がたなびいてまるでそう、戦いというより奉納の舞に近かった

 

 手と共に動いた小さな火が、炎弾に当たった瞬間一瞬で炎を飲み込んだ。

 

「火の化身たる私の前に、よくもそんな粗末なものを出せましたね」


 そう言って指先を一つ振るう。

 それだけで火球は炎狐の一体を巨大な火柱に変えた。

 

 炎には耐性があるはず。にも拘らず一瞬で燃え尽きた。

 残った一体がそれを見て脱兎のごとく走り出す。

 

「逃げられるとでも?」


 届くはずがない距離なのに。

 先ほどまでの会話とは打って変わった冷徹な声。

 

 全力で逃走していた炎狐を背後から追い付き、足刀一閃。

 回し蹴りで真っ二つにされた狐は光となって消えていく。

 

 ――だがそこで終わらなかった。

 

 背後から、重なる羽ばたきの音。

 振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは、ファイヤーバードの群れ。

 

 五羽。十の瞳が睨むのは俺の胴体。

 

 羽を畳み、炎を吹き出し突撃体制に入る。

 

「主様!」


 狐娘が叫ぶが遠い。

 彼女は早いが、ファイヤーバードの突進程ではない。

 

 身体に五つ、大穴が開く。

 その一瞬先の未来を予想した。

 

 死に瀕して、世界がスローモーションに見える。

 

 狐娘や、マリオネットの様に自前の動きで防ぐのは不可能。

 ならば、超常の力に頼るしかない。

 

 人差し指を真っすぐ前に。

 

 ただ一言。

 

「ウインドブラスト」


 加速し始めた群れの真ん中を突風が吹き荒ぶ。

 風に押し出されて、ファイヤーバードの軌道が逸れた。

 

 空くはずだった大穴は、俺の身体の縁を焼いていくに留まった。

 

「よくも!」


 世界の速度が戻ってくる。

 追い付いた狐娘が、拳でファイヤーバードを叩き落していく。

 

 今度こそ戦闘が終わった。

 

「……はぁ」

 

 荒い息を吐きだす。

 背筋を流れた冷たい汗が不快で仕方ない。

 

「主様、無事ですか!」


 その問いかけに、痛む腕を抑えながら言い捨てる。


「無事に見えるか?」


 怒鳴らなかったのは、その声で再度モンスターを呼び寄せたくなかったから。

 それ以外の理由がなかった。

 

「死にかけたっ。お前が指示を無視して勝手に突っ込んだせいで」


 どういうつもりだと、視線に込める。

 狐娘は視線を逸らしながら、答えた。

 

「……主様を守りたくて」


 ああ、そうか。

 俺は妙に納得してしまった。

 

「お前の言う守るっていうのは……遠ざけて守るって意味だったのか」


 感じた違和感の正体。

 そう、こいつは――主と言いつつ俺の事を何一つ認めてはいないのだと。

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