05 実証! 衝突ダンジョン
―――――――――――――――
9月3日 夕方 新学期4日目
☆2ダンジョン 10層
―――――――――――――――
緋鞠の様子がおかしい。
遂に☆1ダンジョンの最下層である10層を抜けて11層に到達するというのに、俺はそんなことを気にしていた。
「昨日……一昨日辺りから俺の顔を見るなり溜息吐いてくるんだがどういうことだと思う?」
「靴下左右別々の履いてるよ、だらしないなあとかー?」
フロアマスター戦を終えての休憩中。寝屋に相談してみたのだがこの適当な回答である。
「緋鞠に聞くのが早いと思う」
「いや、そうなんだけどさ」
「あの主様。思うのですが学校とやらが始まってから緋鞠様との会話が少ないのでは……?」
「え、そうか……?」
蛍火の言葉に俺は考える。
学校にいるときはそれぞれの友人と話すことが多いから確実に昼間の会話は減る。
放課後は……新学期始まってから寝屋とのダンジョンか。
そして帰ってからは……飯食って風呂入るまでの二時間くらいリビングで喋りながら過ごして……。
「少ないかも」
「二時間もみっちり会話しておいて……?」
寝屋が正気を疑う視線を向けてくるが大変遺憾である。
「主様達は暇さえあれば一日中喋ってましたよ」
「ええー? 仲いいねー?」
「普通だよ普通」
多分。義理の兄妹として普通のライン。
義理の兄妹、他に知らないけど。
「ありがとう蛍火。大事なことを見落としそうになっていた」
今日はもう少し長く会話をすることにしよう。
悩みが解決してよかったよかった。
「違うと思うけどまあいいやー。それより一つ気になってたんだけど」
「何が」
「緋鞠は魔力欠乏症ー?」
突然投げ込まれた爆弾に、俺は白を切ることもできず、誤魔化すこともできず。ただ固まってしまった。
「やっぱり」
「……なんでわかった?」
誰にも話をしていない。
俺も、緋鞠も。
当たり前だ。もうすぐ自分が死ぬかもなんて話、誰が出来る。
それを知った相手はどう思う?
「ここまでたくろーを見てたけど、魔石を使う気配がなかったのがひとつー」
喋りながら寝屋は指を立てる。
「緋鞠に探索者を隠す理由が変だなーって思ったのがふたつ」
その理由を聞いて俺は一先ず安心した。
緋鞠の様子が変というのが、もしかしたらそんな噂が出回っているからじゃないか。
そんないやな予感がしたのだ。
「寝屋、誰にも言わないでくれ。頼む」
「言わないよー。言う相手もいないしー」
ちょっと悲しい事を言いつつ。
「じゃあ11層、行ってみよー」
☆2ダンジョンの本番。
11層へと到達する。
辿り着いた瞬間に違いが分かる。
足先に広がっていく波紋……。
「水か」
明らかにダンジョンの地形からして環境が変わった。
さて、これはあたりかと思って寝屋の方に視線を向けると。
頬を紅潮させながら何やら計器を弄りまわしている。
「どこから出したのそれ」
「そんな事よりも拓郎! 見て。ここの数値。波形が途中からスパイクを起こしたのを境に周波数が明確に変わってる。これってつまり、別の属性同士がぶつかり合ったことで生じる物で――」
滔々と語り始める寝屋に俺はやや気圧されつつ。
「つまり?」
どうにかそれだけを息継ぎの合間に差し込んだ。
「まず間違いなく衝突ダンジョン!」
「おっけー。第一段階クリアだな」
それが分かれば俺には十分だ。
あとはそれがユニークモンスターに繋がっているかどうかだ。
どうにか最下層に行かずともユニークモンスターを検知できるようになれば上出来。
相手の種類まで分かれば最高だ。
そこまでできれば、俺はユニークモンスターに怯えずに緋鞠の為の魔石集めと、蛍火の母親探しに集中できる。
「取り合えず先に進むでいいか? 気になるところがあったら立ち止まるから」
「うん。探索はたくろーに任せる。私、戦闘もモンスター任せだからあんまり強くないし」
「おう、研究はそっちに頼りきりだからな。任せてくれ」
水を揺らしながら俺達はダンジョンを進んでいく。
「しかし洞窟みたいな構造に水が浸ってるっていうのは奇妙な感じだ」
「主様。この環境ですと私は少々弱体化する可能性が」
「マジか」
だが言われてみれば納得だ。
火を扱う上でこの水気はマイナスだろうし、単純な足場としても良くない。
動き回る蛍火にとっては良い環境では無いだろう。
「ん、うちのがーちゃんは逆に絶好調」
「亀だもんな」
歩くたびに広がっていく波紋に――別の波紋がぶつかった。
モンスターの感覚が無くても分かる。
敵だ。
「来るぞ。寝屋の二体を前に」
「おー」
ジャイアントビートルは俺達の側に。
☆2ダンジョンのモンスターだと運が悪ければ即死の恐れもある。
この辺りからは即フォローに入れるモンスターを一体控えさせておかないと。
水を揺らしながら姿を現したのは、巨大なザリガニ。
あまりこの辺りでは本来出ないモンスターだ。
「……知ってるか?」
「確かージャイアントクレイフィッシュ?」
この手の名前は最初の発見者が付けるらしい。
だから低ランクだとやたらそのまんまな名前が多いとか……。
しかし人間サイズのジャイアントビートルと、自動車サイズのジャイアントクレイフィッシュ……。
ジャイアントの幅が広すぎる。
「寝屋、一度退いてこの辺りで出そうなモンスターを調べてから出直すのもアリだと思うけどどうだ?」
水場で、ジャイアントクレイフィッシュが出るときの傾向。
恐らく組合のデータベースならばかなり絞り込めるだろう。
「たくろー。そこの壁。縞模様になってるとこ調べたい」
「話聞いてた?」
「聞いてた。でもそこ調べてからにして。次来た時に状況変化してるかもしれないから今見つけた時に調べたい」
衝突ダンジョンについては完全に寝屋任せ。
彼女がそういうのならば、必要なのだろうけど……。
「初見のモンスター相手に、いきなりこれか!」
足音を響かせて水しぶきを立てながら巨大ザリガニはこちらに突撃してくる――と見せかけて急制動。
そこから背を仰け反らせて――。
交錯する視線。
その動きは見覚えがあった。
「ウインドブラスト!」
相手の横っ面に、風の塊をぶつける。
次の瞬間、奴の口元から放たれる高圧の水流。
狙いを逸らしたお陰で被害に遭ったのは壁だけ。
「遠距離攻撃か。危なかった」
前衛二体の隙間を縫って、俺と寝屋を一気に射抜こうとしてきた。
ジャイアントビートルを寝屋の前に移動させて、彼女の頭を押さえつける。
「調べんのはいいから、頭下げてろ」
「やっぱり壁から計測できる魔力波形も途中から切り替わってる。理論通り。でもここだけ違うのはどうして……?」
聞いていないなこれ。
「蛍火! 今の水鉄砲を防ぐことを優先してくれ! 頭をなるべく壁側に向けさせろ!」
「はい、主様!」
「がーちゃんは水鉄砲で援護しつつ、俺達とザリガニの間に! あるくんは戻ってきて寝屋のフォローだ」
「言われたとおりにやってねー」
代わりにジャイアントビートルと俺をもう少し前に出して蛍火の援護をする。
「ねえねえたくろー。これ見て。もしかしたらダンジョンの魔力波形からもっと細かい事が分かりそう。もしかしたらユニークモンスターの……」
「後で! その話後で聞くから!」
戦闘開始前に早口なオタクみたいになるのやめて!




