25 クイーンアント
この周囲を取り囲む蟻たちに狙われる蛍火は休む間もなく動き続けないといけない。
その彼女が攪乱役となり、今回は俺達が主攻――と見せかけて本命の攻撃は違う。
神威限定解放。
ここに至れば温存の必要はない。
最大火力を以て、クイーンアントとその護衛諸共一気に殲滅する。
問題はあの長々とした詠唱だ。
少なくとも今みたいに動き続けている蛍火には無理。
ほとんど動かなくていい環境を作り出さないと。
フロストとスパイダーウェブは既に道中で使用済み。
ストレングスも使って残りは三つ。
最初の一手は――小細工も何もないパワープレイ。
「ウインドブラスト!」
ジャイアントビートルの背に空気の塊が吐き出される。
低空を飛翔していた重戦車の速度が更に上がった。
蛍火に纏わりつこうとしている蟻たちを数体纏めてひき潰しながらさながら銃弾の様に突き進む。
「いいタイミング、です!」
そのジャイアントビートルの背へ蛍火が飛び乗る。
一時的に俺の守りが無くなったが――問題はない。
こいつらは完全な盲目。フェロモン頼りの奴らだ。
何体もアリを倒して強い臭いを漂わせている蛍火やジャイアントビートルが近くにいればそちらに引き寄せられる。
下手に離れていると、戦闘の気配を感じてこの広間に集まって来た蟻に真っ先に狙われてしまう。
前に出るリスクと天秤にかけた時――俺は前に出ることを選んだ。
どちらも危険ならば、前に出た方が援護の精度が上がる。
同調も近い方が蛍火の事が伝わりやすいような気がしていた。
そして。
「ここに万物の根源は火であることを証明する」
蛍火が詠唱を開始する。
足を止めなければ詠唱できないのならば、移動する足場を、ジャイアントビートルを用意してやればいい。
彼女は最低限の迎撃のみ。
最大の戦力が数秒間沈黙する。
その隙を、蟻どもは見逃さなかった。
ジャイアントビートルの飛翔高度はそれほど高くはない。
あまり高くなると今度は俺の方に狙いが向いてしまうので、どうしたってあいつはアリたちに狙われてしまう。
「流転せよ、対立せよ、そして万象調和せよ」
群れの中から別の行動をするものが混じり始めた。
巣穴の工事などに従事する種類。
そいつらが一つの指示に従って構造物を作り出す。
次々と、石の柱や橋めいた物を。
そこへ上って、ジャイアントビートルの頭上からも攻撃を仕掛けてきた。
これは想定外。
こんな形で戦場を三次元に広げられるとは!
金剛身――ダメだ。一体を止めたところで次がない。
サンドストーム――視覚に頼らない蟻相手では、この目晦ましは十分に機能しない。
出来ることと言ったら――。
「避けろジャイアントビートル!」
そんなありきたりな指示だけ。
目一杯、ジャイアントビートルが軌道を変えて奇襲を避けようとする。
だが敵の方が一枚上手だ。
急旋回しようとした先に構造物を置いて逆に速度を緩めさせてきた。
その隙が奇襲を完璧な物とする。
上からの攻撃に蛍火は目を剥き、拳で叩き落す。
同調で感じる。
神威限定解放を使う時、蛍火の中では無茶苦茶に暴れまわる力を押さえつけるような感覚があった。
内面でそんな状態の時に、身体を動かすのを強いられると、ふとした拍子に力を押さえつけるのが緩みそうになる。
多分、これが緩んだら詠唱は失敗する。
その直感が俺の中にあった。
「絶えず変わりて!」
二体目を蹴り倒した辺りで、その力が蛍火の腕の中から逃れそうになる。
表情でも同調でも焦りが伝わってきた。
暴れるな!
そう念じて気付く。
彼女の中で暴れまわる感覚。
それは同調している今。俺の中でも暴れまわる感覚だ。
俺でも抑え込める。
その力は多分微々たるもの。
全体重をかけて抑え込んでいるところへ腕一本助けたようなそんなレベル。
「世界を成せ!」
だがその僅かな助力で持ち直した。
想定外の奇襲を全て振り切り。
女王の頭上へと舞い降りる。
「神威限定解放」
ここで俺は脇目も振らずに逃走を始める。
ぎりぎりまで援護しようと留まり過ぎた。
蛍火の中でも焦りの気配があるが――。
「撃て、蛍火!」
「狐の婚、天気雨!」
クイーンアントを中心に炎の雨が降り注ぐ。
一発一発が常の蛍火の炎よりも強力。
巨大な女王に数発突き刺さり炎の華が咲く。
更にその周囲の護衛達には過剰火力。一撃で数体が消し飛んでいく。
その仲間入りをしない為に、俺は全力で走る。
が、ごっそりと魔力を抜かれた倦怠感。
手足の先の感覚が鈍く――今踵を炎が舐めた。
背後からの熱とは裏腹に背中には冷たい汗。
「主様!」
それを救ったのは蛍火の足場という役目を終えたジャイアントビートル。
炎を掻い潜って俺をピックアップし範囲外まで連れて行く。
同調した意識の中で俺と蛍火の安堵の息がシンクロした。
疲労を滲ませる蛍火が俺の横へ着地する。
「粘り過ぎです主様。巻き込むかと思いました」
「すまん。次はもうちょっと早く離脱する」
「できれば主様が敵の中に突っ込むこと自体を避けたいです」
「それは今後の相談で」
軽口を叩きながらも蛍火の視線は炎の中に向いている。
俺もまだ、残り二つのスペルリングを使うタイミングを伺っている。
ダンジョンマスターの気配はまだ消えていない。
空気の抜けるような鳴き声と共に、ボロボロになったクイーンアントが炎から飛び出してくる。
途端鼻に突く悪臭――恐らく、この階層中にいる蟻を呼び寄せるフェロモン。
地鳴りの様に、一斉に動き出した足音が近づいてくる。
しかし手遅れだ。
「蛍火!」
声をかけるよりも早く蛍火が前に出る。懐に潜り込んでからのハイキック。
ボロボロになったクイーンアントの頭部を、まるでボールの様に蹴り飛ばす。
「頭が無くても動くぞ!」
俺の警告通り、胴体だけになったクイーンアントが襲い掛かる。
分かっていると蛍火は頷き。
「これで終わりです」
露になった食道へ立て続けに炎弾を叩き込んでいく。
徐々に腹部が膨れ、そして爆発と共に弾け、光となっていく。
広間を埋め尽くす燐光と、消えていく臭い。
シンと静まり返った広間の中に、小さな何かが落下した音。
倒した。
そう理解するよりも先に走り出していた。
落下音のした場所。
ダンジョンマスターのドロップアイテム。
魔石は?
魔石は落ちたのか?
地面に落ちていたのは三つ。一つは影になっていてよく見えないがもう一つはリング。
そして最後の一つが魔石。
大きい。
持ち上げれば確かな重量感。少なめに見積もっても、30グラムは下らない。
「いっよしっ!」
硬く拳を握りしめる。
広間に響く程の声。
自分からこんな大声が出るとは信じられなかった。
それだけの喜び。それだけの達成感。
「届いた! 100グラム集められた!」
そこで頬を涙が流れていることに気付いた。
興奮なのか、歓喜なのか。
感情の昂ぶりで泣くなんて経験がなかった。
「これで緋鞠を助けられる……!」
俺が助ける事が出来る。その証明がここに出来た。
「おめでとうございます、主様」
「ありがとう蛍火」
感情の第一波が過ぎ去ると、気になるのはもう一つの目的――蛍火の母親についてだ。
「蛍火の方は何かないか? 前みたいに記憶が戻ったとか」
「いいえ、特には……」
「ここじゃないって事か……?」
蛍火の目的は空振りだったのか? いや。
「あったぞ、手がかり」
影に隠れて見えていなかったドロップアイテム。
それは何時か見た物と同じ――炎のように赤い石。
蛍火が契約石と呼んだアレだ。
恐らく、これが何か母親に繋がる筈。
そう思って手を伸ばして。
指先が触れた。
「――え?」
その瞬間俺は別の場所に立っていた。
先ほどまでいた10層ではない。
真っ白な、何もない空間。
まるで転移門を潜った時の様な場面の切り替え。
「蛍火、ジャイアントビートル!」
ここまで来た相棒たちの姿もない。
周囲を見渡して視界に入ってきたのは――。
「緋鞠?」
幼馴染にして義妹の様な後ろ姿だった。




