24 10層
「あれ、9層までと同じですね」
10層に降り立って早々、蛍火が辺りを見渡してそう言った。
「おかしいな……最下層はダンジョンマスターに特化した領域になるって聞いてたんだけど」
つまり、1層丸ごとダンジョンマスターとなったモンスターを支援するための場所となる。
その環境そのものもダンジョンマスターの一部と言える……ってのが先輩方の経験談。
その筈なんだけどな。
「転移門は……動かないか」
ここもフロアマスターと同じ。
閉じ込められる範囲が広間から階層に変わっただけ。
「ちゃんと最下層みたいだけど変だな?」
そう考えていると、通路の向こうから足音。
「いきなり来ましたね」
「この通路のサイズで動けるってことは割と小型か?」
ここまでのフロアマスターは全部巨大化していたからそういう意味でも違和感。
「蟻型です! 仕掛けます主様!」
「ああ! ……いや待て! 全力は出すな!」
一つの可能性に思い至って俺は咄嗟に指示を出す。
同調していてもつい口に出してしまう。
通路の暗闇から姿を現したのはアリ型のモンスター。
しかしそのサイズは……一般的な通路に出現したモンスターよりもやや大きいが、やはりフロアマスターには及ばない。
同調していれば、蛍火の感覚も伝わる。
攻撃した際の手ごたえも。
徒手での一撃。
それで蟻型の甲殻が凹む。やはり、フロアマスターと比較しても弱い。
ジャイアントビートルの体当たりで容易く吹き飛ばされ、その距離を一瞬で詰めた蛍火の飛び蹴りが胴体に突き刺さり消滅していった。
――その消滅現象がいつもと違う。淡い光なども無く煙のように消えていく。
後なんか……変なにおい。
「主様、これは……」
「多分召喚体って奴だな。ここのダンジョンマスターの正体が分かったぞ」
このフィールドと、今の蟻。その二つを重ね合わせれば見えてくる。
「女王蟻型モンスター……クイーンアントだ」
厄介な奴が出てきたと俺は舌打ちする。この迷路こそがダンジョンマスターに特化した領域、アリの巣だったのだろう。
虫型が出てくるという事で、低ランクのダンジョンに出現する虫型モンスターの情報は目につく物は仕入れてきた。
その中でもクイーンアントの厄介さは群を抜いている。
「こいつは、延々と自分の配下の蟻を生み続ける。女王を頂点とした群れを作るモンスターだ」
「つまり女王を倒せば私たちの勝ちですね……何時もと一緒では?」
「そう、実はいつもと一緒。問題は、その女王がどこにいるか分からないってことだ」
通常の階層探索なら、その階層の中心を目指せばフロアマスターに辿り着く。
だけどここのクイーンアントにはそのような制約がない。
この広い階層のどこにいるのやら。
「9層の広さを考えると、10層もそう大差ない……だけど俺たちは退くことが出来ない」
10層からの脱出は不可能。
その状況下で10時間近い探索をするというのは、かなり危険だ。
「オマケにここがアリの巣だから、あいつら通路を増やしたり潰したりしてくる。最悪、どこにいるかもわからなくなって迷子で終わりだ」
これが通常のモンスターだったら、即座に女王狙いで潰せるんだけどな。
「あともう一つ。見つかったらどうしようもないんだけど」
「まだあるんですか?」
「残念ながら。敵を倒すとフェロモンをばらまいて、その匂いを辿って他の蟻も大量に来る……連戦になるぞ」
そう言った傍から、複数体の蟻が通路の向こうからやってきた。
「極力温存しながら戦ってくれ! 俺の援護も最小限だ!」
「分かりました!」
幸い、一体一体はそれほど強くはない。
だけど無数に隙間なく来るようだと疲労が蓄積していく。
明らかに通常の探索よりも戦闘量が多くなる。
それに、ダンジョンマスターとして強化されたクイーンアントの蟻たちの総数。それが幾つになるのか分からない。
通常でも100を超えるというのだからどんなに少なくてもそれを割る事は無い。
やはり、何か女王を早く見つける方法を考えないと。
「主様! 少し強いのが居ます!」
言葉通り、一回り大きな蟻が通路を埋めるようにして進んでくる。
あれは不味い。蛍火やジャイアントビートルでは止めきれないかもしれない。
「炎を使え! 援護する!」
一度相手を押し返さないと、こちらが押しつぶされる。
蛍火が打ち出した炎。そこへ一つのスペルを合わせる。
「ウィンドブラスト」
炎が風によって攪拌される。
勢いを増し、火炎旋風さながらの勢いで通路を直走る朱色。
そんな炎の渦に飲まれて今通路にいる蟻型は一掃できた。
また、鼻を刺激する不快な臭い。
「この臭い、蟻のフェロモンか……?」
「滅茶苦茶臭いです。最悪です」
同調している今なら、蛍火の感じている臭いも分かるかもしれない。
なんて好奇心を出したのが良くなかった。
彼女の嗅覚とも同調してしまい――途端に感じた人間の限界を超えた臭いに鼻を抑えてのた打ち回る。
「なんだこれ!」
「主様、大袈裟ですよ」
「いや、大袈裟とかじゃないぞこれ」
蛍火の感覚の鋭さを舐めていた。
これは下手に同調すると人間との差で俺がダメージを受けてしまう奴だ。
あまりに複雑で重層的な臭いの暴力。
「……蛍火。お前は今の臭い嗅ぎ分けられるのか?」
「はい。なんか変な臭いが複数ありますね」
「地面から感じる臭いを辿れるか?」
そう。臭いでアリは動く。
今は敵対フェロモンに釣られてきている。
だけど普段は?
「少々お待ちを……行けますね」
「先導してくれ。多分、その先に女王が居る」
2時間、蟻の巣穴を駆けて。
無数の蟻を蹴散らして。
「臭いが強くなってきました! 近いです!」
「今のうちにこれを飲んで!」
走る蛍火に飲みかけのポーションを渡す。
これで残りは一本。
高かっただけあって、疲労感が大分抜けた。
「居ました! 奴が臭いの集積点!」
「女王蟻……クイーンアント。奴で終わりだ、全力で行こう!」
丁度、フロアマスター達が居たような広間。
その中央にいる一際巨大な蟻と――その周囲を固める数十体の蟻。
比較にならない存在感、あれがダンジョンマスターだと、誰に教えられずとも理解した。
「ジャイアントビートル、前衛だ! 今のお前なら、あいつら如きには倒されない!」
レベル10に到達したジャイアントビートルの防御力は、かつてのフロアマスターを彷彿とさせる域に達した。
角を振り回して、蟻を投げ飛ばし道を切り開く。
その後ろを蛍火が続き、俺がその後を追いかける。
「主様、離れないでくださいね!」
この陣形を決めるまでに蛍火には散々に反対された。
危険すぎると。
だが、この数を蛍火一人で戦うのは難しい。
バシリスクの時の様に蛍火一人を送り込むというのも考えたが……恐らく今回は女王を狙ったら他の蟻は全て蛍火に殺到する。
そうなった時に俺たちは分断された状態での戦いを強いられてしまう。
だったら一丸となって進む。そちらの方が確実だと説き伏せた。
戦車の様に進むジャイアントビートルへ、6層で手に入れたスペルリングを使用する。
「ストレングス!」
シンプルな、筋力強化の魔法。蛍火に使うよりも、元々力のあるジャイアントビートルへ使う方が効果的。
複数の蟻の力と真っ向勝負しても、力負けしない。
強引に蟻の壁を突き崩して――女王へと肉薄した。
「行け! 蛍火!」
俺たちの視線が交錯した。
同調で意思を伝えるまでもない。
お互いに、ここでやるべきことは分かっている。
「はい!」
ジャイアントビートルを足場に、蛍火が一段高く跳躍。
空中で一回転しながら踵落としをクイーンアントの脳天へと叩き込む。
案の定、すべての蟻が一斉に蛍火へと矛先を向けた。
「蛍火に集中しているあいつらを、横から突き崩していくぞ」
ジャイアントビートルへそう指示を出し、俺も残りのスペルリングを準備する。
ここまでの道中で二つ使ってしまった。
残りは4。
ジャイアントビートルを盾に、俺自身も蛍火を援護すべく蟻の群れへ身を投じた。




