22 変なダンジョン
炎狐を倒し、階層を進み始めて約三時間。
「この層もか……」
ふとあることに気が付いて俺は足を止めた。
「どうしましたか主様」
「湿度が変化してる」
というと蛍火は怪訝そうな顔をした。
「……?」
「段々と中心に近づくにつれて、湿気が増えてるだろ?」
「そうですね?」
それの何がいけないのかという蛍火の顔。
「五層もそうだった。それでこの辺から……」
と喋っていると通路の先から響く羽音。
それも日常でも聞くような類のこれは――。
「蛍火! 炎を撃ちだせ!」
「はい!」
通路を炎が奔る。
羽音が止んだ。
「……何だったんですか今の?」
「多分、蜂だな」
そう言いながらジャイアントビートルを先頭に進む。
少し先の通路には瀕死で痙攣している巨大な蜂型モンスターが二匹。
「直撃したわけじゃないのにどうして……」
「蜂は熱に弱いんだよ。だから掠めただけでも致命傷だった」
とはいえ、一撃でここまで追い込めたのはレベルアップした蛍火の力。
レベル5になったことで、確実に炎の威力も当人の速度も上がっている。
瀕死の蜂はジャイアントビートルで止めを刺す。
「魔石、また落ちませんね。申し訳ございません」
「蛍火のせいじゃない」
この6層に来てから手に入った魔石はたったの1グラム。他のドロップもない。前回の五層探索とは偉い違いだ。
蛍火がレベルアップしたことでこの辺りは適正から外れつつあるのだろう。
暑くも無いのに手のひらに汗をかく。
「とはいえ、本当は☆1ダンジョンって適正レベルは10から15位って話なんだけどな」
その辺りが魔石も落ち、戦闘も効率よく行けるレベル帯らしい。
レベル5の蛍火はそれを超える戦力という事だ。
喜ばしいと同時に心配もあった。
フロアマスターからも魔石を落とさなかったらどうするか。
そうなってしまったら今の蛍火の適正なダンジョンは☆2。
今のFランクでは入場できないダンジョンだ。
昇級はそんなに直ぐに出来ないので、かなり厳しい事になる。
これについては行ってみて試すしかない。
「話が途中でしたが、湿気が変化することの何が問題なんでしょうか?」
「今蜂型モンスターを倒しただろ?」
この熱に弱いモンスター。
「最初は炎系で途中から熱に弱い虫系。モンスターの傾向がガラッと変わりすぎてるんだよ」
「そうですね?」
イマイチ蛍火はピンと来ていない模様。
「基本的にダンジョンってそれぞれで傾向があって、更にその中でも層毎に傾向がある。なのにこのダンジョンはチグハグだ」
その違和感。
そういう物だと前回は流してしまったが、間引き作戦の休憩時間などで他の探索者から話を聞いた限りそんな事は無い。
ダンジョンが二つ重なっている? まさかな。
「兎に角、気を付けて進んで欲しい……ごめん、かなりふわっとしてるなこれ」
「いえ、意味は分かります。些細な異変にも気を付けるべしという事ですね」
その後も数回の戦闘を挟み、マッピングをしながら歩き続けて。
そうして辿り着いた6層の中央――フロアマスターの広間への扉。
ここまでのタイムは凡そ4時間半。
予想通りの結果だ。
「よし、ちょっと休憩しよう」
ここまでの戦闘で使用したスペルリングが全て使用可能になるまで待つ。
その間水を飲んで、俺達も休憩する。
5層もそうだったが……傾向が変わるだけで特にダンジョンとして異常はなかった。
少なくとも間引きダンジョンの時の様に群れを構成するような奴がいる訳でもない。
「考え過ぎかな」
あまり、余計な事に気を取られ過ぎているのも良くない。
――もしもここでフロアマスターからも魔石が落ちなかったら。
暗い病室で最後に見た緋鞠を思い出す。
不安を押し殺して笑みを浮かべていた彼女を。
頭を振って、その姿を振り払った。
「蛍火。ここからは同調を使うぞ」
探索中は殆ど使う必要が無かったのと、不意打ちで俺がダメージを負うリスクを考えて使ってはこなかった。
だがフロアマスターは間違いなく強敵。
温存する理由はない。
「はい。どうぞ」
と言っても俺もすぐにつなげる訳じゃない。
目を閉じて集中して……前回の様にフォローしてくれる人がいないと、戦闘中にやるのは無理だな。
多分これは練度不足。
雷蔵は鵺を召喚して即座に同調していたのだから。
「……繋がりましたね」
「ああ」
頭の中で、右手上げてと蛍火に伝えてみる。
声を発することなく、しかし蛍火に指示は伝わった。右手を挙げている。
「これは蛍火にはどう聞こえてるの? 普通に耳で聞くような感じ?」
「いえ、何というか……雰囲気?」
「……もう少し複雑な指示が通るか試してみるか」
最終的には適当なアニメのダンスを踊らせることまで出来た。
どうやら声だけではなく俺が頭の中で考えたイメージも伝えることが出来るらしい。これは凄い。
「ジャイアントビートルには……無理か」
もう一体のモンスターとも同調しようとしたのだがそちらは上手く行かなかった。
考えてみれば俺が同調できていたのはマリオネットに蛍火。
どちらも人型だ。
近しいから割と簡単に同調できるようになったのかもしれない。
「よし、行こう」
扉を潜れば、背後で鍵がかかる音。
そして広間の中心にいるのは――巨大バッタ。
サイズ的には5層のジャイアントビートルと同じくらい――つまり、トラック並みにデカい。
こちらを見た瞬間、その発達した足で大きく跳躍した。
「避けろ!」
地面に落ちる影が大きくなる。
ドシンプルに、自らの自重でこちらを潰しに来た!
蛍火は俺を抱えて避けることが出来た。
しかしそこまでの機動力もなく、意志の伝達も遅れたジャイアントビートルは直撃だ。
土煙の中に飲み込まれていく。
あの巨体に押しつぶされたら無傷ではいられない。最悪、今にも召喚石が砕けるかもしれない。
そう思って見ていると巨大バッタが苦しむように身体を震わせた。
「……すご」
支えている。
角のただ一点で落ちてきた巨体を支え、堪えていた。
即ち、必殺のボディプレスがただ一転に威力を集約してカウンターを受けたような物。
思わぬ反撃に巨大バッタが怯んでいるのが分かる。
これは思いもよらぬチャンスだ。
バッタの機動力の要。あの足の片方を奪えれば奴の戦闘力は激減する。
その意思が伝わったのか。蛍火が俺を置いて飛び出す。
飛び蹴りが脚の付け根へと叩き込まれた。
再び、跳躍しようとするバッタに、俺は指先を伸ばして一言。
「スパイダーウェブ」
飛んだ。しかし一瞬で地面へと戻される。
床と足を繋いだ短めの蜘蛛の糸。
引きちぎることもできず、しかし期待した軌道を描くこともできず。
伸びきった糸に引っ張られて、無防備に落下する。
そこへ蛍火の追撃――連続した炎弾と、掌底。
その中で俺ももう一つ。
「フロスト」
地面に落ちた奴の胴体と床を凍り付かせて起き上がるまでの時間を伸ばす。
剝がれた瞬間に金剛身を使う準備は出来ている。
止めとばかりに広間に響く翅の音。
低空を飛翔しながら角を前に突き出すのはジャイアントビートル。
動けないところへ最高速度での体当たりまで重ねられて、遂にバッタの脚は捥げた。
「まあうん。バッタにしては持ちこたえたと思う」
あいつらの脚、ほんと取れやすいから……。
5層の苦戦が嘘のように。
6層の攻略は完了した。
「魔石は……10グラムか」
それとスペルリングが一つ。
やっぱり前回よりも減っている。
このペースでは9層までの攻略で凡そ45グラム。
飛ばしてしまった1~4層を足して、ダンジョンマスターまで倒せればギリギリ100グラムには届く、はずだ。
届いてくれと祈るような気持ちで、俺は7層の転移門を潜った。




