21 いざダンジョンへ
駅前でタクシーを拾い、緋鞠を病院へ。
色々とあったが、最終的に主治医の判断で緋鞠は一晩入院することになった。
緋鞠の部屋から着替えなどを取り出す際に――いつの間にか彼女の服が減っている事に気付く。
そんなところでも、終わりを意識していた。
その事を突き付けられた。
空になった手を、硬く握りしめる。
こんな覚悟、台無しにしてやる。
そして日付が変わりそうな頃。
一人家に帰り。
スマホから無理やり登録させられた番号を呼び出す。
続くコール音。それでも辛抱強く待ち。
『おーなんだ藤島あ!』
明らかに酔っ払っている感じの雷蔵の声に、ちょっと電話したことを後悔した。
「こんばんは、雷蔵、さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
『なーにが雷蔵さんだ! お前散々――』
ろれつの回っていない声にやっぱ切ろうかなと思い始めたところで。
『で、何の用だ?』
「率直に聞きたいんだけど、今の俺でダンジョンの攻略が出来るかどうか雷蔵さんの見立てを教えて欲しい」
しばしの沈黙。電話の向こうでわりい、席を外すという声が聞こえてきたのでどうやら誰かと飲んでいたらしい。
邪魔をしてしまったな……。
『何でいきなりそんなことを聞いてきた?』
「ちょっと緊急で魔石が欲しくて。100グラム位」
『欠乏症か』
数を聞いただけで何に必要なのか一瞬で見破られたのは雷蔵の経験値か。
それとも、意外と探索者にも多いのか。
身内に魔力欠乏症がいるのは。
「一番効率が良いのはダンジョンの完全攻略だって聞いた。だからそれが出来るかを知りたい」
『……贅沢を言えばサポートか遠距離攻撃が出来るモンスターが欲しい。だがあの狐っ娘は優秀だ。ダンジョンの相性が良ければ攻略できるだろうよ』
「分かった。ありがとう」
『だがまだ基礎の固まっていねえ新人がダンジョン攻略目指すのは生き急ぎ過ぎだぞ』
以前と同じ様に、急ぎ過ぎるなという警告。
何だかんだ口が悪いけど、新人に気を使ってくれていた。
「ありがとう。でも、今やらないといけないんだ」
そう言って電話を切る。
そう、今やらないといけない。
緋鞠に示さないといけないのだ。
俺が魔石を稼げるのだと。
ここが、終わりじゃないと。
同時にこれが無謀な賭けであってはいけない。
がむしゃらに勢いだけで進むんじゃない。
これからも繰り返しダンジョンの攻略が出来るのだと示す必要がある。
必要な物を考える俺に、人型へ戻った蛍火が寄ってくる。
……緋鞠が居ないからまあいいか。
「主様。雷蔵とやらが言っていた同調、の事で」
「やめろ、っていう話か?」
「はい」
蛍火のスタンスからすれば当然だろう。
最初に出会った時から俺を守るというその立場は崩していない。
「だけどあれは強力な武器だ。蛍火と同調している間は、蛍火の速度に俺はついていける。戦闘の事前準備だけじゃなくて戦闘中にも連携が取れるのは大きい」
「それは分かります。ですが多用は危険です」
有用性は理解しつつも、やはり多用はすべきでないと蛍火は言う。
「私自身、大きなダメージを受けないように努めていますが、万一大ダメージを負ったら主様も行動不能になる」
「共倒れって事か。でも蛍火がやられるような敵相手に、俺一人じゃ逃げ切れないぞ」
今の最大戦力は間違いなく蛍火。
その彼女がやられた状況では俺が動ける動けないの話はその後の状況に影響を与えるとは思えない。
「それよりも俺がサポートした方が勝率高くなるんじゃないか?」
「いいえ。今は我らが陣営はジャイアントビートルが居ます。今日の探索で更に増えるかもしれません」
それも確かに。
「そうした時に私という一戦力が倒れた時に全体が機能不全になるのは避けたい」
「むむ……」
一理ある。
俺が今のスタイル――司令塔を突き詰めていくならばチームの一員が倒れてもチームは崩さないようにしないといけない。
結局のところ、上手く行く確率を高めるか失敗した時のリカバリーを厚くするかという話だ。
「……いや、今回は積極的に使う」
少し考えて俺はそう結論を出した。
「少しでも勝利の可能性は上げたい」
「しかし――」
「それに」
俺の眼を見た蛍火が一瞬怯んだ。
「ここで俺が生き延びても、緋鞠を助けられないなら意味がない」
「わかり、ました。ならば全霊を以て私が主様をお守りします。そして緋鞠様も」
「お前、緋鞠からイモ貰って滅茶苦茶喜んでたもんな」
冗談めかして言ってやると蛍火は頬を染めて反論してきた。
「あ、あれは獣状態だとちょっと知能が落ちるというか……本能に忠実というか……い、イモをくれるからというわけではありません!」
「分かってるよ。俺達で緋鞠を助けよう。それに今回は蛍火の目的も一つ達成できるしな」
ダンジョンの攻略。つまりそれはダンジョン最深部のダンジョンマスターを倒すという事。
そして、蛍火の母親の数少ない手がかり。そこについても何か進展があるかもしれない。
「ではダンジョンの攻略を?」
「ああ。ベテランの雷蔵から見ても目はあるって話だ」
ここでもしも無理、と言われていたとして立ち止まるしかなかった。
「だったら、挑む価値はある」
その俺の言葉を聞いて蛍火は少し安堵した様だった。
「良かった。ちゃんと考えた末の結論ですね」
「……正直焦ってるのは自覚あるから変なこと言ったら止めてくれよ?」
「ええ、もちろん。主様が聞いてくれればですけどね?」
先ほどの仕返しとばかりに冗談めかして笑ってくるので、俺としては頭を下げるしかない。
うん、大丈夫。
こうやって笑うだけの余裕はある。
「しかしダンジョンの突入は制限されているのでは?」
別に入り口を封鎖されているわけじゃないが、後でバレると厄介なことになる。
とはいえその心配もない。
「大丈夫だ。丁度今日付が変わった……今日から規制解除だ」
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8月16日 早朝 探索者8日目
☆1ダンジョン、第6層
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五時間ほど眠って、夜明けとともにダンジョン攻略を開始する。
「5層から引き続き迷路構造か」
「その様ですね」
前回は落下のせいで階層の途中から開始だった。
それでも突破に2時間以上。
「下層に行けば行くほどダンジョンは広くなるっていうし、この層は5時間は見ておいた方が良いだろうな」
「では、残り五層で……長期戦になりますね」
ジャイアントビートルを呼び出しながら蛍火の問いに頷く。
☆1ダンジョンは概ね10層が最深部だ。
半分ショートカットできたのは運がいいのか悪いのか。
「まずはこの層を攻略しよう。で、一度外に出て休憩だ」
ダンジョン内で三日……四日は過ごすことになる。その為の準備もしないとな。
まだこの時間帯だとコンビニくらいしか開いていない。
リュックに詰めたペットボトルにカップ麺。チョコバー。
前みたいに最悪落下したとしても、1つの層を攻略する位までは持つ。
ぼろくなった作業着も最低限の防具代わりにはなるハズ。
「……いやマジでやっててよかった間引き作戦」
軍資金が無ければ完全に詰むところだった。
本格的な準備は店が開いてからだ。
「主様、前方から敵……二体です!」
見れば出てきたのは見慣れた炎狐。
以前は恐ろしかった姿が、あの間引き作戦の波めいた群れを見た後だとそこまで怖くはない。
「ジャイアントビートルで様子を見る。蛍火は最初遠距離から攻撃で消耗を抑えてくれ!」
二体が簡易な陣形を取りながら前に進む。
その背を援護すべく俺は指先を伸ばして炎狐を指した。
「フロスト!」
氷結が相手の炎を一瞬打消し、出鼻を挫いた。
「いけ!」
何が起こったのか分からないと混乱している炎狐へ、うちのメンバーが襲い掛かった。




