02 未踏破ダンジョンへ
この怪しげな石を緋鞠に見つかる前に隠そうと思ったのに……。
「拓郎。ポケットのふくらみ何?」
目を覚ました緋鞠にあっさり見つかった。
ポケットに入れておいたのに。
「いや、何でも――」
「はい、隙あり―」
さっとポケットに手を突っ込まれた。
「む……上手く取れない……ちょっと拓郎動かないで」
「いや、お前どこ触ろうとしてんだ!」
足の付け根辺りを、細い指先の感触が襲ってくる。
引き剝がしたいが……力任せだと怪我させそう。
肩とか細くて折れそうだ。
対処に困っている間に、遂にお目当ての物を探し当てた緋鞠がポケットから手を引き抜いた。
何か起こるのではないかと咄嗟に奪い返そうとしたが――特に緋鞠に変わった様子はない。
「お前余所でそんなことすんなよ」
とりあえず様子を見よう。
「拓郎にしかしませーん。なんだろこれ、宝石じゃないよねえ」
赤い石を手に緋鞠がそう呟く。
「緋鞠にも心当たりは無いのか。お前昔集めてただろ?」
「私のじゃないよ」
とりあえず、緋鞠のコレクションではない事は確定した。
となるといよいよ突然家の中に出てきた怪しげな石という事になる。
「これ、俺が貰ってもいいか?」
そう言いながらさりげなく緋鞠から取り返す。
変わった様子は……やはりない。
「うん。でも何に使うの?」
ちょっと答えに詰まった。
探索者になったことはまだ知られたくないし……。
「……ちょっとクラスメイトに詳しそうな奴いるから聞いてみる」
「ああ、あの人」
幸い嘘は気付かれなかったらしい。
お互いに、こうやって隠し事をしているのが滑稽だ。
翌日。
今日もダンジョンへ……行く前に昨日の反省会だ。
昨日の最大の問題はモンスターとの遭遇数の少なさだ。
多少奥に進んでもそれは同じ。
取り合いになっている。
「やっぱり人の居ないところに行くしかないか」
スマホで探索者組合のアプリを立ち上げる。
登録の際にインストールした物が早速役立つ。
現在この周辺で出現中のダンジョンのリストをスワイプ。
「これは……ダメだ。遠い」
狙っているのは☆1のダンジョン。
つまり最低ランク。
その中でも管理外ダンジョンに絞る。
「大げさな名前だけど要するに、出現したばっかってことか。マップデータなし、巡回無し、っと」
説明を読むとリスクだけだが――手付かずならば貴重なアイテムなどが眠っている可能性もある。
と探していたら、丁度いいのを一つ発見。
迷わず確保。三日間の占有。
「よし」
思わず笑みが浮かんだ。
三日間だけなら組合からのノルマがない。
ここでがっつり魔石を稼ごう。
とはいえ……危険度は上がる。
「出てくるモンスターはこの辺だと傾向固まってるからな……」
火属性が多い、というのがこの近辺の特徴。
火狐がその代表格。
「火……」
あの石が炎の様な揺らぎを見せるのはそのせいなのか?
この辺でよく出る低ランクのモンスターの情報を頭に叩き込んでいく。
マリオネットでどれだけ有効な対策を打てるかは別としても、初見で慌てることは減らせるはず。
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8月11日 朝 探索者四日目
☆1ダンジョン、第一層
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「……試してみるか」
俺は、予約したダンジョンの入り口で呟く。
ダンジョンで手に入るアイテムは例外を除いてダンジョンでしか使えない。
試すなら、自分にとっての万全を取れる今だろう。
背後にはダンジョンの入り口――宙に浮かんだ黒い虚無。
いざとなれば倒れこんで直ぐにダンジョン外へと逃げることが出来る位置だ。
ここならば、この赤い石が予想外の事態を起こしてもすぐにダンジョンの外へ逃げられる。
同時に、ダンジョンの外への影響も抑えられる。
召喚用の腕輪に赤い石を嵌めた。
マリオネットの隣。
「変化なし、と」
石にもブレスレットにも。
「他に何か――」
自分があれこれ理由を付けて、最後の一歩を踏み出そうとしていないことに気付いた俺は、弱気を振り払うように首を振る。
もしかしたら緋鞠を救う助けになるかもしれない。
それだけで危険を冒すには十分だ。
震えそうになる喉に鞭を入れて叫ぶ。
「召喚!」
魔法陣は――一つ。現れたのは見慣れたマリオネット。
赤い石は……変わらず。
「ふう……」
一先ず最悪の事態……いきなり爆発するとかそういう事が無くてよかった。
結局正体は不明。
「切り替えよう」
そう口にして、僅かな落胆を捨て去る。
石を外そうと指で摘み。
「熱っ!」
感じた鋭い熱に、思わず手を離した。
「なんだ、この熱……」
先ほどまでの人肌めいた温度とはまるで違う。
火傷するかと思うほどの熱。だが、腕輪越しには何も感じない。
緋鞠も調べている時そこに疑問を抱いている様子はなかった。
つまり俺以外にとっては正真正銘ただの石。
……俺にだけ反応している?
捨てるべきか。
何度も頭を過った選択肢が再び蘇る。
明らかに普通じゃない。
だからこそ。
「賭ける、か」
それに。
「緋鞠の鼓動と同じだと思うとそんなに怖くは感じないんだよな」
人に聞かれたらシスコンと言われても全く否定できない。
一先ず石の事は放置しておこう。
しばらくして触ってみて……まだ熱を持っている様だったらその時はその時だ。
それに、一度捨てたらもう二度と手に入らない。その予感がある。
俺はリュックから作業服を取り出して着替える。
熱と刃物に強いと聞いて買った。
もう一着。マリオネットに同じ物を着せる。
むき出しよりは……多分防御力が上がるハズ。
これでもう財布はすっからかんだから役に立って欲しい。
ダンジョンを探索していると予想通り火狐が多い。
その次がファイヤーバード……火の鳥だ。
ヒヨコめいた連中で、小さく、それでいて炎を纏って突撃してくるからなかなかに厄介。
だがしかし。
突進してくるファイヤーバードを、マリオネットが蹴り上げる。
宙に浮いた鳥を、サッカーボールの様にボレーシュート。
その一連の流れを、俺は――マリオネットの視界で見ていた。
時間差で突撃してきていたもう一匹へと叩きつける。
「そこっ!」
二匹纏まった所で追撃の左ストレート。
壁と拳に挟まれた二匹のファイヤーバードは淡い光に包まれていく。
「今俺完全にマリオネットになってなかったか……?」
動きの一体化どころじゃない。
あの一瞬、俺はマリオネットだった。
自分とモンスターの区別がついていなかったように思える。
「どうなってるんだ、俺」
己の変化に戸惑っていると、気付いた。
倒したモンスターの光が消えていない。
いや、寧ろ消えるどころか強まっているのが分かる。
それに呼応するようにブレスレットからも強い輝き。
眩しさと同時に肌を焼くような熱風。
咄嗟に、マリオネットを操り、盾とする。
そして閃光。
それが吸い込まれるように赤い石へと流れ込んでいった。
「……なんだ、今の」
倒したモンスターは影も形もない。
完全に消えている。
だがブレスレットの石の輝きは消えていない。
そう、まるで力を溜め込んでいるように。
「今なら……?」
さっきまでと違うかもしれない。
そう思って指先を伸ばし……。
地面から振動が伝わってきた。
「地震?」
ダンジョンの中で? そんな疑問が生まれたのも束の間。
地面に亀裂が入っている。
「っ!」
悪態を吐く暇もない。
元来た道を全力で走る。
道は、大丈夫。
チョークで分かれ道には全て印をつけてきた。
亀裂に追い付かれるよりも早く走れれば、ダンジョンの外へ――。
「あっ」
足先から地面の感触が逃げていく。
普段は意識しない重力が牙を剥く。
宙に投げ出された俺は、ダンジョンの深淵へと飲み込まれていった。
最後に感じたのは。
「――やっと、きた」
そんな背筋を震わせるような、恋焦がれていたような少女の声。




