19 残すもの
綿あめにりんご飴。
射的に型抜き。
盆踊りにも混じって適当に踊って。
他にも色々やって。
「んー遊んだ遊んだ!」
人気が失せた裏道を歩きながら緋鞠が身体を伸ばす。
いや、本当に。
「大体の出店回ったな」
「荷物なる物は飛ばしたけどねー」
金魚掬いとかこいつ好きだったのに今日はやらなかったしな。
「けーかちゃん飼い始めたのに金魚買う余裕はなさそうだし」
「この後花火も見るもんな」
「そうそう」
今向かっているのは、緋鞠が同級生から聞いた花火の穴場らしい。
とはいえ、花火の穴場として話が出回っている以上そこまでの穴場ではない気もしているけど。
「ま。実は本命は花火じゃなくてですね」
緋鞠がそう言っているうちに、その場所へ辿り着いた。
「蛍……」
「そ。今年は季節外れだけど少し見られるって聞いて」
普通七月辺りがピークだというのに、蛍の光だけでうっすらと相手の顔が見える程の数。
両親が死んでから田舎に行くことも無くなって。
これだけの数の蛍を見るのは数年ぶりだった。
その淡い光は記憶にある物と同じ。
「懐かしいよね」
「そうだな」
「ね、拓郎は覚えてる?」
それが何を指しているのか。
聞き返さずとも分かる。
俺が蛍火に見た光――迷子になった俺達を導いてくれた蛍の火。
「うん、忘れてない」
「あの時迷子で泣きそうになってたよね拓郎」
「異議あり。泣きそうになってたのはお前だ」
まあ実際は二人そろって泣きそうになってたんだろうなあ。
ガチで真っ暗な山の直ぐ側を歩くのは怖かったし。
「でも怖かったけど……凄い綺麗だったよね」
「多分一生忘れないだろうな」
「そうね。ずっと忘れない。今日のもきっと思い出に残るでしょ?」
確かに。
今こうやってこういう会話をしたことも。
きっと忘れない。
蛍をスマホで撮影したが、満足いく出来栄えじゃなかったのか。
表情を若干曇らせた緋鞠は気を取り直して言う。
「浴衣取り出すときに思ったんだけどさ」
「うん?」
「お父さん達の部屋、そろそろ片づけない?」
「母さんたちの部屋を?」
確かに、ずっとあのままにしておくわけにはいかない。
だけど、あの部屋を片付けるというのはもう二人が居ないことを認めなくてはいけないという事で。
そう考えると気が重くなる。
「私も気が進まないけどさ。いつかは片づけるんだから、今回みたいに気付いた時にやっちゃった方が良いかなって」
薄暗くて、そう言っている緋鞠の表情は良く見えなかった。
「だから二人で一緒に片づけちゃおう?」
「……ま、来年だと受験で忙しいしな。今年のうちにやっちゃおうか」
「そうでしょうそうでしょう? そういえば拓郎は第一志望どこにしたの?」
「あー」
そう言われて言葉に詰まる。
以前は――医学部を狙っていた。緋鞠の病を治す鍵があるのではないかと思って。
だがダンジョンが出現するようになって二十年。
魔力だとかダンジョン由来の医学は従来の医学部では扱っておらず、国立の研究所に一本化されている事。
そもそも根本的な話として大学卒業まで時間が残されていないという事で探索者を目指した経緯がある。
「……ウチから通えるところの大学かな?」
「流石に大学はもうちょい将来の事考えて選んだ方が良くない?」
ぐうの音も出ない正論。
緋鞠には言えないけど、大学はあんまり行くつもりがない。
今は夏休みだから良いけどこれから二学期が始まれば、ダンジョンに潜れる時間は限られてくる。
高校は緋鞠の頼みもあって進学した以上、しっかりと通うけど大学に行って二足の草鞋を続けられるかどうか。
蛍火の願いを叶えるのならば、本格的に専業探索者として身を立てることを考えた方が良い。
とはいえじゃあどうすればいいのかまだそこまでのレールが敷けていないのも実情だ。
……今度雷蔵に話聞いてみようかな? 一応連絡先押し付けられたし……。
「緋鞠は――」
どうするのか。
そう口に仕掛けて思い出したのは。
真っ白な。
何も書かれていない進路希望調査。
「ん?」
「いや……夏祭り以外どこか行きたいところとかあるの?」
「うーんそうだなあ。海とか行きたいけど」
「けど?」
「クラゲがなあ」
「それはどうしようもないな……プールで我慢しておけ」
「まずは水着買う所から何だよねえ」
暫し考えるような声が聞こえた後。
「お兄ちゃん、緋鞠の水着買って?」
「こいつ、こういう時だけ都合よく自分を妹にしやがった」
一人称まで変えてくる徹底ぶり。
悪ふざけにも全力だ。
「かわいかろ? 一度くらいはお兄ちゃん呼びをしてみるべきかと」
「正直に言えば、背筋が寒くなったからやめてくれお姉ちゃん」
「キモっ」
こいつ、マジで……。
「でも意外性も相まって思い出には残りそうでしょ?」
「それはまあ」
「義妹の水着もみたいでしょ?」
「罠質問やめろ」
それ流れでイエスと答えたら変態扱いしてくる奴だろ?
「拓郎はないの? 行きたいところ」
「……無いなあ」
「彼女作ってデートしたりとか」
「それ引っ張るな」
「だって心配だし」
同年代(彼氏無し)にガチで心配されるこの状況よ。
「つか、今けーか飼ってるんだからそんな余裕ないって」
実際ダンジョン潜る時間をこれからどう確保するかと悩んでいるレベルだ。
彼女作る暇は、まあ無いだろうな。
「うーん犬かあ。ペット飼うと結婚しなくなるっていうからお姉ちゃん心配」
「姉か妹か、立場をはっきりさせろ」
「じゃあお姉ちゃんとして」
握っていた手から、緋鞠の手が離れていく。
足を止めた緋鞠と、まだ歩いていた俺。
僅かだが確かに距離が開いてしまった。
振り返る。
彼女の表情は蛍の光から外れていてよく見えない。
「拓郎は、一人になっても大丈夫そう?」
そんな、決して触れようとしてこなかった言葉が投げかけられた。
◆ ◆ ◆
この頃よく考えることがある。
宣告されていた余命。
その残りが半年を切って。
それでもまだ実感は沸いてこない。
多少不調はあるけれど。
それが終わりに繋がるというのをどうにも実感は出来ない。
だからなのか。
あんまり怖くない。
……もしかしたら、三年前のダンジョンの氾濫で両親を亡くしたせいもあるかもしれない。
何が起こるか分からない。人は結構簡単に死んでしまう。
だから私は今を全力で走りたい。
全力で走り切った後なら、やりたいことが残っていたとしてもきっと。
それなりに満足できる。
だから怖くはない。
ただ私は――寂しいだけ。
拓郎を一人にしてしまう事。
手を震わせていた彼を、置き去りにしてしまう事。
それがただただ寂しい。
何ができるだろう。
そう遠くない未来にいなくなる私が、拓郎に何を、残せるのだろう。




