18 夏祭り
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8月15日 昼 探索者七日目
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今日は約束していた夏祭りの日。
同調の感覚。
本当は忘れないうちにもう一度試したい物だけど……。
「ダンジョンの探索は……明日から再開か」
いぬ用ベッドへ視線を向けた。
その上で蛍火が丸まっている。
対緋鞠への寝たふりじゃなくて、これはガチ寝だ。
「話し合いは明日だな……」
俺も蛍火も間引き作戦の疲労が溜まっている。
雷蔵の言葉を思い出す。
休めるときに休めと。
「よし、今日はオフにする」
お昼を食べて、緋鞠と夏祭りに行く時間までのんびり過ごす。
そして明日からのダンジョン探索再開に備えよう。
「あれ、緋鞠?」
家の中を探してみるが、彼女の姿が無い。
不思議に思ってスマホを見てみると。
ちょっと出かけるという旨と、今日の集合場所と時間が送られてきていた。
「珍しい」
大半は一緒に出掛けるのだが、まあなんか用事でもあったのだろう。
というわけで午後は夕方まで蛍火と昼寝をして過ごし――昼まで寝てもまだ眠れたので本当に疲れていたのだろう――夕方。
「ダメ! 蛍火、お前は留守番!」
犬型のままでも分かる抗議の意思。
素晴らしい。どう見てもここから人型モンスターと思う事は無いだろう。
完全に飼い主がお出かけしようとしているのを察して怒る犬である。
「人混みの中、お前みたいな犬連れていたら一瞬で踏みつぶされるぞ!」
そう説得して(それでも尚不満そうに唸っていた)俺は家を後にした。
緋鞠に説明が難しいというのもあるが……昨日最後に負った右足のダメージがまだ残っている様だったから無理はさせたくない。
俺の方は触らなければもう大丈夫なくらいに回復した。
地元の夏祭りだが、そこそこ規模は大きい。
駅からの人の流れに乗って、蛍火との待ち合わせ場所へと向かう。
「どこだ?」
見渡した感じ、サラリーマンっぽい人と浴衣を着た人、大学生の集団くらい。
いつもの緋鞠の格好――パンツスタイルのショートカットを探すが見つからない。
「まだ来てないのか?」
そうすると駅の方かと、今来た方向に向き直って視線を飛ばして。
「どこ見てんの拓郎?」
と、背後から声をかけられた。……どうやら見落としていたらしい。
「すまん、まだ来ていないかと思って――」
振り向いた先には――緋鞠はいなかった。
正確には、何時もの格好の緋鞠はいなかった。
「……なに?」
どこが不安げに、彼女の指先が編み込んだ髪を摘まむ。
赤地に白い金魚の柄の浴衣は――いつか昔に見たことがあるような。
「緋鞠?」
「他の誰に見えるのさ」
そう言って頬を膨らませた表情は紛れもなく、ずっと同じ時間を過ごしてきた緋鞠だ。
だけどその格好。
浴衣姿というのは初めて見て。
だからその。
いや、なんというか。
「見違えていて誰だか分からなかった」
「……一応、誉め言葉として受け取っておいてあげる」
暫し悩んで、緋鞠は俺の言葉をそう結論付けたらしい。
漸く俺の頭も再起動してきた。
「どうしたんだ、その浴衣」
「……お義母さんが、昔見せてくれたの。背丈が伸びて着れるようになったら、一緒にこれを着てお祭りに行きましょうって」
「母さんが?」
ああ、そうか。思い出した。
もっと幼い日。縁日に出かけた時に母さんが来ていた金魚の浴衣。あれだ。
「試しに当ててみたら着れそうだったから、折角だし着てみようと思って。勝手に持ち出して、ごめん」
「いや、いい。絶対に母さんも喜んでる」
そういうと緋鞠はいつものように笑った。
「良かった。じゃ、しっかり目に焼き付けてもらったら行こうか? 今日は軍資金タップリ持ってきたよね?」
そう言って俺の手を取って歩き出す。
さりげなく巾着からスマホを取り出して写真を一枚。
「まずは粉物ね! お好み焼きとたこ焼きどっちから行く?」
「たこ焼きじゃないか?」
「いいね。ロシアンたこ焼きとかないかなあ?」
「ねえよ」
いつもの様な会話をすることで俺たちの調子も戻っていく。
いや、まさか。
あまりに大人っぽくて緋鞠とは思わなかったなんて。
そんなことは言えば調子に乗るから言わなくてもいいだろう。きっと。
たこ焼きを買って。結局お好み焼きも買って。ラムネを買って、何故かお面も買って。
「ちょっと待て緋鞠。買い過ぎだ。一旦どっかで食べよう」
俺の手はもう埋まっている。
つないだ手を離せば、良いだけなんだけど。それはお互いに言い出さなかった。
だってほら。この人混みで逸れたら面倒だし。
「そうだね。軟弱な拓郎の為に休憩を入れようか」
「もうそれでいいよ……」
実際人混みを掻き分けて疲れているのは間違いない。
それに……緋鞠も平気な顔をしているけど分からない。こいつ、結構取り繕うのが上手だって分かってきたし。
用意されていたベンチに腰掛けて漸く一息。
緋鞠も隠れて息を吐いている姿を見れば歩き疲れていたのだろう。
「いただきまーす」
と緋鞠がお好み焼きを食べ始めたのを見て、俺もたこ焼きを口に含み。
「そういえばさ、拓郎は今日私と来て良かったの?」
「何が?」
「彼女と夏祭りデートしなくてよかったの?」
あまりに突拍子もない発言にたこ焼きを丸呑みしそうになった。
青のりと鰹節が気管の方に入りかけて咽こむ。
「あーあー。はい、これ飲んで」
そう言って渡されたラムネで押し流さないと結構な惨事になっていた気がする。
その様子をスマホで撮ってるこいつ、趣味が悪いぞ。
「しかしこの慌てよう……カマかけのつもりだったけど当たりだったか」
「当たりじゃないが!? どこからそんな話が出てきた!」
「えーだってさ。最近拓郎の服に長い髪の毛ついてたりするし、偶にお香かな? 女の子がつけてそうな匂いさせてるし」
お香……蛍火が間近で戦っている時そんな匂いがほんのりとするような。
ってことはそれ、多分どっちも蛍火だ。
「で、最近出かけるの多いじゃない? だから彼女でも出来たのかなーって。違うの?」
「違う。全然違う」
「なーんだ。つまんないの。高校二年の夏だっていうのに私は弟が非モテで悲しいよ」
わざとらしく嘆いて見せる緋鞠に俺は若干イラっとした。
「俺が兄な。そういうお前はどうなんだよ彼氏」
「んー告白は結構されるけど、どうにもピンと来ないというか。後なんかみんなワンチャン狙いが透けてて真剣みが足りない」
そうだった、こいつ昔からモテるんだった……。
「んじゃ一緒じゃねえか」
「分かってないなあ。作れないと作らないには天と地ほどの差があるのだよ」
「ぐぅ……」
「というわけで次は負けた拓郎のおごりね。私メロンのかき氷」
どういうルールだよと思いながらも俺は笑いながら肩を竦める。
こうやって、振り回してくれる緋鞠は魔力欠乏症と診断されるよりも前の姿に近く。
どこか懐かしさを覚えた。
どうして緋鞠が、そうしていたのか。その理由を、俺はもっと真剣に考えるべきだったのに。




