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 その巨体は、異形だった。

 

 猿の頭は伝承通り。

 だがそこへ獅子の頭やら猪めいた胴体やら、様々な生き物がくっついている。

 

 同時に身体から流れる赤黒い血液。

 

 ――瀕死だった。

 

 にも拘らず、この場で最も強いと確信できる存在感。

 

 全身に紫電が宿る。流れた血が、雷光へと変わっていく。

 

「おっさん! バシリスクが!」


 繋がったままの蛍火の視界で、バシリスクが鵺に視線を向けようとしている。

 スパイダーウェブの目隠しは既に石化して剝がされていた。

 

 怒りに燃える隻眼が、鵺を捉えて――。

 

「片目じゃもう手遅れだ」


 その言葉を引き金に。

 鵺が天に向かって吠えた。

 

 放射状に雷光が迸る。

 視界と一緒に、モンスターが焼き尽くされていく。

 

「蛍火! バシリスクの影に!」


 意識を通じて叫びを聞いた蛍火が飛び上がる――が、それを読んでいたかのようにバシリスクは尾を蛍火に巻き付けようとしていた。

 

 こっちが盾にしようとしたのと同じように、あいつも蛍火を盾に……?

 

 足が絡めとられた。

 

『ぐっ……!』

「っ……!」

 

 締め上げられた右足。

 その痛みが俺にも伝播している。

 

『離しなさい!』


 左足で全力で蹴り下ろす。

 その反動で蛍火は更に高く飛び上がり――足元を、バシリスクを雷光が焼き尽くした。

 

 沼地に静寂が戻る。

 

「……帰っていいぞ鵺」


 そう雷蔵が告げてどっかりと泥の上に座り込んだ。

 

「ったく……こんな浅い階層で死にかけたのなんざ久しぶりだぜ」

「終わった、のか」

「この辺りの奴らは全部焼き尽くした。沼の中もな」

「マジか……」


 あれだけいたモンスターを一撃で……?


 遠くから蛍火が駆け寄ってくる。

 その姿を見て、本当に周りにはもうモンスターが居ないのだと確信できた。

 俺も雷蔵に倣って泥にも構わず座り込む。

 

「主様! ご無事ですか?」

「そっちこそ……つかおっさん、蛍火巻き込むところだっただろう」

「馬鹿抜かせ。きっちり囲んでたモンスターだけが対象だ」


 言われてみてみれば、周囲の木やらモンスター以外の物には一切雷光の影響がない。

 あの威力に加えてこの精度。

 

「今の鵺ってレベル幾つなんだ?」

「モンスターのステを探るのはマナー違反だぜ? まあ教えてやる。72だ」

「ランク4モンスターじゃねえか!」


 いや、このオッサン。ベテラン感は出していると思ったけど……何者なんだ?

 

「なあおっさん。何級なんだ?」

「Cランクだ。お前……まさか知らなかったのか? 結構組合の広報とかで露出多い方なんだぞ!?」

「……なってまだ一週間だし」


 見たこともねえよ。組合の広報誌。

 というかCランク。ベテランどころじゃない。☆4迷宮の踏破経験者だけがなれる有数の実力者。

 企業がスポンサーにつくような上澄み中の上澄み。

 

 ……結構実績ある相手なのによくこんな新人に作戦を任せてくれたな。


「あとな、俺はまだ24だ。おっさんじゃねえ」


 思わず目を剥いた。どう見ても三十代過ぎだったんだが……。

 そこで俺は気が付いた。

 おっさ――雷蔵がダンジョンに潜りすぎるなって言った訳を。

 

「時間経過の早いダンジョンに居続けたから、そうなったのか?」

「……ま、そういう事だ。若い内に実年齢と肉体年齢が離れると悲惨だぞ? 一人留年しまくった気分になれる」


 多分、これは実体験なんだろう。

 実際、他人ごとではない。

 

 今後毎週100グラム以上の魔石を手に入れるならば、一日当たり4時間程度はダンジョンで過ごす必要がある。

 探索者として上を目指すなら、もっと。理屈の上では一日で240時間ダンジョンに滞在可能だ。

 

 その時の老化速度は言うまでもない。


「間引き任務の報酬が良いってのも、ダンジョンにまとまった時間滞在させられるからだ。覚えておけ」

「……肝に銘じるよ」

「一休みしたら一層に戻るぞ……酒が飲みてえ」

「アル中かよ……」


 だけど俺も正直疲れた。その意見には全面的に賛成だ。

 

「つ……」


 落ち着いてくると右足の痛みが蘇ってくる。

 裾をめくってみたら青痣になっていた。

 

「あともう一つ……お前、さっきモンスターと同調してただろ?」

「同調?」

「モンスターと意識を繋いでいたかって聞いてんだ」

「あ、ああ。何か知ってるなら教えて欲しい。前から偶に出来るんだけど……調べても何も出てこなくて」


 と聞いてから何でもかんでも人に聞くなと言われたのを思い出した。

 とはいえ、今回は調べても分からなかったんだからセーフだと思いたい。

 

「ま、そうだろうな。普通Fランクじゃできねえし、Eランク辺りで情報解禁だからな。だが出来たなら命に関わるから教えておいてやる」

「命に……?」

「同調はモンスターと人間の意識を繋ぐ技術だ。意思疎通が格段に速くなるが、モンスターのダメージを人間側も共有する」


 分かるな、という視線に頷いた。


「モンスターが重傷を負ったら人間側もそうなるってことか」


 だが同調すれば蛍火の視界――そして思考速度に俺も乗れる。

 おかげで自分だけでは不可能な絶妙なタイミングでスペルリングを使えた。

 

 作戦と蛍火の支援を俺のスタイルとするならば、あの能力は魅力だ。

 

「探索者なんてやってる連中はそんなリスク、気にしねえのが大半だけどな」


 何となくだけど。

 そこがまともな人間と探索者の境な気がする。

 

 自分の命を賭けの場に乗せられるか否か。

 そして俺は既に乗せた。

 

 きっとこれからも、乗せ続ける。

 緋鞠を生かし続けるために。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ったく……面倒くせえ」

 

 本当は☆5ダンジョン攻略して一か月は休み続けるつもりだったんだが。

 麻雀仲間の受付嬢に借りの清算と言われて間引き任務に突っ込まれたのは不運すぎる。

 まあそのおかげで面白いガキに会えたから差し引き……やっぱマイナスだな。

 

「いててて……」


 全身に残る痛みに俺は顔を顰める。

 藤島の前ではかっこつけていたが、全身ボロボロの鵺と同調したせいだ。

 幻の痛みなので、見た目なんともないが痛み止めも湿布も意味がないから耐えるしかない。

 

 席について周囲を見渡す。

 

「国内のトップランカー勢ぞろいか……」

「揃いましたので始めます。新規☆6ダンジョン予兆についてです」


 今回、俺は招集されてなかったから忘れてたが……そうか。

 それで藤島みたいなFランクの奴が間引き任務に駆り出されていたのか。

 

「……Dランクになっても所属が決まっていないなら勧誘もアリだな」


 この後も潰れずにそこまで伸びたのならば。

 俺のチームに欠けている作戦立案を埋められるかもしれない。

 

 それに蛍火と呼んでいたモンスター。

 何でFランク程度の奴が持っているのか疑問に思うが――あれはかなりの高ランクモンスターに思えた。

 まだ成長途上だが……そこでも期待が持てる。

 

「真面目に今から囲っておくか……?」


 会議にちらりと意識を向けるが、まあ案の定、痕跡は見つからなかったという話だ。


 痕跡が見つかっていたらこんな悠長な事をしていない。

 

 ☆6ダンジョンが☆6として完成する前に――ダンジョンが成長しきる前に攻略する。

 そうできなければ日本の首都圏に常にモンスターが溢れるような魔境が生まれることになるんだからな。


「んで、どうすんだ? これ以上ダンジョンの封鎖を続けるのか?」


 会議の流れは無視して組合長に視線を向ける。

 

「☆6ダンジョンの兆候は無くとも、ダンジョンの活性化が確認されている。君も体験したと思うが?」

「そうだな。モンスターの群れを率いるような個体。あれが深い階層で出たら相当厄介だ」

「他にもユニークモンスターの出現も報告されている。安全とは言い難い状況だ」


 その言葉に俺は鼻で笑ってしまった。

 

「安全なんてもんはダンジョンにはねえよ。魔石の流通量ガクッと減ってんじゃねえのか? そろそろ文句言われると思うんだけどな」

「……やむを得ない。もう一日調査を実施した後、全ダンジョンの探索を再開する」

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