16 断崖を超えて
幻の心臓が脈を打つ。
バシリスクを倒す。
それが主様の指令。
――私に出来るだろうか?
「準備は良いか?」
主様がそう問いかけてくる。
手足の調子を確かめる。
万全とは言い切れない。
足に関しては漸くフロアマスター戦の傷が快復したところ。
長距離跳躍後の着地に耐えられるか――少し不安がある。
それに、石化の魔眼に少なくない時間晒されていた。
刹那ネズミの様に即時石化はしないが、少しばかり動きは鈍い。
だがこれ以上のコンディションは期待できない。
主様以上の策が思いつかない以上、やるしかない。
「はい。主様」
「よし。じゃあこれも持っていけ」
そう言って手渡されたのは――魔石。
思わず、彼の顔を見つめてしまう。
「よろしい、のですか?」
緋鞠様を見て分かった。
何故主様が魔石を必要としていたのか。
それを今ここで渡された事。
その意味が分からない程、私は馬鹿じゃない。
「良い。ここで生き残れなかったら残しておいても意味がない」
それは一つの正論。
だけどそんなにあっさりと、割り切れない事は顔を見れば分かる。
僅か数十グラムの魔石が、重い。
その魔石を口に放り込んで噛み砕く。
「安心してください主様。この程度の魔石、即座に稼いで見せます」
◆ ◆ ◆
「……期待している」
ワイルドに噛み砕いた蛍火の言葉に俺はそう返した。
一瞬のスキャン。見えた数字は――レベル5。
今俺達に出来る事は全てやった。
雌雄の刹那ネズミを胸元にしまった蛍火。
その彼女の背中を、見つめる。
「レイジングキャット! 刹那ネズミ!」
雷蔵が自分のモンスターを使って一時的にジャイアントビートルと蛍火が抜ける穴を埋める。
長期戦を見据えた動きから瞬間的に火力を放出する動きへ。
「ジャイアントビートル! 蛍火を吹き飛ばせ!」
従順に従う昆虫型モンスターは、指示通りに蛍火を角の先に引っ掛ける。
指さした方向に投げてくれるか。
ある程度は蛍火に補正させるしかない。
そしてある程度以上は――俺がやる。
指先を構える。
目をつむったまま、天を仰いで、眼を開く。
狙うは一瞬。
ウインドブラストでの狙撃。
蛍火が、撃ちだされた。
砲弾の様に空を駆ける銀の光。
その角度は――若干バシリスクから逸れている。
予想済みだ。
「ウインドブラスト!」
強烈な突風が蛍火の身体に叩きつけられる。
ダメージはあるだろう。
だがそれは承知の上。
強引に軌道を修正する。
「行ったな!」
こちら側の防衛体制も元に戻す――いや、蛍火がバシリスクを倒すまでの時間稼ぎだ。
元々四体でぎりぎりだった守り。一体欠ければ不利になるのは自明。
「空中じゃ視界を遮る物もない。直視しなくても見つめられ続けたら終わり」
だから、俺達は蛍火に刹那ネズミを託した。
銀の光が灰色に覆われていく。
刹那ネズミを盾とする防護壁。
「……本体から距離が離れすぎると、分裂が出来なくなる。持つかは――賭けだな」
零れ落ちていく灰色の勢いが徐々に落ちていくのが遠目にも分かる。
既に落下軌道に入っている。
これ以上蛍火を追いかけると、バシリスクの眼を直視する可能性が出てくる。
「俺は、蛍火の戦いを最後まで見守ることもできないのか……」
彼女に全てを任せるしかない。
策を講じて後は蛍火任せ。
それでいいのか?
だがどうすればいい。何をすれば彼女の力になれる?
「――あ」
一つ。思い出した。
蛍火と出会う前。
マリオネットで戦っていた時。
あの一体感。
あの時自分は確かに、モンスターと共に戦っていた。
あの感覚は蛍火と出会ってからはない。
そもそもあの一体感が何だったのかも分からない。
だけど。
もしも今、蛍火の助けになれるとしたら。
あの時の感覚しかない。
「ごめん、おっさん。ちょっと任せる」
「ああ!? 何する気だお前――」
目を閉じて。
瞼の裏で蛍火を探し出そうとする。
彼女と繋がろうとする。
だけどどうすればいいのか。
マリオネットの時は気が付いたらなっていた。
「――光」
きっと探し出すのならばそれは。
あの銀に映し出された光。
「いた」
離れた場所に光を感じる。
暖かで仄かな蛍の光。
そこにそっと、意識を伸ばす。
『――主様?』
やや困惑したような蛍火の声が聞こえた気がした。
彼女の視界が――急速に近づいてくる地面が見える。
一体感には程遠い。
しかし今、自分の一部が蛍火の中にあるのを感じて、蛍火の一部が自分の中にあるのを感じた。
沼の上を転がって蛍火が着地。
盛んに鳴く蛇の声と、全身が重くなるような違和感。
『くっ……!』
蛍火の苦悶の声。揺れる視界から、相手を直視しない事での戦闘に梃子摺っているのが分かる。
徹底的に直視を避けていたから、蛍火は相手の全体像すらも把握できていない。
『一瞬でも全身を見れたらっ!』
だがその一瞬で蛍火は石像となる。
――いや違う。
直視したら石像となるのではない。
相手と視線を合わせたら石像になるのだ。
遠く離れた場所。
そんなところにスペルリングを届かせた経験はない。
だけどできるという確信が、何故か俺の中にあった。
だって――一部とはいえ、俺もあそこにいる。
俺の眼は敵を捉えている。
ならば、届かない道理が無い。
使うべきは、フロアマスターから手に入れたリング。
金剛身。
その効果はやみくもに読み漁った時にデータベースで見た。
小さく笑みがこぼれる。
無駄で遠回りだと思ったけど、全くの無意味ではなかった。
「――蛍火。奴の動きを止める。その一瞬で奴を見ろ」
声は、届いた。
「金剛身」
バシリスクの巨体が、一瞬固まる。
このリングはモンスターの動きをほんの一瞬完全に止める。
ただそれだけ。
それだけが今、欲しかった。
蛍火が視線を上げた。
巨大な大蛇の全身を見た。
その頭の位置を――目の場所を把握した。
彼女にはそれで充分。
そして俺にも、その時間で十分だった。
「スパイダーウェブ!」
今の位置で奴の全身を縛り上げる。
特に重点的に頭。その目に糸を巻き付けて数瞬の目隠し。
ここまでお膳立てされれば、蛍火にとっては容易すぎる事。
『そこ!』
頭部への貫手。
指先に宿る炎がその殺意を物語る。
糸を突き破り、石化の魔眼、その一つを抉り取る。
俺の耳にも届く大蛇の絶叫。
それを聞いて、雷蔵はモンスターの召喚を解除した。
「よくやったぞ、クソガキ」
その足元に紫電と共に巨大な魔法陣が描かれる。
「とっておきを見せてやる、鵺!」




