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―――――――――――――――――――

 8月12日 夕方 探索者五日目

  間引き対象☆3ダンジョン 第九層

   突入から78時間

―――――――――――――――――――


 頭が重い。

 奥の方でずっと響く鈍痛。

 

 そのせいでさっきから思考が纏まらない。

 

 判断を下そうにもまず現状が頭に入ってこない。

 

 沼地。

 戦闘中。

 他には?

 

 雷蔵が何か叫んでる。

 だけどその内容が理解できない。

 雑音として右から左に流れていく――。

 

「――がれ! 沼ワニが来てる!」


 何度目かのノイズを拾う事が出来た。

 

 逃げ出そうとする。

 でも身体は言う事を聞かない。

 服が急に50キロ近くも重量を増した様。

 

 そう感じるくらい――疲労が溜まっていた。

 

 背後からお腹の底に響くような鳴き声。

 九層最強のモンスター、沼ワニ。


 奴は冷気に弱い。

 

「フロスト!」


 間引き作戦で手に入れた、新しいリング。


 データ通りの対策。

 考えるよりも先に身体が動いた。

 

 理想としていたことが出来たはずなのに。

 

(あれ?)


 違和感が消えない。こういう事、だったか?

 

 周囲を短時間凍り付かせる。

 爬虫類型には効果覿面――。

 と思っていたら凍った地面に俺は足を滑らせた。

 急に沼地から切り替わった感覚に身体が追い付いていない。

 蛍火もジャイアントビートルも巻き添えで凍って動けない。

 

 少し考えれば分かること。

 その事に、気付きもしなかった事にショックを受ける。

 考えずに直感で動く。

 

 それは、こういう無様を晒す事だったか?

 

 氷の上で呻いていると。

 

 後ろから何かが割れる音。

 

 細かな破片と共に沼ワニが再び動き出す。

 スペルリング一つじゃ凍らせきれなかった!

 

 何か、何か手を打たないと。

 スペルリングか?

 それともモンスターにフォローさせる?

 手札はあるのに――どれを切ればいいのか。

 

 思考が空転している。

 

 打つ手を迷っていたのは1秒かそこら。

 あまりに致命的な1秒。

 

 不味い死ぬ。

 

 轟く沼ワニの唸り声。

 眼前に広がる赤い咥内。

 

 何をするにしても手遅れ。

 絶望からか一瞬視界が真っ白になった。

 

 白い歯が俺を噛み砕くまでの刹那で感じていたのは。

 

「ごめん――」


 それは緋鞠へか。それとも、蛍火へか。

 

 死ぬ直前の一瞬が妙に長い。

 

 そう思った時、沼ワニが光となって消えていく。

 倒された……一瞬で?

 

 焦げ臭さと、沼に沈んでいく赤黒い血。

 沼ワニの物じゃない。モンスターは消滅したら何一つ残さない。

 

 何が起こったのか訳が分からず呆然としていると、頭上から声が降ってくる。

 

「おい、足手まとい。今日は帰れ」


 険しい表情をした雷蔵はいつもの様な揶揄する笑みではない。

 沼ワニ消滅には何も驚いていないのを見ると……こいつが?

 

 だが雷蔵は何も言わない。微かに震わせる左手。

 

 咄嗟に返事が出来ずにいると、舌打ちをしながら俺の襟首をつかんで無理やり立たせた。

 

「てめえ何やってやがる。初日の方がまだ見どころがあった」


 そう言いながら俺を引きずりながら歩く。

 そうできるだけの体力が、羨ましい。

 

「一昨日、昨日とどんどん雑になっていきやがる。今日で一旦終わりだ。一度頭冷やせ」


 ◆ ◆ ◆

 

―――――――――――――――――――

 8月13日 昼 探索者六日目

―――――――――――――――――――


「おーい、支度できた、よ……」


 定期健診に行く準備にこんなに時間がかかるのはちょっと予定外。

 大分、指先不器用になってきちゃったな……これからはボタンあるの避けた方が良いかも。

 

 ちょっと待たせちゃったなあと思ってたら拓郎、寝てるし。

 二人掛けのソファーにもたれ掛かってしかめっ面で。

 

「疲れてんのかなあ」


 昨日も朝からバイトでいなかったと思ったら夕方にはげっそりして帰ってくるし。

 ……バイトだよね? 実は朝から晩まで彼女とデートしてたとかじゃないよね?

 

「げっそりするようなデート……?」


 いやいやまさか。

 流石にナイナイ。

 というかけーかちゃんも連れてったし……ドッグカフェのバイト?

 

「けーかちゃんもなんか今日は妙に拓郎から距離取ってるね? 喧嘩でもした?」


 迎えた初日はべったりだったのに、昨日帰ってきてからはちょっと距離取ってる。

 いぬのきもち、分からない……。

 

 揺り起こそうと、手を伸ばしかけて。

 やめた。

 

 どうせいつもの検診だし。

 というか拓郎来てもどうせ待ってるだけだし。

 

「行ってきまーす……」


 小声で出発。偶には一人で行きましょう。

 何故かけーかちゃんが私と拓郎の顔を見比べておろおろしてるけど。

 

 帰ってきたらおやつあげるから留守番よろしくね?

 

 ◆ ◆ ◆

 

 カラスの鳴き声で目が覚めた。

 目を開けたら、窓から夕陽が沈んでいくのが見える。

 

 緋鞠の検診の時間は午後二時――どう考えても過ぎている。

 雷蔵に叱られて追い返されて。

 どうすればよかったのかうだうだ考えてたらろくに眠れず、挙句居眠りして寝過ごした……!?

 

「お、起きたね」


 俺の頭上から声。

 色々と聞きたいことはあったがとりあえず現状から。


「……なんで、膝枕してんの」

「お? お姉さまの膝枕が不満か?」

「これ週一くらいで言ってるけど、同じ日に後から生まれたから姉理論はおかしいから……兄は俺だから」

「双子はそーでしょうが」

「双子じゃねえでしょうが」


 そんな定番のやり取りは置いておいて。

 

「なんで起こさなかったんだよ……」


 自己嫌悪でどうにかなりそうだ。

 一人で空回りした挙句に、探索者としては最初の方がましだったと烙印を押され。

 一番大事にしたい緋鞠との予定をすっぽかし。

 

「だって疲れてそうだったから。なんかあった?」


 言いながら、優しげな瞳で緋鞠は俺の髪を撫でる。

 それが気恥ずかしくて、顔を窓に向けた。

 だけど――頭を上げる気にはならなかった。

 

「別に……ちょっとバイトで新しいことやって上手く行ってないだけ」

「……やっぱドッグカフェか?」


 ぼそっと何か呟いたが上手く聞き取れなかった。

 

「いやでもさ。姉として言わせてもらってもいい?」

「姉アピールウザ……」

「だって今の拓郎どう見ても弱ってるし。今は完璧私が姉!」


 と胸を張ってから。

 

「そもそも拓郎そんな器用にほいほい何でもできるタイプじゃなくない?」


 ぐさっと、言葉のナイフを突き刺してきた。

 信じられねえ。弱ってると言いながら追撃してきたぞこの女……!

 

「ね、拓郎覚えてる? 昔一緒にやってたゲーム」

「……多すぎてどれの事だか」

「あの色んなキャラクターで乱闘する奴」

「あれか」


 やたら緋鞠にぼこぼこにされた記憶のある奴。

 

「あれも最初は私のワンサイドゲームだったじゃん。でもさ」


 とそこで緋鞠は唇を尖らせた。

 

「ずっと拓郎なんか練習してんなーと思ったら何時の間にか私より強くなってたし」

「まあ、負けっぱなしは悔しいし」

「後は……私たちが姉弟になったばっかりの時」

「だから、多すぎてどれの事だか……」


 本当に、山ほどあるのだ。

 印象的な思い出だけでもいっぱいあってどれの事だかもう少しヒントがないと分からない。

 

「遊園地に突発的に行った時」

「覚えてる」


 いきなり幼馴染から、兄妹になって。

 どうすればいいのかわからなくて。

 

「あの時、私完全に勢いで走り出したけど、ちゃんと遊んで帰ってこれたじゃない」

「お前がチェロス買ったせいで帰りの電車賃足りなくて五駅歩かされたけどな」


 あの時も、緋鞠が最初に動いてくれた。

 何も変わらないんだって行動で示してくれた。

 そうじゃなかったら俺たちは――今頃もっとぎくしゃくしていたかもしれない。

 

「ところでなんで急に思い出話を?」

「んー拓郎の良い所を語ろうかなって」

「俺の?」

「そ、良い所」


 そうして緋鞠は誰もいないのに俺の耳元に唇を寄せて。

 内緒話をするように囁いた。

 

「拓郎はね、目標から逆算して道筋を作るのが得意な人」


 その声音はどこか誇らしげ。

 

 窓ガラス越しに見える緋鞠の顔は、微笑んでいた。

 

「他にも色々あるよ? 私が風邪引いた時に布団で退屈してたら一緒に自分も遊ぶの我慢してくれたとか。私の嫌いなおかずさりげなーく多くとってくれたりとか」


 そんな些細な思い出を、それを見つけられたことが何よりも喜ばしいと。

 緋鞠は表情と声音でそう語っていた。

 

「だから、ちょっとすぐに成果が出ない位は気にしない気にしない。昔言ったでしょ? 私は今担当。拓郎は」

「……未来担当?」

「そうそれそれ」

「急に言い出したからあの時は何言ってんだこいつとしか思ってなかったよ」


 その結論に至った経緯をちゃんと話せよ。


「でも、そんな意味不明な私の発言もちゃんと覚えていてくれたんでしょ? そういうところも良い所」

「……偶々だし」

「そういう事にしておいてあげる。だからちょっと上手く行かないくらいで落ち込むことないよ」


 緋鞠の言葉が染み渡っていく。

 曖昧とした焦りが解けていく。

 

 何か解決したわけじゃない。

 問題はまだ変わらずにある。

 

 だけど。

 今の自分で良いのだと。

 緋鞠にそう言われたことが何よりも――安心した。

 

「ずっと見てたんだから。拓郎の事」

「緋鞠」

「ん?」

「……ありがとう」


 流石に面と向かって言うのは照れくさくて窓に顔を向けたままだけど。

 ガラス越しにも自分の顔が赤いのが分かる。

 

 それに気づいているのかいないのか。

 

「お姉ちゃんですからね!」


 ……はいはい。今日はお前が姉で良いよ。


 これに近い事を蛍火も言ってくれていた。

 それを俺は受け入れられなかった。

 

 ……俺を理解しようとしていてくれたのに。

 ちゃんと、謝らないと。

 

 そうしたら、もう一度考え直そう。

 緋鞠と蛍火が教えてくれた自分の強みを使って。

 

 俺と蛍火で戦う方法を一歩ずつ。

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