12 自分の価値
暖かな手のひらで頭をなでられる。
「愛い奴、愛い奴。人懐っこい子だねー」
この姿になっている時はあんまりむずしい事考えられないけど。
今なでてくれている人の手付きがとてもやさしいのは分かる。
「こんなお腹だしちゃって。あ、サツマイモ食べる?」
あとおイモおいしい。
緋鞠様好き!
「犬、ペットかあ……まさか拓郎が飼いたいっていうなんて思ってもなかったな」
よくおぼえてないけど。まるで母様みたいだと。
眠たくなってきた私はそう思った。
「……ねえけーかちゃん。最近拓郎が何やってるか知ってる?」
そんな問いかけに。
私は答えられません。いぬなので。
「ていうかさっきお香の匂いさせてたんだよね。あと、長い髪の毛服についてたし……彼女でも出来たか?」
私は答えられません! いぬなので!
「ちょっと釈然としないけど、拓郎が今に目を向けたならまあ良い事か」
どういう意味だろうと。
私は首を傾げた。
その仕草を真似るように緋鞠様も首を傾げて笑って見せた。
他に誰も聞いていないのに。
内緒話をするように私の耳元に口元を寄せて。
そっと囁いた。
「あのね、拓郎って実はね――」
ああ。
この人は本当に、主様と長い時を過ごしてきたのだなと。
秘密の話を聞いてそう感じた。
うっすらとした魔力しか持てていない、私には儚く見える人。
彼女を守りたいと。そう思えた。
◆ ◆ ◆
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8月12日 朝 探索者五日目
間引き対象☆3ダンジョン、第九層
突入から7時間
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俺は泥の中に頭から飛び込む。その上へジャイアントビートルがのしかかった。
重量に身体があげる悲鳴。
だがそれも、次に響いた音に比べれば可愛いもの。
ぷにょんと音だけは可愛く――しかしその実態は一瞬で人間の血液を吸い尽くせそうな巨大ヒル。
ジャイアントビートルは身体を振ってそれを振り落とす。
下から身体を引きずり出しながら叫ぶ。
「攻撃!」
その一言でジャイアントビートルは動く。ヒルへと叩きつけられる角。執拗な打撃は本能に突き動かされてか。
だが――今の指示出しは危なかった。俺の前髪をこいつの角が掠めていく。
ワンテンポ速かった。
謎の生き物の血を吐き出しながら巨大ヒルが吹き飛んでいく。
「蛍火!」
炎弾の追撃。
炎を立て続けに浴びせられて巨大ヒルが消滅していく。
肩で息をする俺を見て雷蔵は言った。
「そろそろ今日は引き上げるぞ」
「まだ、やれる」
まだ、何も掴めてない。
もう少し。
せめて何か、取っ掛かりを。
「俺が帰りてえんだよ」
そう言う雷蔵は疲れた様子はない。
何度かモンスターに囲まれていた雷蔵。
にも関わらず、大して汚れる様子も無い。
だけどさっさと来た道を戻り始めてしまった。
「勝手すぎる……」
間引き作戦はペアが前提。
ソロで探索したら逆に罰金。
仕方なく、俺も雷蔵について帰る。
第一階層のフロアマスターが居たであろう広間。
転移門以外は完全に封鎖。
更にはテント等ではなく、プレハブだがちゃんとした宿泊施設も用意。
これが組合の用意したベースキャンプか。
「いつかこのダンジョンが攻略されたらこれも消えるのに凄いな」
思わずそう言うと雷蔵が呆れたように言う。
「組合はそうは思ってねえんだろうな」
「攻略されないって思ってるって事?」
「或いはできるとしてもかなりの長期化を見込んでんだろ。何せ、ここの到達最下層のフロアマスターは……バシリスクだ」
石化の魔眼を持つっていう蛇だっけか。
「モンスターが石化されたらヤバいな」
「それだけじゃねえ。探索者だって視線を合わせたら終わりだ。バシリスクが居るって情報手に入れるまでに何人石像になったか」
視線を合わせただけで終わり……仮に戦うならどうする?
カメラ越しの映像でもダメかもしれない。
いや、そんな強敵よりも今は目の前の敵の事か。
「ま、そんな化け物に挑む予定はねえ。今日は解散だ。明日はここの時計で朝8時に転移門の前集合」
間引きはそれなりに長期の任務だ。
このダンジョンは外の十倍の速度で時間が流れていく。
だから時計は突入時にダンジョン内の時刻に合わせておいた。
ふらついた足取りの俺とは対照的に雷蔵の歩みに揺らぎはない。
あんな風になれたら、蛍火の母親が居そうなダンジョンにもすぐに行けるんだろうか。
「飯でも食べるか……」
ベースキャンプにはキッチンもあってちゃんと調理された物が出てきた。これはありがたい。
食事の後自分の部屋に入ってやっと一息つけた。
何だかんだ気を張っていたらしい。
だがまだ休むわけにはいかない。
俺は借りてきたタブレットを広げる。
このベースキャンプに置かれていた組合のデータベースを参照できる奴。
「明日までにここのダンジョンで出現しそうなモンスターを調べておかないと」
今日だって事前に調べておけばもう少し楽だったかもしれない。
悠長に休んでいる時間は無い。
「主様、根を詰め過ぎでは」
人型に戻っていた蛍火が、そう諫めてくる。
蛍火のその言葉が、今は妙に癇に障った。
「そんな余裕はないだろ。早く、ダンジョンを攻略出来るようにならないと蛍火だって困るだろ?」
「しかし……体を壊します。休むときは休まないと」
「大丈夫だ。若いからな」
「でも……」
言い募る蛍火に俺はつい皮肉気になる口調。
「まだ俺には足りない物だらけなんだよ。知識も。豪胆さ。直感力もない。そんな状態で焦るなって?」
くそっ。何やってんだ俺は。
こんな、蛍火に自分の未熟を当たり散らすような事をして……。
「主様。そんなに悲観することはありません。主様は――」
しばし、蛍火は言葉を探すように視線を彷徨わせ。
「作戦を。目標に対してどう進むのかを考えられる人です。そんな風にやみくもにやるのは、らしくありません」
「……その考える時間が無いんだ。今のままじゃいつか取り返しがつかなくなるかもしれない」
思い出されるのは、今日の戦闘。その顛末。
立て続けの変化に、作戦を考える余裕もなかった。
蘇るのは雷蔵の姿。
あいつくらいになってようやく緋鞠を助けるスタートライン。
まだ、全然足りていないんだからここは無理をしないと。
じゃないと、いつか俺の判断ミスが自分を、蛍火を殺すかもしれない。
その焦りがここに来てからずっと燻っている。
「それに、緋鞠様だってそんな主様の姿、きっと望んでいません」
――その一言は俺の裡にあった焦燥感に火をつけた。
自分で決めた事が間違いだと。そう言われた気がしてしまった。
感情が爆発しそうになって、それをどうにか抑え込もうとした結果、ひどく冷たい声が出た。
「昨日会ったばかりなのに、俺たちの何が分かるんだ」
言ってすぐに後悔した。
思わず口を塞ぐ自分の手。
蛍火は酷くショックを受けた表情を浮かべていた。
俯きがちになりながらも震える声を発した。
「出過ぎた真似をしました……申し訳ございません……」
掻き消えるように蛍火が狐の姿になる。
そのまま潜り込むように布団の中に埋まってしまった。
(最低だ……)
今のは単なる八つ当たりでしかない。
そう分かっていても、すぐに謝罪する勇気が持てない。
プレハブの外に出て天井を見上げる。
空が見えない。
ふと緋鞠の事を思い出す。
悩んだりしたときは、こうやって自室の窓から空を見上げていた。
そうしたら隣の窓が開いて、緋鞠がこういうのだ。
「とりあえずやってみよ?」
俺が何を悩んでいるのかも知らないうちから。
いつだって彼女が俺の事を引っ張ってくれた。
そういう意味では理想的なリーダー像はあいつみたいなのなのかもしれないな。
やっぱり俺が司令塔となるのは間違ってない。
なのに。
ダメだ……頭に入ってこない。
蛍火のショックを受けた顔が頭から離れない。
気が付けば、彼女の事を考えてる。
知識が頭を上滑りしていく。
見てから作戦を考えるのでは遅すぎる。
今のままじゃ、いずれ行き詰ってしまう。
「雷蔵みたいに、迷わなければいい。考える暇なんていらないくらいに、強く」
――俺が、やるんだ。
次から一日一回更新になります




