11 足りない物
魔石を手に俺は立ち尽くす。
「おい、一体倒したくらいで呆けてんな。次行くぞ」
そう言いながら雷蔵は俺に一つの瓶を投げ渡してきた。
「何これ」
「栄養ドリンク。ダンジョン産のな。軽いケガならそれで治せる」
そう言って雷蔵は背中を指さした。
「血の匂いさせたままじゃ先に気付かれる。治しておけ」
そう言われて、俺は傷の痛みを思い出す。
――ぎりぎりだった。
沼トカゲは最初の奇襲で分かっていたように沼の中を自在に泳ぐ。
そのせいでジャイアントビートルの角も、蛍火の炎弾も悉く沼に阻まれた。
体躯に見合わない鋭く巨大な爪がその泳ぎの鍵。
飛び出してくる寸前の爪を角で砕いてどうにか倒すことが出来た。
そこまでに、二度ほど殺されかけた。
◆ ◆ ◆
「俺の前で死なれると、色々面倒だから忠告してやるが……そこは危険だぞ」
やる気のない声と同時、足元が競り上がる気配。
事前の声掛けがあったから何とか、ぎりぎりで回避できた。
沼地に転がって泥まみれになりながら辛うじて。
間に合わなかったら……奴の爪は俺の腸をぶちまけていただろう。
全身が泥で濡れた以上に冷たくなる。
相手は三次元的に動ける――ならば当然、ジャイアントビートルを無視して俺を狙うことだって出来る。
そんな当たり前にすら気付けないほど狭くなる視野。ジャイアントビートルの操作に集中しすぎていた。
「そろそろギブアップかー?」
「誰が!」
見れば雷蔵がビールを呷っているのは比較的しっかりとした足場の地面。
それを俺も真似しよう。
これで真下からの奇襲は考えなくていい……。
そんな風に一瞬、気を抜いてしまったのが良くなかったのか。
或いは気を抜いて、身体が前に傾いだのが良かったのか。
背中から何かが切り裂かれる音。
振り向けば沼の中へ戻っていく尾。
シャツの背中が裂けて冷たい空気が肌に触れる。
対照的に、熱さにも似た痛み。
咄嗟に背中に触れる。指先には赤い雫。
微かにだが確かな傷。
もう少し俺が身体を後ろに倒していたら。
僅か一センチ。
その隙間に、致命的な攻撃が通り過ぎていたことに、傷の熱さを忘れるような怖気が走る。
「ギブアップする時は早めに言えよ?」
先ほどと殆ど同じ内容。
だが受け取る俺にとっては全く別に聞こえた。
思えば初対面時のへまを除けば、蛍火がこちらをフォローできるような位置取りを自然にしてくれていた。
ジャイアントビートルはそこまで気が利かない。
「クソっ」
こうして蛍火を封じてよく分かる。
彼女に任せずに指示を出そうなんて考えていてもこのザマ。
多くを、彼女が何も言わずにフォローしてくれていたのだろう。
それがないとこんなものか……!
フロアマスターでの戦いは僅かだが作戦を立てる時間があった。
だが今、連続しての攻撃から逃げ回るので手一杯。
考える余裕がない!
「ちったあ頭を使え。苦戦してるのは何でだ? そいつが潜るからだろうが」
「潜るから……」
「これで分からねえなら探索者は諦めて学校でも行ってろ」
――ならば潜らせない。
奴が沼中を自在に泳ぐカギはあの爪。
狙うべきはそこ、ということか。
ならば使うスペルリングは決まっている。慣れた仕草で、指先を地面へと向ける。
勝負は地面から次に飛び出してきたタイミング。
ジャイアントビートルが避ける。
空中で身を捻り、再び沼の中へ戻ろうと爪を地面へ突き立て――。
「スパイダーウェブ!」
今回撃ちだしたのは糸ではなく、文字通りの蜘蛛の巣。
狙うのは、奴の爪。
両手を蜘蛛の巣でがんじがらめになった沼トカゲ。
爪を封じられて地面へ潜ることが出来ない。
「終わりだ」
ジャイアントビートルの角による連続打撃。
真っ先に狙ったのは奴の腕。自在に沼を泳ぐカギを徹底的に破壊し、その後全身を隈なく痛めつけていく。
一発では仕留められない。
だから潜れられなくして、何度も何度も。
逃げ場をなくした沼トカゲへ浴びせられる殴打の雨。
凄惨な打撃の末に光と共に輪郭を薄れさせる沼トカゲ。
そして、魔石となって消えた。
◆ ◆ ◆
それが、この戦闘の顛末。
途中から蛍火への指示も碌にできず、彼女を浮いた駒にしてしまった。
「クソっ」
「ああ、そうそう。この階層はモンスターの密度がまばらだ。限界までそっちで処理しろ。ドロップはくれてやる」
「丸投げかよ!」
「ケツ持ちしてやるって言ってんだよ」
二本目のビールを開けながら言ってなければちょっとは胸に響いたんだけどな!
だが――ありがたい話だ。
雷蔵の助言が無ければ、倒せなかった。
考えることが多い。
階層特有の環境への対処。
そこに住まうモンスターへの対処。
モンスターと俺自身の立ち位置。
今回気付いただけでこれだけの課題。
今まで運よくやり過ごせていただけできっと考えるべきことは他にも山ほどある。
その全てを得るのにどのくらい時間が必要になる?
「五日目にしちゃ悪くねえ」
その言葉も今は慰めにならない。
あくまで、にしてはなのだ。決して自分が優秀というわけじゃない。
「モンスター相手にビビってもねえしな」
「まあフロアマスターの迫力に比べれば」
「あ? 五日目でフロアマスター倒したのかお前」
雷蔵の表情が険しくなった。
そんなに、おかしなことを言ったか?
蛍火のお陰なので俺の実力というと違うのは事実。
「お前、この五日でどれだけ潜った?」
そう問われて、俺は指折り数える。
「大体ダンジョン内の時間で丸一日位?」
そう言うと雷蔵は今まで以上の顰め面。
そして少しばかり真剣味を増した声で脅すような事を言ってきた。
「早死にしたくなけりゃ、ダンジョン潜るのはもう少し控えるんだな」
「それってどう言う」
「それともう一つ」
舌打ちをしながら雷蔵は俺の質問を遮りながら吐き捨てた。
「一々人に答えを求めるのはやめろ」
その言葉は。今までの雷蔵との会話の中で一番突き刺さった。
多分それは、こちらのことなど知らない野次めいた言葉ではなく。
あいつが明確に俺を見て言った言葉だったから。
だから胸を抉られたような痛みを覚える。
「ダンジョン内なんて、未知の出来事なんざ山とある。その時もてめえは人に答えを聞くのか? 誰も知らねえ初見の答えを」
「それ、は……」
咄嗟に言葉を返せないでいると雷蔵はハッとしたような表情を浮かべてまた舌打ち。
「先に進むぞ。この階層の現状を知りてえ」
そう言って足早に進んでいく。
その時に見えた雷蔵の表情は――どこか悔いている様子。
俺に対して、はあり得ない。
だからきっとあれは、昔の誰かに対して同じことを言おうとして言えなかったのか。それとも……言った結果より悪い方向に進んでしまったのか。
「……行こう」
蛍火とジャイアントビートルを促して俺もその後を追う。
今の忠告。その意味を考えながら。
あんな風に、自分に自信をもって言い切れる強さ。
それがないと、探索者としては大成できないのか?
足りない物の最後に一つ付け加える。
考えるよりも早く、動けるようになること。




