10 甘い見積もり
実のところ――雷蔵とは初対面ではない。
具体的に言うと。
探索者登録で、初めて使う百万という大金に震えている高校生に対して。
「マリオネットぉ? やめとけやめとけ、そんなゴミモンスター!」
と大笑いしていったのが雷蔵である。
向こうは全く覚えていないみたいだけど。
一度だけなら偶々そういう事もあるかと納得した。
だが二度続いてとなるとこれは偶然ではないと確信した。
何より、同行人は何も言っていない。
つまり、雷蔵にとってこれは異常じゃない。
「雷蔵、さん。ここって魔石が出ないとかそういう場所なのか?」
「あ? 出るわけねえだろ」
どうして空は青いのと聞かれたような表情を浮かべるのを見るに、どうやら俺は相当初歩的な事を聞いたらしい。
「レベルの高いモンスターで倒したら魔石は落ちにくくなる。常識だぞ」
「……マジか」
曰く、モンスター同士の戦いは互いの魔力を削りあうような物らしい。
なので、あまりに実力差があると一瞬で削りきってしまって魔力が残らない――魔石となる魔力もなくなってしまう。
言われてみれば……昨日の蛍火との脱出行の時も戦った数の割に魔石が少なかった。
あれは蛍火の実力が上だったから落ちにくくなっていたのか。
「んなことも知らねえなんて探索者やってんだおめえ」
「五日だよ」
「お、おう。そんなもんだったか」
若干引かれている気配。
だがそんな事よりも俺の頭の中を支配していたのは。
「やばい……」
俺の目的である緋鞠の魔石と、蛍火の目的であるダンジョン攻略。
そこが微妙にずれてきたことだ。
恐らく蛍火が強くなっても産出量的にはある程度のところで頭打ちになる。
格下を乱獲して魔石大量ゲットというのは不可能。
安全マージンをタップリと取って、悠々とダンジョンを攻略すればいいと。
そんな楽観があったのは否定できない。
雷蔵の言葉を証明するように、その後何度戦っても魔石は落ちなかった。
ドロップアイテム自体が全く無い。
「間引き作戦なんてのはドロップ狙い何て事考えてたらやられちまうからな」
「それは、分かるけど……」
「その分、組合から報酬出るからそれで補填すんだよ」
そう嘯きながら雷蔵はダンジョン内を無造作に進んでいく。
見慣れつつある洞窟めいた迷路。
分かれ道でも迷いなく。
その先にはモンスターがいる。
直感で見つけ出してる、とかじゃないよな。
今もモンスターの一群を殲滅して、訝し気な言葉を発した。
「……妙だな」
「妙って何が」
「モンスターが少なすぎる」
今しがた、倒した群れで50は越えているんだけどそれで少ない……?
一時間もしないうちに、俺が五層を彷徨った時よりも多く倒しているんだけど。
「間引き作戦の時はいつもこの倍くらいは出る。だがこの階層にはもう敵が居ねえ」
攻略を断念されたダンジョンという事は、一度攻略を試みられたという事。
なので今回は最初からマップデータが提供されていた。
「なるほど一応一通り回ったのか」
「そういう事だ」
そう言ってさっさと転移門の方へ歩き出す。
先ほどよりも更に無造作……というか新しいビールを飲みながらなので本当にこの層に危険はないと判断しているのだろう。
蛍火にちらりと視線を向ける。
本当に大丈夫かという確認。
目と目が合うとニコっと笑って舌を出して飛びついてきた。
通じてねえなこれ。
基本的に間引き作戦はペア行動。
雷蔵が先に進むというのなら俺もついていくしかない。
八層の転移門を使って、九層へ。
入った瞬間に不快な湿気。
鼻を突く悪臭。
視界を塞ぐ白い霧。
一歩踏み出せば靴裏に纏わりつく泥。
「沼地……?」
先に転移していた雷蔵も見るなり舌打ちした。
「チッ。ハズレを割り振られたな。ホント」
その意見には完全に同意。
視界は悪い。足場も悪い。不快指数が高い。
足元を駆け抜けるネズミ。
良いニュースが見当たらない。それに。
「底無し沼とか無いよな……?」
「それくらいならかわいいもんだ。中に水棲モンスターが居る可能性もある」
となると索敵が重要なんだが……。
蛍火に視線を向ける。
目と目が合うとニコっと笑って舌を出して飛びついてきた――いや、それはもういい。後泥でズボンが汚れる。
召喚したジァイアントビートルに視線を落とす。
コイツ索敵できるのか?
砂嵐でこちらを見失ってたんだけど。
「ジァイアントビートル、索敵だ」
そう指示を出すとのそりのそりと首を振りながら歩き始めた。
霧と臭いで視覚嗅覚は駄目だが触覚なら、こいつでも敵を察知できるはず。
こう考えると、環境に合わせたモンスターのチョイスも必要なのか。
取り敢えず今はある手札で頑張ろう。
しかし、命令をちゃんと聞いていなかった時でも索敵は蛍火が勝手にやってくれていた。
今は自分でやらないといけない。
これが一般的な探索者のやることか。
いかに彼女に助けられていたかが分かる。
――蛍火が強くなった時に俺はそれに着いて行けるのか?
「敵はいるか?」
ジッとこちらを見るジァイアントビートルだが……分からん。虫の表情とかさっぱり。
ただ推理はできる。訴えかけるような視線。恐らくは、いる。コイツが俺の問いかけを理解できているのならば!
対話できた蛍火の分かりやすさよ。
「雷蔵、さん。敵がいるみたいだ」
返事は欠伸。
霧の向こうで微かに光がちらつくのが見える。
その光を興味なさげに見つめた後。
「大した数もいねえ。一人でも何とかなるだろ。頑張れ。助けてーって呼んだら助けてやるよ」
絶対に呼ばねえ。
ジァイアントビートルに警戒を指示する。
……どこだ?
いや、ジァイアントビートルが警戒している方向を見ればいい。
視線の先に敵は居ない。霧が濃くとも、影や霧の動きで多少は見える。
ならば。
「下!」
「判断がワンテンポおせえ」
地面へ突き立てられる巨大な角。
シャベルで土を掘り返す様な光景の中に一匹の爬虫類めいたモンスターが混ざっていた。
上の層で散々に戦っていたモンスター。
周りに他のモンスターの姿がない今ならばスキャンできる。
「沼トカゲ……」
カシュッと言う背後からの音に意識を取られる。
「こう言う地形だとなかなか手強い奴だ。頑張れ応援してるぞ」
大して応援してなさそうな声に思わず振り向く。
見れば銀色の缶を呷っていた。
「この状況で酒!?」
信じられねえこのオッサン! 人の戦闘を肴に飲むつもりだ!
「前見ろよ。ほれ、右から来るぞ」
モンスターよりも後ろの雷蔵に敵意を向けつつ。
「迎え撃て!」
ジャイアントビートルと蛍火に指示を出す。
――そして。
「落ちた……」
魔石が落ちた。
さっきまで一個も落ちなかったものが、俺だけで戦ったらあっさりと。
それはつまり、雷蔵の言葉は正しかったという事。
魔石を手に入れるには同格相手と戦うしかない。
今はまだ誤魔化せている。
だがいつか、俺が蛍火の致命的な弱点となる。
俺がこれからも緋鞠の為に魔石を稼ぎたいのならば。
助けてくれた蛍火に、その恩を返したいのならば。
俺自身も強くならなければいけない。
雷蔵みたいに即断即決できるわけでもなく。
蛍火みたいにモンスターへ有効打を与えられるわけでもない。
――ただ少しばかり頭が回るだけの俺なんかがどうやって?




