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01 命の値段

「緋鞠さんの余命は三年です」


 医師に言われた言葉を、頭が飲み込んでくれない。

 

 去年両親を亡くして。

 そして今度は義妹を亡くそうとしている。

 

 そう言っているのか?

 

「魔力欠乏症は次第に手足の自由が利かなくなり、それが全身に広がり、いずれ死に至ります」

「治療方法は……?」


 俺の喉から掠れたような声が出た。

 その問いかけに、医師は首を横に振る。

 

「現状見つかっていません」

 

 検査を受けていた辺りからずっと握っていた義妹の、緋鞠の手。

 いつも俺を引っ張って、前に進めていてくれた小さな手。

 それが微かに震えていた。

 いや、震えているのは俺の手か? 分からない。

 

 一つ確かなのは、緋鞠も俺の手を痛い位に握りしめていて。

 俺も縋りつくように握り返していたという事だけ。

 

「拓郎」


 緋鞠が俺の名前を呼んだ。

 視線が合う。

 いつの間にか、俺よりも大分下に来ていた目線。

 それが真っすぐに絡み合った。

 

「大丈夫」


 そう言って彼女はぎこちなく笑った。

 

「私は大丈夫だよ。拓郎」


 ◆ ◆ ◆


―――――――――――――――

 8月10日 朝 探索者三日目

―――――――――――――――

 

 二年以上前のことを思い出した。

 正しく言うのならば二年と四か月前。

 

『魔石を集めなさい。それだけが緋鞠さん命を繋ぐ方法だよ』


 その医師の言葉だけを縁にしてきた。

 高校に上がってからはバイト三昧。

 本当は、学校にも行かずに働きたかった。

 

 でもそれを僅かに漏らしただけで緋鞠からは猛反対を食らった。

 最終的には、彼女のお願いを聞き届けた形だ。

 

『お願い。一緒に学校行きたいの』


 だから、一年半も準備に時間がかかってしまった。

 諸々の準備――探索者の登録と専用のスマホ、ダンジョン内の装備、そしてモンスターの購入に計100万円。

 

 そうして登録してから三日間で稼げたのは凡そ2000円相当。

 トータルで10グラム程度の魔石。

 

「全然足りない……」


 こんなペースじゃ元を取るには4年近くかかる。それではとても間に合わない。

 

 想定外なほどに稼げていない理由は明白だ。

 入り口の辺りは安全だが人が多くてモンスターの取り合いになる。

 初日二日目は、それで助かった場面もあったけど、三日目は最早周りの同業者が邪魔だった。

 

 ダンジョンの奥へと目を向ける。

 明確に人が少なくなっている。


「やっぱ今日は奥に行こう」


 リスクは高まる。

 だが三日間でモンスターとの戦いにも多少は慣れた。

 囲まれないように立ち回れば危険は最小限に抑えられるはず。


 腕にしたブレスレット。そこに嵌め込まれた召喚石を指先で撫でる。

 そうすることで、足元に魔法陣が浮かび上がった。

 その絵柄は、糸のない操り人形。


「召喚、マリオネット!」


 地面に浮かんだ魔法陣の上に関節を軋ませながら、人型が降り立った。

 俺が一年半のバイト代で購入した唯一のモンスター。

 

「頼むぞ」


 マリオネットの胸を軽く叩けば、金属が響く音。

 

 湿った冷気。

 水滴の音。

 陽の差ささない地下。


 先に進むのをためらう要素が満載のダンジョンでも、こいつが居るからまだ前に進める。

 

 駆け出しの俺が深く潜るのは無謀。

 分かってる。

 

 でも今の稼ぎじゃとても足りない。

 

「絶対に、今週中に魔石100グラムは手に入れないと」


 そのペースは絶対に維持し続けないといけない。

 医師が言った最低限必要なラインがそこだ。

 それだけの量の魔石から魔力を補充する。そうすれば一週間の延命が叶う。

 

 思考を止めたのは、曲がり角からの気配。

 そこからはこれまでの洞窟とは対照的な熱を感じる。


 何かがいる――そう確信して鏡を取り出した。

 息を止めて鏡を傾ける。


「……いた」


 左右反転した光景の中に映っていたのは狐。

 ただの狐という事はないだろう。周囲に浮かんだ火の粉が空気と俺の肌を焦がすように舞う。


 毛皮の隙間から呼吸に合わせて炎が脈打つ。炎の狐……炎狐。

 

 既に何度か戦ったことのある相手だが油断は出来ない。

 

「マリオネット!」


 呼びかけると同時、戦闘態勢へ。

 その虚ろな目が赤く輝き、俺の指先に光の糸が絡みつく。

 

 指揮棒を振るうように指先を動かす。

 球体関節が人体には不可能な角度で折れ曲がり歪に立ち上がる。

 

 そのぎこちなさ。

 三日経つというのに、まだ十分に習熟したとは言えない。

 

 だけどこの三日間、俺だって何も考えずにいた訳じゃない。

 昨日までの工夫もない殴り合いから卒業するための秘策……というか開き直りがある。

 

「さあ行くぞ……!」


 指先で操って、なんて考えているから遅れるんだ。

 何も考えず、自分の動きと連動させる!

 

 俺の踏み込みが、マリオネットの踏み込みに変わる。

 全身が一瞬、マリオネットの物になったような気がした。

 身体を流れるモンスターとの一体感。

 

 比べ物にならないスムーズさで全力の前蹴り。

 蹴り上げられた炎狐が天井近くまで打ち上げられる――そして。

 

 ダメージの限界を迎えた炎狐が淡雪の様な光を纏い始める。

 身体からその光を放出しながら輪郭を薄れさせて、消えていく。

 

 先制攻撃からの一撃。

 この流れを確立できたのは大きい。

 

「下手にダメージを負ったら、回復に時間がかかるからな」


 周りを見渡せば、モンスターのダメージが大きいのか休憩している人たちも多少いる。

 昨日までの戦闘後の傷だらけの身体と、今日のピカピカの表面。

 それを比べれば上出来だ。

 

 とはいえ今回も魔石のドロップは大きめの砂か小石めいた小さな一つのみ。

 

「これだけ、か……」


 まだドロップしただけ良い方だ。

 酷ければ何も成果無しだってある。


 出ただけラッキー。

 そう切り替えて次に行くしかない。

 

「がっかりする暇なんてないぞ」


 つい、マリオネットに声をかけてしまうが返事は無い。

 

 その後も戦闘を繰り返して魔石は今日だけで10グラムくらいは集まった。

 昨日までに比べれば格段の進歩。

 それでも今のペースじゃまだ足りない。

 

 もう少し稼ぎたい気持ちはあるが、ダンジョンに入ってから四時間。

 立て続けの探索と戦闘の疲労もある。

 そろそろ一度出る頃合いだろう。

 

 外に出た瞬間、刺すような陽光が肌を焼く。

 蝉の声と人の喧騒が現実に戻ってきたのだと教えてくれる。


「疲れた……」


 座り込みそうになる足に鞭打って帰り道を歩く。

 碌な稼ぎのなかった焦りで顔を顰めている高校生。

 それが鏡に映っていた。

 

 こんな顔で家に帰るわけにはいかないと歩きながら顔を揉み解す。

 ……いつも通りの顔になれているだろうか?


「おかえり、拓郎」

 

 ダンジョンの熱を保ったままの俺を、緋鞠の声が冷やしてくれた。

 

 アイスを咥えたまま、ソファの手すりから首を逆さまに倒して笑う義妹。

 ガンガンに効いたクーラーの中で、俺の中学時代のジャージを着てだらけきっている。

 夏休みだからって気を抜き過ぎじゃないだろうか。


 ……緋鞠は今日も何時も通りだった。

 どこを見ても、病気だなんて欠片も感じない。


 なのにこいつはあと一年足らずで死ぬ。

 

 頭では分かっている。

 だからダンジョンに潜っている。

 なのに、現実感だけが追い付いてくれない。

 

 どこかで全部、間違いだったんじゃないかという期待を捨てきれない。

 

「アイス、俺の分は?」

「てへ。残り全部食べちゃった」


 舌を出して笑って誤魔化された。

 こいつ、この顔すれば俺が引っ込むと思ってんな?

 精々十回に八回くらいだ馬鹿野郎。

 

「おい、それ俺が買ってきた奴だろ」

「ごめんって。なんか今日妙に身体が熱くってさあ」


 その言葉で焦りが生じた。


「……熱でもあるのか?」

 

 このところ、緋鞠はちょっとしたことで体調を崩す。

 昔はそうじゃなかった。健康優良児で、いっつも俺を振り回していた。

 

 今じゃ、そんな無鉄砲さはよほど調子いい時にしか見せてくれない。

 

「んー、そういうわけじゃないんだけどなんか体の芯が熱いっていうか。なんか変な感じ……今は平気なんだけど」

 

 その自覚があるのか、緋鞠の表情も少し暗い。

 

「医者行くか?」

「この程度で行ってたらお金いくらあっても足りないって。平気平気」


 確かに自分だったらこの位で行かない。寝て治す。

 緋鞠が魔力欠乏症だから、些細なことも気になってしまう。

 

 だけど緋鞠の言う通りでもある。

 

 暗くなった空気を振り払うように首を横に振って緋鞠は笑顔を浮かべた。ちょっと猫っぽい、何時もの笑顔。

 

「ところでさ、お兄ちゃん?」

「なんだよ」

「最近忙しそうだけど」


 まだ探索者になったことは言えていない。

 言ったら危ないことやめてよ! と止められるのが目に見えている。


「週末夏祭りだからね。忘れないでよ」

「分かってる。忘れてない」

「全部おごりだからね。忘れないでよ」

「そんな約束はしてねえ」

「楽しみだなあ、お祭り」

「アイス。零してんぞ」

「おっと」


 口元からこぼれたアイスをティッシュで拭う。

 

「あと、夏祭りも良いけど夏休みにやるべきことは多くあるのを忘れんなよ?」

 

 それは例えば家の掃除だったり。

 

「お前最近物散らかすのが多いぞ。ちゃんと片付けろ」

「いやあ、拓郎が片付けてくれるからいっかーって」


 学校の課題だったり。

 

「小論文、凄く面倒くさいんだけど……後でやろ」

「お前なあ……」

 

 見た目元気を取り戻した緋鞠と二人で頭を悩ませながら課題をこなして、陽が沈みかけたころ。

 

「緋鞠、そろそろ晩飯の支度を……」


 ふと俺が顔を上げると緋鞠は机に突っ伏して眠っていた。

 体を冷やさないようにかける物でも持って来ようか。

 

 そう思って俺は緋鞠の部屋へタオルケットを取りに行く。

 

 ふと、机の上に置かれた紙が俺の視界に入ってしまった。

 名前以外白紙の進路調査票。

 緋鞠は羨ましくなるくらい字が綺麗だった。

 なのに、そこに記された名前はミミズがのたうち回ったような悪筆。

 

「何が何時も通り、だ……!」


 何時もはもう失われている。ただ俺が気付いていなかっただけ。

 必死で取り繕っている緋鞠はどんな気持ちだったのか。

 

 出来ていたことが出来なくなっていくというのは。

 

 思い返せば、最近緋鞠は目の前で字を書く姿を見せないようにしていた。

 

 他にもさりげなく俺の方に細かい作業を回してきたり。

 昔からそうやって甘えてきていたから――気付けなかった。

 

 何度も書いては消してという跡が残った第一志望の欄。

 

 ふと背筋が冷えた。

 

 あの笑顔の裏で、もう緋鞠が未来を諦めていたら――。

 

「そんな、筈はない」

 

 元の場所に戻して、タオルケットを手に俺は部屋を後にする。

 足元が頼りない。

 今自分が床を踏んでいるのかどうかさえ、自信が持てない。

 

 リビングに戻って彼女の肩にそっとそれをかける。


「怖くないわけがないよな」

 

 彼女の頬に流れる涙を指先で拭う。

 緋鞠は起きている時に、泣いている姿を一度だって見せた事は無い。

 

 その強さが、眠っているときに隠れてしまう位当たり前の話。

 

 その手のひらを握りしめる。

 祈るように額に当てる。

 

 この温もりを失いたくはない。

 三年前に両親は死んだ。

 もう、俺達しか家族は残っていない。

 

「絶対に助けるから」


 ふと、場違いな物を見つけた。


「……何だこれ」


 緋鞠の頬に触れるように――いや、まるで流れ落ちたように置かれている一つの石。


 こんなものさっきまでは絶対になかった。

 掃除した時に絶対に気付く。

 

 自分たちの生活空間にあり得ない物が混ざっている事に背筋が冷える。

 

 マリオネットの召喚石と同一のサイズ。

 だがそこにはあるべきモンスターの影は無く。

 

 ただ、夕日の中でさえ浮かび上がる炎のような赤。

 

「緋鞠……?」


 何でそう思ったのか。

 この石が義妹と重なって感じられた。

 それが辛うじて、俺のパニックを抑え込んでいた。

 

 指先で摘まめば、人肌の様な温度と微かな拍動めいた感触。

 掴んだままの緋鞠の手。そこから感じる脈拍と同じリズム。

 

「偶然、か?」

 

 だが――。

 

 脈動するように、炎が揺らめくように。

 妖しく石が光った。

ブクマ、評価よろしくお願いします

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― 新着の感想 ―
ダンジョン攻略ものだ! マリオネットというのも比較的珍しいけど、それ以上に体術を同期させるような独特な操り方が面白い。 主人公の行動の動機も簡潔に読みやすく描写されてる。 最後のヒキで続きも気になる、…
八歳と九歳と十歳のときと、十二歳と十三歳のときも僕はずっと! 待ってた!
新作!!!現代ダンジョン! 嗚呼、この石は……
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