第9話 清めの儀
神社でのメンテナンス回です。
ヒロインの力で、錆びついた刀が輝きを取り戻します。
放課後。僕は如月さんに連れられて、街の高台にある『如月神社』へとやってきた。
長い石段を登りきった先には、小さいながらも手入れの行き届いた境内が広がっている。
僕の廃墟のような実家とは大違いだ。
「ここで待ってて。準備してくるから」
彼女はそう言うと、社務所へと入っていった。
数分後、戻ってきた彼女は、制服の上から白い装束――白衣のようなものを羽織っていた。
手には、透き通った水が入った木桶と、柄杓が握られている。
「お待たせ。これが、うちの神社の御神水だよ」
彼女が桶を置くと、ふわりと甘いような清涼な香りが漂った。
腰の刀が、待ちきれないとばかりに震える。
『ほう……。なるほど、地下深くの霊脈から汲み上げた純度の高い水か。悪くない』
刀の上から目線な評価に苦笑しつつ、僕は鞘から刀を取り出した。
赤錆にまみれ、刃こぼれだらけの刀身が夕日に晒される。
「……ひどい状態だね。ずっと痛かったでしょう」
如月さんは刀を怖がることもなく、慈しむような目でそう言った。
彼女がそっと手をかざすと、指先が淡い光を帯び始める。
「じゃあ、いくよ」
彼女が柄杓で水を汲み、ゆっくりと刀身に注ぐ。
チャプ、と水が刃に触れた瞬間だった。
ジュワアアアッ……!
まるで熱したフライパンに水をかけたような音が響き、白い蒸気が立ち上った。
刀身にこびりついていた赤錆が、黒い泥のような汚れとなって溶け出し、地面へと滴り落ちていく。
「す、すごい……」
僕は息を呑んで見守った。
ただの水洗いではない。彼女の霊力が、水を通して刀の奥深くに浸透し、呪いのような穢れを洗い流しているのだ。
『うむ……うむ! これだ! 染みるぞ!』
頭の中で、刀の喜悦の声が響く。
『長年詰まっていた血の巡りが通るようだ。そこだ、その峰のあたりを重点的に頼む』
注文の多い刀だ。
だが、その効果は劇的だった。
十分ほど作業を続けると、刀身の半分以上を覆っていた赤錆が綺麗に落ちていた。
現れたのは、吸い込まれるような深い輝きを放つ地金。
刃こぼれしていた箇所も、まるで金属が自己再生したかのように滑らかに修復されている。
「……ふぅ。今日はここまでかな」
如月さんが額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。
相当な集中力と霊力を使ったのだろう。その顔は少し青白い。
「大丈夫? 無理させたみたいで悪いな」
「ううん、平気。……見て、すごく綺麗になったよ」
彼女が指差した刀は、昨日のナマクラとは別物だった。
まだ根元の方に錆は残っているが、切っ先から中央にかけては名刀の風格を取り戻している。
軽く振ってみる。
ヒュンッ!
空気を裂く音が鋭い。
重さを感じないほど手に馴染む。これなら、あの硬い式神の皮膚も斬れるかもしれない。
『礼を言うぞ、巫女の娘よ。お蔭で力が戻った』
刀から伝わってくる満足げな波動を感じ取ったのか、如月さんが嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして。……天城くん、これで戦える?」
「ああ。十分すぎるくらいだ」
僕は刀を鞘に納め、彼女に向き直った。
「ありがとう、如月さん。この借りは必ず返す」
「借り返すなんて言わないで。私は……ただ、天城くんに死んでほしくないだけだから」
彼女の真っ直ぐな視線に、僕は言葉を詰まらせた。
ただのクラスメイトだった僕に、なぜそこまでしてくれるのか。
その理由は聞けなかったが、彼女が僕にとって欠かせない「仲間」になったことだけは確かだった。
僕は強くなった相棒の重みを腰に感じながら、ある決意を固めていた。
(待っていろ、久遠寺。次は負けない)
メンテナンス完了。
刀の切れ味と強度が大幅にアップしました。
次回、いよいよ反撃の時? それとも新たな事件?




