第7話 式神使い
一般人には見えない刀。しかし、彼には見えています。
格の違いを見せつけるような、一方的な暴力。
月明かりの下、久遠寺 蓮が優雅な足取りで近づいてくる。
その視線は、僕の顔ではなく、腰に差した『黒鞘』に向けられていた。
「へぇ……。ゴミ捨て場から拾ってきたのかい? そんな錆びついた鉄屑を」
蓮が鼻で笑う。
やはり、こいつには見えている。
本来、妖刀や霊具の類は、霊力を持たない一般人の目には映らない。
だからこそ、僕はこうして刀を腰に差したまま堂々としていられるわけだが――退魔の名門である久遠寺の人間には、通用しない。
「お前には関係ないだろ。ここから出て行け」
僕が低い声で威嚇すると、蓮は大げさに肩をすくめた。
「怖い怖い。野良犬が牙を剥くなんてね。……まあいい。不法侵入者への処罰としては、少し痛めつけるくらいが妥当かな」
蓮が懐から一枚の和紙を取り出した。
人の形に切り抜かれた『形代』だ。
「現れろ――『赤鬼』」
彼が指先で弾いた和紙が、空中でボッと発火する。
炎は瞬く間に膨れ上がり、身長二メートルを超える巨漢の鬼へと姿を変えた。
手には巨大な金棒。全身から放たれる妖気は、さっきの野衾たちとは桁が違う。
(式神……!)
陰陽術によって使役される人工の妖怪だ。
術者の霊力が高いほど、その強さも増す。
「やれ」
蓮の短い命令で、赤鬼が咆哮を上げて突っ込んできた。
速い!
僕はとっさに刀を抜き、金棒の一撃を受け止める。
ガガガガッ!!
「ぐっ……!」
重い。まるで岩石が降ってきたような衝撃。
足元のコンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れる。
刀がなければ、一撃でミンチになっていた。
「ほう、防ぐか。腐っても元名家の子息ってところかな」
蓮は腕を組み、高みの見物を決め込んでいる。
自らの手は汚さず、道具を使って痛めつける。それが奴のやり方だ。
(なめるな……!)
僕は歯を食いしばり、刀に意識を集中させる。
相手は力任せの式神だ。動きは単調。
なら、受け流せる!
「ふっ!」
金棒を押し返すのではなく、刀身を滑らせて力を横へ逃がす。
赤鬼の体勢が崩れ、前のめりになった瞬間。
『胴だ』
刀の声が響く。
僕は迷わず踏み込み、横一文字に刀を薙いだ。
ザンッ!
赤鬼の胴体が綺麗に両断される――はずだった。
しかし。
ガキンッ!
硬い金属音が響き、僕の手が痺れた。
刃が通らない!?
斬れたのは表面の皮一枚。赤鬼の鋼のような筋肉に、錆びついた刃が阻まれたのだ。
『チッ……硬いな。今の錆びた刃では、これが限界か』
刀が悔しげに舌打ちする。
赤鬼が裏拳を振り回す。
僕はバックステップで躱したが、頬に風圧を感じて冷や汗が流れた。
「あはは! なんだそのナマクラは!」
蓮が腹を抱えて笑う。
「錆びだらけで刃も潰れているじゃないか。そんなもので僕の式神を斬ろうなんて、笑わせないでくれよ」
屈辱で顔が熱くなる。
技術で勝っても、武器の性能で負けている。
今の『赤錆の刀』では、格上の相手には通用しないのか。
「さて、遊びは終わりだ。……潰せ」
蓮の目が冷たく細められた。
赤鬼が金棒を振り上げ、トドメの一撃を放とうとした、その時。
ウウウウウ――ッ!
遠くから、パトカーのサイレン音が響いてきた。
「……チッ。誰かが通報したか」
蓮はつまらなそうに舌打ちをすると、指を鳴らした。
赤鬼が炎となって消滅し、元の燃えカスのような紙切れに戻る。
「運が良かったな、天城。だが、次は容赦しない。大人しくそのナマクラを捨てて、這いつくばって生きることだ」
捨て台詞を残し、蓮は闇の中へと消えていった。
僕は鞘に刀を納め、震える拳を握りしめることしかできなかった。
圧倒的な敗北感。
今のままじゃ、勝てない。
ライバルとの初戦闘(代理戦争)は、苦い結末になりました。
技術があっても、武器が錆びていては通りません。
次回、刀のメンテナンス(?)と、新たな協力者について。




