第1話 赤錆の刀
あけましておめでとうございます。記念すべき2026年1作目です。
現代を舞台にした、和風バトルファンタジーです。
楽しんでいただけたら幸いです。
熱い。
肌が焦げるような熱気と、鼻をつく血の匂い。
視界のすべてが、紅蓮の炎に染まっていた。
「走れ! 振り返るな駆!」
「ああっ、あなた……!」
父の怒号と、母の悲鳴が聞こえる。
僕は幼い足を必死に動かしていたが、恐怖で足がもつれ、廊下に転がり落ちた。
顔を上げると、障子の向こうに人影が見える。
かつて父がもっとも信頼していた男。僕も「兄様」と慕っていた男だ。
そいつは、燃え盛る屋敷の中心で、嘲るように笑っていた。
「残念だよ。まさかこれほど脆いとはね」
その手には、我が家の守り神であったはずの『宝珠』が握られている。
父が僕の胸に、重たい何かを押し付けた。
ずしりと重い、鉄の塊。
「行け! これを持って生き延びるんだ! そしていつか……いつか必ず、この家を……!」
言葉は、崩落した梁の音にかき消された。
「うわああああああああっ!!」
◇
「――っ!!」
ガバッと、勢いよく布団を跳ね除けた。
心臓が早鐘を打っている。背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
荒い呼吸を繰り返しながら、周囲を見渡す。
そこに燃える屋敷はない。あるのは、シミだらけの天井と、カビ臭い畳。
築四十年、家賃二万五千円のボロアパート『松風荘』の一室だ。
「……また、あの夢か」
額の汗を拭い、僕は枕元に視線を落とす。
そこには、夢の中で父から託されたものが、変わらぬ姿で鎮座していた。
赤錆にまみれ、鞘すら失った一本の日本刀。
かつての名家の証にして、今の僕に残された唯一の財産だ。
「……行くか」
僕は重たい体を起こし、制服に袖を通す。
鏡に映った自分は、どこにでもいる男子高校生だ。ただ、目の下に濃い隈があることを除けば。
竹刀袋に偽装した袋に「赤錆の刀」を入れ、背負う。
これが僕の日常だ。
アパートを出て通学路を歩く。
街頭ビジョンには、今をときめく大企業『久遠寺グループ』のCMが流れていた。
画面の中で、僕と同い年くらいの青年が爽やかに微笑んでいる。
『久遠寺グループは、皆様の安心と安全を守ります』
「……よく言うよ」
僕は舌打ちをして、視線を逸らす。
久遠寺家。かつて僕の家を陥れ、全ての利権を奪い取った宿敵。
画面の青年は、現当主の息子であり、僕の幼馴染でもあった男だ。
ふと、路地裏から奇妙な気配を感じた。
一般人には見えない、黒く澱んだ靄。
妖気だ。
(今日はやけに濃いな……)
見て見ぬふりをして通り過ぎようとした、その時。
「キャアアアアッ!」
短い悲鳴が聞こえた。
足が止まる。
関わるな。今の僕には力がない。下手に手を出せば死ぬだけだ。
頭では分かっているのに、体は勝手に路地裏へと向いていた。
薄暗い路地の奥。
そこで尻餅をついている女子生徒に、異形の怪物が迫っていた。
体長二メートル近い、腐った肉の塊のような『餓鬼』だ。
「グルルァ……喰ウ……肉……」
餓鬼が腕を振り上げる。
女子生徒は腰が抜けて動けない。
このままでは、殺される。
「くそっ!」
僕は背中の袋から、赤錆の刀を引き抜いた。
錆びついて刃こぼれだらけの、ナマクラ刀。
だが、今の僕にはこれしかない。
「おい! こっちだ化け物!」
叫ぶと同時に、僕は餓鬼の背後へと駆け出した。
恐怖で足が震える。心臓が破裂しそうだ。
それでも、僕は天城家の当主だ。
目の前で誰かが喰われるのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
餓鬼が振り返り、白濁した目で僕を睨んだ。
「天城……カ……?」
僕の全身の血が沸騰するような感覚。
錆びついた刀が、ドクン、と脈打った気がした。
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次回、覚醒。




