第二話 境内の素振り
お山の上の神社にも夏がやってきました。神様は相変わらす季節の移り変わりをながめています。
「もう草がのびておる。ぼーぼーじゃなあ」
少し前に草刈りが行われました。一応、神社は管理されているのでたまにお手入れはされています。
「夏が長くなってる気がするのう。今は何月だったか」
お祭りがあったころはお祭りの開催でわかったのですが、今は昔です。
「いまぐらいの季節に境内に来ていた坊主がいたのう」
いつの頃だったか、神社の境内にやってきた少年のことを思い出しました。
そのとき神様は人間の青年に化けて草むしりをしていました。
夏祭りも終わってしまい暇だったのです。暇つぶしに人間の真似をしてみたのでした。
祭り中はにぎやかだったのですが、終わってからは静かなものです。ほとんど人は来ません、いつもなら。
今日はいつもと違うようです。十歳を少し超えたくらいの少年が来ていました。木の棒をブンブン振り回しています。
「何やっとるんだ坊主」
「うわっびっくりした!」
少年は草むしりをしていた神様に気がついていなかったようです。
「棒切れなんぞ振り回してやっとうの修練か」
「野球の素振りだよ。ってかやっとうって何」
「剣術といえばわかるか。で、野球ってなんじゃ」
「へー。で、兄ちゃん野球知らないの?」
少年はまたびっくりしました。いまどき野球を知らない人がいるなんて。
じいちゃんだって知っているのに。
高校生くらいに見えるお兄さんですが、テレビも見ないラジオも聴かないのでしょうか。
多少の疑問はありましたが、少年は神様に野球の説明をしました。
使う道具やルール、人気の球団や選手、甲子園に少年野球などなど。
「よく知っておるのう。よっぽど好きなんじゃな」
「うん! 絶対将来はプロ野球選手になるんだ」
説明された内容は半分もわかっていない神様ですが、少年がキラキラした目で楽しそうに話すのを微笑ましそうに見ていました。
「兄ちゃん神社の人?」
「そんなもんじゃ」
人ではありません。祀られている本人ですので関係者ではありますが。
「練習ダメだったりする?」
「悪させんなら構わんぞ」
「やったー!」
それから毎日のように少年は境内で野球の練習をしにきました。
木の棒を振り回したり球を投げたり走り回ってみたり。
「毎日よくやるのう。試合が近いのか?」
「逆だよ、この前負けたんだ。二回戦負け。だから次は負けないように今から特訓してるんだ」
「ほー。マー坊は努力家じゃな」
少年の名前は誠なのでそこからマー坊呼びになりました。同世代に化けているときならマーくんとでも呼んだのでしょうが、今回の神様は年上のお兄さんですから。
神様は少し不思議に思っていたことを聞いてみました。
「野球ってのは大勢でやるもんなんじゃろ。皆と練習せんでよいのか」
「チームで集まるのは日曜だけなんだ。だから他の日は個人練習!」
そういえば少し前に一日来なかったことがありました。それが日曜日だったのでしょう。
毎日熱心に野球をやっているようです。
毎日?
昨今のこどもたちは夏にやることがあったはずです。
「夏休みの宿題とやらはやっとるのか」
『宿題』の言葉を聞いたマー坊は分かりやすく嫌そうな顔をしました。
「やってるよ、午前中に」
きちんとやっているならそんな顔をしなくても良さそうですが、宿題とはよほど嫌なもののようです。
そういえばマー坊がやってくるのはいつもお昼過ぎでした。
一生懸命な様子が気に入ったのか神様は必ず人間に化けてマー坊と何か話します。
練習の合間に少しお話しするだけ、特別変わったことはありません。
「ここ涼しいから昼でも練習しやすいんだ!」
とか
「今日は夕立がありそうだぞ。早めに帰れ」
なんてことです。そんな日々が過ぎていきました。そしてある日のこと。
「兄ちゃん、今日で夏休み終わりなんだ」
「おお、もうそんな時期か。次の大会は勝てるといいの」
「うん、練習させてくれてありがとな!」
このときもたわいない会話をして終わりました。
学校が始まってからは毎日くることはありませんが、お正月やお祭りで見かけることがありました。
そして翌年の夏もマー坊はやってきました。去年よりは勝ち進めたけど優勝はできなかったのでまた練習させて欲しいと。
「来年は中学生になるからさ、野球部入るんだ」
「それは少年野球とやらとは違うのか」
「違うよ。どう違うかっていうと……説明難しいな」
一年分成長したけどまだまだこどもなマー坊は一生懸命考えて神様に説明しました。説明できたのは小学生と中学生は別にやる、ということくらいでした。
その次の年もマー坊はやってきました。一年前に言った通り野球部に入ってがんばっているようです。
「人数多いからレギュラーになるのがまず大変なんだよ」
「れぎゅらー?」
「兄ちゃんカタカナ弱いよなあ」
その後も何度かマー坊はやってきました。神様は正確な回数は覚えていませんが、高等学校を卒業するまではきていました。
坊主というにはだいぶ大きくなったマー坊は言いました。髪型は坊主でしたけど。
「ガキの頃は甲子園優勝してプロ野球選手! なんて言ってたけど無理だったなー」
高等学校でも野球部に入ったそうですが、あまり強いところではなく甲子園には行けなかったそうです。
卒業後は働くと言っていました。働きはじめたら学生の頃のように野球をすることはできないと少し残念そうです。
「ぷろ?でないとできんのか」
「できるよ。社会人野球ってのもあるし見るのも好きだからさ。完全にはやめないよ」
神様とマー坊が直接会話をしたのはこれが最後でした。
働き出したマー坊は以前のように野球の練習をしに境内にやってくることは無くなったのです。
その後、まったく来なくなったわけではありません。
お祭りや初詣で見かけました。友達らしい青年たちと楽しそうにしていたり。恋人なのか女性と二人でやってきたり。
昔のマー坊にそっくりの男の子を連れてきたり。
でも、お祭りはいつの頃からかなくなってしまいました。初詣も昔ほど人は来ません。
「最後にマー坊を見たのはいつじゃったかなあ」
春に再会したみーちゃんよりマー坊と出会った方が先でした。つまりみーちゃんよりマー坊の方が年上です。
「いい年したおっさんになってるのかのお。あの坊主が」
神様が思い出にふけっていると鈴の音が聞こえてきました。
大抵の神社でお賽銭箱の上にあるあの鈴です。この小さな神社にもあります。めずらしくお参りに来た人がいるようです。
白髪混じりの中年の男性がいました。
どこか見覚えのある顔です。その男性は次のようなことを心の中で神様に報告しました。
息子が甲子園に出られることになりました。自分には叶わなかったことを子供が叶えてとても嬉しいです。
こどもの頃、甲子園とプロ野球選手を目指してここで特訓をしていたことを思い出したので久しぶりに来ました。
あの時、練習させてくれた兄ちゃんはここの神様ですよね。ありがとう。
「あー、疲れた。こんな階段、昔は気にもならなかったのにな。オレもおっさんになったなあ」
お参りに来たのはマー坊でした。立派なおじさんになっていますが、面影があります。
小さいころから知っているといくつになってもこどもに見えるなあ、なんて神様は思いました。
「マー坊は単純そうだったからバレてないと思ったんだがのう」
悔しそうなセリフを言いながらも、どこか嬉しそうな神様でした。
春に続いて夏にも良いことが起きたのですから。




