第一話 コンちゃんと春のこども
ある春の日のことです。桜が散り始めた頃のこと。
「あー暇じゃ」
山の上の小さな神社の神様は退屈していました。
この日に限らず最近はずっと暇です。だって、めったに人がやってこないのですから。
「桜の季節が早くなっている気がするのう」
季節の移り変わりをながめるくらいしかやることがありません。
それは嫌ではないけど、ちょっぴり物足りないのです。
神社の周りをぶらぶらしながら桜の木を眺めていたときのことです。
こどもの泣く声がしました。
小さな神社の鳥居に続く階段に六つか七つくらいの女の子がいました。
神様にとっては数年ぶりに見るこどもです。大人もしばらく見ていないけれど。
女の子は階段に座り込んで泣いています。どうやら迷子のようです。
近くの里まで送ってやろう。そのためには人間に化けて案内するのが良いだろう。
どんな人間に化けようか。女童なら優しそうな女性か。衣は洋装だな。
「どうしたの? お母さんとはぐれちゃったのかな?」
迷子になってしまって泣いていたみーちゃんに話しかけてくる人がいました。
桜みたいな色のカーディガンを着た優しそうなお姉さんです。
パパママからは知らない人にはついて行っちゃいけませんと習っています。
お話するのもたぶんよくないです。フシンシャだったら大変です。
でもお姉さんはフシンシャには見えません。
迷子のみーちゃんを心配してくれているようです。
「お兄ちゃんと探検してたらはぐれちゃったの」
「そっかあ、どんなところを探検してたのかな」
優しそうなお姉さんこと神様はみーちゃんのお話をじっくり聞きました。
お母さんとお兄さんと一緒に、おばあちゃんの家に遊びにきているそうです。
おばあちゃんの家についても話してくれました。
お庭があっていろんな木や花が植えてあるそうです。でも、近くの里は田舎なのでそういう家がほとんどです。それだけではどこの家なのかはわかりません。
「おばあちゃんのお家には他と違うことないかな? 目印になるようなもの」
みーちゃんはちょっとだけ考えます。
「桜の木があるよ、しだれざくらっていうんだって。他のと違って枝がたれているの」
ああ、あの家か。
神様にはこころあたりがありました。昔遊んだことのあるこどもの家です。
その子もみーちゃんと呼ばれていました。
迷子のみーちゃんはあのときのみーちゃんの娘か孫でしょうか。
いつのころだったでしょうか。
迷子のみーちゃんと出会うより何年も前の春のことです。
その年も神様は桜を見ていました。
人間の家にちょっと変わった桜があると耳にして見に行ったのです。
枝がたれている桜でした。
「こんにちは!」
六つか七つくらいのおさげの女の子から声をかけられました。
このときの神様は人間のこどもに化けていたのです。女の子と同じくらいの歳の。
「何してるの?」
「この桜見てたの。キレイだね」
「うちの桜キレイでしょ。しだれざくらって言うんだよ」
女の子は得意げに言います。
「わたし美津。みんなはみーちゃんって呼ぶよ」
「わたしは……コンちゃんかな」
本当の名前ではありませんが、けっこう気に入っているので神様はそう名乗りました。
枝垂れ桜がきっかけで神様と女の子はいっしょに遊ぶようになりました。
「このお山には神様がいるんだって。お姉さん知ってる?」
こちらは現在、迷子のみーちゃんです。
知ってるも何も本人なのですが。
「聞いたことはあるかな。みーちゃんは?」
「コンコンさまっていうんだって。おばあちゃんから聞いたの」
みーちゃん(迷子)はみーちゃん(美津)の孫でしょうか。みーちゃん(美津)からはコンちゃんと呼ばれていたので違うかもしれません。
「キツネの神様なのかなあ」
コンコンさまとかコンちゃんは愛称であって狐ではないのですが、神様は否定せずにみーちゃんとお話をつづけました。
「コンちゃんって神社の子?」
落ちてくる桜の花びらをどちらがたくさん捕まえられるか競争しているときにみーちゃん(美津)が聞きました。
「どうして?」
「山の上の神社の神様、コンコン様って言うんでしょ。お母さんが言ってた」
当たらずとも遠からずと言うところですね。
まさか神様本人だとは思わないでしょう。
「うーん、まあ、そんなとこ」
人間のこどもの姿をしている神様は何枚目かの花びらを捕まえながら答えます。
「コンコン様ってキツネっぽいよね。キツネの神様なの?」
「どうかなあ」
肯定も否定もせず、神様は笑いながら答えました。
「四月から小学生なんだ。ランドセルしょって学校行くんだよ」
「赤いランドセル?」
「ラベンダーだよ。でも赤もかわいかったなあ」
みーちゃん(迷子)はもうすぐ通うことになる小学校にワクワクしているようです。
神様も小学校のことはなんとなく知っています。こどもたちが集まって勉強するところ。そのための本や帳面を入れるのがランドセル。以前見たこどもたちは男の子が黒、女の子が赤のランドセルを背負っていました。
「そっかあ、ラベンダーかあ」
今は黒と赤以外の色もあるようです。らべんだーというのがどんな色か神様はわかりませんでしたけど。
みーちゃん(美津)は赤いランドセルを背負っていました。
「女子は赤で男子は黒なんだよ。もっといろんな色があるといいのになあ」
そう言って赤いランドセルを庭のすみっこに置いてコンちゃんこと神様といっしょに遊びました。あの年のみーちゃん(美津)は小学校に入ったばかりと言っていたはずです。
桜の季節が早くなっているのは神様の気のせいではないようです。
おしゃべりしながら歩いていると、枝垂れ桜のある家が見えてきました。
何年前だったか、コンちゃんこと神様とみーちゃん(美津)が遊んでいた枝垂れ桜の木です。
「みーちゃーん」
「美里ー!」
大人の女の人の声と、男の子らしい声がします。誰かを探している様子です。
「ママとお兄ちゃんだ!」
迷子だったみーちゃんは嬉しそうな声をあげます。みーちゃんは美里ちゃんという名前のようです。
「お姉さんありがとう!ママーお兄ちゃーん」
「どういたしまして。気をつけてね」
みーちゃん(美里)は声の方向に駆け出しました。一度振り返って手を振ってくれました。
神様も手を振り返します。
迷子のみーちゃんは無事に家族と再会できました。
「みーちゃん! 大丈夫? どうやって帰って来れたの?」
「大丈夫! お姉さんが送ってくれたの」
「お姉さん?」
みーちゃん(美里)のお母さんは不思議に思いました。
この辺りにみーちゃん(美里)がお姉さんと呼ぶような年齢の女性は住んでいません。
お兄ちゃんの話によると山の中を探検していてはぐれたので出会ったのは山の中ということになります。
山の中から迷子のこどもを案内するなんて地元の人でもなければ無理そうです。
「美里、桜の花びらくっつけてる」
お兄ちゃんがみーちゃんの髪の毛にくっついている花びらをとります。
(お兄ちゃんは妹を探検に連れて行ってはぐれてしまったので怒られました)
「コンちゃん?」
なぜかお母さんはこどもの頃に遊んだ不思議なともだちのことを思い出しました。
あの子が美里のことを送ってきたくれたような気がしたのです。
「みーちゃんはみーちゃんの娘じゃったか」
美里は美津の娘だったか、と言いたいようです。親子で同じ呼び名でちょっと紛らわしいですね。
ひさしぶりにこどもとおしゃべりして、昔遊んだ子が母になっているのを知ることができました。
ささいなことですが、神様にとっては良い日になりました。




