第6話 和宏の家に
食事を済ませてカフェを出た後、愛理と和宏は店の周辺を歩きながら聞き込みを行った。
しかし、桜子がそのカフェで会っていた男について知っている人はほとんどいなかった。店の常連客たちは二人を見かけたことはあっても、その男のことはあまり記憶に残っていない様子だった。
「全然、手掛かりが掴めないですね。よほど印象に残らない男だったのでしょうか……」
愛理は少し肩を落として言った。
和宏は思案しながら答えた。
「桜子のことは心配だけど、こんなに何もわからないと言うことは二人の間で目立つようなトラブルは無かったということだろうか」
「その可能性はありますね。でも、あまり楽観視はできません」
愛理はしばらく黙って考え込んでいたが、ふと思いついたように顔を上げた。
「和宏さん、私あなたの家に行きたいです」
「え? 僕の家に!? もうすぐ夜だよ? 親御さん心配しない!?」
和宏は驚いて愛理を見つめた。愛理は苦笑して手を振った。
「もう冗談はいいですから。私一人暮らししている大人ですよ? 桜子さんの部屋から何か手掛かりが見つかるかもしれません」
「あ、そういうことね。桜子の部屋なら僕も少し調べたんだけど……」
和宏は少し戸惑ったように言ったが、愛理の鋭い探偵としての視線は変わらなかった。
「でも、何か見落としがあるかもしれません。もう一度調べてみましょう!」
和宏はその視線をしっかりと受け止めて、穏やかに答えた。
「そうだね。僕はあまり部屋を調べるのは桜子に悪いと思ったんだけど、同じ女の子の君になら任せられるかもしれない」
「それに、桜子さんが普段どんな生活をしているかが分かれば、そこから事件解決の糸口が見えてくるかもしれません」
「なるほど、さすがは探偵さんだ」
和宏はそこで少し考え込み、
「でも、君が僕の家に来るなんて、君は平気なのかい? もう日も暮れてきているし、明日にしても……」
愛理は軽く肩をすくめて微笑んだ。
「急かもしれませんが、桜子さんを探すには時間がないんです。もし何か手がかりを見つけることができれば、それが事件を解決する大きな一歩になるかもしれません」
和宏はしばらく愛理の目を見つめ、最終的に頷いた。
「わかった。桜子のことは心配だし、君が言う通りかもしれない。家に行こう」
二人は歩いて和宏の家に向かうことにした。和宏は愛理に家の場所を伝えながら、少し緊張した面持ちで先を歩いた。
「家に来たいなんて、君から言われるなんて思わなかったな」
和宏は笑いながら言ったが、その目はどこか心配そうだった。
愛理はその言葉に微笑みながら答えた。
「事件を解決するためですから。桜子さんには後で許しを得ようと思います」
「君がそう言うなら任せるよ。でも、桜子のことを考えると、どうしても胸が痛むな……」
和宏が少し遠くを見るように言ったその瞬間、空が暗くなり、強い風が吹き始めた。
「えっ?」
愛理は突然の天候の変化に顔をしかめた。
「まさか、さっきまで晴れていたのに……」
和宏も空を見上げると、暗雲がすぐに広がり、大粒の雨が降り始めた。
「うわ、急に大雨だ!」
「急いで家に向かいましょう!」
愛理は頭を抱えながら、足早に走り出した。
雨は一瞬で強くなり、あっという間に二人はずぶ濡れになった。雨粒が大きく、衣服をどんどん重くしていく。和宏も愛理もあいにく傘を持っていなかった。
「うわー、すごい雨だ……」
和宏は何げない日常のように言ったが、その顔の裏に桜子のことを考えている心配げな表情が見え隠れしていた。
愛理は彼の後ろについていきながら、少しずつスピードを上げた。
「私なら大丈夫ですから! もっと走るスピードをあげましょう!」
「ありがとう。よし、僕の全力疾走を見せてあげるよ!」
「負けませんからね!」
二人はずぶ濡れになりながらも、無言で走り続けた。足元は泥濘み、雨は容赦なく降り注ぎ、やがて二人の足音だけが響く静かな夜の街並みが広がった。
やっと和宏の家が見えてきた。家の窓は暗くまだ誰も帰っていない事が伺えたが、雨の冷たさから解放される屋根の安心感が漂っていた。
「やっと着きましたね……ずぶ濡れになってしまいました……」
愛理は息を切らしながら言った。服はずぶ濡れで重くなり、髪の毛も完全に濡れてしまっていた。
「こんなに濡れてしまって……僕たちのせいでごめんね」
和宏は慌てて言ったが、愛理の姿勢に感謝の気持ちを隠しきれなかった。
「大丈夫です。桜子さんのためなら、少しの雨で濡れるぐらい気にしませんよ」
愛理は笑顔で答えたが、その目はどこか真剣だった。
和宏は愛理の言葉に胸を打たれ、玄関のドアを鍵で開けた。
「ありがとう、愛理ちゃん……さあ、上がって」
「お邪魔しま……その前にタオルを貸してくれませんか? 濡れたまま上がるわけにはいきませんから」
「ああ、そうだね。すぐ取って来るよ」
和宏は急いで家の中に入ると、すぐにタオルを持ってきて、愛理の濡れた髪を拭いた。
「あ、これぐらい自分で出来ますから」
「いや、僕にさせてくれ。娘の為に頑張ってくれている愛理ちゃんに少しでも恩返しがしたいんだ」
愛理はその優しさに少し驚きながらも、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「さあ、これが終わったら、まず桜子さんの部屋を調べましょう!」
愛理はその目に決意を込め、桜子を見つけ出すための調査を続ける覚悟を固めるのだが……
「その前にこの濡れた服も乾かさないと。お風呂沸かすから先に入っていいよ」
「いえ、悪いですから」
「濡れた服で桜子の部屋に入れるわけにはいかないね」
「お世話になります……」
その前にやるステップはまだあるようだった。




