第15話 危険の山へ
愛理と和宏は、金井がこの町に構えているというスタジオの場所を突き止めた。桜子がそこにいる可能性も非常に高い。
だが、一つ大きな問題があった。
「ここって、町はずれの山の中ですよね」
「ああ、桜子がここにいる可能性は非常に高いが……」
二人は手にした地図を見つめながら唸った。
「熊……が出る可能性がありますね」
「ああ、今朝のニュースを見た後でそこに行くのは安全とは言えないね」
「しかし、駆除を待っている時間はありません。桜子さんの安全を一刻も早く確保しないと、遠くに連れ去られる危険性があります」
和宏と一緒に地図を見つめ、愛理はしばらく黙って考えた後言った。
「でも、これはチャンスかもしれません。熊の出没がニュースになっている今なら金井さんも不用意に桜子さんを連れて出る事はできないでしょうから」
「言うなれば安全が確保できていない今こそがチャンスということか」
「そういうことです」
「だが、万が一、山で熊に遭遇したらどうする? 二人で死んだふりでもするのかい?」
和宏のその言葉に、愛理は少し苦笑を浮かべて答えた。
「それでは相手に手番を譲る事になります。相手が見逃してくれる保証はありませんし、その時は私の格闘術を熊に教えてあげますよ」
「え? 君が戦うのかい?」
和宏は驚いて愛理の小さな拳を見るが、愛理は和宏の顔を見つめ返しながら、しっかりとした声で答えた。
「もちろん。熊の心配をするのも分かりますが、ちゃんと怪我をさせないように手加減はしますよ」
「いや、君の心配なんだけど」
「大丈夫ですから、私に任せてください。それとも今ここで確認しておきますか?」
「いや、それはちょっと……うわあああ!」
距離を縮める愛理に和宏は遠慮しようとするのだが、次の瞬間には掴まれて投げられていた。もちろん怪我はしないように手加減されて。
「まあ、こんな感じです。分かりましたか?」
「凄いね。この小さな手のどこにそんな力があるんだい?」
「術というだけあって、これはただの力任せではないんです。教える時間もありませんし、今は桜子さんを見つけ出すことが先決です。急ぎましょう」
和宏はまだ半信半疑な顔をしていたが、山へ向かう愛理についていった。いざとなれば自分が戦うと決意しながら。
二人は山へと向かい、険しい道を進んでいった。道中、和宏は依然として愛理の後ろを歩いていた。彼女の実力を信じてはいたが、やはり心配な気持ちも消えなかった。
「愛理ちゃんは山を歩くのは慣れているのかな?」
「ええ、まあ。和宏さんは疲れたのなら帰ってもいいですよ」
「ここまで来て帰るわけにはいかないよ。それに熊が出たら愛理ちゃんの傍にいる方が安全そうだ」
和宏は愛理に冗談めかして笑いながら声をかけるが、それが彼の強がりと優しさなのは愛理には分かっていた。
「大丈夫です。熊が出ても、私が冷静に対処します」
愛理は前を見据えながら、自信満々に答えた。
山道を進んでいくうちに、だんだんと木々が深くなり、暗く湿った空気が漂うようになった。動物の気配が感じられる場所では、しばらく周囲に気を配りながら歩くことになった。
その時、突然、草むらがざわついた。和宏はすぐに反応し、愛理の傍に寄った。
「何かいる……!」
「下がってください、私が見ます」
有無を言わさぬ口調でそう言われたので、和宏は黙って彼女に譲る。
愛理は素早く身構え、周囲を見渡すと、遠くから低い唸り声が聞こえてきた。
「熊ではありません。猪です」
「分かるの!?」
「遭遇した事がありますから。このままだと近づかれますね」
和宏は緊張しながらも、「どうする?」と尋ねた。
愛理は一瞬立ち止まり、そして口元に微笑みを浮かべて言った。
「任せてください」
その後、愛理は軽やかに動き出し、素早く草むらの中に隠れていた猪を見つけた。その瞬間、猪は興奮して愛理に向かって走り寄ってきたが、愛理はしっかりと構え、冷静に立ち向かう準備を整えていた。
「愛理ちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫ですから見ていてください」
和宏は息を呑みながら、愛理の身のこなしを見守った。愛理は足元をしっかりと固め、猪が近づくのを待つ。
猪が愛理に迫る瞬間、彼女は素早く動き、猪の目を見ながら一気に身をかわし背後に回り込むと、その場で巧妙に猪を足元から倒す動きを見せた。
「うわぁ、猪が倒れた……!?」
それはまさに自分がやられた再現のようで、和宏はその見事な動きに驚愕し、愛理が猪を軽々と制圧する姿に感心しきりだった。
「これくらい、問題ありません」
愛理は一息ついて、和宏を振り返り、にっこりと笑った。
「さあ、行きましょう」
逃げていく猪を見送って、二人は山登りを再開した。
猪の襲来を無事に対処した二人はそれから目立ったトラブルに会うこともなく、ついに目的地である金井のスタジオにたどり着いた。スタジオの周囲は静まり返り、今は仕事をしていない事が伺えた。
「ここに桜子が……」
「いる可能性が高いですね。まずは様子を伺いましょう」
愛理は決意を新たにして言った。
「ここで金井さんの正体を暴き、桜子さんを救出します」
和宏は愛理の自信に満ちた姿を見て、心から彼女を信じていた。
「頼んだよ、愛理ちゃん」
二人はスタジオに潜む真実に向かって一歩を踏み出した。




