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『ロストテクノロジーは「科学」だと言っているでしょう? ~元科学者の私、異世界で禁忌の始祖として崇められる~』  作者: 酸欠ペン工場


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第5章 文明の夜明け

第5章更新しました。 勝ったからといって、それで終わりではありません。 科学の力が引き起こした代償と、二人が選ぶ未来。 「文明の夜明け」を見届けてください。

硝煙の刺激臭が漂う広場に、勝利の歓声が上がることはなかった。 あるのは、圧倒的な「科学」という名の暴力が過ぎ去った後に残る、奇妙に張り詰めた静寂だけだ。 村人たちは、黒焦げになった地面や、泡を吹いて白目を剥いている私兵団の姿を、畏怖と困惑が入り混じった目で見つめている。 アリアもまた、まだ摩擦熱を帯びているコンパウンドボウを強く握りしめたまま、荒くなった呼吸を整えていた。


「……終わった、のでしょうか。  エルゼ様、彼らは……死んで……」


「気絶しているだけだ。  中枢神経系に一時的な過負荷オーバーロードをかけたが、心停止はしていない。  数時間もすれば目を覚ますだろう。その頃には、恐怖という名の強烈な学習効果が脳髄に刻まれているはずだ」


エルゼはスタンバトンのスイッチを切り、無造作に腰のツールベルトへと戻した。 彼女にとって、この一方的な勝利は計算通りの結果アウトプットに過ぎない。 感情を動かすような劇的な出来事ではなく、単なる障害因子の排除完了という、事務的な事実確認だけがあった。


だが、その冷徹な安堵は長くは続かなかった。 不意に、足元の地面が小さく、しかし不気味に震えたかと思うと、地鳴りのような低い音が底から響き渡り始めたのだ。 ズズズ……ゴゴゴゴゴ……という不穏な振動は、指数関数的に激しさを増し、立っていられないほどの揺れへと変わっていく。


「きゃあっ!? じ、地震!?」 「おい、なんだ!? まだ敵が来るのか!?」


村人たちが悲鳴を上げ、地面にしがみつくようにして姿勢を低くする。 エルゼの無表情だった顔が、この日初めて明らかな焦燥の色に染まり、蒼白になった。 彼女は懐から解析端末タブレットを取り出し、狂ったような速度でエラーコードを吐き出すモニターを凝視する。


「……馬鹿な。ありえない。  地下の魔力濃度マナ・レベルが臨界値を突破している?  まさか、さっきの高電圧がグラウンドを通して地下遺跡の防衛システムに干渉したのか……!?」


「エルゼ様!? どういうことですか!?」


「自爆シーケンスだ!  私が流した電流が、休眠していた古代の動力炉リアクター強制起動キックさせてしまったらしい。  この振動は、エネルギー暴走の前兆だ!」


エルゼは端末を握り潰さんばかりに力を込め、広場の端にある枯れた古井戸――遺跡への隠された入り口へと視線を向けた。 計算などするまでもない。 この規模のエネルギーが制御を失って暴発すれば、この村どころか、周辺数キロメートルの地形が物理的に書き換わる。 彼女は白衣の裾を翻し、迷わず走り出した。


「アリア、来るな!  お前は村人たちを誘導しろ!  できるだけ遠くへ、高台へ逃げるんだ! 生き残る確率を上げろ!」


「嫌です! 私も行きます!」


アリアの返答は、エルゼの合理的判断を裏切る速さだった。 少女はエルゼの細い腕を掴み、その琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ返してくる。 そこには、かつて庇護されるだけだった弱者の色はなく、背中を預け合う相棒としての強い意志が宿っていた。


「エルゼ様は言いましたよね。  私はあなたの『胃袋』を管理する係だって。  あなたが死んだら、誰が研究に夢中なあなたの口にパンを突っ込むんですか!」


「……全く、合理的ではないな。  だが、ここで議論している時間すら惜しい。  ついて来い! 死んでも文句は言うなよ!」


二人は井戸の縁を軽々と飛び越え、暗闇の底へと続く錆びついた梯子を一気に滑り降りていく。 背後で村人たちの叫び声が遠ざかり、代わりに地下空洞を満たす無機質な警告音アラートが、鼓膜を叩き始めた。


地下遺跡の通路は、非常用の赤色灯によって毒々しく染め上げられていた。 普段は冷ややかな静寂に包まれている石造りの回廊に、ウウウウウッという不快なサイレンの不協和音が反響している。 壁の隙間からは高温の蒸気がシューシューと噴き出し、床は高熱を帯びて靴底を焦がすようだった。


「熱い……!  エルゼ様、ここは本当に古代のお墓なんですか!?」


「墓場というよりは、廃棄された原子力発電所に近い!  冷却システムがダウンしているのに、炉心だけがフル稼働している状態だ。  最悪のシステム障害バグだ!」


エルゼは熱気で揺らぐ視界を睨みつけながら、迷路のような通路を最短ルートで駆け抜ける。 彼女の脳内には、転生直後に解析したこの遺跡の構造図が完全にインストールされている。 目指すは最深部、中央制御室メイン・コントロール


行く手を阻むように、暴走した防衛ドローンが通路の奥から現れる。 赤く光るカメラアイが侵入者を捉えようとした瞬間、アリアの矢が正確にそのレンズを貫き、スクラップへと変えていく。 エルゼはその隙に電子ロックのパネルを操作し、分厚い隔壁をこじ開ける。 二人の連携は、言葉を交わさずとも完璧に噛み合っていた。


「あと3分で臨界点だ。  急げ! この扉の向こうが中枢だ!」


エルゼが最後の操作パネルに複雑なコマンドを叩き込むと、プシュウという圧縮空気の抜ける音と共に重い扉がスライドした。 中から吹き出したのは、肌を刺すようなビリビリとした静電気と、目が眩むほどの光の奔流。 そこは、石造りの通路とは別世界の、銀色に輝く未来的な空間だった。


部屋の中央には、巨大なクリスタルの柱――制御コアが鎮座しており、その周囲には無数のホログラムウィンドウが浮かんでいる。 ウィンドウの全てが、警告色である赤に染まり、「DANGER」の文字と無慈悲な数字を表示していた。


『警告。炉心融解メルトダウンまで、あと180秒。  緊急停止プログラム、応答なし。  退避を推奨します』


無機質なAIの声が、淡々と死の宣告を告げる。 エルゼはメインコンソールに飛びつき、キーボードを叩く指を残像が見えるほどの速度で動かした。


「黙れ、ポンコツAI!  管理者権限アドミニストレータを行使する! 自爆シークエンスを直ちに中止しろ!  コード99、強制上書き(オーバーライド)!」


『アクセス拒否。  物理的な回路損傷により、ソフトウェアからの制御を受け付けません。  システム保護のため、全権限を凍結します』


「……ッ、ふざけるな!  ハードウェア障害だと!?  これでは、いくら論理ロジックを積み上げても干渉できない!」


エルゼはバンとコンソールを叩き、悔しげに唇を噛み締めた。 どんなに高度なプログラムも、それを伝える配線が物理的に焼き切れていれば無力だ。 カチリ、カチリと、カウントダウンの数字が減っていく音が、心臓の鼓動と重なる。


残り時間、60秒。 もはや、コードの書き換えやバイパス手術を行っている時間はない。 エルゼの額を、冷たい汗が伝い落ちる。 万策尽きたか。私の科学は、ここで終わるのか。


「エルゼ様! 何か、私にできることはないんですか!?  壊せばいいんですか!? それとも止めればいいんですか!?」


アリアの悲痛な叫びが、絶望しかけていたエルゼの思考を現実に引き戻した。 壊す。止める。 その単純明快な言葉が、膠着していたエルゼの脳内で閃光のように弾けた。 彼女はハッとして顔を上げ、部屋の天井付近に這っている、太いケーブルの束を見上げた。


「……そうだ。  ソフトウェアで制御できないなら、ハードウェア的に遮断シャットダウンすればいい。  なんて野蛮で、効率的な解決策だ!」


エルゼはアリアの方を向き、天井の奥深くへ伸びるケーブルを指差した。 そこには「MAIN POWER」と書かれたタグがついた、一際太いパイプのような配線がある。 あれが、暴走する炉心へエネルギーを供給し続けている大動脈だ。


「アリア! あのケーブルだ!  あれを切れ! 物理的に、力任せに、ぶった切れ!」


「えっ!? あんな太いものをですか!?  金属で覆われてますよ!?」


「お前のその馬鹿力と、私が設計した滑車弓の貫通力ならいける!  理屈はいい! やれ!  残り30秒しかない!」


アリアは一瞬だけ目を見開き、すぐに覚悟を決めた表情で弓を構えた。 彼女は矢筒から、対重装甲用の特殊なやじりがついた徹甲矢を引き抜く。 深く息を吸い込み、全身の筋肉をバネのように収縮させる。 背中の筋肉が服の上からでもわかるほどに盛り上がり、弓がきしんだ音を立てる。


「……わかりました。  エルゼ様の命令なら、星だって落としてみせます!」


キリキリキリ……と、弦が限界を超えて引き絞られる音が響く。 アリアの集中力が極限まで高まり、琥珀色の瞳がケーブルの一点を見据えた。 カウントダウンは残り10秒。 赤色の光が、点滅から常時点灯へと変わる。


「いっけぇぇぇぇぇッ!!」


裂帛の気合と共に、矢が放たれた。 それは音速を超え、一条の閃光となって虚空を翔ける。 太いケーブルの保護被覆を食い破り、内部の極太金属線を、衝撃波と共にねじ切った。


バヂィィィィンッ!!


激しい火花が散り、切断されたケーブルが鞭のように暴れ回る。 同時に、部屋中のホログラムウィンドウが一斉にブラックアウトした。 耳をつんざく警報音がプツリと止まり、地鳴りが嘘のように収束していく。


『……外部電源喪失を確認。  予備電源へ移行。システム、スリープモードへ』


AIの力ない声と共に、部屋の照明が落ち、非常用の薄暗い緑色の光だけが残された。 静寂。 あまりにも唐突な、そして深い静寂が訪れる。


「……ははっ。  超高度文明の暴走を、木の枝と紐で作った原始的な武器が止めるか。  皮肉にも程があるな」


エルゼはその場にへたり込み、乾いた笑いを漏らした。 アリアもまた、弓を取り落とし、膝をついて肩で息をしている。 二人は顔を見合わせ、泥と煤で汚れた互いの顔を見て、どちらからともなく吹き出した。


「……生きてますね、私たち」


「ああ。生存確率は限りなくゼロに近かったがな。  お前の筋肉フィジカルという不確定要素に助けられたよ。  ……よくやった、相棒」


エルゼが差し出した手を、アリアが強く握り返す。 その手のひらの温もりが、生きているという実感を何よりも雄弁に語っていた。


遺跡から這い出し、地上の光を浴びた時、空は既に燃えるような茜色に染まっていた。 広場には避雷針のように倒れたままの兵士たちと、遠巻きに様子を伺う村人たちの姿がある。 そして、古井戸の出口には、一人の男が待ち構えていたように立っていた。


「おやおや、ブラボー。  実に素晴らしいショーでしたよ。  最後の大爆発が見られなかったのは残念ですが、それ以上の『価値』を見せていただきました」


パチパチと、わざとらしい拍手を送りながら近づいてきたのは、亜麻色の髪を撫でつけた優男だった。 仕立ての良いスーツを着こなし、その細い目は常に笑っているように糸のように細められている。 ギルバート――この大陸全土に影響力を持つ「銀の車輪商会」の若き会頭だ。 その背後の闇には、気配を消した執事らしき男が控えているのが見える。


エルゼはアリアを背に隠し、警戒心を露わにして男を睨んだ。 この男からは、先ほどの私兵団とは違う、より狡猾で、知性のある獣の匂いがする。


「誰だ?  村人じゃないな。領主の追手か?」


「滅相もない。私はただの商人ですよ。  少しばかり、金になる匂いに鼻が利くだけのね」


ギルバートは恭しく帽子を取り、優雅に一礼してみせる。 その動きは洗練されているが、目の奥には冷徹な計算機の光が宿っていた。 彼は遺跡からの振動など最初から知っていたかのように、揺るぎない態度だ。


「単刀直入に言いましょう、エルゼ・ノイマン様。  あなたの持つその『技術』――私に投資させていただけませんか?  あの泥水を真水に変える装置、一瞬で敵を制圧する雷の罠……どれもこれも、金貨の山に見えます」


「……私の科学はお前の金儲けの道具じゃない。  帰れ」


「おや、つれないですね。  ですが、このままこの村に留まるおつもりですか?  領主軍を退けたとはいえ、次は国軍が動くかもしれませんよ。  そうなれば、この村は地図から消えるでしょう」


ギルバートの言葉は、エルゼが最も懸念していた事実リスクを的確に突いていた。 自分の存在が、この村にとっての最大のリスク要因になっている。 アリアや村人たちを守るためには、自分がここを去るのが最適解だ。


「……それに、あなた自身も知りたくはありませんか?  この世界の『歪み』の正体を。  王都の禁書庫、あるいは各地の古代遺跡……私のコネと資金があれば、アクセス権を提供できますよ」


エルゼの瞳が揺らいだ。 夜空に見上げた、位相のズレた月。 この世界全体を覆う、作り物めいた違和感。 その真実を解き明かしたいという探究心は、科学者としての本能だ。


「……取引ディール成立だな。  ただし、条件がある。  アリアも連れて行く。そして、私の研究には一切口出しさせない」


「もちろんですとも。  最高のパートナーを得られて光栄ですよ」


ギルバートは満足げに微笑み、握手を求めて手を差し出した。 エルゼはその手を握り返さず、代わりにアリアの方を振り返った。 少女は不安そうに、しかし決意を秘めた瞳でエルゼを見つめ返している。


「アリア、荷物をまとめろ。  旅に出るぞ。ここは私たちには狭すぎる」


「……はい! どこまでもお供します、エルゼ様!」


アリアの声が、夕焼け空に吸い込まれていく。 村人たちへの別れは短かった。 彼らにとってエルゼたちは救世主だが、同時に自分たちの理解を超えた恐るべき異物でもあったのだ。 感謝と安堵が入り混じった複雑な視線に見送られ、二人は村を後にする。


地平線の彼方には、まだ見ぬ巨大な王都の影が蜃気楼のように揺らめいている。 そして頭上には、相変わらず不自然なほど美しい月が、無言で二人を見下ろしていた。


「さあ、行こうか。  文明の夜明けだ」


エルゼの呟きと共に、科学と魔法が交錯する新たな物語の幕が、静かに上がろうとしていた。

ご覧いただきありがとうございます!


エルゼとアリア、二人の絆が試され、そして確固たるものになった章でした。 「星だって落としてみせる」というアリアのセリフ、頼もしすぎます。


村での生活は終わりましたが、彼女たちの冒険はここからが本番です。 不自然な月、古代遺跡、そして新たなパトロン……。 謎だらけの世界を、科学のメスでどう切り開いていくのか、ご期待ください。


もしこの作品を気に入っていただけましたら、 ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援をお願いします。 皆さんの応援が、エルゼたちの旅の燃料になります。


X(旧Twitter): 酸欠ペン工場(@lofiink) [https://x.com/lofiink]

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