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『ロストテクノロジーは「科学」だと言っているでしょう? ~元科学者の私、異世界で禁忌の始祖として崇められる~』  作者: 酸欠ペン工場


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第4章 質量と速度の暴力

第4章更新しました。 エルゼにとって、襲撃者は敵ではなく「処理すべきタスク」に過ぎません。 授業レッスンの時間だ、と言わんばかりの塩対応無双をご覧ください。

地鳴りのような蹄の音が、遠くから徐々に大きくなり、平和な村の空気を暴力的に震わせ始めた。 乾いた土埃が茶色い壁となって迫り来るその向こう側から、ギラギラと太陽光を反射する鉄の塊たちが姿を現す。 悪徳領主バロンが放った私兵団、総勢50名からなる重装騎兵部隊だ。 彼らはまるで獲物を追い詰める狩人のように、殺気と隠しきれない欲望を撒き散らしながら、村の入り口である広場へと雪崩れ込んできた。


村人たちは恐怖に顔を引きつらせ、家屋の影や物陰で息を潜めて震えている。 「抵抗すれば村ごと焼き払う」という事前の宣告は、決して単なる脅しではないことを彼らは本能で理解していた。 騎士たちが帯びている剣や槍には、これまで幾人もの農民の血を吸ってきたであろう、どす黒い錆がこびりついているのだから。


「おい! 聞こえているか、魔女!」


隊列の先頭に立つ、一際豪奢で悪趣味な金色の装飾が施された鎧を纏った男――隊長が、馬上で声を張り上げた。 その声は、弱者を踏みにじることに快感を覚える者特有の、下品な自信と嗜虐心に満ちている。


「我々はバロン閣下の名代として、正当なる徴収に来た!  お前が隠し持っているその奇妙な『技術』とやら、大人しく差し出せば命だけは助けてやる。  さあ、さっさと出てこい!」


隊長の怒号が響き渡る中、広場の中央に二つの影が静かに歩み出る。 一人は、幾多の実験で煤け、あちこちが焦げた白衣を風になびかせ、不機嫌そうに眉をひそめる銀髪の女性。 もう一人は、その少し前で油断なく周囲を警戒する、燃えるような赤髪の少女だ。


圧倒的な兵力差を前にしても、二人の足取りに迷いや恐怖の色はない。 まるで、散歩の途中で躾のなっていない野良犬に吠えられた時のような、億劫そうな雰囲気さえ漂っている。 エルゼの目の下には、徹夜の突貫工事で罠を敷設した証である、どす黒いくまが刻まれていた。


「……うるさいな。  デシベル数が高すぎる。鼓膜の許容限界を超えているぞ」


エルゼは小指で耳をほじりながら、懐から取り出した懐中時計に視線を落とした。 精緻な歯車が噛み合う音が、秒針をチクタクと進め、彼女が定めた「予定時刻デッドライン」へと近づいていく。 彼女にとって、目の前の殺気立つ武装集団は脅威エネミーではなく、単なる処理すべき事務的なタスクの一つに過ぎない。


「き、貴様が噂の魔女か!  その減らず口、すぐに利けなくしてやる!  おい、かかれ! 手足の一本くらいならへし折っても構わん! 女は生かして連れて行け!」


隊長の合図と共に、最前列の騎馬兵たちが一斉に馬腹を蹴り、拍車をかけた。 「ウオオオオッ!」という野太い雄叫びが上がり、馬が興奮して高く嘶く。 鋼鉄の剣が振り上げられ、殺意の塊となって二人に襲いかかろうとした――その瞬間。


エルゼが、パチンと乾いた音を立てて指を鳴らした。


「時間だ(タイム・アップ)。  ――授業レッスンを始めようか」


世界が、変質する。


振り上げられた剣の軌道。 馬の筋肉が収縮し、地面を蹴り上げる瞬間の隆起。 兵士の歪んだ口元から飛び散る唾の粒子。


それら全てが、エルゼの高度に覚醒した脳内処理クロックアップ視界の中では、水飴に浸かったように緩慢な動作スローモーションへと変わる。 物理法則を理解せず、ただ蛮勇だけで突っ込んでくる彼らの攻撃は、あまりにも「遅い」。 対して、彼女が昨晩、村の男たちをこき使ってこの広場に敷設セットアップしておいた罠の発動速度は、光速に近い電子の速度だ。


「第一講義。  金属は、電気の良導体である」


バチィィィィィッ!!


鼓膜をつんざくような破裂音と共に、騎馬兵たちが踏み込んだ地面から、青白い閃光が奔った。 それは魔法の稲妻ではない。 エルゼが土中に埋設していた銅線ケーブルと、遺跡から回収した「賢者のバッテリー」を直結した高出力コンデンサが解放した、純粋な高電圧電流だ。


「ガッ……!?」 「ア、アガガガガッ!?」


悲鳴すら上げる暇もなかった。 全身を金属鎧で覆った兵士たちは、自らが避雷針となり、数千ボルトの衝撃をその身に一瞬で受ける。 電流は筋肉を強制的に収縮させ、神経伝達を遮断し、思考を白熱させ焼き切る。 馬もろとも白目を剥き、痙攣しながらドミノ倒しのように崩れ落ちていく様は、悪い冗談のような光景だった。


一瞬にして、先陣を切った10騎が沈黙した。 後に続く兵士たちが、何が起きたのか理解できずに慌てて手綱を引き、急ブレーキをかける。 彼らの目には、見えない巨人の手が仲間をなぎ倒したようにしか映らない。


「な、なんだ!? 雷魔法か!?」 「詠唱もなしに、これほどの規模を……!? ありえん!」


「魔法? 違うな。  これは単なる電子の移動だ。  お前たちが着込んでいるその自慢の鎧が、感電効率を最大化してくれたおかげだ。礼を言うぞ」


エルゼは懐中時計をパチリと閉じてしまい、冷めた目で地面に転がる兵士たちを見下ろした。 彼女の背後で、アリアが一歩前に出る。 その手には、村一番の頑固な鍛冶師・ガルシアに図面を突きつけ、怒鳴り合いながら作らせた奇妙な弓――複数の滑車とケーブルが複雑に組み合わさった「コンパウンドボウ」が握られていた。


「次は、私の番です」


アリアの声は静かだが、その手は微かに震えていた。 人を傷つけることへの恐れではない。 エルゼから託されたこの「力」を、正しく行使できるかという緊張だ。 彼女は震える指で矢をつがえ、深く息を吸い込んで弦を引き絞る。 キリキリキリ……という音が、通常の木の弓とは異なる、機械的な張力を予感させる。


「はっ、なんだそのおもちゃは!  そんな細腕で、我々の鍛え上げられた鋼鉄の鎧が貫けるものか!」


生き残った歩兵たちが、盾を構えてジリジリと間合いを詰めてくる。 彼らは知らない。 アリアが持っているその「おもちゃ」が、テコの原理と滑車の作用レバレッジにより、少女の非力な筋力を数倍に増幅させる殺戮兵器であることを。


「……照準、固定ロック。  風向き、修正なし」


アリアの琥珀色の瞳が、野生動物のような鋭さで先頭の兵士の眉間を捉える。 迷いは、吐き出した息と共に消えた。 弦が放たれた瞬間、ヒュンッという風切り音すら置き去りにするほどの初速で、矢が射出された。


ドォン!!


それは矢が刺さる音ではなかった。 杭打ち機がコンクリートを砕くような、重く激しい着弾音が広場に響く。 兵士が掲げていた厚さ数ミリの鉄盾が、まるで濡れた薄い紙のように容易く貫通される。


「え……?」


盾を貫いた矢は、勢いを殺すことなく兵士の肩口の鎧をも貫き、彼を後方へと吹き飛ばした。 ガシャン、と派手な音を立てて兵士が転がる。 広場に、時が止まったかのような、凍りついた静寂が落ちた。


「運動エネルギーは、質量と速度の二乗に比例する。  初速が違えば、それはもう矢ではなく『弾丸』だ」


エルゼが解説ナレーションを加える間にも、アリアは次々と矢を放っていく。 シュッ、シュッ、シュッ。 機械的なリズムで放たれる矢は、百発百中の精度で兵士たちの鎧の隙間、関節、あるいは武器そのものを破壊していく。 エルゼが作った道具が、アリアの中に眠っていた狩猟本能センスを完全に覚醒させていた。


「ひ、ひぃぃっ! 見えない! 矢が見えないぞ!」 「化け物だ! あいつら、人間じゃない!」


パニックに陥った私兵団は、もはや軍隊としての体を成していない。 ある者は武器を捨てて逃げ出し、ある者は錯乱して無謀に突っ込み、そしてエルゼの仕掛けた次なる罠の餌食となる。


「第二講義。  燃焼反応における、急速な気体体積膨張について」


ドォォォォン!!


逃げようとした兵士の足元で、地面が爆発した。 指向性地雷だ。 ただし、殺傷能力の高い鉄片を撒き散らすものではなく、指向性の爆風で相手を吹き飛ばすことに特化した、非致死性の圧力兵器。


爆音と土煙が舞い上がり、重装備の兵士たちが木の葉のように宙を舞う。 視覚的なインパクトは絶大だ。 未知の爆発音、閃光、そして仲間が吹き飛ぶ光景。 原始的な恐怖が、彼らの戦意を根こそぎへし折っていく。


「た、助けてくれぇぇ!」 「こんなの、聞いてないぞ! 戦争じゃねえ、一方的な虐殺だ!」


それは、戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的な蹂躙だった。 剣を大きく振りかぶり、踏み込む動作に数秒を要する中世レベルの兵士に対し、エルゼたちはミリ秒単位の反応速度レスポンスで攻撃を叩き込んでいる。 文明レベルの差が生む、残酷なまでの「速度」と「質量」の暴力。


数分もしないうちに、広場に立っている敵はいなくなった。 呻き声と、火薬の焦げた臭いだけが漂っている。 唯一、膝をついて震えているのは、最初に威勢のいい声を上げていた隊長だけだ。


「ば、馬鹿な……ありえん……。  我が精鋭部隊が、たった二人……女子供に……全滅だと……?」


隊長はガタガタと震えながら、目の前に立つ二人の影を見上げた。 煤けた白衣を着た科学者は、まるで実験のデータを取るかのように、無表情で彼を見下ろしている。 その瞳には、勝利の喜びも、敵への憐憫もない。あるのは「結果」を確認する作業的な冷たさだけだ。


「学習能力がないな。  恐怖を感じる扁桃体だけは正常に機能しているようだが、状況分析能力は欠如しているらしい」


エルゼは腰のベルトから、黒い棒状の物体――スタンバトンを抜き放った。 スイッチを入れると、バチバチッという不吉な放電音が鳴り響く。 青白い火花が、隊長の顔を恐怖で青ざめさせる。


「ひ、ひぃッ……! ま、待て!  金なら出す! バロン閣下に口添えもしてやる!  だから……!」


「交渉決裂だ。  お前たちの通貨リソースに興味はない。  私が欲しいのは、二度と私の実験時間を邪魔しないという確約と、ここから去る静寂だけだ」


エルゼは容赦なく、スタンバトンを隊長の首筋に押し当てた。


「ガアアアアアアッ!!」


高電圧が神経系を直接焼き切り、隊長は白目を剥いて泡を吹き、泥人形のように地面に崩れ落ちた。 ピクリとも動かなくなった男を、エルゼはつまらなそうに見下ろす。 そして、まだ気絶しきれていない他の兵士たちにも聞こえるように、冷徹に告げた。


「……今回は出力調整をしておいた。  後遺症は残るかもしれないが、命までは取っていない。  感謝しろ」


彼女は白衣の裾を翻し、背中を向ける。 その背中には、絶対強者だけが纏うことのできる、冷たい覇気が漂っていた。


「だが、次に私の敷地へ足を踏み入れたら覚えておけ。  ――次は、致死量リーサルだ」


広場に、完全な静寂が戻る。 勝利の歓声はない。 ただ、圧倒的な「科学」の力の前に、物陰から見ていた村人たちも、そしてアリアさえも、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。


アリアは弓を下ろし、まだ少し震えの残る手をぎゅっと握りしめる。 (この力は、守るためのもの) そう自分に言い聞かせるように。 彼女の中で、この不器用で強すぎる科学者を守る盾となる覚悟が、鋼のように固まった瞬間だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


容赦ない電撃、そして「次は致死量」という冷徹な宣言。 主人公として最高にクールな立ち回りでした。 アリアも「守るための力」として覚悟を決め、二人の結束がより強固になった回でもあります。


この先、領主との対立はさらに激化しそうですが、エルゼならどう解決(物理)するのでしょうか。


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